第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第8話、魔物の正体を暴け その4
第8話その4
「皆さん、ちとよろしいですかのう?」
小屋に入って来るなりおもむろにそう言ったホーモン。かなりの怪我をしていたはずだったが、意外にも元気そうにしていた。とはいえそれでも歩行補助のための杖は突いているし、眼が真っ赤に充血していて痛みでもあるのか瞼が半分閉じている。体中に包帯がまかれており、正直何でこんな重傷の老人が普通に出歩いているのか不思議でならない。
「どうした爺さん?」
「ちょっとドレイク!ホーモンさん、でしょ!」
相変わらず名前を覚えようともしないドレイクを諫めるフリルフレア。そんな彼女の口うるささに面倒くさそうな顔をしたドレイクだったが、ホーモンを放って言い争う訳にもいかないので「はいはい、分かったよ」と適当に返事だけしてホーモンに視線を向けた。
「それで、なんかあったのか?」
「もうドレイク!言い方!相手はお年寄りなんだからもうちょっと丁寧な言い方出来ないの⁉」
どうやらドレイクのホーモンに対する口の利き方が気に入らないらしいフリルフレア。目を吊り上げて口を尖らせ、ドレイクに対してブーブー文句を言っているのだが、ドレイクは気にした様子もなく「あ~、ハイハイ」と適当に手を振って誤魔化していた。
「もう!そんな態度とって……ホーモンさんに失礼だと思わないの⁉」
「いや、もろに年寄り扱いしてるお前も結構失礼だと思うんだが……」
「本当にヨボヨボのお年寄りなんだから仕方ないじゃない!」
「………お前って時々さらっと毒吐くよな」
フリルフレアの言葉に若干たじろぐドレイク。ドレイクの言葉遣いよりもフリルフレアの言葉の方がよっぽど失礼な気がしたが、それを言うとフリルフレアに何を言い返されるか分かったものでは無いので、とりあえずは黙っておくことにした。
「それで?ホーモンさんは何か用事があって来たのか?」
ドレイクとフリルフレアに任せておくと一向に話が進まないことに気が付いたローゼリットが口を開く。そしてそのローゼリットの問いに「うんうん」と頷いて返事をするホーモン。どうやら本当に何か用事があった様だ。
「いやなに、ベルフルフさんはともかく、皆さんは依頼を受けた訳でも無いのにこの集落を守ってくださっているからのぅ。せめてお礼をせんといかんと思ってのう……」
「何だよ爺さん。お礼ならフリルフレアの力について考えを聞かせてもらうってことで話が付いたじゃねえか」
ドレイクの言葉に首を横に振るホーモン。
「それだけでは申し訳なくてのう……。2度も集落を救ってもらったわけじゃし…。じゃからここはひとつこれを受け取ってはくれまいかのう?」
そう言うとホーモンは懐から小さな箱を取り出した。その箱を開けると中には金色に輝く小さな鳥の彫像が入っていた。
「幸運をもたらすとされる黄金の鳥じゃ。これを皆さんに差し上げたい」
そう言って鳥の黄金像を差し出してくるホーモン。小さいが細かい細工が施されており相当高価な物である事が分かる。それを見たドレイクはホーモンの手からひったくる様に鳥の黄金像を取ると、思わず眼を輝かせながらそれを掲げて見せた。
「おお!話が分かるじゃね~か爺さん!そう言う事なら遠慮なく……」
「ちょ、ちょっと待ってよドレイク!」
嬉々として鳥の黄金像を掲げているドレイクの服を慌てたように引っ張るフリルフレア。
「こんな高価な物頂けませんよホーモンさん。お礼ならばもう頂いてるんですから……」
そこまで言ってから、ハッ!としたように仲間を見回すフリルフレア。勝手にお礼を断ってしまったが本当にそれで良かったのかどうか不安に感じたからだ。しかし予想に反して、ローゼリット達はフリルフレアを見て頷いている。どうやらフリルフレアの意見に賛同している様だった。
「お前の言う通りだフリルフレア。報酬ならば既にもらっている」
「そうそう、フリルちゃんの事が分かっただけで十分だって!」
そう言ってウンウン頷いているローゼリットとパチン!とウィンクしているスミーシャ。
「何もお金だけが全てじゃありません。今回頂いた情報は十分価値のある情報でしたからね」
「…フリル…フェニックス…うぇ~い…」
すました顔でそう言うアレイスローととりあえず何となくそう言っているだけのフェルフェル。
とりあえず4人が自分と同じ意見だと知りホッとするフリルフレア。しかし当然の様に隣ではドレイクが不満顔をしている。
「何だよ、くれるって言うんだから貰っとけばいいじゃんか」
「あのねドレイク、この集落ただでさえ財政厳しいって話なんだし、そんな所からこんな高価な物貰う訳にはいかないでしょう?」
「いや、でもさぁ…」
「良いから、それはホーモンさんに返すの」
「チェ~」
フリルフレアに言われ面白くなさそうにホーモンに鳥の黄金像を返すドレイク。ホーモンは「そ、そうですか…」と言いながら鳥の黄金像を受け取ると箱の中にしまってしまった。
「しかしそれではわしの気が済まないのじゃが……そうじゃ!それならばせめてもう一度薬草茶をご馳走させてくれんかのう?」
「え⁉薬草茶ですか⁉」
ホーモンの薬草茶と言う言葉に飛びつくフリルフレア。アレイスローも「あのお茶ですか、良いですねぇ」とほっこりしている。そしてローゼリットの「是非頂きたい」と言う言葉が決定打となりホーモンが薬草茶を淹れることになった。
「うえ~、あの苦い茶をまた飲むのかよ」
嫌そうに舌を出しているドレイクだったが、この場で何を言っても薬草茶を飲むことは覆りそうもなかった。
「……あのお茶滅茶苦茶熱くて飲み辛いんだよね…」
「…フェル…苦いの…嫌い…」
猫舌なスミーシャと苦いのが嫌いなフェルフェルも不満をもらしているがどうやら無駄な様子だった。
席を外して小屋の台所に薬草茶を淹れに行くホーモン。フリルフレアは「薬草茶、楽しみだねドレイク」などと言っていたがドレイクは「お前何であんな苦い物が楽しみなんだよ、舌イカレてんじゃねえの?」と渋い顔をしていた。
(………あれ?あの爺さん……薬草茶って薬草で淹れるんだよな?薬草取りに家に戻らねえけど、持ち歩いてんのか?)
ドレイクのちょっとした疑問。そんなことはさておき薬草茶を持って現れるホーモン。相変わらず濃い濁った緑色をしており非常に苦そうに見える。
「…苦そう…」
普段あまり感情を顔に出さないフェルフェルがあからさまに嫌そうな顔をしている。よほど苦いのが嫌らしい。
「フォッフォッフォ。安心なされ、今回のは少し手を加えて飲みやすくなっておるからのう」
そう言うとドレイク達の前に薬草茶を配るホーモン。そのホーモンの言う「手を加えた」せいかどうかは分からないが、心なしか前回よりもさらに色が濃い気がする。
「ささ、飲みやすくなっておりますからのう。一口でグイっと飲み干してくだされ」
そう言って再び「フォッフォッフォ」と笑い声をあげるホーモン。
「はい、いただきます」
そう言って嬉しそうに薬草茶の器を手に取るフリルフレア。ローゼリットとアレイスローも嬉々として器を手に取る。そしてスミーシャとフェルフェルは気が進まない顔で器を持ち上げ、ドレイクは手に持った器から薬草茶の匂いを嗅ぎ、その苦そうな匂いに「うえ~」とか言いながら目を瞑って一気に口の中に流し込んでいた。
そして嬉しそうにフリルフレアが口を付けようとする中、ローゼリットがそれよりも素早く薬草茶に口を付ける。
「……!」
次の瞬間薬草茶を吐き出したローゼリット。全員に向けて鋭く「飲むな!」と叫んでいた。
「え?」
ローゼリットの叫びに思わず手を止めるフリルフレア。アレイスローも驚いてように手を止めてローゼリットを見ている。スミーシャとフェルフェルはどこかホッとしたように薬草茶の器から手を離していた。
「ど、どうしたのですかな…」
ローゼリットの行動に若干の動揺が見て取れるホーモン。そんなホーモンを睨み付けながらローゼリットは器の薬草茶をひっくり返して床にぶちまけた。
「とぼけるなよホーモン。この薬草茶には毒が入っているな?」
「な、何をおっしゃいます。毒など…」
「生憎だが私は暗殺者だ。毒が入っていればすぐに分かる」
鋭く冷たい声でそう言うローゼリット。それに対しホーモンは言葉に詰まっている。
「そ、そんな…」
「何故毒なんか…」
薬草茶に毒が入っていたことがよほどショックなのか呆然とホーモンを見つめるフリルフレアとアレイスロー。そしてそんな中ドレイクが頭をポリポリと掻いている。
「え?毒………俺飲んじゃったけど…」
「お前じゃ酷くても腹壊す程度だから問題ない」
ドレイクの言葉にフリルフレアが心配する声を上げるよりも早くローゼリットがさらっと冷たい声を浴びせる。確かにドレイクは以前普通の人間の致死量の10倍の毒を舐めておきながら腹を壊す程度で済んだ実績がある。毒殺は難しいだろう。
「な、何をおっしゃいます?わしが毒など……」
苦しい言い訳を始めようとするホーモンだったが、ローゼリットの視線が鋭さを増しただけだった。
「そもそも初めから薬草茶に毒を仕込んで飲ませるつもりだったのだろう?薬草を最初から懐に忍ばせておいたのが何よりの証だ!」
「ああ、そう言えば薬草を取りに戻らなかったよな」
ドレイクもウンウン頷いている。
「で、ですが……それならば毒は何処から?」
そう言ってホーモンに視線を向けるアレイスロー。ローゼリットの言葉は信用できるものだったが、どこかホーモンの事を疑いきれていない様子だ。
「毒か……毒ならば目の前にあるだろう?」
「えっと……目の前?」
スミーシャが「分からない」と言いたげに前を見るが、そこにはホーモンしかいない。しかし次の瞬間ローゼリットは手の中にあった空の器をホーモンに投げつけた。
ダッ!
驚いたことにホーモンはその器を、老人とは思えない様な素早い動きで避けていた。
「チッ……」
ホーモンの舌打ちがあたりに響く。何とホーモンの左腕に細長い針が突き刺さっていた。
「おのれ……」
唸る様に呟くホーモン。その左腕に突き刺さっているのはローゼリットの放ったシューティングニードルだった。ローゼリットは器を投げた次の瞬間ホーモンが避ける方向を予測してシューティングニードルを撃っていたのだ。そしてその長い針を伝って紫色の血が流れ落ちている。
「毒ならそこにいくらでもあるだろう?お前の紫色をした毒の血だ。なあ、そうだろう………ザンゼネロン!」
ローゼリットが叫びと共にホーモンを……いや、ホーモンの姿をしたザンゼネロンを指差している。そんな中、ホーモンに化けた魔獣の歯ぎしりする音だけが虚しく響き渡っていた。




