第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第2話、集団昏睡事件調査開始 その1
第2話、集団昏睡事件調査開始
第2話その1
「てかよ、こんな調査意味あんのか?」
ドレイクはそんなことを言いながら手に持った地図の上に書かれた井戸のマークの上に×印を付けた。
「意味が無きゃやらないよ。今はまず可能性を一つずつ潰していってるんだから」
フリルフレアはそう言いながら手に持ったカップに手をかざしたまま、眼を開いた。フリルフレアの手に持ったカップには水が入っていたが、フリルフレアはそのままカップの中の水を目の前の井戸の中に戻した。
ドレイクとフリルフレアの二人は「アルミロンド集団昏睡事件」の捜査の一環として井戸の水を調べていた。それは井戸の水の中に薬や毒物などが混入しており、それが集団昏睡事件を引き起こしている可能性を考慮しての事だった。
調べ方はいたって簡単で、井戸の中の水に宿る精霊を調べて水に異物が混入していないか調べるというもの。精霊使いならば誰でも簡単にできる調査方法だった。なので、町を東西に2分割し東地区をフリルフレアとドレイク、西地区をシェリエルとライデンが担当し調査を行っていた。とは言っても、実際に水の調査をしているのはフリルフレアとシェリエルの方であり、精霊魔法など使えるはずもないドレイクとライデンは彼女たちをサポートすることしかできなかったのだが……。
また、他のメンバーもそれぞれ自分たちの得意とする方面からの調査を開始していた。
まず今回の調査チームのリーダーであるサイザーは冒険者ギルド内にある過去の事件や依頼の資料を調べ、似たような事件が無かったかを調べていた。ギルド内で扱った事件や依頼となるとかなりの数になる。そのためサイザー以外にもスミーシャ、フェルフェル、アルウェイの3人が手伝いとして冒険者ギルドに残った。
冒険者ギルドの資料室で4人は資料を引っ張り出しながら頭を抱えている。
次にローゼリットは単身盗賊ギルドに赴き、集団昏睡事件の前後で町中に何か怪しい動きが無かったか聞き込みをしていた。盗賊ギルドはその性質上同業者以外の来訪をあまり快く思っていない。それ故ローゼリットは一人でこの場を訪れたのだった。
また彼女はこの後暗殺者ギルドにも顔を出すつもりだった。ある意味盗賊ギルド以上に裏の情報が集まる暗殺者ギルド。この街にもそれがあることを知っていたローゼリットは自身が暗殺者であることを利用して情報を集めに行くつもりなのだ。
司祭のノイセルもローゼリット同様単身訪れた場所がある。彼の信仰する戦神ハルバスの神殿だった。
原因を究明して根本から解決するのが一番だが、とりあえず人々を目覚めさせられればそれに越したことは無い。よって、神殿を訪れ昏睡状態の治療方法を探すべく、書物を調べたり、実際に昏睡事件の被害者の元を訪れて回復系の魔法をかけるなど、さまざまな方法を試していた。
最後に、魔導士であるアレイスロー、リュート、ユーベラーの3人は魔導士ギルドにて様々な文献を調べていた。文献は様々な方面にわたっており、集団昏睡事件を引き起こしそうな魔法、呪い、魔法道具、魔法薬、魔物などあらゆる方面についての文献を調べていた。
正直あまりに数が多いため3人では調べきれない気もしたが、ここの魔導士ギルドのギルドマスターであるクロストフ・ゼファーという人物が協力を申し出てくれた。40代半ばくらいで少し長めの茶髪をしたやせ気味のその魔導士はサイザーの知り合いらしく、ギルドマスターでありながら自ら協力してくれることとなった。そしてアレイスロー、リュート、ユーベラー、クロストフの4人であらゆる方面に関しての文献を調べまくるのだった。
そして皆がそれぞれの方法で調査を進める中、ドレイクとフリルフレアは次の井戸を目指した。
「ドレイク、次の井戸は何処?」
「この通りをまっすぐ行って左に曲がった先をさらに右手に曲がった所が一番近いな。直線距離で大体200mくらいだな」
地図を見ながら「行くぞ」と言って歩き出すドレイク。フリルフレアもすぐ後に続く。
「しかしよ~、あと何個あるんだ?結構きりがないぜ?」
「ミィィィ、仕方ないよ。井戸は生活に不可欠だもん。街中のいたる所になきゃ不便じゃない」
「そりゃそうだがよ~……」
フリルフレアに正論を返され不満げなドレイク。
「そもそもよ、井戸の水なんて地下で全部繋がってるんじゃねえのかよ?一か所から全部調べられないのか?」
「無理だよ~。水に宿る精霊を調べるって言っても、実際に精霊が水の中に居る訳じゃないんだよ?簡単に言うと、精霊の精神と一定の量の水が繋がっていて、その精霊を調べればその精霊とつながっている分量の水の状態が分かる訳。でも井戸水と繋がってる精霊なんて下級精霊のウンディーネくらいだから繋がってる水の分量もそれほど多くないの。だからせめて細かく調べるために井戸一つ一つを調査しているわけ。正直本当なら地下水脈全部調べた方が確実なんだけど、流石にそれは出来ないから……」
「………はあ…」
フリルフレアの説明に気のない返事をするドレイク。眼が点になっている事から、恐らくフリルフレアの説明をほとんど理解してないであろうことが分かる。
「て言うかよ、井戸水に薬なんて混ぜたら普通気が付くもんじゃないのか?」
「う~ん……それはどうだろ?」
ドレイクの言いたいことも分からなくはないが、残念ながらことはそう単純ではないと言いたげなフリルフレア。
「薬や毒と言ったって、必ずしも味や臭いがする訳じゃないんだよ?それに井戸水みたいに大量の水の中に入れて薄めちゃったら、味なんて分かんないんじゃないかな?」
「そんなに薄めちまって効果があるものなのか?」
「薄める度合いによるけど、あることはあるよ?もっとも、そう言うのは魔法薬って言って薬剤師じゃなくて魔導士の領分だけど」
「魔法薬?」
あまり聞き覚えの無い言葉に疑問の声を上げるドレイク。しかしフリルフレアもうろ覚えなのか人差し指を顎に当てて空を見上げながら「う~んと…」と考え込んでいる。
「普通の薬じゃなくて、作る工程で魔法を使う特殊な薬なんだけど、基本的には薬剤師の作る普通の薬と同じタイプの効果なんだけど、すごく強力になってるの。薬草からポーションを作る工程の途中で魔力を込めることで回復力が上昇するとかなんとか……とにかく、よくあるハイパーポーションとか、万能薬とかの事だよ」
「ああ、なるほど」
納得するドレイク。魔法薬という言葉に馴染みが無くとも、物自体は知っているものだったため、そう言うものの事だと思えば納得も早かった。
「んで、その魔法薬に関しても調べてるのか?」
「魔法薬……と言うか、水に異物が混入してないか調べてるから、たとえ普通の薬であっても入ってたら分かるよ」
「なるほど」
フリルフレアの言葉に納得するドレイク。
「それならよ、例えば木の実とかが混ざってらどうなんだよ?分かるのか?……ほら、何かあっただろ?そう言う眠くなる木の実」
「眠くなる木の実って………クロムの実のこと?同じだよ。例えクロムの実だろうとただのリンゴだろうと混ざってれば分かるんだから」
「そうなのか?」
「うん。もっとも、今回の集団昏睡事件はクロムの実みたいに私の知ってる睡眠薬が原因じゃないと思うけどね」
そう言って顔をしかめるフリルフレア。クロムの実は以前フリルフレアを誘拐するときに使われたことがあり、思い出したくもないのが正直な想いだ。クロムの実の果汁を染み込ませた布で口と鼻を塞がれた感触は今でもはっきりと覚えている。「もう、あんな目にあってたまるか」と思うフリルフレアだったが、今は事件の調査に集中すべきだと気持ちを切り替えた。
「となると、普通の薬が原因って線は薄そうだな」
「そうだね。少なくとも私がママ先生から教わった知識の中にある睡眠薬は除外していいと思う。そもそも1週間以上も昏睡状態が続く薬なんて私知らないもん」
「なるほど、そうか…」
フリルフレアは育ての母親から薬剤師としての知識も教わっているため、薬に関してはかなり広い知識を持っている。そのフリルフレアが知らないと言うのなら他のことが原因である可能性の方が高そうである。
ドレイクとフリルフレアは二人そろって腕を組みながら頭をひねる。そして角を曲がった先には目的の次の井戸があった。




