第2章 赤蜥蜴と赤羽根とアサシンギルド 第7話、捕獲される踊り猫
第7話、捕獲される踊り猫
暗殺者ギルドの拷問部屋でカッパーを討ったドレイク達。騒ぎになる前にその場を離れ、虎猫亭へと帰還した。尾行がついている可能性も考慮して警戒していたローゼリットだったが、特にそれらしいものはおらず、無事に3人は虎猫亭へと到着した。
トラウセンの仇を討つと誓うローゼリット。それに対し協力を申し出るフリルフレアだったが、ローゼリット本人によって断られた。そしてドレイクに「ちゃんとフリルフレアのことを守ってやれ」と釘を刺すと、そのまま姿を消した。ローゼリットはフリルフレアや相棒のスミーシャを巻き込まないために、自分だけで決着をつけるつもりだったのだ。
そしてその翌日、そんなローゼリットの思いもつゆ知らず、スミーシャは昼間っから飲んだくれていた。
スミーシャにとってローゼリットは一番の親友であると同時に憧れの存在でもあった。いつだって自分より強く、危機を乗り越えてきたローゼリットに誇りさえ感じていた。だからそんな彼女が、暗殺者ギルドに対し恐れともいえる感情を持っているのがどうしても我慢できなかった。
いつだってローゼリットには胸を張って堂々と危機を乗り越えてほしかった。もちろんそんなことは自分の我がままだと言う事も理解している。それでも弱音を吐くローゼリットを見ることに我慢が出来ず、感情がついて行かなかった。
そして、そんな自分が嫌で昼間から酒に逃げていた。虎猫亭だとローゼリットと顔を合わせてしまい気まずいので、わざわざ別の酒場を選んでいた。
「ローゼのバカ……。いつもはあんなにビクビクしないのに……」
呟いて手の中にある杯の中身を一気に呷るスミーシャ。飲み干した杯をドン!と音を立てて目の前のカウンターに置く。
「マスター、蜂蜜酒お代わり」
「姉ちゃん、さっきから結構飲んでるけど、大丈夫かい?」
「大丈夫りょ~、だいたい蜂蜜酒らんてジュースみたいらもんじゃらい」
飲みすぎを心配する酒場のマスターに、若干呂律の回らない口調で答えるスミーシャ。それを見たマスターはため息をつきながら、スミーシャにお代わりの蜂蜜酒を出した。
「ありがと」
礼を言いお代わりを受け取ると、美味そうにコクコクと喉を鳴らして蜂蜜酒を飲むスミーシャ。一息で三分の一ほど飲んでしまう。
「ローゼは強いんだから、堂々としてればいいのよ」
おつまみのフライドポテトを口に放り込む。分かってはいるがついついローゼリットに対する愚痴が出てしまう。そして、同時にそんな自分が嫌になる。
(はあ~、あたしっていやな奴だ……)
思わず自己嫌悪に陥る。そんなとき、後ろの方で扉の開く音がした。こんな昼間から自分以外に客がいるのかとちょっと驚く。
スミーシャが後ろを向くと、ガランとした店内が視界に入る。この時間、スミーシャ以外に客はおらず、入ってきた客が二人目の客だった。
入ってきた客に視線を向けるスミーシャ。入ってきたのはぱっと見30歳位に見える女だった。長い黒髪を後頭部でまとめており、レンズに青い色の付いた色眼鏡をかけていた。手には杖を持ち、ゆったりとしたローブを纏っている。一見しただけで魔導士と分かる出で立ちだった。
女は指先で色眼鏡の位置を正すと、そのまま迷うことなくスミーシャの隣に座った。
「マスター、葡萄酒をちょうだい。赤でね」
「はいよ」
すぐに葡萄酒を用意するマスター。女は葡萄酒を受け取ると、スミーシャに見えるように杯を少し掲げた。
「お互いやけ酒ってことで、乾杯」
「へ?え……あ…うん、乾杯」
スミーシャも少し杯を掲げる。そして蜂蜜酒に口を付けた。
「ホント、男ってどうしてどいつもこいつもクズばっかなのかしらね!」
「へ?男?」
女の言葉に、スミーシャは?マークを浮かべる。女が何を言い出したのかサッパリだった。
「あら何?あなたも男に浮気されてやけ酒呷りに来たんじゃないの?」
「え……?えっと……」
「ああ、やだごめんなさい。名乗っていなかったわね。私はシャーロット、見ての通りの魔導士よ」
「ああ、うん………あたしはスミーシャ、スミーシャ・キャレットだよ」
名乗るスミーシャに、シャーロットは笑いかける。
「ごめんなさいね。てっきり私と同じで男に浮気されたのかと」
「ああ、えっと、違うの。あたしは別にそう言うのじゃ……」
ワタワタと手を振るスミーシャ。そのまま少し自嘲気味に笑みを浮かべる。
「あたしの場合は……なんて言うか、自己嫌悪みたいなもんで……」
「自己嫌悪?」
「そう。まあ、なんて言うか仲間と喧嘩みたいになっちゃって……」
「喧嘩?相手はどんな子なの?」
興味津々とばかりに訊いてくるシャーロット。ちょっと馴れ馴れしい人だな~と思いつつも、せっかくなので話し相手になってもらおうかと考え直した。
「あたしの一番の親友なんだけどさ、あたしより2コ年上のハーフエルフの女の子なんだよね。あたしなんかよりずっと強くてカッコ良くて、あたしの自慢の親友なんだ……」
「でも、その娘と喧嘩しちゃったの?」
「………うん、そう…」
自分で言っていて自己嫌悪になったのか俯くスミーシャ。それを聞いたシャーロットは杯の中の葡萄酒を一息で飲み干すと、スミーシャに顔を近づけた。
「スミーシャって言ったわよね?良かったら私の知ってるちょっと良いお店で一緒に飲み直さない?」
「へ?」
「あなたの話、もう少し聞いてみたくなっちゃったの。それに良ければだけど私の愚痴にも付き合ってほしいからさ」
「え……でも…」
「もちろん私の奢りよ?」
「是非行かせていただきます!」
奢りの一言に、ビシッと立って敬礼するスミーシャ。なんとも現金なものである。
「それじゃ、行きましょうか?」
「はーい!」
マスターに勘定を払い店を後にする二人。そのまま前を歩くシャーロットの後をスミーシャはテクテクとついて行った。
しばらく無言でついて行くスミーシャ。シャーロットは入り組んだ道を進んでいき、いつの間にか人気の無い方向へと歩いて行った。
「ねえシャーロットさん」
「何かしら?」
不意に話しかけたスミーシャに、振り返りもぜずに答えるシャーロット。だが、スミーシャの次の一言でその歩みを止めることになる。
「あなたって、魔導士じゃないよね?」
「………」
スミーシャの一言に無言のまま足を止めるシャーロット。スミーシャもその場で足を止めた。酔いは醒めていたのか、鋭い視線でシャーロットの方を見ている。
「踊り子ってね、お客の要望に応えるために、お客をよく観察するの。相手がどんな踊りを求めているのか、相手のしぐさや様子を見て判断することもあるんだ。全員が全員自分の要望を明確に伝えてくれるわけじゃないからね」
「ふうん、それで?」
「だからね……自然と洞察力が鋭くなるんだ。……ねえ、随分大き目なローブを着てるけど、その中に何を仕込んでいるの?」
「……………」
「その杖もそう。魔導士なら自分の身体に対して大きすぎる杖は使わない。呪文詠唱の邪魔になるからね。でも、変装用なら大きさなんて関係ないよね」
「……へぇ…」
「後、その色眼鏡。場合によっては魔導書を読まなきゃいけない魔導士が色眼鏡なんてかける訳がない。読むのに邪魔になるから」
「……思ったより、鋭い娘ねぇ」
「そりゃどーも。ついでにローブで隠してるつもりだろうけど、あんたの足運び、ローゼとそっくりなんだよね」
そう言ってシャーロットの足元を指差すスミーシャ。シャーロットはクスリと笑うと、ローブの足元を捲り上げる。
「なかなかの洞察力ね。なら、私が何者か見当はついてるでしょ?」
くすくすと笑うシャーロットにスミーシャはビシッと指を突きつける。
「暗殺者!それも恐らくローゼの言っていたギルド所属の暗殺者!」
「ふふふ、ご名答」
パチパチと手を叩くシャーロット、だがスミーシャの言葉は止まらない。
「さらに言わせてもらえば、恐らくだけどあんたの名前はロッテーシャ・イベラ。『レジェンドオブレジェンド』と言われた腕利きの女暗殺者だね!」
「………あの娘、そんなことまで話してたの?」
「多少の勘はあったけどね。あと、シャーロットってロッテーシャのアナグラムだよね?」
そう言って得意げに胸を張るスミーシャ。シャーロット、いやロッテーシャはため息をつくと、スミーシャに視線を送った。
「なるほど、持ち前の洞察力とローゼリットからの情報をもとに推理したってわけね。……ごめんなさい、正直あなたのこと舐めてたわ」
降参とばかりに両手を上げるロッテーシャ。スミーシャは腕を組んで仁王立ちになった。
「さあ、あたしをこんなところに連れてきてどうするつもりだった……」
「でも、詰めが甘いわねお嬢ちゃん」
「へ?」
思わず間抜けな声が出るスミーシャ。ロッテーシャはクスクスと笑いながらスミーシャを指差した。
「丸腰で私とやり合うつもりなの?」
「え?丸腰…………はわああああああ!しまったぁぁぁぁ!」
丸腰を指摘され、キョトンとなりながら腰の後ろをまさぐるスミーシャ。そこで気が付く、今の自分が丸腰であることを……。
(しまったー!朝風呂入って着替えてからそのまま飛び出してきたから武器持ってきてない!)
自分の迂闊さを呪うスミーシャ。だが、無いものは無い。若干青くなりながらロッテーシャに視線を送ると、彼女は杖を放り捨てて何やら小さな小瓶と布切れを取り出していた。
いきなり暗殺用の物騒な短剣とかを取り出すかと思っていたスミーシャは少しホッとしつつも、ロッテーシャの手の中にある物が何なのか分からず、いやな汗が背中を伝う。
「えっと……そ、それをどうするつもり⁉」
「ああ、怖がらなくていいのよ?ちょっとおねんねするだけだから」
その言葉にゾッとするスミーシャ。暗殺者の言う「ちょっとおねんね」とは、永遠に目覚めない眠りの事ではないかと考えてしまう。
(あ、やっぱりヤバそう)
身の危険を感じ取り、思わず一歩下がるスミーシャ。その間にロッテーシャは小瓶の蓋を開けると中身の液体を布にたっぷりと染み込ませている。
「ああ、これはクロムの実の果汁から作り出した特製の睡眠薬なの。これで直接死ぬことは無いから安心してね」
「そ、そんなの絶対安心できない!」
このままここに留まっていてもろくな事にはならない。そう感じたスミーシャは、その場で素早く回れ右すると、来た道をダッシュで戻ろうとした。
「逃がすな」
ロッテーシャの掛け声が響く。次の瞬間黒いピッチリとした戦闘服に身を包み、顔には覆面をした男が二人、スミーシャの前に現れた。今迄どこかに隠れ潜んでいたのだろう。
「なぁ!」
悲鳴を上げるスミーシャの両腕を男たちが抑え込む。スミーシャもそれなりに力に自信はあったが、それはあくまで女冒険者としての話。意外にも鍛えぬいている男の暗殺者、それも二人掛かりでは勝ち目は無かった。
「は、離せえ!」
叫びながらジタバタと暴れるスミーシャだが、男たちが手を放す気配はない。
「はいはーい。猫のお嬢ちゃんはしばらく大人しくしていましょうね~」
楽しそうにそう言うロッテーシャ。さっきまで勝ち誇っていたスミーシャが今は自分に対して恐れを抱いているのがたまらないく楽しい様子だった。
そして睡眠薬をたっぷりと染み込ませた布でスミーシャの鼻と口を塞ぎこむ。
「んむう!」
「さあ、たっぷりと吸い込んで」
「う、うむう!(や、やだあ!)」
首を振ろうとするスミーシャ。ロッテーシャはそうさせまいと、鼻と口を塞いでいるのとは反対の手でスミーシャの頭を押さえつける。
「ん!うんん!むうん!」
必死に呻き声をあげながらなんとか布を剥がそうとするスミーシャだったが、男二人に押さえつけられ、その上で頭と口を押さえつけられているので、抵抗のしようがなかった。
そうしている間に睡魔がスミーシャを襲う。
(やだ……本当に眠く……なって…)
ダンダンと意識が薄れてくるスミーシャ。そしてついにその意識が途切れる。スミーシャの全身から力が抜け、身体がその場に崩れ落ちる。
そんなスミーシャを見てクスリと笑うロッテーシャ。
「お前たち」
ロッテーシャの言葉に男達は無言でうなずく。そして各々懐からロープや布を取り出すと、スミーシャの身体を縛り始める。手首や二の腕や胸元など上半身をきつく縛り上げた後、足首と膝の所も縛り上げる。そして、スミーシャの口を無理矢理こじ開け、中に布をたっぷりと詰め込むと、吐き出せないように細長い布で口を覆うように猿轡をしてしまった。
それを見て満足げに頷いたロッテーシャはローブを脱ぎ捨てた。その下には男たちと同じようなピッチリとした戦闘服を着こんでいる。そして色眼鏡を取り外すと足元に投げ捨てた。そして足で踏み潰し、踏み躙る。
そしてどこに隠し持っていたのか、顔全体を覆う様な仮面をつける。
「さあ、帰るよ」
そのままロッテーシャと男たち、そしてスミーシャは闇の中へと消えていった。
「ん……んん……」
うっすらと目を開けるスミーシャ。明かりに照らされて人影が自分を覗き込んでいるのが分かる。さらに目を開けてみて、スミーシャは思わず悲鳴を上げていた。
「うむんんんんんんんん!」
目の前にゴブリンの顔があった。思わず後ずさ……ろうとして出来ず、それでも何とか体を転がしてゴブリンから距離を取った。
「ロッテーシャ様、起きたみたいですぜ」
「そうみたいね」
ゴブリンが後ろにいる女に声をかけた。後ろにいた女は顔に仮面をつけていたが、ゴブリンの言葉から察するに、ロッテーシャ・イベラなのだろうと推測された。
さらにここでスミーシャは気が付いた。ゴブリンだと思っていたのは、ゴブリンと見間違えそうなほど醜い人間だった。大きさから恐らく小柄なヒューマンだろうと思われる。
実はこの男はローゼリットに連絡を取った男、ハス・ボレルだったのだが、スミーシャはそのことを知らなかった。
さらに、ロッテーシャの隣にかなりガタイの大きい男が一人立っていた。ロッテーシャと同じような戦闘服を着ているが、あまりの筋肉に服がはじけそうだった。さらに素顔を晒しており、頭はスキンヘッドだった。
(……やば~、何か知らないけどこんなとこに居たらヤバいよね)
逃げようと、起き上がろうとする。
ギチギチ。
少しもがいただけだった。不自由すぎる身体に違和感を感じ、身体を見回すスミーシャ。体中が厳重に縛られており、猿轡までされている現実に思わずめまいがする。
(ウソでしょ⁉眠らされた上にこんなにきつく………ダメだ、解けない。)
身体を動かして解こうとするも、全く縄は緩まない。ゲンナリしたスミーシャは自分を攫ってきた張本人のロッテーシャを睨みつける。
睨まれたロッテーシャは、腰に手を当てて「やれやれ」と言いたげだった。
「そんなに睨まないでくれる?言いたいことがあるなら聞いてあげるけど」
そう言ってロッテーシャは「ハス、猿轡を外してやりな」と指示を出す。ハスは「へいへい、ただいま」と、スミーシャの猿轡をずらした。すかさず、口に詰め込まれた布を吐き出すスミーシャ。
「ゲホゲホッ!……………えっと…」
「あら、何か言いたいことがあったんじゃないの?」
「いや、まあ、そうなんだけど…………」
そう言って口ごもるスミーシャ。なんとも言い出しにくそうな雰囲気だった。
「言いたいことがあるならはっきり言って良いのよ?聞くだけなら聞いてあげるから」
「そうなの?………じゃあ…」
意を決したのか、ハスに視線を向けるスミーシャ。
「えっと………ゴブリン?」
「誰がゴブリンじゃあ!この小娘が!俺はヒューマンだ!」
「あ、一応ヒューマンなの?それはゴメン……」
「『一応』じゃねえ!『一応』じゃ!正真正銘ヒューマンだ!あんまり俺のことをバカにしてると、そのデカ乳を泣いて許しを請うまで揉みしだくぞ!」
「え………それはヤダ」
思わず後ずさるスミーシャ。しかし、ハスは涎を垂らしながらスミーシャに詰め寄る。
「ヤダ、じゃねえ!もういい、このまま泣き叫ぶまで犯して…」
「その辺にしときなさいハス」
頭に青筋立てたハスに、ロッテーシャが声をかける。
「しかしロッテーシャ様!この小娘、調子に乗りやがって……」
「私がその辺にしとけって言ってるのよ?」
ロッテーシャのその言葉に、一瞬で顔を青くするハス。そのまま「も、申し訳ございやせん!」と、額を床に漬けんばかりの勢いで土下座する。
それを見て満足げなロッテーシャ。あらためてスミーシャに視線を向けた。
「それで、他に言うことは?」
「そうだね、まあとりあえず今のは助かったよ。ありがとうねオバサン」
「ハス?やっぱこの小娘好きなだけ犯していいわよ?」
「あああ!冗談!冗談だよ!………えっと…美人の暗殺者のお姉さん」
「………まあ、一応許してあげるわ。でも、暴言の罰として質問タイムは終わり」
ロッテーシャの言葉を受け、ハスが再びスミーシャに猿轡をする。
「しかし、計画は順調だなロッテーシャ」
今まで黙って様子を見ていたスキンヘッドの大男が口を開く。その言葉に、ニヤリと笑うロッテーシャ。
「そうねバリィ。トラウセンを殺したまでは良かったけど、カッパーのバカが自分がギルドマスターになるつもりでいたんだものね」
くすくすと笑うロッテーシャ。バリィと呼ばれた男も笑みを浮かべている。
「ローゼリットが意外にもカッパーをあそこまで追い詰めてくれたからあっさり殺せたわけだな。あの女も案外使える」
「いえ、あの娘だけだったらカッパーに勝てたかどうか怪しいわね。その前にあの赤いリザードマンがカッパーの利き腕を潰していたから勝てたのよ」
「そうなのか?」
ロッテーシャとバリィの会話に耳を傾けるスミーシャ。どうやらローゼリットが彼らと一戦交えたらしいことが理解できたが、なぜそこに赤いリザードマン、すなわちドレイクが出てくるのかが分からなかった。
(ローゼと赤蜥蜴が協力しあったってこと?)
その組み合わせがなんとなくしっくりこないスミーシャ。だが、それによりカッパーとやらが倒されたらしいことは分かった。
「まあ、とりあえず邪魔者のカッパーを始末出来たんだし良しとしましょう」
「そうだな。全くカッパーも身の程知らずな奴だ。あいつは所詮ただの拷問狂。ギルドマスターどころかサブマスターだってふさわしくない」
「全くね。所詮金で今の地位を買った男だものね」
「ふん!ギルドマスターにふさわしいのはトラウセンでもカッパーでもない。ロッテーシャだってのがまるで分っていないバカばかりだ」
「ありがとうバリィ。私がギルドマスターになったらサブマスターはあなたに任せるわ」
「おお!光栄の極み!」
ロッテーシャとバリィの笑い声が響く。
(なるほど。このロッテーシャがギルド内での地位を得ようとしている訳か。………でも、何であたしここに連れて来られたんだろう?)
スミーシャの疑問の答えはまだ出そうになかった。
カン!カラカラ……。
音を立てて何かが部屋に放り込まれた。ここは虎猫亭301号室。ローゼリットとスミーシャが泊まっている部屋だった。
一見無人に見える部屋の中に窓から丸められた紙が放り込まれたのだ。壁にぶつかった音から察するに、紙の中に小石が包れているのだろう。
その時天井の板の一角が開く、そしてそこからローゼリットが飛び降りてきた。
「何だこれは?」
紙を開くローゼリット。予想通り中には小石が包まれていた。恐らく投げやすくするためだろう。
紙を広げるとそれは手紙だった。目を通すローゼリットの視線が段々と険しくなっていく。
『お前の仲間は預かった。一人で来い。一人で来なければ、仲間の命は無い。間違ってもあの赤鱗のリザードマンは連れてくるな』
そして手紙には文章の最後に、「ミイィィ」と泣くデフォルメされた猫のイラストが描かれていた。
「クソ!」
思わず手紙を握りしめる。仲間が捕まった、その事実がローゼリットの胸を締め付ける。
(また巻き込んだ!昨日フリルフレアを巻き込んでしまったばかりなのに!)
握りしめていた手紙を再び開き視線を落とす。泣いているデフォルメされた猫のイラストが眼に入る。
(……………スミーシャ……だよな?……それとも『ミイィイ』って泣いてるからまたフリルフレアか?)
ちょっと不安になってくる。捕まったのはどっちだ?スミーシャがあっさり捕まるだろうか?だが、相手があのロッテーシャならばいくらスミーシャでも……。それともフリルフレアだろうか?昨日攫われたばかりだが、あの娘のお人好しっぷりにはいくらでもつけ込める要素がある。昨日の今日で捕まる可能性も否定できない。
(………一応確かめてから行こう)
ローゼリットは部屋を出ると、フリルフレアの泊まっている202号室へと向かった。
トントン!
なるべく抑えめにドアを叩く。あまり焦っていては、もしも中にフリルフレアが居た場合、自分の慌てた様子を見て何かあったことに気が付いてしまうかもしれない。そうすれば彼女の性格上絶対に協力を申し出るはずだ。ありがたい話だと言いたいところだったが、手紙には一人で来いと書いてあったし、そもそもこれ以上フリルフレアを巻き込むつもりは無かった。だから、フリルフレアが無事だと確認し次第、余計なことを言わずに姿を消すつもりだった。
叩いた音が小さかったのだろうか?中から反応は無い。
(まさか、捕まったのはフリルフレアなのか?)
ドアに耳を当てた中の様子を探る。
「ミィィ………イク………して…」
「ま…………おち……」
中からは何か聞こえた。だが、正直良く聞き取れない。仕方なく、もう一度トントン!とドアを叩くと、「フリルフレア、中に入るぞ」と声をかけてドアを開けた。
ガチャリと音を立てて空いたドアの向こうの様子が眼に入り、そのままローゼリットは目を丸くして固まった。
「ミィィィ!ヤダヤダ!ドレイク!」
「だああ!暴れんな!」
「………は?」
ローゼリットの目が点になる。部屋の中ではドレイクが嫌がるフリルフレアの服の中に無理矢理手を突っ込んでいた。誰がどう見てもドレイクがフリルフレアを襲おうとしているようにしか見えない。
「お、おい赤蜥蜴……お前一体何をやって……」
「ヤダヤダヤダァ!ドレイクゥ!」
「良いから大人しくしろ!」
半ベソかきながら胸元を押さえ背中を丸めてうずくまるフリルフレア。そのフリルフレアに覆いかぶさろうとしているドレイクは、彼女のワンピースの下から手を突っ込み背中に手を這わせていた。
あまりと言えばあんまりな目の前の光景に思考が停止しそうになるローゼリット。それでも何とか声を絞り出した。
「赤蜥蜴、そういうことをやりたくなるのは仕方がないが、無理矢理と言うのは感心できないぞ」
ローゼリットの言葉がむなしく響く。どう見ても目の前のドレイクとフリルフレアがローゼリットの言葉を聞いているとは思えない。と言うより、そもそもローゼリットに気がついているかどうかも怪しい。
「ドレイク!お願い!早くしてぇ!」
「分かった!分かってるから!」
そう言って背中に突っ込んだ手をもぞもぞと動かすドレイク。フリルフレアは胸の前で両手を握りしめ、涙を浮かべながらじっと耐えている。
「早く早く!ドレイク、早く取ってぇ!」
「分かってる!もう出せるから!」
(これってホントに無理矢理なのか?何か合意の上っぽく見えなくも……)
さしあたって、フリルフレアに突っ込んだドレイクの一物が大きすぎて痛いから早く取ってほしいフリルフレアと、もうすぐ出そうだから我慢してほしいドレイクと言ったところだろうか?考えてもみれば、あれだけフリルフレアを大事にしているドレイクが、無理矢理やるとも思えない。恐らく合意の上なのだろうと考え直すローゼリット。
「邪魔したな。フリルフレア、冒険者を続けるつもりならちゃんと避妊はしなきゃだめだぞ?」
そのまま見なかったことにしローゼリットはドアを閉めた。
ちなみにドアの奥では、「よし!取れたぞ!」と言って、ドレイクが小さなムカデをつまみ上げていた。そのまま窓の外にポイと投げ捨てる。
フリルフレアは「ミィィィ……怖かったぁ…」と言って涙を拭っていた。ドレイクはたんにフリルフレアの服の中に入った虫を取ろうとしていただけだった。ただ、フリルフレアが虫が苦手だったために大騒ぎになってただけである。
「あれ?そう言えば今ローゼリットさん居なかった?」
「ん?そう言えば……」
二人は顔を見合わせたが、ローゼリットが何のためにこの部屋を訪れたのか全く分かっていなかった。
ローゼリットは暗殺者ギルドを訪れていた。フリルフレアが無事だった以上、相手は間違いなくスミーシャを人質にとっている。しかし、分かっていても行くしかなかった。
ギルド内に入り、見慣れた廊下を進む。人が出払っているのか、人の気配がまるでしなかった。……いや、気配は一つだけあった。
「どうも、ローゼリットの姐さん」
「ハス・ボレル…」
正面から現れたハスを睨みつけるローゼリット。スミーシャが捕まったと言う事は、自分とスミーシャの関係がギルドに知られたと言う事だ。それならば、この男が報告したことは間違いない。
「貴様、どの面下げて私の前に現れた」
「勘弁してくださいよ姐さん。あっしだって言いたくは無かったんですぜ。でもロッテーシャ様には逆らえませんぜ」
「ふん!どうだか……貴様の事だ翼の皮が突っ張ったんじゃないのか?」
「ご、ご冗談を!」
とんでもないとばかりに両手を振るハス。だが、すぐに手を止めてローゼリットにすり寄ると、その醜い顔をローゼリットに近づける。
「ですが………まあ確かに、事が順調に進んだ暁には『ローゼリットの姐さんを好きにしていい』って言われてるんですがね」
「貴様………この場で死ぬか?」
「おおっと!早まっちゃいけませんぜ姐さん。あっしに何かあったら大事なお仲間の命がどうなるか………ねえ?」
そう言って「げへへへ」と笑うハスを心底軽蔑した目で見るローゼリット。正直ハスを殺したくらいで本当にロッテーシャが大事な人質に手を出すがどうか疑問ではあったが、可能性は0ではない。今は手を出す訳にはいかなかった。
「とにかく、ロッテーシャ様たちがお待ちですぜ。ついて来てくだせぇ」
仕方なくハスの後について行くローゼリット。しばらく歩き案内されたのはギルド内の屋内型訓練場だった。
「ロッテーシャ様、ローゼリットの姐さんを案内して来やした」
「あらご苦労様。下がってなさい」
「へ、へい」
ロッテーシャの言葉に、訓練場の隅へと引き下がるハス。ハスが下がったのを確認するとロッテーシャはローゼリットに視線を向けた。
「いらっしゃいローゼリット。よく来てくれたわね」
「人質を取っておいてよく言う………スミーシャは無事なんだろうな!」
そう言ってローゼリットはロッテーシャ達を睨みつけた。ローゼリットの視線の先にはロッテーシャがおり、その後ろに大柄なスキンヘッドの男バリィ・ランキッドが控えている。そしてさらにその後ろには戦闘服に身を包み、覆面をした暗殺者が5人控えていた。恐らくロッテーシャの直属の部下だろう。その足元には何か黒い塊が置いてあった。
「無事よ?拘束はさせてもらってるけどね」
そう言ってクスクスと笑うロッテーシャ。後ろの暗殺者たちに何やら目配せをした。それを受けた暗殺者の一人が足元の黒い塊を引っ張る。バサッと音を立てて黒い布が剥ぎ取られた。その下には縛られて口を塞がれたスミーシャが転がっている。
「スミーシャ!」
「ほーえぇ!(ローゼェ!)」
ローゼリットの呼びかけにスミーシャが呻き声を返す。どうやら本当に無事ではあるらしいとホッとするローゼリット。その間に暗殺者の一人がスミーシャを無理矢理立ち上がらせ、短剣を取り出して首筋に突き付ける。
「よせ!お前たちが用があるのは私だろう!スミーシャは関係ない!」
「そうはいかないわよ。だって、あなた暗殺術を仲間に見られた件を問い正して以来、ギルドに顔を見せてないじゃない」
「そ、それは……」
「人質くらいとらないと、姿を現さないでしょう?」
「………くっ」
ロッテーシャの指摘にうまく言い返せないローゼリット。ロッテーシャの指摘と状況の悪さに思わず歯ぎしりする。
(クソ!計算外だ……ロッテーシャの部下までは予想できたが、アイアンボディのバリィまで居るとは……。人質を取られているうえに、私一人でロッテーシャとバリィの二人を相手にするのは……不可能だ!)
ローゼリットの額を冷たい汗が伝い落ちる。状況はこの上なく悪い、最悪と言ってもよかった。
「………何故そこまでして私を呼び出した?」
「お前は仲間であるこの娘の前で暗殺術を使った。暗殺者ギルドの存在は最重要機密、それを明るみに出しかねん要素は排除しなければならない」
バリィの言葉に、鋭い視線を向けるローゼリット。
「ギルドのためだったとでも言うのか⁉マスターを殺した奴らが何を偉そうに!」
「勘違いするなローゼリット。トラウセンは所詮ギルドマスターの器では無かった。だから殺したのだ。真にギルドマスターにふさわしいのはロッテーシャだ」
バリィの言葉に衝撃を受けるローゼリット。言葉通りならバリィはロッテーシャの協力者ではない、完全なる僕と化している。ロッテーシャと言う主を得ているバリィは相当手強い相手であろうことが想像できた。
「それにね、ブレインイーターを従えたり、トラウセンやカッパーを殺したりしているのが他のギルドメンバーにばれるといろいろ問題があるのよ。ほら、これからギルドを取り仕切っていくうえでなるべく信頼は得ておきたいじゃない?」
「私が他のギルドメンバーに喋ると都合が悪い……と言う事か」
「まあね、これらが二次的な理由かしら」
「二次的な理由?」
ロッテーシャの言葉に疑問を返すローゼリット。ロッテーシャの言葉通りならば、その奥に隠された真の理由が存在することになる。
「どういうことだ?」
「そうね。あなたにも関係のあることだし、何も知らないままってのもかわいそうだものね………良いわ、教えてあげる」
そう言ってロッテーシャは仮面を取り外した。足元に落とした仮面を足で踏み砕く。そしてあらわになったその素顔には美しい金色の双眸があった。
「目的はね……あなたを手に入れることよローゼリット。そして私は永遠に暗殺者ギルドの頂点に立つの!」
両手を広げて高らかに宣言するロッテーシャ。だが、その言葉の意味を理解できず、ローゼリットは苛立ちを募らせる。
「訳の分からないことを!私を手に入れるだと?何のためだ!」
叫ぶローゼリットにロッテーシャは笑いながら語り掛ける。
「何のため?言ったでしょう?永遠にギルドの頂点に立つためよ。そのためにはお前の若く、エルフの血が混じった身体が必要なのよ。………さあ、母のためにその身を捧げなさい、我が娘よ」




