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第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第9話、それぞれの決着 その7

     第9話その7


 その時に起きたことはある意味では奇跡だったのかもしれない。事実、奇跡的な確率で起きた偶然だと言う事には変わりが無かった。だが……その偶然は奇跡と呼ぶにはあまりにも悪夢的だった……………。

 ザンゼネロンは飛び出た目玉で見つけたその者の元へと一目散に飛んで行った。その者とはザンゼネロンがこの集落を襲撃した時に、それに隠れるようにこっそりと食事をしていた者、自分の掌から生み出した光でバードマン達の生命力を吸い取って食事をしていた堕天使の事だった。正直な話、最初は堕天使などと言う存在がいてはこれから何度も集落のバードマン達の喰っていくのに邪魔になるのではないかと思っていた。だが、どうやらこの堕天使はザンゼネロンの襲撃に隠れてひっそりと食事をするだけのつもりらしかった。だから、最初は堕天使を殺そうかと思っていたザンゼネロンだったが、向こうから手出しをしない限りこちらからは手を出さないことにした。ありていに言えば無視することにしたのだ。もしかしたら、この堕天使を依り代にして憑りつけば更なる力を得ることが出来るかも知れなかったが、流石に堕天使相手では憑りつくことは出来ないだろう。相手がよほど弱って、それこそ死にそうなほど弱っていない限りは憑りつくことは不可能だ。だからザンゼネロンは堕天使ファブリエルの事を放っておいたのだ。

 しかし現在ザンゼネロンは命の危機に瀕している。あの忌々しいリザードマンとその仲間を殺すには更なる力が必要だ。だからザンゼネロンは堕天使ファブリエルに憑りつくことにしたのだ。正直な話、憑りついて相手の意識を奪えるかどうかは賭けだが、今はそれに賭けるしかない。だからザンゼネロンは見つけたファブリエル目指して翼を羽ばたかせた。

 ファブリエルは上空からザンゼネロンが飛来してくるのを見てほくそ笑んでいた。ベルフルフの剣を受け致命傷を負ってしまったファブリエル。このままでは死は免れない。よほど強い生命力を吸収しなければこの傷は回復しない。それを考えると、飛んでくるザンゼネロンの生命力を吸えば体力が全回復することは間違いなかった。

 そもそも、ファブリエルにとってザンゼネロンと言う魔獣は都合の良い相手だった。生命力を吸い取ったバードマンは干からびてしまう。そんな死体がたくさん出れば魔物の存在を疑って調査を始める事だろう。そしてもしかしたらその調査は自分まで及んでしまうかもしれない。しかし、そんな時にザンゼネロンの襲撃があった。この派手な魔獣の襲撃があれば、たかだか数人分干乾びた死体が出た所で気にも留めないだろう。言わばファブリエルはザンゼネロンの存在を隠れ蓑にしようとしたのだ。だから、決まってザンゼネロンの襲撃の時に自身もリビングゴーストを使って食事をしたのだ。もちろん、ザンゼネロンの生命力を吸収すれば、更なる力を得る事が出来るだろう。だがファブリエルはそこまでの力を求めてはいなかった。ザンゼネロンに対しても利用できるだけ利用し、邪魔になったら殺せばいいと考えていたのだ。

 しかしファブリエルはベルフルフによって致命傷を負わされてしまった。このままではベルフルフに勝つことは出来ない。だからファブリエルはザンゼネロンの命を吸い尽くすことに決めたのだった。

 ザンゼネロンとファブリエル、「相手を奪う」という二つの邪悪な思考が奇しくもこの時重なっていた。ザンゼネロンはファブリエルの「身体」を奪い、ファブリエルはザンゼネロンの「生命」を奪おうとしていたのだ。

 ザンゼネロンの眼にはもうファブリエルの姿が映し出されていた。ファブリエルはホーモンの雇った用心棒のベルフルフと戦っていたのが分かる。ファブリエル自身も満身創痍だったが、そこまで弱っているならば憑りつくことも十分に可能だろう。ザンゼネロンが嘴の端を吊り上げてニヤリと笑う。

(いいぞ、ちょうどいい具合に弱っているみたいだな……。我が依り代にふさわしい!)

 ザンゼネロンはファブリエルの身体を奪うべくさらに加速した。

 だが、相手を待ちわびていたのはファブリエルの方も同じだった。

(来い……早く俺の元に来い…!)

 その瞬間ファブリエルは最後の力を振り絞るとよろけながらも立ち上がった。そして翼を羽ばたかせてザンゼネロンの方へと飛び立っていった。

「何⁉」

 ファブリエルがまだ動けるとは思っておらず驚きを隠せないベルフルフ。しかしファブリエルの向かった先が満身創痍の魔獣の元だと分かると、すぐにその緊張を解いた。

(なんだ、あれがザンゼネロンとか言う魔獣か?もう死にそうじゃねえか)

 どうやら魔獣の方もすでに脅威では無さそうだと安心したベルフルフ。だが、このベルフルフの油断が悪夢を招く結果となった。

 上空で互いに向かって飛びながらその手を伸ばす獄魔獣と死天使。

「お前の……お前の身体をよこせ!」

「お前の……お前の命を食わせろ!」

 邪悪な二つの叫び声が重なる。ボロボロになりながらも伸ばした手が触れあった。その瞬間3つの事が全く同時に起こった。

 1つ目はザンゼネロンは不要になったホーモンの身体を捨て去ったこと。2つ目は精神体となったザンゼネロンがファブリエルに憑りついたこと。そして3つ目はファブリエルが捨てられて落ちていくホーモンの身体を無視して精神体となったザンゼネロンの全生命力を吸い取ったことだ。

 不要となり、無残に地面に落下するホーモンの亡骸。だが、ベルフルフはそんなことは気にもしないで怪訝そうに空を見上げていた。

「あん?……何だ?」

 ベルフルフの眼には、ザンゼネロンとファブリエルがぶつかった瞬間ザンゼネロンの姿が消え代わりにホーモンの亡骸が地面に落ちていくのが見えた。そしてザンゼネロンの身体の周りで燃え盛っていた炎が今度はファブリエルの身体に燃え移っていた。

(何だか知らないが、あの炎が燃え移ったんじゃ燃え尽きて終わりだな)

 ザンゼネロンは消え去り、ファブリエルも体が燃えている。その命が尽きるまでそう時間はかからないだろう。意外とあっけない最期だったとベルフルフは感じていた。

 だが、ベルフルフがそんなことを考えている間に悪夢の如き奇跡がその姿を表そうとしていた。

 ザンゼネロンがファブリエルの身体に憑りつき、ファブリエルがザンゼネロンの全生命力を吸い尽くす。それらの二つの事象は完全に同じタイミングで行われていた。さらに、ザンゼネロンとファブリエルは残った生命力もほぼ同一だった。これらは奇跡的とも言える偶然だった。これがもしザンゼネロンにもっと生命力が残っていたら、あるいはファブリエルがもっと早くザンゼネロンの生命力を吸収しつくしていれば、結果は違ったかもしれない。だが……そうはならなかった。

 その瞬間炎は全てファブリエルの身体の中へと入り込んで行った。そう……まるで炎自体が意志を持っている様な動きで……。

 その時、ドレイク達がベルフルフの元へと駆けつけてきた。全員全速力で走って来たのか、かなり呼吸が荒く、体力の無いフリルフレアとアレイスローにいたっては膝に手を突き肩で息をしている。

「おいベルフルフ!あの魔獣野郎は⁉」

「あれじゃねえか?」

 掴み掛らんばかりの勢いでそう言ってくるドレイクに対し、つまらなそうにベルフルフが指差した先には、炎が消えたファブリエルがいまだに浮かんでいる。

「あれは……まさか死天使ファブリエル⁉」

 アレイスローの言葉にベルフルフが頷く。

「おう、そうだ。もっとももう終わりだがな」

「そんな……あの顔は…イーブスさん⁉」

「おう、あの野郎が堕天使だったんだ」

 信じられないと言った風に呟くアレイスローに、ベルフルフは肩をすくめながら答えた。

 だが、次の瞬間ファブリエルの身体から炎が噴き出す。それは先程の様に燃え移ったのではなく明確にファブリエルの身体から噴き出ていた。

「……ね、ねえドレイク……あれ……なに…?」

 フリルフレアがドレイクの服の裾を引っ張りながら恐る恐るファブリエルの方を指差している。

 フリルフレアの指さしたその先ではファブリエルの身体がゆっくりとドレイク達の方を向こうとしていた。そして、ゆっくりとドレイク達の方を向いたファブリエルの顔を見た時その場にいた全ての人間はギョッとし、背筋が凍る想いをした。

 ファブリエルの顔が………変わっていた。顔の輪郭そのものはファブリエルの物だったが、その他の部分が……異常になっていた。耳は異常に尖り、口は耳元まで裂けている。頭に生えた銀髪の中心には赤くて長いトサカが生え、両方の目玉が……飛び出ていた。

 いや、変化はそれだけでは無かった。比較的細身だった堕天使の身体は筋肉質になり上半身の服が破けゴワゴワして毛むくじゃらな体毛に覆われている。そう、それはまるでゴリラの様な身体だった。さらに背中からは堕天使の翼だけでなくザンゼネロンの翼も生え合計4枚の翼が生えていた。その姿は、大きさこそファブリエルを一回り大きくしたくらいだが、明らかにザンゼネロンを思わせる姿だった。

「な、何だありゃ……?」

 油断していた隙に妙な姿の化け物が生まれ驚きを隠せないベルフルフ。

「………ザンゼネロンは死天使ファブリエルに憑りついたのか」

 奥歯を噛み締め、何処か悔しそうにそう言うローゼリット。

「奴がこんな手を使う前に止めを刺すべきだった!クソ!」

「仕方ないよローゼ、まさかあそこで逃げてこんなことになるなんて思わなかったもん」

 苛立たし気なローゼリットとたしなめるスミーシャ。だがその眼はどこか気味悪そうにそのザンゼネロンだかファブリエルだか分からない怪物を見ている。

「迂闊でした……。ですが、奴をこのまま放っておくわけにはいきません!」

 アレイスローの言葉に、全員が武器を構える。だが、それを見たその怪物はゆっくりと口を開いた。

「アギーギャラゲガギエヒヒヒグギギャガゲヘヘヘゴグルガバアアアアアアア!」

 凄まじい怪音の如き奇声が怪物の口から発せられる。それは、ザンゼネロンが発していたあのおぞましい鳴き声をさらに濁らせたような、そんな声だった。

 思わず顔をしかめたり耳を押さえたりするドレイク達。だが、その怪物はさらに口を開いた。

「お……おでば……ザンゼデドン…バブビエドゥ……」

 そう言ってゾンビのような動きで手を伸ばす怪物。

「…ザンゼデ…何…?」

 怪物の言っていたことが理解できずに顔をしかめるフェルフェル。しかしその横ではアレイスローが鋭い目つきで怪物を睨んでいた。

「恐らくザンゼネロン・ファブリエルと言いたいんでしょうね。どうやら呂律が回っていないようですが……」

「…名前…長い…ザンブリエル…で…十分…」

 名前が長いと言って勝手に省略するフェルフェル。だが、特に他から異論は出ていないので特に問題は無さそうだった。

「おもしれえ。寒ブリエルだかとんぶりエルだか知らねえが、今度こそ止めを刺してやるぜ」

「……ドレイク、寒ブリもとんぶりも食べ物だからね?」

 フリルフレアがドレイクに冷静にツッコミを入れている中、ザンブリエルはその身体に炎を纏い始める。

 そして次の瞬間、凄まじい炎が集落の方へと撃ち出されていった。


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