第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第9話、それぞれの決着 その1
第9話、それぞれの決着
第9話その1
左腕に突き刺さったシューティングニードルを乱暴に抜き取り、それを床に投げ捨てるホーモン……いや、ホーモンに化けたザンゼネロン。忌々しげに歯ぎしりする音が聞こえてくる。
「貴様……何故ワシの正体に気が付いた…?」
「簡単な話だ。貴様は近くにいる者にしか憑りつけないのだろう?前回の戦闘の最後、あの場所にいたのは私とスミーシャ、フリルフレアと赤蜥蜴、そしてホーモンの5人だけ。そしてお前が私達に憑りつけない以上ヒカーツの身体に再びとどまるかホーモンに乗り移るかのどちらかしかいない」
「そっか、それでダメージを受け過ぎたヒカーツの身体を捨ててホーモンに乗り換えた訳か!」
ローゼリットの言葉を引き継ぎながら納得した様子のスミーシャ。そして全員が油断なくホーモンの姿をしたザンゼネロンに鋭い視線を送る。
「く…くく…くふはははははははは!そうか……わしが憑依する力を持っている事も知っていたのか。………何処で知識を手に入れたのかは知らんが、ご苦労な事だな。………まあ良い。改めて名乗ろうかのう、ワシが獄魔獣の名を持つザンゼネロンじゃよ」
てっきり白を切るかと思われたが思いの外あっさりと自身の正体を認めたザンゼネロン。
もしかしたら紫色の毒の血を見られてしまったためとぼけるのを諦めたのかもしれない。
「随分とあっさりと認めるんですね」
「…無駄な…話が…無くて…効率的…」
そう言ってアレイスローとフェルフェルがそれぞれ杖と3連装式速射クロスボウを構える。その横ではスミーシャが爆発の魔剣エクスプラウドを構え、ローゼリットが左右の手に短剣を1本ずつ構えている。ドレイクは背中の大剣を抜き放ち、フリルフレアも腰のベルトから短剣を引き抜いていた。
「言葉が通じるなら訊きたいことがあります」
「訊きたいこと?…何じゃ?」
突然のフリルフレアの言葉にも特に驚いた様子も見せず平然と答えるザンゼネロン。しかしフリルフレアはそんなザンゼネロンを睨み付けるとどこか辛そうに口を開いた。
「どうして……どうしてこの集落を襲ったんですか?」
「何じゃと?」
「どうしてこの集落を襲ったのか訊いているんです!あなたの……あなたのせいで何人の人が犠牲になったか……」
言わずにはいられなかったのだろう。自分自身がバードマンでは無いとはいえ、同じ有翼の人間として、どうして何人ものバードマンが犠牲にならなければならなかったのか………。フリルフレアにはその理不尽な暴力がどうしても許せなかったのだろう。
しかしそんなフリルフレアに対し、どこか白けた視線を向けるザンゼネロン。言葉に出さずともその視線が「何をくだらない事を言っている」と物語っていた。
「下らんな。おぬしらとて飯は食うじゃろう?ワシにとっては人間が餌、ただそれだけじゃ」
「じゃあ……この集落を選んだのはたまたまだって言うんですか…?」
「たまたま見つけたことに変わりはないが、理由は他にもあるぞ?こんな辺鄙な所にある小さな集落じゃからな、全滅して集落ごと無くなってもだれも気が付かんじゃろ?あんまり大きな村とかを全滅させると王国の騎士団とかが討伐隊を結成したりして面倒なんじゃよ。その点こんな小さな集落ならその心配も無いわい」
「く……この…!」
ザンゼネロンの言葉に思わずカッとなり飛び出しそうになるフリルフレア。しかしその肩をドレイクが掴む。フリルフレアが振り向くと、ドレイクが「落ち着け」と言いながら首を横に振っていた。「怒りに任せてむやみに突っ込むな」と言いたいらしい。もっとも、ザンゼネロンとの最初の戦闘でフリルフレアが死んだ時に完全にブチギレて力任せに突っ込んで行ったドレイクの言って良い言葉では無い気がするが……。
とにかくフリルフレアを冷静にさせるため、彼女の頭を少し乱暴にワシワシと撫でたドレイク。そのままザンゼネロンの目の前に来ると大剣を肩に担いでザンゼネロンを見下ろした。
「よう魔獣野郎、確かに飯を食わなきゃ生きて行けない……それは俺たちもお前も変わらないからな、それをどうこう言うつもりは無いぜ」
「そ、そんな!ドレイク!」
後方でフリルフレアが抗議の声を上げる。ドレイクがザンゼネロンの言葉を認めたことが納得できないらしい。しかしドレイクは「落ち着け」と言いたげに片手をあげてフリルフレアを制するとニヤリと口の端を吊り上げる。その口の端からはわずかに炎が燻ぶっており、ドレイクの感情が昂っているのが分かった。
「けどよ、餌が欲しかったらテメエの縄張りで獲物を探せよ。それとも何か?魔界じゃ下等生物扱いで狩られる側だったか?」
「何ぃ……」
ドレイクを見るザンゼネロンの目つきが鋭くなる。ドレイクの言葉を明確な侮辱と受け取ったのだろう。だがドレイクはそんなことは気にもせずにさらに口を開く。
「偉そうに人様の縄張りに足を踏み入れてんじゃねえよ。他人に憑りつくしか能がない寄生虫野郎が」
「……………言ってくれるな、リザードマン風情が…」
ザンゼネロンの声に明らかな怒気が含まれる。ドレイクの挑発を真に受けての事だろうが、その怒りは既に臨界点を突破している様子だった。
「貴様ら如き『餌』が随分と調子に乗ってくれたな……。例え憑りつくことは出来なくとも、貴様らがワシにとっての『餌』であることに変わりはないと言う事を教えてやろう!」
その瞬間ザンゼネロンの眼がカッと見光られる。そしてその身体がみるみる膨れ上がっていき、身体はゴツイ筋肉質になり腕は太く長く体毛に覆われ、脚は太く、馬の様になり足先は蹄になる。顔には羽毛が生え目玉が血走り巨大になりながら飛び出る。頭髪がトサカに変化し、口先は巨大で端まで裂けた嘴になる。翼も巨大になり、さらに体全体が膨れ上がり15m以上の巨体になっていった。
バキバキバキ!
ザンゼネロンがその本当の姿を現したことで、小さかったその小屋は内側から破壊された。一旦小屋の外に飛び出たドレイク達は再びザンゼネロンと対峙する。
「よう、相変わらずデケェ図体してやがるな。邪魔だから今すぐ死んでもらうぜ」
「ほざけリザードマン!まずは貴様から血祭りにあげてやろう!」
ザンゼネロンは叫びながら拳を振り上げドレイクに向かって振り下ろす。ドレイクはそれを後ろに跳んで避けると、大剣をザンゼネロンの方に向けた。
「やれるもんならやってみろよ。本当にやれるんならな!」
次の瞬間叫びと共にドレイクが駆け出していく。大剣を肩に担ぎ、ザンゼネロンとの間合いを一気に詰めていく。そのすぐ後ろからはローゼリットとスミーシャが続き、後方ではフェルフェルが3連装式速射クロスボウの狙いを定め、アレイスローとフリルフレアが魔法を使うために精神を集中させていた。
「もうこれ以上……犠牲者は出させません!」
フリルフレアの決意の叫びが響き渡る。ドレイク達はこの戦いでザンゼネロンを倒すべく武器を握る手をしっかりと握り締めたのだった。




