第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第7話、再度の襲撃 その4
第7話その4
「え⁉ホ、ホーモンさん⁉」
フリルフレアの叫びが辺りに響き渡った。
小屋の陰から倒れ込んできたのは紛れもなくこの集落の長ホーモンであった。その手には煤けて半ばで折れた杖が握られている。恐らく、ザンゼネロンの撒き散らした炎が杖に引火し、その火を消すために杖を叩きつけ、そのまま折ってしまったのだろう。そして杖をついていたことからも分かるようにホーモンは歳のせいで足腰が弱っている。だから杖が無い状態ではまともに歩けず倒れ込んでしまったのだ。
「大丈夫ですか⁉」
「イタタタ…。だ、大丈夫じゃよ…」
急いでホーモンに駆け寄ったフリルフレア。何故こんな所にホーモンがいたのかは分からないが、このままここに居ては戦闘の巻き添えをくう可能性が高い。それに、足の弱った老人を庇いながら戦うというのは非常に困難だと言わざるを得ない。平たく言えば、足手まといだと言う事だ。
幸いにも今ザンゼネロンの注意はドレイク達の方へ向いている。それならば今のうちにホーモンを避難させるべきだった。
「ホーモンさん、一旦この場を離れましょう」
フリルフレアはそう言うとホーモンに肩を貸してあげた。
「す、すまんのぅフリルフレアさん……」
ホーモンは申し訳なさそうにそう言うとフリルフレアの肩を借りる。
(でも……何処まで連れて行けば…)
フリルフレアの心に迷いが生じる。ホーモンの身の安全を考えるならば集落の外まで連れていくべきだろう。だが、集落の外まで連れて行くとなるとかなり時間がかかる。そしてたった今現在進行形でドレイク達がザンゼネロンと戦っているのだ。ただでさえアレイスローとフェルフェルと言う二人分の穴がある上に回復役の自分まで居なくなっては戦闘に支障をきたしかねない。
フリルフレアがそんなことを考えているとき、フリルフレアが戦闘に参加しないのを不思議に思ったドレイクが彼女の方に視線を送った。
「おいフリルフレア!何やってんだ!」
「ドレイク!ホーモンさんが居るの!」
「はあ⁉あの爺さん、こんな所で何やってんだ⁉」
「分かんないけど、ここに居たら危険だから避難させてくる!」
「チッ!仕方ねえなあ!」
舌打ちをしながらドレイクはザンゼネロンの攻撃を受け止めた。先程からザンゼネロンは腕を振り回しドレイク達を叩き潰そうと攻撃を仕掛けてきている。ローゼリットとスミーシャはそれを何とか避け、ドレイクは避けたり、あるいは大剣で受け止めたりしながら少しずつ反撃を繰り返していた。
だが、次の瞬間ザンゼネロンの裏拳が唸りを上げる。ドレイク達をまとめて地面ごと薙ぎ払うように繰り出された裏拳をドレイクは後ろに飛び退いて回避した。ローゼリットは上空に跳び上がり回避する。だが、地面を薙ぎ払う様に低い位置を薙ぎ払ったザンゼネロンの裏拳が上空に跳び上がったスミーシャの足をかすめた。
「あ……」
思わず呟きが漏れるスミーシャ。裏拳はスミーシャの足先をかすめただけだったが、彼女の体勢を崩すには十分すぎる威力があった。
体の側面から落ちる形で地面に体を強打したスミーシャ。衝撃で魔剣が右手から滑り落ちる。だが、それだけで終わりでは無かった。スミーシャが倒れ込んだことで好機と見たのだろう。ザンゼネロンの拳が唸りを上げてスミーシャに襲い掛かった。
さすがに攻撃を回避した直後でドレイクもローゼリットも距離が離れている。スミーシャを庇いに行くには遠すぎた。
その事が分かっていたのかスミーシャは咄嗟に体の前で両腕をクロスさせる。せめて衝撃を緩和させられればという思いからだったが、そんな思いを打ち砕く様にザンゼネロンの拳が容赦なくスミーシャに叩き付けられた。
ズドン!
「きゃあああああ!」
「スミーシャァ!」
スミーシャの悲鳴とローゼリットの叫びが響き渡る。そしてザンゼネロンの拳の直撃を受けたスミーシャはそのまま吹き飛びフリルフレアのすぐ後ろの小屋の中に吹き飛ばされてきた。
「スミーシャ!スミーシャァ!」
ローゼリットが取り乱したように叫びを上げると、スミーシャが飛び込んだ小屋に向かって走っていく。フリルフレアも思わずホーモンに貸している肩を振りほどき「スミーシャさん!」と叫びながら小屋の方へ走っていった。
「チッ!てめえ……踊り猫を殺りやがったな!」
ドレイクが怒りの表情を見せながらザンゼネロンに斬りかかった。ザンゼネロンの足や胴に斬撃が閃く。ザンゼネロンは目の前のドレイクが邪魔者であると認識しているのだろう。再び拳を振り上げるとドレイクに向かって何度も振り下ろした。
して体を起こした。腕でザンゼネロンの拳をガードしたのはやはり正解だったようだ。おかげで体の方はいくらかダメージを抑えられたようである。もっとも、それでも恐らく脇腹の骨がやられている。だが、それ以上に問題なのはガードした両腕の方だった。左右の腕とも骨がやられている。左腕は何とか動かせなくはないがそれでも動かすたびに激痛が走る。恐らく骨にひびが入っている。右腕に至っては、完全に腕の半ばで骨が折れている。動かすことさえできなかった。これではまともに戦うことが出来ない。
「大丈夫か!スミーシャ!」
「スミーシャさん!お怪我は⁉」
叫びながらローゼリットとフリルフレアが小屋の中に駆け込んでくる。そしてスミーシャに駆け寄るとそのままそれぞれ左右の手を取った。
「ぎぃやああああああ!い、痛ああい!…………お、お願いだから…腕と脇腹には触んないで…」
折れた腕とひびの入った腕を思いっきり掴まれて悲鳴を上げたスミーシャ。そのまま涙目になりながら息も絶え絶えに懇願する。そんなスミーシャの態度に思わず彼女の手を放り出すように離すローゼリットとフリルフレア。その放り出した衝撃で再度スミーシャが悲鳴を上げることとなった。
「ご、ごめんなさいスミーシャさん!私…気が付かなくって……」
スミーシャの腕の異常に気付かず思いっきり掴んでしまったことに対し申し訳なさそうに謝罪するフリルフレア。スミーシャがあまりに大きな悲鳴を上げたので責任を感じてオロオロしている。
「とは言え、これだけ騒げるんなら大丈夫だな」
「ローゼ……両手使えない人間にそれ言う…?」
シレッとそんなことを言うローゼリットを思わずジト目で睨み付けるスミーシャ。どうもこの相棒の暗殺者は時々とんでもない事を言う気がしてならない。
「何を言ってるんだスミーシャ。命に別状があったらこんなに騒げる訳ないだろ?無事な証拠だ」
「ううう……ローゼのいけず…」
ローゼリットの言いたいことも分からなくはないスミーシャだったが、こんな時に言わないでほしいとも思う。ローゼリットの言葉に肉体のダメージだけでなく精神にもダメージを受けそうな気がした。もっともこうして心配して駆けつけて来てくれたのだから口で言うよりずっと心配してくれたのかもしれない。
とにかく、このままでは足手まといにしかならないと考えたスミーシャ。何とか上体を起こしながらフリルフレアの方を向いた。
「ごめんフリルちゃん……お願いできる?」
「任せてください」
フリルフレアはそう言うと一度目を瞑り、精神を集中させる。そして広げた深紅の翼から暖かい炎が溢れ出してきた。
「ヒーリングフレイム」
フリルフレアの癒しの炎がスミーシャを包み込む。暖かいが熱くはない炎に包まれるという不思議な体験をしたスミーシャ。両腕やわき腹の痛みが一気に消えていく。それどころか動きっぱなしで失われた体力も回復していた。
「はい、治療終わりです」
「ありがとうフリルちゃん!」
そう言いながらどさくさに紛れてフリルフレアに抱き付き、頬っぺたにキスするスミーシャ。フリルフレアが若干嫌そうにしていたが、気付かないふりをして勢いよく立ち上がる。
「行けるか、スミーシャ?」
「モチのロン!フリルちゃんのおかげでばっちり!」
ローゼリットにそう答えながら親指をグッと立てて見せるスミーシャ。それを見たローゼリットは不敵な笑みを浮かべると小屋の外へ視線を向けた。
「なら、反撃と行こうか!」
「オッケー!リベンジだね!」
スミーシャもそう答えると不敵な笑みを浮かべる。そしてその後ろではフリルフレアが緊張した面持ちで小屋の外へ視線を向けていた。




