第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第2話、集団昏睡事件調査開始 その4
第2話その4
「こっちの書物には手掛かりはありませんでしたね」
そう言うとリュートは手に持っていた分厚い本を脇に寄せてため息を吐いた。その様子にアレイスローとユーベラーも深々とため息を吐く。
アレイスロー、リュート、ユーベラーの3人はアルミロンドの魔導士ギルドマスターであるクロストフ・ゼファーの協力を得てあらゆる文献を調べていた。だが、書物庫にある文献の量はすさまじく、とてもではないが4人で全てを調べきれるものではない。そのためアレイスロー達はある程度目星をつけ、眠りに関する魔法や呪い、魔法道具に魔法薬、果ては魔法装置に魔物、封印された遺跡に至るまで、眠りに関係がありそうなものに絞って手当たり次第に調べまくっていた。
だが、その努力の甲斐もなくいまだ有益な情報は何一つつかめていなかった。
「オイラもうダメ~……いい加減休憩くらいしようぜ」
そう言って机に突っ伏すユーベラー。隣ではリュートが次の文献に手を伸ばそうとしていたが、ユーベラーの言葉を聞いて少しホッとしたように手を引っ込めていた。
外はとっくに暗くなっており、正確な時間は分からないが恐らく普通の人間は寝静まっている時間だろう。それまで全く休息を取らずに文献を調べ続けていたのだからそろそろ体力の限界なのだろう。リュートの向かい側に座っているアレイスローも調べる手を止めて欠伸をしながら眠そうに眼を擦っている。その隣には魔導士ギルドマスターのクロストフが座っており、疲れた顔をしながらこめかみをほぐしていた。
「確かにそろそろ集中力が持たなくなってきましたね。今日はこのくらいにして続きは明日にしますか」
「そうですな、それがよろしいでしょう」
アレイスローの言葉に、クロストフも賛同する。そしてそれを聞いた瞬間リュートは「ふわ~」と疲れた声を上げながらユーベラーの様に机に突っ伏した。
「ご苦労様ですリュートさん。宿に戻ってゆっくり休んでください」
「あ、いえ……アレイスローさんはどうするんですか?」
「私は今見ている本だけは調べてしまおうと思います。それにもう夜遅いですし、明日も朝一からまた調べるつもりですから、いっその事このままこの部屋に泊ってしまおうかと」
リュートの質問にここに留まるつもりだと告げたアレイスロー。それを聞いたリュートは俯いている。少し考え込んでいる様子だ。
「アレイスローの旦那、タフだねえ……オイラは腹減って腹減って……」
ユーベラーが突っ伏したまま視線だけをアレイスローに向ける。しかし突如何か思いついたのかガバッと起き上がるとキョロキョロと周りを見回す。
「しまった!こんな時間じゃもうどこも食堂がやってないじゃないか!」
「ああ、確かにそうですね」
ショックだとばかりに頭を抱えながら叫ぶユーベラーに対し、どこかのほほんとした感じで答えるクロストフ。
「クロストフマスターは腹減ってねえのかよ?」
「私だってお腹はすいてますよ。ですが私はいつでもギルドに泊れるようにある程度の食料は常備しておりますので」
「あ、ずりー」
どうやら自分は食事の心配をする必要が無いため一人余裕なクロストフ。ユーベラーは恨めしそうな眼でクロストフを見ている。
「何なら少し分けて差し上げましょうか?」
「良いのか⁉よっしゃ!あんたいい人だなクロストフマスター!」
「いえいえ、それとわざわざ『マスター』と付けなくても良いですよ?クロストフで構いません」
「オッケー!そんじゃクロストフさん!」
食料を分けてもらえると聞いて喜んでいるユーベラー。その様子を傍から見ながら「現金だなぁ」と呆れるアレイスロー。
「それでは食べ物を持って来ましょう。と言っても少ししかありませんが…」
そう言うとクロストフが席を立つ。そして「少し待っていてくださいね」と言葉を残して書物庫を出ていった。
クロストフが出ていった扉を見ながらアレイスローはふと考えていた。
(少ししかないんじゃどちらにしろ足りませんよね?……そう言えば、あれがありましたか……)
何か思い当たる節があるのか、懐をまさぐるアレイスロー。ふとその時、リュートが自分の事をじっと見ている事に気が付いた。
「どうしたんですかリュートさん?お疲れでしょうからもう帰って休まれても大丈夫ですよ?」
「あ、いえ……その事なんですけど…」
「どうしました?」
「その……僕もここに泊って明日の朝一からまた調べたいんですけど……」
リュートの言葉に少し驚くアレイスロー。少女の様な顔立ちをしている割に意外と根性があるのかもしれない。だが、アレイスローとしてもすぐに頷く訳にもいかない。
「良いんですか?お兄さんが心配しません?」
アレイスローはそう言うととりあえず懐から手を出した。そう、それはアレイスローの個人的な意見だった。自己紹介の様子を見た限りではアルウェイはリュートをかなり大事にしている感じがする、ならばリュートに無理をさせればアルウェイが黙っていないだろう。それにリュートはまだまだ若く経験も浅い。無理をさせる必要は無いと考えていた。だが、どうやらリュート本人はそうは考えていなかったようだ。
「兄さんの意見は関係ありません。僕だって一魔導士として今回の仕事に参加しているんです。力及ばずとも、皆さんばかりに負担はかけられません」
キッパリとそう言い放つリュート。先程まで疲れてへばっていた割にはしっかりとした口調である。
「偉いなーリュートは、オイラだったらそんなこと言われたら速攻で帰るけど」
「そう言うと思いましたんで、ユーベラーさんは私と一緒に朝一から調べものですよ」
「うへ~、勘弁してよアレイスローの旦那……」
勘弁してくれとばかりに手を振るユーベラー。そんなことをしていると、書物庫の扉が開かれクロストフが中に入ってきた。その手には少量の食べ物を持っている。しかし食べ物と言っても食べ応えのありそうなものは無く、ビスケットやクラッカー、ドライフルーツといった軽食にも満たないおやつ程度の物しかなかった。それらを机の上に置きながら席に着くクロストフ。
「すみません、思ったよりも食べ物が残っていませんでした。今あるのはこれくらいですね」
クロストフの言葉に若干ショック気味のユーベラー。さすがにステーキが出てくるとは思っていなかったが、サンドイッチくらいは期待していた。それだけにちょっとショックである。
「うへ~、これだけかぁ……」
そう言ってビスケットを一枚摘み上げるユーベラー。そのまま口の中に放り込んでポリポリと咀嚼する。そんな様子を見ながら「とてもではないが足りそうもない」と感じたアレイスロー。再び懐をまさぐると小さな布の袋を取り出してそれを机の上に置いた。
「それだけじゃ足りないでしょう?良かったらこれもどうぞ」
そう言って布袋の中身を取り出すアレイスロー。中身は何やら黒っぽい直径2センチくらいの小さな球だった。
「何ですかそれ?」
リュートが興味津々な様子で球を覗き込む。
「私の故郷のエルフの里に伝わる兵糧丸ですよ。一粒で腹八分目くらいにはなりますよ。もっとも味は保証できませんが……」
そう言って肩をすくめるアレイスロー。どうやらあまり美味しい物では無いらしい。
「スゴイですね。そんなものがあるんですか?」
興味を引かれたのかリュートが兵糧丸を一粒摘み上げる。そしてマジマジと兵糧丸を見回した。
「本当は門外不出なんですけどね。まあ、里の掟なんて有って無い様なものですから」
何やら不遜なことを言いながらクラッカーをつまみ上げて口に運ぶアレイスロー。どうやら本人は兵糧丸を食べるつもりは無いらしい。
そんな中、リュートが緊張した面持ちで摘まみ上げた兵糧丸を見つめている。そしてそのまま兵糧丸を手の中で転がしていたが、意を決したのか一気に口の中へと放り込んだ。
「うぐ!」
リュートの口の中に固くなった野菜や米の味が広がる。パサパサしているクセにやたらと硬く、どれだけ噛んでも旨味を感じられない。ハッキリ言えば不味い、……いや、無茶苦茶不味い。あまりの不味さに思わず吐き出しそうになったリュートだったが必死になって口を押さえ、何とか飲み込んだ。
「だから言ったでしょう?味は保証できないって」
そんなことをいけしゃあしゃあとほざくアレイスロー。。自分は兵糧丸を食べるつもりは無いのかドライフルーツを口に運んでいる。
「保証でいないどころか……食べ物の味じゃないですよ…」
そんなことを言いながら口直しにドライフルーツを口に含んだリュート。兵糧丸があまりに不味かったせいかその瞳には溢れそうなほどの涙が浮かんでいた。
 




