第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第5話、蘇生の炎 その8
第5話その8
「んで、話って一体何なんだよ。なあ馬鹿の極み狼」
「うっせえな、くそ…。口喧嘩は俺様の負けだ……悪かったよ。でもとりあえず話は聞けよ」
いまだにあおるドレイクだが、ベルフルフは諦めたのかもう言い争うつもりは無さそうだった。そして腕を組んだまま、少し考え込んでいた。
「ベルフルフさん。あなたこの集落の用心棒なんですよね?何故魔獣の襲撃現場にいなかったんですか?」
何やら少し考え込んでいたベルフルフだが、アレイスローの言葉に苦々しい表情になる。
「率直に言うぜ。俺様は昨日の夜、別の魔物と戦っていた。そいつの相手で手一杯でその魔獣まで相手にできなかったんだ」
「ちょっと待て、お前ほどの凄腕がその魔物の相手で手一杯だったのか?」
ドレイクがそう言ってベルフルフに疑いの眼差しを向ける。ドレイクはベルフルフと非常に仲が悪いが、その実力は認めていた。だからベルフルフが魔物の相手で手一杯だという話はにわかには信じられないものだった。
しかし、ドレイクのそんな言葉にベルフルフは忌々し気に「チッ」と舌打ちすると、まるで「思い出したくもない」と言いたげな口調で吐き捨てるように言い放った。
「ああ、ムカつく話だがこの俺様がたかだか魔物一匹に足止めされちまうとはな……」
「………そうか」
ドレイクはそう言うと大人しく引き下がった。ドレイクはベルフルフが嘘をついている可能性を考えたのだが、彼の今の物言いと悔しがり方はとても嘘をついているとは思えないものだった。
(こいつが悔しがってるところなんか初めて見たな)
いつも自信満々で、ドレイク自身すら圧倒する剣技の持ち主であるベルフルフだが、時にはうまくいかないこともあるらしい。初めて見る表情にドレイクの表情が若干ほころぶ。この男でもこんな普通の人間らしい態度をとるのかと意外に思った。
「それで?その魔物って言うのは一体どんな奴なんだ?」
ドレイクとベルフルフが話を脱線させて喧嘩を始める前に先を促すローゼリット。
「ああ……だがどんな姿の奴なのか、いまいち分からないんだ」
「分からないだと?どういうこと………は⁉まさか不可視の魔物なのか⁉」
ベルフルフの言葉に一つの可能性を見出すローゼリット。確かに不可視の魔物ならばベルフルフ程の使い手でも苦戦は免れないだろう。だがベルフルフはそんなローゼリットの言葉に首を横に振った。
「不可視……って訳じゃねえんだ。ただそいつは……」
「そいつは?」
スミーシャが相槌を撃って先を促す。ベルフルフはそんなスミーシャを一瞥しただけで話を先に続けた。
「そいつは全身が光ってるんだ。……いや、もしかしたら光そのものが本体なのか…?」
「どういうことだ?」
ベルフルフの言っている魔物の姿が想像できず頭をひねるドレイク。だがベルフルフ自身もどう説明していいのか困っている様子だった。
「何つうのか……。単純に説明すりゃでっかくて青白い光の玉なんだ。んでその光の中に人影が映ってるんだが、その人影が時々でっかい人の顔みたいに見える時もある。だがその人影を斬っても全く手ごたえがねえんだ」
「それじゃ、その人影の方は本体じゃないんですね?」
疑問に思ったのか手を上げてそう言うフリルフレアに、ベルフルフは無言で頷いた。
「だがどうも分からねえ。人影を狙っても顔を狙っても、光ごと斬り裂いても全く手ごたえがねえ」
「手ごたえが無いならもう放っておけばいいんじゃないの?」
「バカ言うんじゃねえ。あの魔物をこのまま放っておいてみろ、いずれこの集落は滅んじまうぞ」
『手ごたえが無い=触れないから無害』と決めつけていたスミーシャの言葉をキッパリと否定するベルフルフ。どうやら用心棒と言う立場上ちゃんと集落の事も考えていたようである。
「何それ?触れないのになんか害がある訳?」
「害があるどころの話じゃねえ。奴は恐らく人の生命力を吸い取ってる。あいつに襲われて光に包まれた奴が干乾びて死ぬのを見たからな」
「え、ウソ、ヤダ……」
干乾びて死ぬと聞いてお肌の乾燥でも気になったのか自分の腕を抱くスミーシャ。
「昨日の夜だけでその魔物のせいで5人、犠牲になっとるんじゃ……」
ホーモンも悔しそうにそう呟き頭を抱える。ザンゼネロンだけでも脅威なのに、さらに正体不明の光の魔物ともなれば頭を抱えたくもなるだろう。
「おい弐号、その光って……」
「何です?」
「その光って昨日お前が話してた謎の光の正体じゃないか?」
「強い光、干乾びた死体………確かにそうですね。恐らく間違いないでしょう」
ドレイクの言葉に頷くアレイスロー。昨日アレイスローとフェルフェルが集めた情報にあった謎の光の正体はその魔物である可能性が非常に高かった。だが、その魔物が何なのかはいまだ分かっていない。
「その光の正体って分かんないのかよ」
「何とも言えませんね、私も実物を見たわけでは無いので…」
残念そうにそう言うアレイスロー。逆を言えば、実際に対峙して見れば多少なり正体が分かる可能性もあった。
「まあ、しょうがねえか……。んで、お前はその魔物相手に手も足も出なかったから逃げ帰って来た訳だ」
ドレイクがあえて挑発するような口調で言う。それを聞いたベルフルフは目を吊り上げるとドレイクの胸ぐらを掴み上げた。
「てめえ赤蜥蜴、誰にものを言ってやがる。この俺様が手も足も出ずに逃げ帰っただと?舐めるんじゃねえよ。もうすぐ倒せそうな所で逃げられたんだ!」
噛み付きそうな勢いでそう言うベルフルフ。しかしドレイクは疑いの眼差しを向けている。
「本当か?証人は居るのかよ?」
「あのイーブスって奴が見てやがったからそいつが証人だ!」
怒鳴るベルフルフ。そのまま「ぐるるるるるる」と狼の様に唸り声をあげている。しかしドレイクはベルフルフ相手にマウント取れるのが楽しいのかニヤニヤしながら「へえ~、本当かよ?」とか言っていた。
「あ、イーブスさん意識が戻られてたんですね?私の魔法、あんまり効かなかったみたいだから心配してたんです」
チックジャムの襲撃で大けがを負ったイーブスが証人であると聞き、彼の怪我が良くなったのだとホッとするフリルフレア。もう出歩けるほど回復していたのならば心配する必要も無いだろう。
「それでベルフルフ。結局貴様の話と言うのは何なんだ?まさか魔物を取り逃がした言い訳をしに来たわけではあるまい?」
あらためてベルフルフの真意を問い正そうとするローゼリット。するとベルフルフは指先で顎をポリポリと掻いた後、面倒くさそうに髪をワシャワシャと搔き毟った。そして溜め器をつくと意を決したようにアレイスローの方を見た。
「俺様の勘じゃ、あの光の魔物は力押しでどうにかできる相手じゃねえ。だからエルフの魔導士、あんたの力を借りたい」
「え…わ、私ですか?」
思わずポカンとした表情で自分を指差すアレイスロー。
「そうだ。あんたの力と知識があればあの光の魔物にも対抗できるはずだ」
そう言って頭を下げるベルフルフ。ベルフルフ程傲慢な男が頭を下げたことに驚きを隠せない一同だったが、再びドレイクがマウント取ったとばかりにニヤリと笑う。
「おいおい、仮にも魔神をソロ討伐したベルフルフさんらしくないなぁ。そんなに自信無いのか?」
ニヤニヤと笑うドレイクをギロリと睨むベルフルフ。
「ふざけんなよ赤蜥蜴。俺様は剣さえ通じればたとえ神や魔王だって叩き斬ってやるぜ。だが今回の奴には剣が通用しない」
「あ~、まあ確かにそうか……」
剣が通用しないという事実に危機感を覚えるドレイク。確かに剣が通用しないのならば自分でもその魔物を倒せるかどうか怪しい。そうなればアレイスローの様な魔導士の出番となるだろう。
「…でも…アレイは…フェルの…仲間だし…」
「そうですよ。アレイスローさんは私達の仲間なんですよ。それにあのザンゼネロンていう魔獣も何とかしなきゃいけないのに……」
フェルフェルとフリルフレアの言葉に「分かってる分かってる、まあ待て」と手で制してくるベルフルフ。
「つまりあれだろ?お前らでそのザン何とかって魔獣を相手するってことだろ?安心し解け、こっちの用事が終わったらすぐ返してやるから」
そう言うとベルフルフは強引にアレイスローと肩を組む。そしてアレイスローが「いえ、あのですね……」とか言っている間に「よしよし、とりあえず警備隊の詰め所で作戦会議だ」などと言いながら彼を引っ張っていってしまった。去り際に「魔獣の方が力押しで何とかなるだろ?頼んだぜ赤蜥蜴」などと言う言葉を残して………。
「…ハッ!…アレイ!…フェルも…行く…」
さらにどさくさに紛れてフェルフェルがアレイスローを追って出て行ってしまった。
ベルフルフのあまりに強引なやり口にホーモンが不安げな声を上げる。
「大丈夫なんじゃろうかベルフルフさんの方は……。それにお前さんたちの方も…」
ホーモンの視線を受け、フリルフレアがキョロキョロと周りを見回す。ドレイクはどこか力強く頷いており、ローゼリットとスミーシャも「任せる」と言いたげに頷いている。
「大丈夫ですホーモンさん。困っている人達を見過ごせません。ザンゼネロンの事は私達に任せてください」
そう言って無い胸を張るフリルフレア。それを聞いたローゼリットとスミーシャはウンウンと頷いている。そしてドレイクはガクッとよろけながら「おいおい、ただ働きになっちまうじゃね~か」と頭を抱えていた。




