第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第7話、再度の襲撃 その1
第7話、再度の襲撃
第7話その1
警備隊員からザンゼネロンの襲撃場所を訊いたドレイク達はその襲撃場所である広場へと到着していた。隊員の話ではやはりザンゼネロンは突然現れたらしく、それもまるで初めからその場にいたかのような唐突さだったという。そして前回と同様全身に纏ったその炎が飛び火しており周囲に火災を撒き散らしていた。襲撃と同時に火災まで発生したことでバードマン達に混乱を招いたらしく、周囲では人々が悲鳴を上げながら逃げまどっている。
「居やがったか魔獣野郎!」
叫びながらドレイクは背中から大剣を引き抜く。続いてローゼリットは両手に短剣を、スミーシャは爆発の魔剣を構える。フリルフレアも念のため短剣を引き抜いて構えていた。
「アレイスローとフェルフェルは……来ていないか」
「ベルフルフも来て無いね」
周囲を見渡しながらローゼリットとスミーシャが頷き合う。アレイスローとフェルフェルが来れない事態は想定してはいたが、それでもやはり痛手だった。
「お二人が来て無いうえにベルフルフさんもいないってことは……」
「ああ、恐らくどこかに光の魔物も出現したんだろう」
フリルフレアにそう言ったドレイクは大剣を担いだままザンゼネロンへと駆け寄っていく。そして相変わらず「ギィヤアアアアゲエエエエエエイイイイ!」と奇怪な鳴き声を上げている獄魔獣を睨み付けた。
「相変わらずうるせえ鳥頭が!今度こそ叩き斬ってやる!」
「ドレイク!鳥頭って物忘れが激しい人のことだよ!」
「そのツッコミ今いらねえだろ!」
律儀にツッコんでくるフリルフレアに思わず怒鳴り返すドレイク。そんな中ドレイクは逃げ惑う人々を見てあることに気が付いた。
「おい!どういう事だ、警備隊の奴らは何してる⁉」
本来ならば逃げ惑う人々を避難させるべく先導する立場の警備隊員たちがほとんどいない。僅かにいても、その警備隊員たちは他の一般人たちと一緒にパニックに陥り逃げ惑っているだけだった。
そんな中スミーシャがその内の一人を捕まえるとその胸ぐらに掴み掛る。
「ちょっと!あんた達警備隊でしょう⁉」
「うわあ!何だあんた⁉」
「冒険者よ!それより何であんた達まで一緒になって逃げ回ってんのよ!」
「し、仕方がないんだ!隊長が…隊長がいないから誰も指示を出せなくて!」
「何ですって⁉」
思わず睨み付けたスミーシャだったが、睨んでも仕方ない事に気が付き視線を逸らすと胸ぐらを掴んでいた手を放した。警備隊員はその場で「ひえっ」と言いながら尻もちをつく。
「何なのよ、こんな時に隊長がいないって…」
思わず苦々しい表情で呟くスミーシャ。こういう事態の場合本来なら隊長が率先して避難の先導や魔獣に対する牽制などを行うべきだろう。それなのにその隊長がいないとはどういうことなのか?それに例え隊長がいない場合でも警備隊ならば人々を守るべく行動するのが使命のはずだ。しかしそれすらも出来ていない。この集落の警備隊は残念ながら程度の低い警備隊だと言わざるを得なかった。
「落ちつけスミーシャ、今苛立っても仕方がない。それよりお前たち、集落の住民達を集落の外へ避難出せるんだ」
「しゅ、集落の外へ?」
ローゼリットの言葉に思わずポカンとする警備隊員。しかしローゼリットはそんなことは気にせずに周囲の者達にも叫びかけた。
「この場は危険だ!いったん集落の外へ逃げるんだ!余力のある者はそのうえで消火作業の準備をしておいてくれ!」
無秩序に逃げ回っていた集落の人々だったが、ローゼリットの叫びを聞いた一部の者達は集落の外へ向けて逃げ出していった。また、警備隊員たちはローゼリットの指示通り人々の避難を先導していく。
「スゴイ!ローゼリットさん、これなら被害は…」
「ああ、以前よりは少なくすむだろう」
フリルフレアの言葉に頷きながらローゼリットは短剣を構えた。目の前ではすでにザンゼネロンが拳を振り上げドレイクに向かって振り下ろそうとしていた。
ズドオオオオン!
轟音と共に振り下ろされたザンゼネロンの拳を間一髪で避けるドレイク。そのままザンゼネロンの巨大な腕に大剣の一閃を見舞う。
「ギイイゲエエエエアアアアアア!」
ドレイクの大剣が腕を斬り裂いたことで悲鳴を上げるザンゼネロン。ドレイクの大剣はその巨大でゴリラの様な筋肉質の固い腕を切断するには至らなかったが、それでも肉を半ばまで切り裂いていた。
「まだまだぁ!」
ドレイクは叫びながら再度大剣を振り下ろす。ザンゼネロンに飛び掛かりその胴体に幾度も斬撃の雨を降らせた。
「ギガアアアアアア!」
悲鳴らしき鳴き声を上げるザンゼネロン。ドレイクを振り払うべくその巨大な腕を振り回す。
「チィッ!」
舌打ちと共にその巨腕の攻撃を避けたドレイク。そのままいったん距離を取る。
「ギギギィィイィィィグフヘヘヘヘヘヘヘ!」
次の瞬間ザンゼネロンがあの聞く者の精神を破壊しそうなおぞましい鳴き声を上げた。
「きゃあぁぁ!」
「くうう…」
「クソ、あの鳴き声か!」
ザンゼネロンの鳴き声にフリルフレアとスミーシャは悲鳴を上げ、ローゼリットは舌打ちをしながら顔をしかめる。相変わらず聞いている者の精神を蝕みかねない吐き気を催す様な鳴き声だが、前回同様ドレイクにはさしたる効果もない様子だった。ドレイク自身はわずかに顔をしかめただけである。
………だが、一瞬の隙を造るには十分だったようだ。
ドレイクの隙をついてザンゼネロンがその巨大な翼をはためかせる。一気に10数mほども浮いたザンゼネロン。気のせいだろうか?その嘴の端がニヤリと吊り上がっている様に見える。まるでその高さまで飛び上がればとりあえずは安全だと分かっているみたいだった。
まるで勝ち誇った様なザンゼネロン。だがドレイクはそんな獄魔獣を睨み付けると、全身から無駄な力を抜いて自然体になった。
「舐めるなよ魔獣野郎!」
そして叫びと共に一気に全身に力を込め体の中で練った『氣』を一気に体全体に巡らせる。全身に纏った『氣』が薄い赤い光となってドレイクを包み込む。その薄い赤い光はそのまま大剣の刀身さえも包み込んでいく。そしてドレイクは凄まじい踏み込みと共に地面を蹴り上げザンゼネロンに飛び掛かっていった。
「チィエストオオォォォ!」
下からすくい上げるような大剣の斬撃がザンゼネロンを斬り裂く。ドレイクの斬撃はザンゼネロンの左腿から右脇腹にかけてをざっくりと斬り裂いていた。毒々しい紫色の血が噴き出している。
「キョワアアアアギエエエエエエエ!」
ザンゼネロンが恐らく悲鳴であろう鳴き声を上げている。そんなザンゼネロンの肩を蹴ってさらに飛び上がるドレイク。そのまま落下しながらザンゼネロンの巨大で長い腕をザックリと斬り裂いていった。
ズダン!
そのまま音を立てて地面に着地したドレイク。正味30m程の高さから落下したというのに全くケロッとしている。全身に纏う『氣』のおかげで落下の衝撃を全く受けていない様子だった。そして全身の力を一旦抜いて自然体に戻るドレイク。それと同時にドレイクを包んでいた薄赤い光も消えていった。
「ふう…」
いったん息を吐くドレイク。だが油断せずに上空のザンゼネロンを睨み付けた。
その様子を少し呆然と見ていたフリルフレア達。半ばドレイクの連撃に圧倒される形で手出し出来ずにいた。
「ちょ、ちょっとローゼ!あれどういうこと⁉」
「何がだ?」
「赤蜥蜴よ!何かあいつ急に強くなってない⁉」
そう言ってワタワタとドレイクを指差すスミーシャ。ローゼリットはスミーシャの言葉に「ああ」と頷きながら一連のドレイクの攻撃を分析していた。
確かにこの十日間ほどドレイクは特訓をしていた、だからその特訓によってあの『氣』と言う力をある程度は使えるようになったのだろう。だから少しは強くなったのは事実だと思われる。だがドレイクがザンゼネロンを圧倒できたのはそれ以上にザンゼネロン自体が弱っているのだとローゼリットは考えていた。その証拠にザンゼネロンの胴体には前回の襲撃の最後にドレイクが放った炎の飛刃攻撃の傷痕がまだ生々しく残っている。恐らくまだ傷はふさがり切っていないのだろう。そして今回の襲撃はその傷を癒すための食事が目的だったと推測できる。だが自分たちが思いのほか早く駆け付けたために今回はまだ犠牲者は出ていない。それならばこの状況はチャンスだと言えた。ザンゼネロンが弱っているうちに止めを刺すべきだ。
だが同時にローゼリットは歯がゆさも感じていた。ローゼリットとスミーシャにはあれだけの高さに飛んでいるザンゼネロンに対して有効な攻撃手段がない。ローゼリット自身は短剣やシューティングニードルを投げつける手もあるが、それでもあの高さでは威力が半減してしまう上に、ザンゼネロンの筋肉質な身体は固く弾かれてしまう事もある。有効な攻撃手段とは言えなかった。フリルフレアならば魔法で攻撃できるだろうが、彼女の攻撃魔法は火属性の物ばかりである。本来炎が効かないというザンゼネロンに対して有効な攻撃手段とは成り得なかった。
歯がゆさから奥歯を噛み締めるローゼリット。それでもドレイクに加勢すべく短剣とシューティングニードルを構えてドレイクの元へ駆け寄る。スミーシャも「あ、待ってよローゼ!」と叫びながら後に続いていった。
そんな二人の背中を見ながら、上空の獄魔獣を見上げるフリルフレア。正直怖い。どうも自分が殺された時の記憶が曖昧なためどうやって殺されたか話に聞いただけなので実感が無いのだが、それでもその巨大な魔獣にはやはり恐怖を感じる。だが、だからと言ってここで見ている訳にはいかなかった。自分の役目はサポートだ。炎が効かないザンゼネロンに直接攻撃は出来なくても、回復や戦闘補助ならばできる。
フリルフレアが決心しドレイクの元へ駆け寄ろうとしたその時だった。
「ふお~、た、助けてくれ~」
何やら聞き覚えのある情けない声と共に近くの小屋の陰から人影が一つ倒れ込んできた。
小柄なその人影に視線を向けるフリルフレア。
「え⁉ホ、ホーモンさん⁉」
倒れ込んでいたのはこの集落の長ホーモンだった。




