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第2章 赤蜥蜴と赤羽根とアサシンギルド 第4話、ぶつかる想いと二人のケンカ

     第4話、ぶつかる想いと二人のケンカ




「さっきも言ったが事の発端はこの間のマン・キメラ事件だ……。暗殺術を使った現場をギルドの者に見られた…」

「暗殺術って………同じギルドの人に見られちゃいけないんですか?」

 ローゼリットの言葉にフリルフレアが疑問を挟む。ローゼリットの言わんとしていることがよくわかっていない様子だった。

「いや、私の暗殺術をたんにギルドの者が見ただけなら何の問題もなかったんだ……。問題はその場にスミーシャが居たことだ……」

「あ、あたし………?」

 スミーシャが気まずそうに自分を指さす。ローゼリットはそれにコクンと頷いた。

「正直あの時は怪我をしたお前を目の前にして気が動転していた……。とにかく目の前の化け物を一刻も早く倒さなければと必死だったんだ…」

「分かるよ……。ローゼはあたしのために頑張ってくれたんだもんね……」

 そう言ってスミーシャはローゼリットの手を取ると両手で握りしめた。

「ローゼは何も悪くないよ」

「いや……私が悪かったんだ。油断して……物陰からの視線に気が付かなかった…」

 俯くローゼリット。スミーシャとフリルフレアが心配そうに視線を向ける。

「どうも言いたい事が分からないな。つまりは何が問題だったんだ?」

 要点が分からず、口を挟むドレイク。それに対しローゼリットは苦い顔をした。

「問題と言えば問題だらけだったんだ。私が暗殺術を安易に使ったのも、マン・キメラなんて化け物が現れたこと自体も全て問題だった」

「……うむ」

「………だが要点として挙げるならば、問題は二つ。一つは私がスミーシャの前で暗殺術を使ってしまったこと……そしてもう一つは…」

「その踊り猫の前で暗殺術を使ったところをギルドのやつに見られた事か」

「ああ、そうだ」

 ドレイクの言葉に頷くローゼリット。その顔には後悔の色が滲んでいた。

「暗殺者ギルドは完全な秘密組織だ。その存在を明るみに出そうとする者は抹殺してでも秘密を守ろうとする……」

「え~とつまり……今回の場合って……」

「ああ、ギルドはスミーシャの抹殺を私に命じるはずだった」

「うわああ!やっぱりかぁ!」

 思わず悲鳴に近い声を上げて頭を抱えるスミーシャ。イヤな予感がしていたが的中してしまったのだ。

「ど、どうしようローゼェ……。まさかローゼ、あたしのこと殺すの……?」

「冗談を言うな!そんなことが出来るか!」

 スミーシャの言葉に思わず声を荒げるローゼリット。立ち上がったかと思うとスミーシャの両肩を掴み、その瞳を覗き込む。

「良いかスミーシャ。お前のことは何があっても私が守ってやる」

「ローゼ………それってもしかして愛の告白…?」

「スミーシャ、私は真面目な話をしているんだ」

 そう言うとローゼリットは、スミーシャの肩を掴んでいた手を放し、彼女の両頬に手を添える。そしてそのままその両頬を思いっきり引っ張る。

「私が誰のためにこんなに気をもんでいると思ってるんだ」

「い、いひゃいいひゃい、ごえんろーえ(い、痛い痛い、ごめんローゼ)」

 半ベソかいて謝るスミーシャ。そんな二人を見ながら、黙って話を聞いていたドレイクが口を挟む。

「おい金目ハーフ。お前さっきこう言ったよな?『踊り猫の抹殺を命じるはずだった』って……」

「………ああ」

「はずだった、ってことは実際は命じられていないんだな?」

「え⁉それホント⁉ねえローゼ!」

 実際には命令が出てない可能性があると知り、嬉々としてローゼリットを揺さぶるスミーシャ。しかし、それに対しローゼリットは若干渋い顔をしていた。

「確かに……スミーシャを殺す命令は出ていない…」

「ホント‼・ヤタッ!」

 思わず諸手を挙げて喜ぶスミーシャ。しかしローゼリットは気まずそうに3人から視線を逸らしている。

「あれ?でもローゼリットさん、ドレイクに襲い掛かったんですよね?」

 フリルフレアの言葉に、思わずビクッと反応するローゼリット。それを見逃さなかったドレイクの眼がギラリと光る。

「おい金目ハーフ。………お前、誰を殺すように命令されてるんだ?」

 ドレイクの言葉にローゼリットの額から汗が流れ落ちる。何か都合の悪いことを隠しているようなそんな感じだ。

「……俺なんだな?」

「…ぐ」

 言葉に詰まるローゼリット。フリルフレアが目を丸くしている。

「え⁉どうしてここでドレイクなんですか?別にドレイクは関係ないんじゃ……」

 フリルフレアの言葉にローゼリットの額を伝う汗の量が増加する。明らかに何か隠していた。

「どうしたのローゼ?何か顔色悪いよ?」

「い、いや、何でもないんだスミーシャ…」

「何でもなくないだろうが金目ハーフ」

 ローゼリットが言い終わる前にドレイクの言葉が遮る。ドレイクの額には怒りマークが浮かんでいる。

「おい金目ハーフ、どういうことだか全部話してもらうぞ」

 額に怒りマークを浮かべたままドレイクはローゼリットに指を突きつけた。






「実はな……暗殺術を使った現場を目撃したのはハス・ボレルと言う奴で、こいつは言わば暗殺者同士をつなげる連絡係のような奴なんだが、そいつがマスターに報告した際に、スミーシャのことを報告しなかったんだ」

「何でだ?」

「そんなことは私が知りたい。正直マスターに呼び出されて『お前、冒険者仲間の前で暗殺術を使ったらしいな』って言われた時は心臓が飛び出すかと思ったが…」

 そう言ってスミーシャの方を見るローゼリット。

「次に出た言葉が『そこにいた仲間とはどんな奴だ』って訊かれて内心ホッとしたんだ。仲間がスミーシャだってことまではばれてないんだって……」

 胸をなでおろすしぐさをするローゼリット。スミーシャも自分が現場にいたことがばれていないようで内心安堵していた。

「それがどうしてドレイクに繋がるんですか?」

 もっともな疑問で口を挟むフリルフレア。横のドレイクを見ると嫌な予感がするのか若干目が吊り上がっている。

「金目ハーフ、お前まさか……」

「ああ、それでマスターに『その場にいたのは赤蜥蜴と言う異名を持つ赤い鱗を持ったリザードマンです。名はドレイク・ルフト』って答えたんだ」

 バツが悪そうに言うローゼリットに、ドレイクの眼がさらに吊り上がる。

「ふざけんな!なんで俺なんだ!」

「いや、だって………」

 そこまで言って一旦言葉を切るローゼリット。その視線は完全に泳いでいる。

「フリルフレアじゃかわいそうだろう?私もこの娘を手には掛けたくない」

「ミィィ、ローゼリットさん……」

 ローゼリットを見上げるフリルフレア。自分に危害を加えたくないと言ってくれたローゼリットの優しさに思わず眼が潤む。もっとも自分の相棒を手に掛けようとしていたことなど完全に忘れているようだが……。

「他にもいるだろうが!」

「そうは言っても、ゴレッドはその時仕事で町にいなかったし、ロックスローは偽物だったんだろう?他にちょうどいい奴なんて……」

「意味が分からん!探せばごまんといるだろうが!」

 ドレイクの言葉にローゼリットは首を横に振った。心なしか真剣な表情をしている。

「私もそんなに顔が広い訳じゃないからな。それに……」

「それに……何だ?」

「それにお前ならワンチャン、殺しても死なないかと思って……」

「殺したら死ぬわ!アホか!」

 こいつこんなアホキャラだったのか⁉わざとボケてんのか⁉と思わず頭を抱えるドレイク。

(ワンチャン、殺しても死なないって、こいつ俺を何だと思ってやがる!)

 心の中で思わず悪態をつくドレイク。ローゼリットをジロリと睨む。

「とにかく、マスターからは『そのドレイクと言うリザードマンを殺せ』と命令されているんだ。だから悪く……」

「思うわバカタレ!そもそも目撃したのが踊り猫なら最初からギルドにそう報告すればいいだろうが!」

「何を言う!私にスミーシャを手に掛けろと言うのか⁉」

「だからって俺を手に掛けていい理由にはならねえ!」

「いや、だからお前なら殺してもワンチャン死なないかと……」

「殺したら死ぬつーの!当たり前だろ!」

「猛毒舐めたくせに腹を下しただけで済んだ奴が良く言う…」

「てめえ…俺を殺そうとしたこと、まったく反省してないだろ!」

 言い合っているドレイクとローゼリットをしり目に、フリルフレアが何やら考え込んでから口を開く。

「でもローゼリットさん、先ほどのお話だとギルドのマスターさんて結構丸くなられたんですよね?」

「おお!それだフリルフレア!温厚そうなそのダルイゼンって奴を金目ハーフが説得すりゃ良いじゃないか!」

「ミィィィ。ドレイク、何処のテラサイズのビョーゲン菌ですか。ヒーリングッバイされちゃうよ?」

「ヒーリン………何だって?」

 フリルフレアの言った謎の言葉にツッコミが追い付かないドレイク。しかしフリルフレアはそれには答えず、少し自慢気に人差し指など立ててエッヘンと威張っている。

「良い、ドレイク?マスターさんの名前はドライセンさんだよ?」

「お前も良質な量産型起動兵器になっているぞフリルフレア。マスターの名前はトラウセンだからな」

「あ、そうでした」

 「いけない」とばかりに頭の後ろを掻くフリルフレア。スミーシャが「どうしたのフリルちゃん⁉まさか赤蜥蜴が伝染(うつ)った⁉」とか心配をしていた。それに対しドレイクは「赤蜥蜴が『伝染(うつ)る』ってなんだよ、『伝染(うつ)る』って……。それを言うなら『バカが伝染(うつ)る』だろうが」とか言っていた。ちなみに、さらにそれに対してフリルフレアが「伝染るってことはドレイク、バカなの?」とか言っていた。

 ……脱線がひどいので話を……いや、時を戻そう。

「もう一度言いますけどローゼリットさん、ギルドマスターのトラウセンさんて結構丸くなられたって言っていましたよね?」

「そうだ!だからそのギルドマスターを金目ハーフが説得すれば……」

「すまんが赤蜥蜴、それは恐らく無理だろう」

 フリルフレアとドレイクの言葉に、ローゼリットは首を横に振って答えた。目に見てわかるほど浮かない表情をしている。

「正直言ってマスターは変わってしまったんだ。私が冒険者になったころは性格も丸くなりとても温厚だったんだが、ここ数ヶ月ほどでガラリと変わってしまったんだ」

「変わったって……?」

 スミーシャの言葉に深刻そうな表情で頷くローゼリット。

「昔の様に戻ってしまった………と言うよりも、昔よりもさらに冷たくなってしまったんだ」

「冷たくなった?」

 ドレイクの言葉にローゼリットは頭を押さえた。思い出したくもない、そんな感じに見える。

「昔よりもさらに冷酷に、残酷になってしまった気がするんだ……」

「冷酷に……残酷…ですか?」

「ああ……。昔は暗殺の仕事にしても余計な被害は出さずにターゲットだけを狙うシンプルなやり方を好んでいたんだが………最近はそんなのお構いなしで、ターゲットさえ殺せれば他にどれだけ被害が出ても良いと考えているようなんだ」

「えっと……つまりはどういうことですか?」

 少し分からないと言った風なフリルフレアに、ローゼリットはため息をついた。そして絞り出す様に口を開く。

「簡単に言えば、昔のマスターは無関係な人は殺さなかったが、今のマスターは無関係な人間も平気で殺すってことだ……」

 そう言ってローゼリットは拳を握り締めた。手が力むあまり拳がブルブル震えている。

「正直……分からないんだ…。なぜマスターが突然変わってしまったのか……。一時期は暗殺者ギルドをたたむとさえ噂されていたのに…」

「ギルドをたたむ?」

 スミーシャの言葉に頷くローゼリット。

「ああ、3年位前からかな…ギルドの中でちょくちょく噂されていたんだ……マスターがギルドをたたむつもりだって…」

「え?それじゃあ…」

「いや、本当にたたむつもりだったのかは分からない。あくまで噂だからな」

 そう言うとローゼリットは立ち上がって、ドレイクを指差した。

「とにかく赤蜥蜴、お前が私に殺されれば万事解決……」

「する分けねえだろうが、アホかお前!」

 思わず尻尾で床をビシリと叩くドレイク。そしてローゼリットにジト目を送る。

「つまりは、そのギルドマスターの説得も無理、踊り猫も殺したくない、だから俺を代わりに殺せば万事解決だと?」

「まあ……そう言うことだな……」

 至極真面目な顔でそう言うローゼリットに、思わずため息をつくドレイク。

「お前……その目撃した連絡係のやつが本当のことを言ったらどうする気だったんだ?」

「え⁉……いや…だがハス・ボレルはスミーシャのことは報告していないみたいだったぞ?顔までは見なかったんじゃないか?」

「分からないぞ?あとでお前との取引材料にするつもりだったのかもしれない」

「と、取引材料?」

「それだけじゃない。もしかしたらそいつは踊り猫のことを報告していたかもしれない。そのうえでギルドマスターがお前のギルドへの忠誠心を試すためにわざと知らないふりをしたのかもしれない」

「し、知らないふり⁉……もしそうなら…」

「お前はまんまと引っかかったことになるな」

 ドレイクの言葉にローゼリットの顔が青くなる。もしそうなら、自分は裏切り者として、スミーシャは目撃者としてギルドから狙われることになる。それは非常にまずい。

「やはり、身を隠すしか……そうだスミーシャ、お前も今日から屋根裏に移れ」

「やだよそんなの」

 名案が閃いたとばかりに言うローゼリットに、スミーシャは若干冷たい視線を送った。






「でもローゼリットさん、何で屋根裏なんかに潜んでいたんですか?」

 フリルフレアがもっともな疑問を口にする。実はドレイクとスミーシャも訊こうと思いつつ躊躇していた質問だったが、フリルフレアは気にすることなくズバッと質問していた。

「いや、万が一にも暗殺者ギルドの連中にスミーシャのことがばれるとまずいからな。念のためスミーシャと距離を取ろうと思ったんだ」

「それならそれで、一言声をかけてくれればよかったのに」

 そう言ってスミーシャが頬を膨らませる。ローゼリットは再びベッドに座ると隣のスミーシャの膨らんでいる頬をつついた。

「暗殺者ギルドのこともあったから、うまく説明できなかったんだよ。悪かった」

「まあ、素直に謝ったから許すけど…」

 そう言ってベッドの上で膝を抱えるスミーシャ。若干、まだ納得しきれていなさそうである。

「踊り猫にはすぐ謝るくせに、俺への謝罪は無いのか?」

 ドレイクの呟きはローゼリットやスミーシャはおろか、フリルフレアにまで無視された。

「それに屋根裏に隠れていれば、ギルドにスミーシャのことがばれて、連中がここを襲撃してもすぐに飛び出せるだろう」

「ローゼ……それってもしかしてあたしを守るため…?」

「まあ…その、そうだ」

「ローゼ♡」

 気恥ずかしそうに頷くローゼリット。それを見ているスミーシャは嬉しそうだった。相棒が自分のことを守ろうとしてくれていたことに感激らしい。

「しかし……暗殺者ってのは踊り猫をどうにかできるほどの腕なのか?」

 ドレイクの言葉にローゼリットはしっかりと頷いた。しかし、それを見たスミーシャは若干不満層である。

「あたしだって、それなりには腕に覚えがあるんだけど」

「分かっている。暗殺者だって強い者もいれば弱い者もいる。個人間の実力差はいくらでもあるんだ」

 そう言ってローゼリットは腕を組んだ。目を閉じて少し考え込む。

「スミーシャ相手だと考えた場合、まず正面から()りあってスミーシャに勝てる奴はほとんどいないだろう。だが、夜寝静まったころを狙っての暗殺なら可能な奴はいくらかいる」

「どれくらい?」

 スミーシャの問いにローゼリットは一言「そうだな…」と呟き、顎に手を当てた。

「スミーシャも私ほどじゃないが探知能力は鋭いからな……それでも10人位は居るだろう」

「そんなにいるんだ……」

 少しゲンナリした表情のスミーシャ。しかし気にせずローゼリットは言葉を続けた。

「スミーシャと正面から()りあって勝てる奴……いや、私が『解析眼(アナライズアイ)』を使った状態でも正面から戦って勝てない奴は恐らく…3人」

「ローゼがあの状態で勝てない相手が居る訳⁉」

 驚きの声を上げるスミーシャ。マン・キメラ戦で「解析眼」を発動させたローゼリットの強さを目の当たりにしているだけに驚きを隠せなかった。

「戦ったことがある訳じゃないが……おそらく私が負けるであろう奴らがな」

「どんな奴らなんだ?」

 ドレイクの言葉にローゼリットは少し苦い顔をする。考えたくも無いと言った風だった。

「サブギルドマスターのカッパー・レドナンス。通称『拷問卿』。『アイアンボディ』バリィ・ランキッドは鋼の肉体を武器に無手で殺しを行う。そして最強の女暗殺者、『レジェンドオブレジェンド』の異名を持つロッテーシャ・イベラ。この3人だ」

「何か暗殺者って地味なイメージあったけど、結構大層な二つ名があるんだな」

「私が知るか、周りの連中が勝手にそう呼んでいるんだ」

 そう言って大きく息を吐くローゼリット。その横でスミーシャがローゼリットの顔を覗き込んでいる。

「ちなみにローゼの二つ名は?」

「………レディスレッド……」

「あら、ちょっとかわいらしいですね」

「他のやつらが勝手にそう呼んでいるだけだ!」

 フリルフレアの言葉に、若干顔を赤くしながら叫ぶローゼリット。どうやら本人的にはちょっと恥ずかしいらしい。

「とにかく、ギルドが新たに暗殺者を差し向けてくる可能性だってある」

「その場合、差し向けられる先って俺じゃないのか?」

 そう言ってジロリと睨むドレイクに、ローゼリットなバツが悪そうに視線を逸らした。

「まあ、今のところそうなるんだが……」

「お前なぁ……。まあ、暗殺者なんぞいくらでも返り討ちにしてやるけどな」

「ミィィ、ドレイクのその自信はどこから来るの?」

 ドレイクの自信家ぶりに半ば呆れているフリルフレア。

「今は身を隠して様子を見るべきだと思う。打開策を練るにも時間が欲しいしな」

「打開策って?」

「それは……まだ考え中だ」

 スミーシャの問いに渋い顔で答えるローゼリット。それに対しフリルフレアが不満の声を上げる。

「でも、それだとローゼリットさんはずっとドレイクのことを狙い続けるってことになりませんか?」

「何だ、まだ懲りずに狙ってくるつもりか?」

 ドレイクがローゼリットの方を向く。口ぶりは不満そうだったが、その表情は「やれるものならやってみろ」と如実に物語っていた。

「いや、一応ギルドには赤蜥蜴を狙っている風を装って報告するが、実際にはもう狙わないよ。正直、返り討ちにあったら敵わない」

「やっぱり、赤蜥蜴相手じゃローゼでも分が悪い?」

 スミーシャの言葉にハッキリと頷くローゼリット。少々非難がましい視線をドレイクに向けた。

「こいつは化け物だ。前に熊のライカンスロープを素手で葬ったところを見てたから、正面から戦っても勝ち目がないのは分かっていたが……」

「奇襲をかけても無理だった?」

「ああ。大体特注のミスリル製の鋼線を引きちぎるって一体どういうことだ?」

 思わず頭を抱えるローゼリット。短剣、鋼線、毒、全て利かなかったドレイクをどうやって殺せるのか、ローゼリットが訊きたい気分だった。

「いっそのこと、どこか遠くへ逃げちまえば良いんじゃないか?」

 ドレイクの言葉に、スミーシャがオズオズと手を上げる。

「あ…うん。ローゼ、あたしもその意見に賛成だな」

「スミーシャ……」

「そのね……暗殺者ギルドがローゼにとって大切な場所って言うか…実家?みたいなものだって言うのは何となく分かるよ…」

 スミーシャの言葉にローゼリットは少し力なく首を横に振った。

「いや……そんな大層なものでもない。今まで育ててくれた恩がある、ただそれだけだ」

「それならなおのこと……逃げたらいいんじゃないかな」

「……………」

 押し黙ってしますローゼリット。スミーシャは構わず続けた。

「確かに近くの町とかだと見つかっちゃうかもしれないけど、もっと遠くの町に逃げればきっと大丈夫だよ」

「…………無理だ」

 搾り出すようなローゼリットの声。スミーシャの言葉を否定する。

「無理じゃないよ。きっと大丈夫だよ、あたしとローゼ、フリルちゃんの3人なら」

「ミィィ!私もですか⁉」

「おいコラ踊り猫。こいつは俺の相棒だぞ」

「あ、赤蜥蜴はいらないからついてこないでね」

「行くか!って言うか、逃げるなら二人で逃げろよ!」

 ドレイクのもっともな意見。だが、それを否定したのはスミーシャでは無くローゼリットだった。

「無理なんだ!…暗殺者ギルドは絶対に裏切り者を許さない……逃げれば私とスミーシャは確実に追い詰められて………殺される」

「そんなの分からないよ、うまく逃げられるかもしれないし…」

 そう言ってローゼリットの手に触れるスミーシャ。だが、次の瞬間その手はパァン!と音を立てて打ち払われていた。

「お前は暗殺者ギルドの恐ろしさを全く分かっていない!暗殺者ギルドって言うのは何もこの町だけに存在するわけじゃないんだ!国中いや、世界中に散らばって存在しているんだ!それに恐ろしいほどギルド間の繋がりが強い!絶対に逃げられないんだ!」

「それなら、もっと遠くに……ギルドの無い町を探してさ。探せばきっと見つかるよ。だからそんな街を探し出してそこに逃げれば……」

「無理だと言っているのが分からないのか⁉それに逃げればそれだけ制裁は重くなる。ただ殺されるだけならまだましな方だ!下手をすれば拷問に掛けられてじわじわと嬲り殺されるんだぞ⁉」

「そんなこと……」

「あるんだよ!前例が居るんだ!……私は…あんな殺され方は絶対にごめんだ!」

 そう叫ぶローゼリットの瞳は明らかな恐怖が滲んでいた。ローゼリットの中の死への恐怖はまだ克服されていない。それに今の彼女には自分の命よりも大切な存在が居る。

「それに………もしお前がそんな目にあったら……」

 想像しただけで背筋が凍った。自分は絶対に死にたくなかった。だがそれ以上にスミーシャに死んでほしくなかった。たとえ自分が死んでしまってもスミーシャには幸せに生きていてほしい、そう願っていた。それに相手が相手だ。自分だけではスミーシャを守り切れない、それは分かっていた。

 それだけにどうすればいいか分からない。だが、逃げれば確実に捕まって殺されるだろう。それだけはどうしても避けたかった。

「……何よ……ローゼの意気地なし!」

 突然のスミーシャの罵倒にハッとするローゼリット。スミーシャはベッドを下りて立ち上がると、拳を握りしめながら叫んでいた。

「さっきから無理だとか殺されるとか……そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!」

 そう叫ぶスミーシャの瞳からは涙があふれていた。

「まだやってもいないのに、逃げるのは無理だとか、見つかって殺されるとか、いつものローゼらしくないよ!」

「私らしくない?……じゃあ、私らしいってなんだよ」

「いつもの通りだよ!ちょっと自信家で、クールに決めてて、どんな時だって諦めない。あたしが憧れた、大好きだったローゼはそういうローゼだもん!」

「……ぐ…」

 痛いところを突かれ、苦いを通り越して苦しい表情になるローゼリット。スミーシャは構わずまくしたてた。

「なのに何?さっきから『殺される』とか『あたしに何かあったら』とか!」

「そ、それは……」

「今までだってあったじゃない!冒険の中で命の危険だってあったじゃない!でも……二人で、一緒に乗り越えて来たじゃない‼」

 ポロポロと涙をこぼすスミーシャ。だが、それでもローゼリットは視線を逸らしてしまった。今のスミーシャを直視できなかった。

「それでも…私は……」

「もう良いよ!ローゼのバカァ‼」

 そう叫ぶとスミーシャは部屋の扉をあけ放ち外に飛び出して行ってしまった。泣きながら飛び出して行ったスミーシャが虎猫亭の外に出て行ったであろうことが騒がしい音で分かった。

「ミィィ……ローゼリットさん…」

「………すまない、放っておいてくれ……」

 そう言うとローゼリットはドレイクとフリルフレアに背中を向けた。もう語るつもりは無いと言う事らしい。

 ドレイクは心配そうなフリルフレアの肩を軽く叩くと、首を横に振った。「もう俺たちが口を挟んでいい事じゃない」そう言いたげだった。

「金目ハーフ。もしいい案が思いつかずに俺の首が欲しくなったらいつでも来い。返り討ちにしてやる」

「…………すまん」

 謝るローゼリットを残し、ドレイクとフリルフレアは部屋を後にした。

「……スミーシャ……私はどうすればいいんだ………?」

 部屋の中でローゼリットの呟きが静かに響いた。


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