第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第8話、魔物の正体を暴け その1
第8話、魔物の正体を暴け
第8話その1
アレイスローが届いた本を読んでザンゼネロンや光の魔物について調べ始めて3日が経過した。その間ザンゼネロンも光の魔物も襲撃してくることはなかったが、ドレイク達は警戒を怠らず二人一組で見回りをしていた。警備隊のメンバーの中で無事な者達の協力もあり、集落の中を隅々まで見回ることが出来た。だが、魔獣や魔物が襲撃することはおろか、どこかに潜んでいる形跡も見当たらなかった。
「あんなに突然現れるんだから、絶対集落のどっかに隠れてるんだと思うんだけどな……?」
「ミィィィ……。でも光の魔物はともかく、あの大きいザンゼネロンが隠れられるスペースなんてあるかな?」
「む、確かに……」
フリルフレアに正論で返され、反論できずに納得してしまうドレイク。見回りついでにザンゼネロンや光の魔物が隠れていないか探し回っているのだが、やはりそれらしい形跡は全く見つからなかった。
仕方なくそのまま借りている小屋に戻るドレイクとフリルフレア。小屋に戻るとベルフルフを含む残りのメンバー全員が揃っていた。
「やっと戻ってきやがったか」
「ああ……どうした?何かあったのか?」
ベルフルフの物言いが自分たちを待っていたように感じられたので思わず疑問を口にするドレイク。隣ではフリルフレアが「どうかしたの?」とでも言う様に小首を傾げている。
「ドレイクさんとフリルフレアさんも席に着いてください。少し長い話になります」
アレイスローがそう言って二人に席を勧める。ドレイクとフリルフレアは思わず顔を見合わせたが、とりあえずアレイスローの言う通りに席に着いた。ちなみに長方形のテーブルの、端にアレイスローが座っておりその右側にフェルフェル、ローゼリット、スミーシャ、その向かい側にベルフルフ、ドレイク、フリルフレアが座っている。
「さて、みなさんに集まってもらったのは他でもありません。私がこの3日間で調べ上げたことを聴いてもらうためです」
そう言って全員を見回すアレイスロー。しかしそんなアレイスローの言葉をベルフルフは鼻で笑い飛ばす。
「フンッ。調べて何か分かったのかよ?光の魔物の倒し方でも分かったってのか?」
「はい、分かりました」
「何⁉そりゃ本当か⁉」
事も無げに言ったアレイスローに、思わず腰を浮かせて叫ぶベルフルフ。あれだけ苦戦した相手の倒し方が分かったというのだから無理もないのかもしれない。
「言っとくが、大して効きもしない剣でひたすら斬りまくるとかは無しだぞ⁉」
「そんなアホなことは言いませんよ」
ベルフルフの物言いに思わず苦笑いするアレイスロー。しかしすぐに表情を引き締めると、懐から本を取り出した。アレイスローが魔物に関して調べるのに使っていた本だ。アレイスローはその本を開きページをパラパラとめくっていく。そしてとあるページで止めると、そのページを見せるようにテーブルの真ん中に置いた。
「まず光の魔物の正体から説明しましょう」
アレイスローはそう言うとそのページを指差す。そのページには丸い球の中に人影が浮かんだ魔物の絵と、それに関する記述らしきものが書かれていた。もっとも書かれている文字が中央語でも無ければ東方語でも西方語でもないため何と書いてあるのか全く分からない。
「………なんて書いてあるのかサッパリ読めないが……?」
ローゼリットの指摘を受け、アレイスローが「ああ、そうでした」とか言いながら手をポンッと打っている。
「すみません、そう言えばこれは古代魔導語で書かれているんでした。皆さん読めませんよね」
そう言って頭をポリポリと掻いているアレイスロー。そんなアレイスローに皆ジト目を送っている。
「おうおう、弐号の奴が自分頭いいですアピールし始めたぞ」
「これだからインテリはいけ好かねえなぁ」
こんな時だけ気が合うドレイクとベルフルフ。知識のひけらかしが気に入らないらしい。
「別にひけらかしているつもりは無いんですけどね。それで、光の魔物の正体ですけど……」
そう言ってアレイスローは全員を見回した。ドレイク達はアレイスローの次の言葉を固唾を飲んで見守る。
「奴は恐らくリビングゴーストと言う魔物……正確に言えば現象です」
「は?……現象?」
アレイスローの物言いに思わず疑問の声を上げるベルフルフ。アレイスローはそんなベルフルフを手で制すとさらに言葉を続ける。
「そうです。あれは言わばリビングゴースト現象と言うべきものなのです」
「何だそりゃ?」
「言ってることの意味がさっぱり分からん」
ドレイクとベルフルフが口々に囃し立てているが、フリルフレアやフェルフェルも同意見らしくウンウン頷いている。そんな皆を両手を上げて制したアレイスローはオホン!と咳払いすると口を開いた。
「一から説明しましょう。まず、あの光の魔物自体は実は魔物ではありません。言わば幻と生霊の中間の様なものなのです。なのでいくら斬っても効果が有りません」
「お前、あの時少しは効果があるって言ってたじゃねえか」
口を挟むベルフルフ。先の襲撃の際アレイスローがベルフルフの攻撃がわずかだが効果があると言っていたことを示唆しているのだろう。しかしアレイスローはアッサリとその言葉に頷いて見せた。
「ええ、その通りです。確かに効果があります。あのままベルフルフさんが斬りまくり続ければいつかはこのリビングゴースト現象は消えたでしょう」
「じゃあやっぱそうやって倒すしかないのかよ?」
「いえ、このやり方では倒せません。何故なら、例え消えたとしてもリビングゴースト現象は再度発生するからです」
「何だと?」
ベルフルフが口を挟むと同時にアレイスローを睨み付ける。それではこのリビングゴーストとやらは倒すことが出来ないことになる。
「おい弐号、お前さっき倒し方が分かったとか言わなかったか?」
「ええ、言いました。つまり、剣でどれだけ斬ってもリビングゴースト現象は消せないのです。消す方法はただ一つ……」
そう言って人差し指を立てて見せるアレイスロー。もったいぶるアレイスローに、全員の視線が険しくなる。その視線に気が付いたのか少し慌てたように手を引っ込めたアレイスローは開いてある本のページの後半を指差した。もっとも古代魔導語で書かれているためアレイスロー以外には何て書いてあるのか分からないのだが……。
「リビングゴースト現象を消す方法はただ一つ……それは本体となる魔物を倒すことです」
「………本体だと?」
ベルフルフの言葉にしっかりと頷くアレイスロー。
「その通りです。リビングゴースト現象を引き起こしているのはとある魔物なのです。その魔物がリビングゴーストを操り人々から生命力を奪い取りそれを吸収している、つまり食事をしているのです」
「…それで…その…魔物…って…何?」
魔物の正体が気になるのか、アレイスローを急かすフェルフェル。アレイスローは頷くと一度皆を見回した。そして口を開く。
「正確に言えば魔物ではありません。悪魔……堕天使と言った方が正しいでしょうね。爵位を持つ悪魔に匹敵する力を持つという堕天使……その名も死天使ファブリエル」
アレイスローの言葉が響き渡り、全員が静まり返る。堕天使、それも名のある高位の堕天使が絡んでいたと知り驚きを隠せない様子だった。
「まさか堕天使が絡んでいたとはな。死天使ファブリーズか……」
「ミイィィィィ……。ドレイク、それじゃ消臭剤だよ…ファブリエルだからね?」
「あれ?そうだっけ?」
そう言って思わず頭をポリポリと掻くドレイク。しかしドレイクのこの間違いで張りつめていた緊張感が一気に緩んでいた。
「なるほどな。つまり俺様はそのファブリエルって堕天使を倒せばいい訳か」
「ええ、そうです。ですが……」
言葉を濁すアレイスロー。しかしベルフルフはそんなアレイスローを見てニヤリと笑う。
「分かってるぜ。その堕天使がどこにいるのか分からないってんだろ?」
「そうです。記述によれば漆黒の翼と白銀の髪を持つ堕天使らしいのですが……」
お手上げだと言いたげに両手を上げるアレイスロー。「残念ながらそれ以上のことは……」と言いながら首を横に振った。
「つまり、後は俺様がこの集落のどこかにいるその堕天使を見つけ出せばいいってことか」
「ですが、何処に隠れているか……。リビングゴーストが突然集落内に発生しているのでこの集落の中に居る事だけは確実なんですが……」
少し自信無さげなアレイスローの言葉だったが、ベルフルフはそんなアレイスローの背中をバンバン叩いた。思わずアレイスローが咳き込んでいる。
「十分だぜアレイスロー!そんだけ情報があれば後は俺様一人に任せとけ!」
そう言って胸を張るベルフルフ。しかしアレイスローは不安げな表情を隠せずにいた。
「しかし……ベルフルフさん一人でって言いますが、相手は堕天使ですよ?ただでさえ何処にいるのかも分からないのに……」
「いや、その話を聞いて確信したぜ。安心しろ俺様には心当たりがある」
そう言うとベルフルフは席から立ち上がった。本当に一人で行くつもりらしい。
「おい赤蜥蜴、この堕天使の方は俺様一人で十分だ。アレイスローとフェルフェルは返してやるからそっちで役立てな」
「お前一人で大丈夫なのかよ?」
「おいおい、俺様を誰だと思ってやがる。この牙狼剣ベルフルフ様が堕天使如きに後れを取るかよ」
そう言うとベルフルフは手を振りながら小屋から出て行こうとした。しかし出口の所で一度立ち止まると首だけで振り返りドレイクを見る。
「おい赤蜥蜴、堕天使は俺様一人で何とかしてやる。残った獄魔獣とか言う野郎はお前らで何とかしろよ」
それだけ言い残すと、ベルフルフは小屋を出て集落の中へと消えていった。
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思わずベルフルフが出て行った方をじっと見ていたドレイク達。そんな中スミーシャがボソッと呟く。
「………てか、何であいつあんなに上から目線なの?」
その隣ではローゼリットが「全くだな……」と遠くを見るような視線で応えている。
「どうでも良いけどあいつ、自分がこの集落の用心棒だってこと忘れてないか?」
「ミイィィ……確かに」
ドレイクとフリルフレアの呟きがどこか虚しく響き渡った。




