第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第7話、再度の襲撃 その5
第7話その5
ローゼリットとスミーシャ、フリルフレアが小屋の外に飛び出した時、ドレイクはザンゼネロンの拳を大剣で受け止めていた。ザンゼネロンが無茶苦茶に腕を振り回したのだろう。周りの小屋や家は破壊され、炎が引火し火事になっている。そして飛び出したフリルフレアのすぐ横ではホーモンが腰を抜かして尻もちをついていた。
「あ、ホーモンさん」
思わず、「忘れてた…」と心の中で呟くフリルフレア。だがこの状況でホーモンを避難させるのは難しい。
「わ、わしのことは良い。あの小屋に隠れておる」
そう言うとホーモンは腰の抜けた体を引きずりながら、フリルフレア達がいた小屋へ入っていった。
それを見届けたフリルフレアはドレイク達の方へと視線を向ける。ザンゼネロンは再び拳を振り上げ、ドレイクに向かって振り下ろしていた。ドレイクはそれを横に跳んで避けている。そしてその場にローゼリットとスミーシャが駆けつけていった。
「何だ、生きてたのか踊り猫」
「勝手に殺すなっつ~の、それよりあたしの剣は?」
「どっかに転がってるが、探してる余裕ないぞ?」
ドレイクの言葉通りザンゼネロンは炎を撒き散らしながらドレイク達を拳を振り下ろし叩き潰そうとしてくる。いや、正確に言えば叩き潰そうとしているのはドレイクだけの様で、ローゼリットとスミーシャのことは掴もうと手を伸ばしてきていた。恐らく前回の襲撃の時に「美味そうだ」と判断したことを思い出したのだろう。二人を捕らえようとその動きを追う様にザンゼネロンの巨大で飛び出た不気味な眼がギョロギョロと動いている。
そんなザンゼネロンの腕を掻い潜りながらスミーシャはとあることに気が付いた。
「……ねえローゼ」
「どうしたスミーシャ?」
「あいつのあの目玉って……結構狙いやすいんじゃない?」
「………確かに」
撒き散らされた炎やザンゼネロンの腕を掻い潜りながらその巨大な出っ張った眼に視線を送るローゼリット。確かに、ほぼ目玉が丸々飛び出た様なそのおぞましい眼玉には瞼らしきものも見当たらない。もしかしたら頑丈な眼玉なのかもしれないが、狙ってみる価値はあるように思えた。
「分かった、私のシューティングニードルを打ち込んでみる!」
「オッケー!それならあたしはローゼが高く跳べるように踊っちゃうよ!」
頷き合うローゼリットとスミーシャ。そして二人がドレイクに視線を向けると、彼は大剣を振り回しザンゼネロンの脚を斬りつけていた。
「赤蜥蜴!少しザンゼネロンを引き付けられるか⁉」
「ああ⁉何だと…………うお⁉」
突然のローゼリットの呼びかけに答えながら、ザンゼネロンの攻撃をかろうじて避けるドレイク。
「まあ、やってやれないことはないが……」
「なら頼む!」
「分かった!」
ローゼリットの言葉に頷くドレイク。そのままザンゼネロンの周りを駆け回りながらその脚や胴に対して何度も斬りかかった。
「ドレイク!援護するよ!」
その時フリルフレアの声が響き渡った。ザンゼネロン相手では接近戦を挑むのはまず無理なフリルフレア。だが、魔法による援護ならば可能だった。
「アクセス!闇の精霊グレムリンよ、今こそあなたの悪戯を見せつけて!『ダークネス!』」
フリルフレアは闇の精霊界に精神を接触させる。そしてこの住人である闇の下位精霊グレムリンの力を借りてザンゼネロンの頭部に暗闇を発生させたのだ。
「ムギイイイイイギャアアアアアアア!」
突然暗闇で視界を奪われ驚きの鳴き声を発するザンゼネロン。相変わらず聞く者の精神を蝕むおぞましい鳴き声だが、フリルフレア達も少し慣れて来たのか以前ほどの不快感は感じなかった。
「ナイスだフリルフレア!」
ザンゼネロンが暗闇によって視界を奪われドレイク達を見失い、ただ無茶苦茶に拳を振り回し始めると、ドレイクはすかさずザンゼネロンの後ろの回り込んだ。そしてその極太の馬のような脚の足首を狙い、両手で握りしめた大剣を思いっきり薙ぎ払う。
「ゼリャアアァァァァ!」
ザバン!
ドレイクの腕に確かな手ごたえがあった。ザンゼネロンの蹄のある右足の足首が半ば以上まで断ち斬られている。もう一撃加えれば、右足首を切断することも可能だろう。
「グモオオオオオオギイイイイイ!」
ザンゼネロンが唸る様な鳴き声を上げる。恐らく右足首を切断されかけたことで上げた悲鳴だったのだろう。そのままザンゼネロンは片膝をついた。
「チャンス!魔円舞……追い風の舞!」
次の瞬間スミーシャの踊りにより辺りに風が吹き始める。それは強烈な追い風となってローゼリットの背中を後押ししていた。
「今だよローゼ!」
「任せろ!」
スミーシャの追い風を受けたローゼリットがザンゼネロンに向かって駆け寄っていく。そして風の後押しを受けて高々とジャンプするとその両手にシューティングニードルを4本ずつ握りしめた。
「フリルフレア‼暗闇を解除だ!」
「わ、分かりました!」
フリルフレアがザンゼネロンにかけた暗闇を解除する。突然視界が開け、驚き周囲に視線を送るザンゼネロン。ローゼリットはそのギョロギョロと動き回る飛び出た目玉に狙いをつけた。
「狙いは…外さん!」
叫びと同時にローゼリットの両手からシューティングニードルが撃ち出される。左右の手に4本ずつ、計8本撃ち出された投擲用の長針はそのまま吸い込まれるようにキレイに4本ずつザンゼネロンの左右の眼に突き刺さった。
「ギョギガゲエエエエエギュオオオオオムボオオオオオオオ!」
明確な、ザンゼネロンの悲鳴が響き渡る。あまりにおぞましい悲鳴だったが、それでもザンゼネロンに明確なダメージを与えた事が分かった。
「ギ、ギイイイイイイゲブフウウウウガガガガゴゴゴゲゲゲゲ!」
もはやどんな発音の悲鳴なのかも分からないほどおぞましく濁った音階の悲鳴を上げるザンゼネロン。そしてドレイクがそんなザンゼネロンを倒すチャンスと見て身体を自然体にして『氣』を集中させようとしたその時だった。
「ペギィィ!」
突然甲高い鳴き声を上げるザンゼネロン。そして次の瞬間ザンゼネロンの身体から炎が発せられると、以前と同じように炎の壁となってドレイク達に襲い掛かった。
「チィッ!」
思わず舌打ちするドレイク。迫る炎の壁を眼前で腕を交差させてガードする。後ろの方ではローゼリットとスミーシャが炎の壁が弱まりそうな位置まで後退しており、フリルフレアもその辺りにいる。大したダメージは無いだろう。
だが次の瞬間、ザンゼネロンの身体が完全に球状の炎に包まれる。そしてその球の炎がドレイクの後方に向けて飛び掛かっていった。ドレイクのほぼ真後ろに居るのは……フリルフレアだった。
「フリルフレア!」
思わず叫んでいたドレイク。大剣を放り出し、全速力でフリルフレアに駆け寄った。そして球の炎を追い抜くとフリルフレアに飛び掛かる様に抱きしめ、そのまま庇うように押し倒した。
「きゃあ!」
突然のことに悲鳴を上げるフリルフレア。ドレイクに押し倒される形になったが、それでもドレイクが自分を庇ってくれたことは分かる。
そしてそんな二人の頭上を球の炎が通り過ぎ、そのまま後ろにあった小屋に直撃した。
「な、何じゃああああああ!」
悲鳴が響き渡る。その小屋は……ホーモンが避難していた小屋だった。球の炎を受けて崩れ始める小屋。だが球の炎が小屋に当たって消えた後に獄魔獣の姿はなかった。




