第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第9話、それぞれの決着 その3
第9話その3。
迫りくる5体のリビングゴーストに対し、後ろに飛び退き距離をとるベルフルフ。そしてどこかふてぶてしい笑みを浮かべると左眼に着けている眼帯を勢いよく取り外した。
ベルフルフの両目がリビングゴーストを見据える。その眼は、右目は紫色だったが左目は銀色をしていた。オッドアイである。
「貴様何のつもりだ?……その左眼は…」
ベルフルフの行動に疑問を持ったファブリエル。オッドアイであるという事実もどこか気になる。そんなファブリエルに対し、ベルフルフは得意げな表情を浮かべていた。
「俺様の眼帯はよ、別に使えなくなった目を隠してる訳じゃねえんだよ」
「何だと?」
「ほれ、この通り俺様の左眼は健在って訳だ」
そう言ってその銀色の左眼で5体のリビングゴーストを見つめるベルフルフ。その時、リビングゴーストの動きがピタリと止まった。だがそんなことは気にせずにベルフルフは言葉を続ける。
「なら何で左眼に眼帯なんかしてるのか?答えは簡単よぉ、この左眼を封印してるんだ」
そう言うと外した眼帯を懐にしまい込むベルフルフ。
「封印だと?何を仰々しく………」
そこまで言ったところでファブリエルは気が付いた。リビングゴーストの動きが止まっている。ファブリエルが操っていないから動かないのではない。ファブリエルがどんなにリビングゴーストを動かそうとしても、リビングゴーストたちはピクリとも動かない。その事に気が付いた瞬間ファブリエルは弾かれたようにベルフルフを睨み付けた。
「リビングゴーストが……貴様まさか!」
「おうよ、俺様の左眼は邪眼でな……その視線を浴びた奴は時間が止まったようにピタリと動きを止めちまうんだ。思考も停止してるし、精神そのものも停止させるからこいつらみたいな精神体にも効果がある。俺様は『停止の邪眼』って呼んでるがな」
そう言いながら魔剣を肩に担ぎリビングゴーストの間を悠々と歩いて通り抜けるベルフルフ。そんな様子をファブリエルは忌々しげに歯ぎしりをしながら見つめていた。
「おのれ………ベルフルフ…!」
「そう睨むなよ。この邪眼だって無敵じゃねえ、抵抗されりゃ効かねえこともあるさ」
「……それがその邪眼を俺に直接使わない理由か」
「いいや、違うな」
「何?」
首を横に振るベルフルフに疑問の声を上げるファブリエル。ならばなぜ自分に邪眼を使わないのか?ファブリエルには意味が分からない。だが、そんなことを考えているファブリエルの都合など気にもせず、ベルフルフは地面をけり、間合いを一気に詰めると魔剣を正面から振り下ろした。
ガキイイン!
ベルフルフの魔剣とファブリエルの白銀の剣がぶつかり火花を散らす。そして鍔迫り合いの状態からベルフルフがファブリエルの顔を覗き込んだ。
「テメエを直接止めて殺しちまったら俺様が楽しめないだろ?」
「楽しめない…だと?」
「おうよ。せっかく堕天使なんてレアな奴と戦りあってんだ……もっと俺様を楽しませろよ!ファブリエル!」
次の瞬間ベルフルフの剣がファブリエルの剣を弾く、そしてそのまま胴を薙ぎ払うように魔剣を一閃させた。
「シャッハ―!」
「ぐぬ!」
間一髪のところで飛び退くファブリエル。だがベルフルフの斬撃はファブリエルの腹部を浅くだが一文字に斬り裂いていた。
「おのれ……下等生物の分際で!」
腹部に斬撃を受け逆上するファブリエル。自分より格下だと思っていた相手に手傷を負わされ頭に血が上ったのだ。そして怒りの眼差しでベルフルフを睨み付けるファブリエルのその手に黒い闇が集まっていく。
「闇に貫かれて死ね!『ダークランス!』」
ファブリエルが言い放った瞬間、手の中の闇が細長い鎗状に変化する。そしてそれをベルフルフに向けて投げつけるファブリエル。投げられた闇の槍は回転し渦を巻きながらベルフルフに向かって飛来していった。
バシイイィィィン!
しかし次の瞬間、鋭い音が鳴り響き渦巻く闇の槍はアッサリと打ち消されてしまった。ベルフルフが魔剣を一閃させ、闇の槍を叩き落としたのである。
「どうしたファブリエル、そんなもんか?」
「まだまだ!こんな物では無いぞベルフルフ!」
そう言い放ったファブリエルの周囲に無数の闇の球が生まれる。そしてその球は鋭く細長い矢のような状態に変化する。
「この無数の闇の矢を避けられるものか!『サウザンド・ダークアロー!』」
ファブリエルの掛け声により無数の闇の矢が撃ち出される。
ドドドドドドドドドドン!
闇の矢は狙いをたがわずベルフルフに襲い掛かる。しかしベルフルフは後方に飛び退きそれを避け、さらに襲い掛かる闇の矢をすべて、事も無げに魔剣で斬り払う。
魔剣を振り回し闇の矢を迎撃するベルフルフ。をれを見たファブリエルは忌々しげに歯軋りをすると、そのまま白銀の長剣を構えてベルフルフに襲い掛かる。
「キィエエエエエエエエイ!」
闇の矢の後を追いベルフルフに斬りかかるファブリエル。ベルフルフが闇の矢を斬り払い終えた隙を狙い渾身の剣撃を叩き込んだ。
ガキイイイイン!
金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡る。それはファブリエルの剣をベルフルフの剣が受け止めた音だった。闇の矢を斬り払い終えたベルフルフは、ファブリエルがその後の隙を狙ってくることを予測して気を抜かずに剣を構えていたのだ。そしてその予想通りにファブリエルは剣を振るい、ベルフルフはそのまま剣を受け止めたのだった。
「おいおい、見え見えだぜファブリエル?」
「だ、黙れ!」
どこか余裕の表情を見せながらそう言ったベルフルフに顔を真っ赤にしながら怒鳴り返すファブリエル。よほど頭に血が上っているのか逆上している様に見える。
そんなファブリエルを見ながら不敵な笑みを浮かべるベルフルフ。正直な話、パッと見た感じではどっちが悪者か分かったものではない。
「ヤレヤレ、死天使なんて大層な名前を名乗ってるからどれ程の大物かと思ったら……大したことねえなぁ」
そう言って、「かかって来い」と言わんばかりに指をクイクイと動かすベルフルフ。明らかな挑発だったが、冷静さを欠いているファブリエルには十分効果があった様だ。ファブリエルは拳を握りしめて「お、おのれ……!」と歯を食いしばっている。
「どうやらお前はリビングゴーストを使える以外は大したこと無いみたいだな」
「ほざくな犬っころ風情が!……良いだろう…ならば俺の真の能力を見せてやる!」
そう叫ぶと左手をベルフルフに向けてかざすファブリエル。ベルフルフは先程の様に闇の槍や矢が飛んでくるのかと魔剣を構え警戒する。
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わずかに時が過ぎる。その間特に何もしていないファブリエル。ベルフルフはファブリエルの行動の意味が分からず頭の上に?マークを浮かべていたが、それでも特に何も起きなかった。
(何だぁ?ハッタリだったのか?)
だとすれば、期待外れも良い所だ。堕天使と言う存在がどれほど強いのかと期待していただけに、そんなつまらない手を取る様な相手だったのかとガッカリする。正直もう目の前の堕天使に興味も失せそうだった。
「つまらねえな……もう終わりだな」
本当につまらない物を見る目でファブリエルを見ながらそう言ったベルフルフ。そのまま魔剣を担ぎファブリエルに近寄っていく。そしてファブリエルの目の前に来ると右手の魔剣を振り被った。
「期待外れだったぜ堕天使野郎……あばよ」
そう言ってベルフルフは魔剣を振り下ろそうとした。
ドクン…。
その瞬間急に凄まじい疲労感がベルフルフに襲い掛かった。まるで体力を吸い取られるようなその感覚に「グッ……」と呻き声をあげて片膝をつく。そして、それに対しファブリエルは勝利を確信した嫌らしい笑みを浮かべて白銀の剣を振り被っていた。
「かかったなベルフルフ!リビングゴーストにできることが俺にできない訳が無いだろう!俺はドレインタッチの上位能力であるエナジードレインで相手に触れることなく生命力を吸い取ることが出来るのだ!」
凄まじい疲労感に思わず立ち上がれないベルフルフ。そんなベルフルフの頭部に向けてファブリエルは笑みを浮かべたまま白銀の剣を振り下ろしたのだった。
「さらばだベルフルフ!」




