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第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第5話、蘇生の炎 その2

     第5話その2


「フリルフレアァァァァァァァァーーーーー!」

 悲痛な……あまりにも悲痛なドレイクの叫び声が辺りに響き渡った。膝をつき、血まみれのフリルフレアの亡骸を抱きしめるドレイク。あまりのショックに涙が溢れ出してくる。

 一緒に記憶を探そうと言ったフリルフレア。自分の相棒だと常々豪語していたフリルフレア。弱っちく手泣き虫なくせに妙に正義感が強くて、誰か弱い者が傷つけられようとしたならば身を張ってでも守ろうとする、どこか自己犠牲の精神さえ持ち合わせていたこの紅い翼の少女はもう動くことはない。その可愛らしい笑顔を振りまくことももう二度とないのだ。その事実がドレイクの胸に刃となって突き刺さった。

「ウソ……フリルちゃん……?」

 スミーシャが呆然と呟いた。ドレイクの様子からフリルフレアの身に起きたことを察してしまったのだ。そしてその手から魔剣が滑り落ち、カランと音を立てて地面に転がる。スミーシャ自身も膝から崩れ落ちるようにへたり込んでしまった。

「そ…んな……そんな………フリルちゃん……!」

 そう呟いて両手で頭を抱え首を振るスミーシャ。取り乱しているのか「うそ……うそよ……」と呟きながら何度も首を横に振っていた。

「スミーシャ!」

 だが、次の瞬間ローゼリットがタックルするようにスミーシャに飛び掛かるとそのまま抱え込むようにその場を飛び退いた。そしてその一瞬後にザンゼネロンの巨大な手がスミーシャの居た場所を掴んでいた。いくらフリルフレアの死に打ちひしがれたとしてもザンゼネロンは待ってくれない。再びローゼリットとスミーシャに狙いを定めるとその巨大な腕を伸ばしてくる。だが、ローゼリットもさらにスミーシャを抱えたまま飛び退き獄魔獣との距離を広げていた。しかし、そんな状態でもスミーシャの身体からは力が抜けたままだった。

「ローゼ……フリルちゃん……フリルちゃんが……」

 思わず涙を流しながら自分の相棒に寄りかかるスミーシャ。しかし次の瞬間ローゼリットの手が振り上げられる。

パアン!

 ローゼリットがスミーシャの頬を引っ叩いた音が辺りに響き渡る。

「え……ローゼ?…何で…?」

 思わず呆然とローゼリットを見上げるスミーシャ。だがそんなスミーシャの胸ぐらを掴むとローゼリットは顔をズイッと近づけた。

「しっかりしろスミーシャ!フリルフレアの死は悲しいが、このままじゃお前まで死ぬぞ!気をしっかり持て!」

「………ローゼ…」

 ローゼリットの叫びを聞き、精気のない瞳で見つめていたスミーシャ。だが、段々とその瞳に光が戻ってくる。

「そうだ…そうだね!ここで死んじゃったらフリルちゃんに顔向けできない!」

「ああ!………それに恐らくフリルフレアは…」

 スミーシャの言葉に頷いたローゼリットだったが、後半の言葉は呟く様に小さなものだった。確証がある訳では無いし現場を見たわけでもない。だが、アサシンギルド事件の時のドレイクの様子や言動からローゼリットはある仮説を立てていた。もしその仮説の通りならばフリルフレアは………。

「クソ!押さえ込むのも限界ですよ!」

 今まで魔法を連発してザンゼネロンの動きを封じていたアレイスローが片膝をつく。いかにアレイスローがランク10の魔導士でもここまで魔法を連発すれば魔力もつきかけて当然だった。

 そうしている間にもザンゼネロンは腕を振り回しあるいは突き出してくる。何とかそれらを避け続ける3人だったが、その後ろではドレイクがフリルフレアの亡骸を抱きしめ続けていた。

 そしてそんな中、ドレイクが静かにフリルフレアの身体を地面に横たえる。静かに、そして優しくフリルフレアの身体を寝かせたドレイクは地面に転がっていた愛刀である魔剣を握りしめた。

 大剣を握りしめ、ゆっくりとザンゼネロンに近寄っていくドレイク。一歩、また一歩と歩くのを噛み締めるように歩いて行く。

 ザンゼネロンを見上げるその瞳は真紅の怒りに染まっている。そして嚙みしめた口の端からは吹き出そうなほどの炎が燻ぶっていた。さらに歩みを進めるごとに、ドレイクの身体を少しずつ炎の様な物が包み込み始める。揺らめくその炎の様なものは少しずつ激しさを増していく。一見燃え盛る炎の様にも見える深紅のそれはそのままどんどんドレイクを包み込みその激しさを増していった。

「赤蜥蜴⁉」

「ウソ……何あれ⁉」

 ローゼリットとスミーシャが驚きの声を上げる。そのころにはドレイクの全身を真紅に燃ええる炎の様な物が覆いつくしていた。まるで燃え盛る炎のようなそれ、それはどこかドレイクが必殺剣の「豪鎚の太刀」を放つときに刀身に纏わせる『(オーラ)』に非常によく似ている。いや、もしかしたら同じものなのかもしれない。だが、今ドレイクの纏うそれは「豪鎚の太刀」を放つときとは比べ物にならないほどの激しさを持っていた。

「これは……一体⁉」

 ドレイクの様子に驚きの声を上げるアレイスロー。ベテラン冒険者であるアレイスローをもってしても見たことのない状況に困惑を隠せない様子だった。

 そんな中、歩み寄ってくるドレイクを見据えたザンゼネロンは腕を振り上げた。そして、邪魔だ!と言わんばかりに凄まじい勢いでドレイクに腕を振り下ろした。

ズドオオオオン!

 轟音と共に振り下ろされたザンゼネロンの巨大な拳。その拳は一直線にドレイクに振り下ろされ周囲に凄まじい砂煙を巻き上げていた。

「「赤蜥蜴!」」

「ドレイクさん!」

 ローゼリットとスミーシャ、アレイスローの叫びが重なる。どういった理由でドレイクがあんな炎の様な物を纏っていたのかは分からなかったが、ザンゼネロンの渾身の拳の直撃を受けて無事で済むとは思えなかった。それにザンゼネロンが拳を振り下ろしたあとドレイクは吹き飛ばされてはいない。いまだその場にいるように思える。ならば下手をするとその巨大な拳によって完全に潰されてしまった可能性もあった。最悪の可能性にアレイスローの額から汗が流れ落ちる。フリルフレアに続いてドレイクまで………。そう思って眼を逸らしそうになったアレイスローの視界に何かが揺らめきの様なものが見える。ハッとなってそちらを見ると、砂煙の向こうで揺らめく……いや、激しく燃え上がるような何かが見えた気がした。

「ま…まさか…」

 呆然と呟くアレイスロー。そしてその燃え上がる炎のようなものによって砂煙が吹き飛ばされる。そこにはザンゼネロンの拳を片手で受け止めているドレイクの姿があった。

「ウソ!赤蜥蜴⁉」

「お前…無事だったのか⁉」

 思わず驚きの声を上げるスミーシャとローゼリット。だが、ドレイクはそんな二人の言葉に答えることなく、憤怒の眼差しでザンゼネロンを見上げていた。

「よくも……フリルフレアを……」

 搾り出す様にそう言ったドレイク。言葉を発するたびに口の中で燻ぶった炎が溢れ出していく。そして、圧倒的な殺意のこもった眼差しをザンゼネロンに向ける。

「貴様は…………殺す!」

ビュゴオオオオオオオオオン!

 次の瞬間ドレイクが大きく開いた口から灼熱の炎のブレスが撃ち出される。そのブレスはいつもの様な炎をそのまま撃ち出すブレスではなく、炎を凝縮させて光熱線の様にした深紅のブレスだった。

「いけません!ザンゼネロンには炎は……⁉」

 「通用しません!」と言おうとしたアレイスローだったが、自分の眼にした光景に途中で言葉をつぐんでいた。そしてそのまま目を見張ったアレイスローの眼に、そのブレスがザンゼネロンの拳を撃ち貫く光景が入ってきた。

「ギョギュガアアアアアアアゲエエエエエエエエ!」

 腕を撃ち抜かれ鳴き声を上げるザンゼネロン。それはもしかしたら苦悶の悲鳴だったのかもしれない。とにかくザンゼネロンが悲鳴を上げて一歩後退る。そしてそれを見届けたドレイクは大剣を掲げると、未だ燻ぶる口の中の炎を刀身に浴びせかける。ドレイクの魔剣が輝き、ブレスの炎が刀身を覆い渦巻いていく。そしてその炎を纏った大剣を大上段に構えた。

「ギイイイイカアアアアアアアア!」

 そんなドレイクに対し威嚇のつもりなのか鳴き声を上げるザンゼネロン。だがドレイクにはそんな鳴き声による威嚇など欠片程も通用していない。

 そしてドレイクはザンゼネロンを睨み付け、大剣を握る拳に力を込める。この次の一撃で決めるつもりだった。

「死ね……獄魔獣!」

 叫びと共にドレイクの大剣が振り下ろされる。そして大剣が振り下ろされると同時に、纏っていた炎が巨大な刃となってザンゼネロンへと撃ち出されていた。

ザバァン!

「ギョウアアアアアアアギイイイイイイイ!」

 ザンゼネロンの口から凄まじい鳴き声……いや、悲鳴が発せられる。ドレイクの大剣から撃ち出された炎の刃はザンゼネロンの左胸から右腿にかけて巨大な裂傷を作っていた。そしてその傷口からは毒々しい紫色の血が流れ出している。致命傷かどうかは分からないが明らかに強烈な一撃だったことが伺えた。

「仕留めそこなったか……次は殺す!」

 そう叫び口を大きく開くドレイク。その口には集束するように炎が集まってきていた。そしてその口をザンゼネロンに向ける。

「キイイギャアアアアアアヴィエエエエエエエ!」

 しかし次の瞬間ザンゼネロンは凄まじい鳴き声を上げると全身に纏う炎を周囲に向かって撃ち出した。その光景はさながらザンゼネロンを中心に巨大な炎の壁が周囲に広がっていくようだった。

 迫りくる凄まじい炎に悲鳴を上げながら飛び退くローゼリットとスミーシャ。アレイスローも慌ててその場から離れていく。しかしドレイクだけはその場から動かずに、薙ぎ払うように大剣を一振りしただけだった。そしてそのひと振りでドレイクに迫っていた炎の壁が吹き飛んでいく。

「悪あがきを………!」

 そう言ったドレイクだったが、消え去った炎の向こうに何も居なかったことに驚愕する。そして上空から聞こえた鳴き声に、ハッ!となって上空を見上げた。

 そこにはいつの間に飛び去ったのかはるか上空で翼を羽ばたかせるザンゼネロンの姿があった。そう……ザンゼネロンは炎の壁を囮にして逃走を図ったのである。獄魔獣にそんな知能があることに驚きを隠せなかったが、それでもここで逃がす訳にはいかない。

「逃がすか!」

 叫びながらドレイクは炎のブレスを撃ちだす。しかしすでに上空に逃げていたザンゼネロンとはかなり距離がある。ドレイクのブレスはザンゼネロンの尻尾をかすめて焦がしただけに終わっていた。

 そして飛び去ったはるか上空で、ザンゼネロンは体を炎で包んだ。そして全身が炎に包まれまるで炎の球体の様になる。

「な、何を…?」

 ザンゼネロンのやろうとしている事が分からずそう呟いたアレイスロー。そして次の瞬間炎の球体がはじけ飛んだ。

「……に、逃げた…のか?」

 炎の球体が弾けた後には……何も無かった。今のは恐らくザンゼネロンの特殊能力なのだろう。炎による転移……そんな所だろうか?とにかくローゼリットの呟きにスミーシャは頷きながらペタンとその場に座り込んでいた。

 そしてドレイクはザンゼネロンを倒しきれなかったことに苛立ちを感じていた。フリルフレアの仇を討てなかった……。その事実がドレイクの胸に突き刺さる。

「ウウオオオオオオオオオオォォオォォォォ!」

 怒りの為か、それとも無念から来る悔しさの為か、ドレイクは天に向かって叫び声をあげていた。そして叫び終わったころにはドレイクを包み込む炎の様なものは消え去っていた。

「……ちくしょう……すまん、フリルフレア……」

 力が抜けたのか、大剣をその場に落とすドレイク。そして先ほど横たえたフリルフレアの亡骸に向かってゆっくりと歩み寄っていった。

「俺が付いていながら………本当にすまん…フリルフレア……」

 ドレイクの力ない呟きは周囲で燃える炎の音によってかき消されてしまう。そしてドレイク達がフリルフレアの亡骸の前に集まった時その光景が目に入ってきた。

 そう……フリルフレアの亡骸は光輝く炎に包まれていた。


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