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第2章 赤蜥蜴と赤羽根とアサシンギルド 第2話、過去語り・スミーシャ・キャレット

     第2話 過去語り・スミーシャ・キャレット




 スミーシャ・キャレットには両親が居なかった。正確に言えば、実際に生みの親はいたのだろうが、物心ついたときには旅の芸人一座にいたため、実の両親というものがどんな人物か知らなかった。

 一度は、実は一座の誰かが自分の両親なのではないかと考えたこともあったが、それはすぐに否定された。一座には自分意外にケット・シーはいなかった。

 しかし、だからと言って特に実の両親に会いたいとも思わなかった。彼女にとっては旅の芸人一座が家族の様な物だった。

 その旅の一座は、一座を取り仕切る座長と金勘定を取り仕切る女将、二人の踊り子と、二人の楽師、三人の芸人、そしてスミーシャの計十人からなっていた。

 子供とはいえ、旅の一座にいる以上何かしら働かなければ食事はもらえない。スミーシャは幼いころ一座の者たちが披露した芸の見物料を集めたり、掃除やお使いなどの雑用をして食事をもらっていた。

 しかし、8歳になったある日その状況は一変する。幼いころから発育の良かったスミーシャ。そのころにはわずかながらも乳房がわかる大きさになっており、体つきも女子特有のすらっとしたものになっていた。それを見た座長は僅かに口の端を吊り上げる。

「スミーシャ、お前これからは踊り子として働け」

「え?お、踊り子?あたしが?」

「そうだ。お前は器量もいいし体つきも女っぽくなってきた。それにケット・シーだから身も軽い。踊り子にはぴったりだ」

「………は、はい!分かりました!あたし、踊り子やってみます!」

 その翌日から、スミーシャは一座の踊り子に師事し踊りを教わり始めた。一座に踊り子は二人、共に女で一人は茶髪のヒューマンのメリンザ・ロッソ、もう一人は金髪のハーフエルフのレミーラ・シュレオン。二人はスミーシャをかわいがり、芸としての踊り以外にも、旅の中で自分の身を守るための戦い方や、術としての踊り、魔円舞なども教えていった。

「いいかいスミーシャ、あたしら旅の一座ってのはいついかなる時に魔物に襲われるか分からない、山賊に襲われるかもわからない。だけど、だからって移動のたびに護衛の冒険者を雇っていたら金なんかたまりゃしない」

「だからあたしたち踊り子は強くなきゃいけない。魔円舞やこの技があるのは、一座のみんなを守るためでもあるんだ」

「みんなを…守るため…?」

 その時のスミーシャにはいまいち分からなかったが、それでも何となく親代わりの座長たちを守らなきゃいけないんだと思った。

 そんな中、スミーシャが12歳の時一座に事件が起きる。踊り子のレミーラが同じく一座の芸人グレンと駆け落ちしたのだ。座長により一座内での恋愛は禁止されていたため、このままでは結ばれることは無いと考えての逃亡だった。

 一座でも1番人気だった踊り子のレミーラが居なくなったことで、一座の評判は一気に下がっていく。しかし、そんな中でもほくそ笑む者はいた。

「レミーラが居なくなれば、一番人気はあたしの物」

 メリンザはそう言って笑いを堪えていた。すでに齢は30を過ぎていたが、プロポーションには自信があったし、ルックスにも自信はあった。何よりも今まで培ってきた踊り子としての技術がある。レミーラに一番人気を取られていたのは彼女が珍しいハーフエルフだったからだ。メリンザはそう思っていた。踊りの技術においては自分の方が上だと……。

 だから、座長に呼ばれた時、その言葉が理解できなかった。

「明日から、スミーシャをメインの踊り子に据える。メリンザは今まで通りメインをサポートしながらサブに徹しろ」

「……………え?」

 何を言われたの理解できていなさそうなメリンザ。ゆっくりとスミーシャの方に視線を向けてくる。

「ス、スミーシャ……」

「メリンザ姐さん……」

 どう反応すればいいか分からないスミーシャ。両手を上げて喜びたいくらいなのだが、メリンザの反応を見ると、とても手放しには喜べそうもない。

「スミーシャ!あんたどんな手を使って座長に取り入ったのよ!」

 突然激高したメリンザがスミーシャに掴み掛った。体格差もあり、すぐに押し倒されるスミーシャ。メリンザはスミーシャの首を両手で掴むと、ギリギリと締め上げてくる。

「メ、メリンザ…姐さ…ん……やめ…て」

「何でよ!今度こそあたしがメインで……、何であんたが!」

 スミーシャに馬乗りになり首を絞め続けるメリンザだったが、駆け付けた芸人たちによってすぐに取り押さえられた。

「やめんか!わしはスミーシャの実力と才能を見込んでメインに据えようと考えたんだ!異論があるのならば出て行け!」

「く………くそぉぉぉぉ!」

 泣き叫ぶメリンザ。そしてその日から1週間後、メリンザは姿を消した。一座の売り上げの金と共に……。

「クソ!メリンザのやつ!こうなったら冒険者を雇って…!」

「あなた、やめましょう。それに冒険者を雇おうにも金はメリンザが持って行って…」

 激高する座長をなだめる女将。

 その後踊り子がスミーシャだけになってしまった一座だったが、スミーシャの踊りは美しく、売り上げは以前よりも倍増していった。

 そしてそれから数年後、スミーシャは16歳になっていた。そのころには豊満な乳房と細い腰、締まった尻、すらっとした手足になっており、踊りを披露するまでもなく男たちの視線を釘づけにしていた。そのころのスミーシャは長い髪をしており、舞を披露する姿はまさに一座の舞姫だった。

 そんなある日の夜、スミーシャは一座の芸人、カイロスに呼び出される。

「スミーシャ、実は話があるんだ…」

「話?何です?カイロス兄さん」

 そう答えるスミーシャ。スミーシャは最年少だったため一座のメンバーを「兄さん」「姐さん」と呼んで慕っていた。

「その………スミーシャ…」

「…はい」

「俺と……俺と結婚してくれ!」

「…………はい?」

 一瞬何を言われたのか分からなかった。ポカンと間抜けな顔で返事をするスミーシャ。カイロスは何と言ったのか?………結婚?

 頭の中で理解した瞬間、「ぷっ」と笑いが漏れる。

「ぷっ、ぷはははははは!もう!カイロス兄さん変な冗談言わないでくださいよ!」

 声を上げて笑うスミーシャ。成人したとはいえスミーシャは16歳、一方のカイロスは40歳になろうかという年だった。だから、カイロスからの求婚をスミーシャは質の悪い冗談だと受け取っていた。

 実はスミーシャが知らなかっただけで、一座の男たちは全てスミーシャを狙っていた。その魅力的な容姿と、抜群のプロポーション、明るくて人当たりの良い性格に男たちはみんな魅了されていたのだが、スミーシャにとって彼らは家族であり、兄代わり親代わりでしかなかった。

 そんなスミーシャの思いはカイロスには通じなかった。お腹を抱えて笑っているスミーシャを見つめるカイロスの眼がどんどん吊り上がっていく。

「スミーシャ……お前…そんなに…笑うのか……」

 ユラリと動くカイロス。そのままユラユラと揺れながらスミーシャに近寄っていく。そしてそのまま手が振り上げられて……。

パアン!

 弾けるような音があたりに響く。同時にスミーシャの笑い声がピタリと止まった。そしてスミーシャは左頬を押さえながら遅る恐るカイロスに視線を向けた。

 カイロスはスミーシャの左頬を思いっきり引っ叩いた姿勢のまま固まっていた。そのままゆっくりと自分の右手を見つめる。自分がしてしまったことが信じられない様子だった。

 一方のスミーシャは瞳に涙をためながら呆然としていた。今迄に手を上げられた事などはいくらでもあった。旅の芸人一座である以上、失敗などによる体罰などは仕方がなかった。だが、こんなに思いっきり叩かれたことは今まで一度もなかった。ましてやこんなに相手の感情がこもった一撃など……。

 体が震えてくる。……怖かった。目の前にいるのは一座の人間で自分にとっては兄貴分であるカイロスだったが、それが恐ろしく感じた。そんな中、カイロスの眼がゆっくりと自分の方を向くのが見える。

「スミーシャ……お前……お前ぇ!」

 次の瞬間カイロスがスミーシャに襲い掛かる。両肩を掴みスミーシャを思いっきり押し倒すカイロス。押し倒された衝撃でスミーシャはガツっと音を立てて頭を地面にぶつけてしまった。

「……うう…」

 頭を打った衝撃で視界が歪むスミーシャ。そんなスミーシャを気にも留めず、カイロスはスミーシャの服を破り下着を剥ぎ取る。あらわになる豊満な乳房。さらにカイロスはそれだけでは飽き足らず、スミーシャのスカートにも手をかける。

(ああ………あたし、犯されちゃうのかな……)

 そう思いつつも、意識が薄れかけていく。

「スミーシャ!お前は!お前は俺の物………」

 言い終わるより早く、カイロスがビクッと震えたかと思うと動きが止まる。そして「ゴパァ!」と口から大量の血を吐き出した。カイロスの口から吐き出された生暖かい血がスミーシャの顔にかかる

 状況が理解できないスミーシャ。薄れゆく意識の中で最後に見たのは自分の上に倒れ込んでくるカイロスと、その後ろに立つ座長の姿。座長の手には赤い血に濡れた銀色に光る何かが握られていたように見えた。そこまで見たところでスミーシャは意識を失った。

 翌日スミーシャはいつもの自分のテントで目を覚ました。昨夜の記憶があいまいでよく覚えていない。自分がいつテントに戻って寝たのかも覚えていなかった。

 そしてそんな中、一座の中である事件が起きていた。カイロスが売り上げを盗んで姿を消したというのだ。一座内に衝撃が走る。

 しかし、その話にスミーシャは違和感を覚えていた。何かを…何かを忘れているような………。

 しかし、その違和感の正体が分からないまま、その日の夜を迎えた。

 座長に呼び出され、座長専用のテントに入っていくスミーシャ。

「座長、およびですか?」

「おお、待っていたぞスミーシャ」

 やけに上機嫌な座長に違和感を覚えるスミーシャ。カイロスが売り上げを盗んで逃亡したのだから上機嫌なのはおかしいとすぐに気が付いた。

 そして、座長を見ているうちに思い出す昨晩の出来事。座長が…カイロスを殺した⁉

「ざ…座長…カイロス兄さんを…殺したんですか⁉」

 真っ青になって震えながら声を絞り出すスミーシャ。その言葉に、座長は上機嫌でウンウンと頷いている。

「ああ、そうだとも。そもそもあんな身の程知らずな無能はお前にふさわしくない」

「ざ、座長……何を言っているんですか⁉」

「全ては……そう、全てはお前のためなんだ!…お前をメインの踊り子にすることに異論を唱えたメリンザも殺した!お前を襲おうとしたカイロスも殺した!すべてお前のために…………」

 そう言って近寄ってくる座長を見てスミーシャはゾッとした。おかしい、狂っている。座長は何と言ったのか、カイロスだけでなく、メリンザも殺していたのだ。しかも自分のために。その事実にスミーシャは恐怖を覚えた。

「お前を…お前を理解してやれるのは座長である俺だけだ!…スミーシャ、俺の物になれ!」

「い、いやあああああ!」

 恐怖のあまり悲鳴を上げるスミーシャ。しかし、座長はスミーシャを押し倒し、叫ぶその口を押さえつけてくる。

「スミーシャ!叫ぶんじゃない……大丈夫だ、すぐに気持ちよく……」

 そう言いながらスミーシャの服に手をかける座長。だが昨晩も襲われているスミーシャ、座長に襲われている事実ととカイロスに襲われた記憶が合わさり、恐怖が限界に達する。

「いやあああああ!」

 両手で思いっきり座長を突き飛ばすスミーシャ。ドンと尻もちをつく座長から距離を取ろうとするが、すぐに起き上がった座長に思いっきり髪の毛を掴まれてしまう。

「痛い!」

「黙れ!……スミーシャ、いい子だから抵抗しないで、俺に全て委ねるんだ」

「………くっ」

 次の瞬間スミーシャはテント内のテーブルに置かれていた短剣を取り、自分の髪をバッサリと切り捨てる。奇しくもその短剣は、座長がカイロスを刺殺した短剣だった。

「なぁ!」

 髪を引っ張っていた座長は再び尻もちをつく結果になった。そして、腰まであるほど長かったスミーシャの髪は、肩よりも短くなってしまっていた。

「ス、スミーシャ!なんてことを!」

 動揺する座長。踊り子にとって振り回す髪もまた踊りの一部と言ってよかった。それを失うことは踊り子にとってマイナスに他ならない。

 しかし、スミーシャはそんなことに気を取られることなく、テントを短剣で斬り裂き外へ逃げ出す。そして短剣を持ったまま、女将のテントへ向かった。

「女将さん!座長が…座長がぁ!」

「おや、スミーシャ…あの人がどうしたんだい?」

「座長が!無理矢理あたしのこと…!それにメリンザ姉さんやカイロス兄さんを殺したって……」

 それを聞いた女将は、ユラリと立ち上がりスミーシャの方へ向かってくる。

「ふーん、それで?」

「そ、それでって………」

 予想外の女将の反応に絶句するスミーシャ。そんなスミーシャの前に来た女将はスッと手を上げるとパアン!と音を立ててスミーシャの頬を引っ叩く。

「あの人にちょっと気に入られているからって調子に乗って色目なんか使いやがって!この泥棒猫が!」

「い、色目って……そんな…」

 スミーシャの瞳に涙があふれ出す。昨日の夜から散々だった。兄貴分と思っていた人は自分の身体が目当てだった。父と慕っていた人は自分のために二人も殺した挙句に自分の身体を求めてきた。母と慕っていた人は男の身勝手な欲望にさらされた自分を泥棒猫と罵った。今まで、一座の者たちに感じていた絆が一瞬で崩れ去っていった。一座の人間すべてに裏切られた、そんな気がしていた。………もう、心が限界だった。

 スミーシャはそのまま短剣を握りしめたまま一座を逃げ出した。

 走った。夜の闇の中を走って走って、ひたすら走った。すぐに街道沿いに出たが、そこまでどう走ったのか覚えていなかったし、そこからもどこに向かって走ったのか覚えていなかった。そして気が付いたら……ラングリアという町の近くに来ていた。

 街の明かりが見えたことによる安堵、そして走り続けた来たことによる疲労のため思わず短剣を落とし倒れ込みそうになるスミーシャ。

「おっと」

 そんな声とともに、スミーシャの身体が支えられる。自分を支える手に思わずビクッと反応してしまうスミーシャ。そして、恐る恐る自分を支えている人物の方へ視線を向けた。

 そこにいたのは、黒い髪を肩口で切りそろえ、暗闇でも分かる金色の双眸をした少し耳の長いハーフエルフの少女だった。

「大丈夫か?」

 そう言ってスミーシャの瞳を覗き込んでくる少女。美しい金色の瞳に吸い込まれそうだった。

 これがスミーシャとローゼリットの最初の出会いだった。






「なあお前、本当に大丈夫か?」

 そう言って再びスミーシャの眼を覗き込んでくるハーフエルフの少女。スミーシャは倒れ込みそうになったところを助けてくれたハーフエルフの少女と一緒にラングリアの町に向かって歩いていた。

 フラフラなスミーシャと違い、しっかりとした足取りで歩くハーフエルフの少女。どうやら旅慣れている様だった。

「あ、ありがとう…ございます」

 頭を下げるスミーシャに少女はパタパタと手を振った。

「別に礼を言われるほどの事はしてない。ところで名前は?」

「あ、えっと……」

 口ごもるスミーシャに、怪訝そうな表情をする少女。だが、すぐに何か気が付いたのか「あぁ」と呟いてスミーシャの方を見た。

「そう言えば名乗っていなかったな。私はローゼリット。ローゼリット・ハイマンだ」

「ス、スミーシャ・キャレット…です」

「スミーシャか。ところでどうしたんだそのなりは?」

 スミーシャの身体を見回すローゼリット。その反応も仕方のないものだった。服は脱がされかけたかのように乱れ、履いているのはまともな靴ではなくサンダル、髪は肩のあたりで乱雑に切られたようで、持ち物は抜き身の短剣が一本。何もなかったと思う方がおかしかった。

「それは……その…」

 言い淀むスミーシャ。初対面の、それも今出会ったばかりの人間に言って良いものだろうか?

「まあ、別に言いたくないなら無理に聞くつもりは無いが…」

 スミーシャが悩んでいる内にローゼリットはそう言って歩みを進めてしまう。おいていかれそうになり慌ててその背中を追うスミーシャ。

「せめて抜き身のダガーくらいしまったらどうだ?」

「え?」

 そう言われてマジマジと自分の右手を見つめるスミーシャ。自分が座長のテントから逃げ出してからずっと右手に短剣を握りしめていたことに今気が付いた。そして、同時にその短剣がカイロスの命を奪った短剣であることに気が付く。

「いやあ!」

 思わず取り落とした短剣が、カランカランと音を立てて地面に落ちる。そしてスミーシャはその短剣を恐ろしいものでも見るような眼で見ていた。しかし、それを見たローゼリットは短剣を拾い上げると、カバンから手ぬぐいを取り出してその刀身を覆うように巻き付けた。そして、柄の方をスミーシャに差し出す。

「ほら」

 差し出された短剣の柄に、恐る恐る触れるスミーシャ。一度は手を引っ込めてしまうが、それでも何とか意を決して短剣を掴んだ。

「あ、ありがとうございます……」

「気にするな。そのダガーが何に使われた物かは知らないが、道具は所詮道具だ。ようはどう使うかだ」

「どう…使うか…」

「それに、町の外はもちろん、町中だって女一人で丸腰じゃ危険だ」

「………はい」

 短剣を胸の前でぎゅっと握りしめるスミーシャ。確かにこの短剣が今の自分の唯一の持ち物で、自分の身を守れる唯一の武器だった。

 そうしている間に、町に到着した。低めの塀に囲まれたその町の入り口には東方語で「ラングリア」と書かれており、見張りの兵士が二人立っていた。

 ハッとするスミーシャ。町の住人以外が町に入る場合は通行手形が必要である。今迄は一座の手形は全て女将が管理していた。だが、当然今手形など持っていない。それに自分のこの格好を見て兵士が不信感を抱きはしないだろうか?一座に連れ戻されはしないだろうかという不安感がこみあげてくる。

「あ、あの…あたし…」

「はい、二人分」

「はいよ。通りな」

 スミーシャの心配をよそに、慣れた様子で兵士に銀貨を2枚渡して門を通るローゼリット。呆然としているスミーシャに「何してるんだ?早く来い」と言って手招きしていた。

「は、はい!」

 慌てて後に続くスミーシャ。兵士たちは特に気にした様子もなくスミーシャが通り過ぎても何も言わなかった。

「あ、あの…ローゼリットさん……手形は?」

「手形?私はそんなもの持っていないぞ?」

「え……?」

 事も無げに言うローゼリットに、スミーシャの目が点になる。普通旅をする者にとって交通手形は必需品である。それを持っていないとなると……。

「えっと……もしかしてローゼリットさん……悪い人?」

「……あのなあスミーシャ、悪い人はな……自分のことを悪人だなんていわないものだぞ?」

「へ………?」

 キョトンとするスミーシャ。ローゼリットに言われた言葉を頭の中でゆっくりと理解していく。

「………ぷ…あ、あはははは!…それはそうですよね!ローゼリットさんの言う通りだ」

 可笑しそうに笑っているスミーシャを見て、ローゼリットの顔がわずかにほころんだ。

「やっと笑ったな」

「ははは………え?」

 笑っていたスミーシャはローゼリットの言葉に再びキョトンとした。

「スミーシャ、お前さっきまでこの世の終わりみたいな顔してたんだぞ?今にも自殺しそうな顔。……でも、それだけ笑えれば大丈夫だな」

「あ、ロ、ローゼリットさん……」

 ここでスミーシャは初めてローゼリットのさっきの軽口が彼女なりの気遣いだったのだと気が付いた。自分と何の関わりもない、ただ街道で出会っただけの自分にここまで気を使ってくれるこの少女の優しさに胸が熱くなる。

 目頭が熱くなり、思わず涙ぐむスミーシャ。その時だった。

グウゥゥゥゥ。

 スミーシャのお腹が鳴った、それもかなり盛大に。

「アハハハ!そんなことだろうと思ったよ、こっちだ」

 笑いながら歩みを進めるローゼリット。スミーシャは恥ずかしさで顔を赤くしながら後に続いた。

「ここが良いだろう」

 そう言ってローゼリットはある店の前で脚を止めた。そこは、宿屋と酒場が一体化した旅人向けの宿屋だった。ローゼリットは躊躇なく扉をくぐり中に入っていく。スミーシャもためらいつつも後に続いた。

「いらっしゃい」

 中に入ると酒場の主人が声をかけて来た。ローゼリットは片手を軽く上げてそれに答えると適当なテーブル席に着いた。スミーシャもそれにならって席に着く。

 そしてメニューを開いて眺めているローゼリットを見ていたスミーシャはある重大なことに気が付いた。そう、一座を着の身着のまま飛び出してきたスミーシャは今お金を持っていなかった。一文無しである。

「あ、あの………ローゼリットさん?」

「どうした?」

「その……とっても言いにくいんだけど…あたし実は…お金持ってない」

 そう言って恥ずかしそうに俯くスミーシャ。しかし、当のローゼリットは「何だ、そんなことか」と言ってため息をついた。

「お前の身なりを見れば、文無しなことくらい想像がつく。ここは私が奢ってやるから好きなものを食べろ」

「え………い、良いんですか?」

「なんだ、悪人が飯を奢るのがそんなに不思議か?」

 そう言ってニヤリと笑うローゼリット。その顔をまじまじと見つめ返すスミーシャ。そしてスミーシャは気が付いた。改めて見たローゼリットの美しさを。

 スミーシャも、ある程度は自分の容姿に自信があった。絶世の美少女という訳にはいかなかったが、それなりに魅力的である自信はあったし、一座内でもいつも「可愛い」「キレイ」と言われていたので、自分の容姿はそれなりに誇っていいものだと思っていた。

 だが改めて見たローゼリットの容姿は、自分のそれを超えていた。肩口で切りそろえられた黒髪は美しく、金色の瞳には吸い込まれそうだった。また、色白の肌に引き締まった身体。胸や尻の大きさこそ自分の方が上だが、服の上からでも分かる形の良い乳房は美乳と言ってよかったし、腰や尻も細く引き締まっていた。

(こういう娘を美少女って言うんだろうな……)

 世間一般の基準から言えばスミーシャも十分美少女の部類なのだが、スミーシャはそんなことを考えていた。そしてもう一つ気が付く。恐らくローゼリットは自分とさして年が変わらないであろうことに。

 そんなことを考えていると、ローゼリットが手を上げて酒場の主人を呼んでいた。

「葡萄酒とチーズ、ポークソテー、あとバゲットをくれ。…お前はどうするんだ?」

「え、あ、あたし?」

 ボーッと考え事をしていたため思わず間抜けな反応をしてしまう。「お前意外に誰が居るんだ」と言いながら呆れたようにメニューを差し出してくるローゼリット。スミーシャはメニューを受け取って目を通すが、焦っているためかメニューの内容が頭に入ってこない。一応一座内で文字の読み書きはならっていた為、内容が分からないということは無かったが、それでもあまり聞いたこともない料理も存在し、スミーシャの混乱をあおった。

 だが、空腹感もあったし、何よりも待たせたらローゼリットに迷惑が及ぶと考え、値段の安そうなものから適当に選ぶことにした。

「じ、じゃああたしは……これとこれとこれで…」

「はいよ、チキンソテーにフライドポテト、蜂蜜酒ね」

 注文を取り終え、カウンターの奥へ消えていく酒場の主人。それを見送ったスミーシャは、ふとあることに気が付いた。

「……ん?…あれ?……蜂蜜酒(・・・)?」

「どうした?」

「あー、いえ、ええっと………」

「ん?」

「その……あたし、お酒飲んだことなくて…」

 そう言って恥ずかしそうに俯くスミーシャ。飲み物も適当に選んだつもりだったがまさか酒だとは思っていなかった。この頃のスミーシャはまだ酒を飲んだことが無かったのだ。

 しかし、ローゼリットは「なんだ、そんなことか」と言いながらため息をついた。

「それなら試しに飲んでみればいい。案外いける口かもしれないぞ?」

 笑うローゼリット。言われてみればそんな気もしてくる。スミーシャは人生で初めて酒を飲んでみることにした。

 ほどなくして、注文した料理と酒が運ばれてくる。

「食べようか」

「はい、いただきます」

 酒の入った杯を軽く打ちかわす二人。そしてスミーシャは恐る恐る蜂蜜酒に口を付けた。口の中に甘い風味と初めて味わうアルコールの刺激が広がる。

「あ、美味しい…」

「だろう?」

 そう言って自分も葡萄酒に口をつけるローゼリット。そして、チーズをひとかけら口に放り込むと、さらに葡萄酒を一口飲む。満足そうな笑みがこぼれていた。

「やはり一仕事終えた後はこれに限るな」

「一仕事?」

 ローゼリットの言葉に反応するスミーシャ。そう言えば、町の外から来たけれどもローゼリットは何の仕事をしているのだろうか?気になり、訊いてみようと口を開こうとしたスミーシャ。だが、その時ローゼリットの顔が眼に入る。何か失敗をしたような表情。そう、何か失言をしてしまったような……。

「そう言えばスミーシャ。お前はどこから来たんだ?」


 誤魔化すように効いてくるローゼリット。実はこの時ローゼリットは自分の仕事に関する話にならないよう話をすり替えたのだが、スミーシャのことが気になっていたのもまた事実だった。こんなボロボロの状態で一体どこから来たのか?

 フライドポテトを咀嚼し、コクンと飲み込み蜂蜜酒を一口飲んで唇を濡らすスミーシャ。そして意を決したように口を開いた。

「あ、あたし……実は旅芸人の一座から逃げ出してきたんです」






「ふわ~~………ん?」

 起き上がったスミーシャは大きな欠伸をすると、周りをキョロキョロと見回した。見覚えのない部屋。自分がベッドで寝ていたことに気が付いた。

「あれ?えっと…………」

 なぜ自分は見たこともない部屋にいるのか?思い出せない。頭が混乱する。再び部屋の中を見回した。自分が寝ているベッド以外には小さなテーブルと椅子があるだけの質素な部屋。窓からさす日差しでもう正午近いことが伺えた。

「ここ……どこ?」

 あえて口に出して言ってみた。しかし、だからと言って答えが出てくるわけでもなかった。とにかく昨晩のことを覚えている限り必死に思い出す。

(確か……座長に乱暴されかけて…おかみさんに罵られて、それで一座を逃げ出したんだ)

 そこまで思い出して思わず身震いする。自分を襲おうとしたときの座長の顔を思い出した。そのおぞましさにゾッとする。

(それで、必死に逃げて来たところで……ローゼリットさんに出会ったんだ…)

 ローゼリットのことを思い出し、思わず顔がほころぶ。愛想はあまりよくなかったが、優しくて美しい少女だった。

(そうだ、その後ローゼリットさんにご飯をご馳走になったんだ。それから………)

 ………そのあたりから記憶が曖昧になってくる気がした。

(そう言えば、なんかあたし……お酒を飲んだ勢いで、ローゼリットさんに自分の事ベラベラ喋っちゃった気が……)

 段々と思い出してくる。昨晩、初めて酒を飲みその味がいたく気に入ったスミーシャ。酒を飲んで酔った勢いもあり、どんどん酒を追加していった。そしてそのさなか、スミーシャは座長に襲われかけたことなど自分の身に起きたことを涙ながらにローゼリットに訴えかけた。ローゼリットは黙って(食事をしながら)話を聞いてくれた。

(それでその後………その後……)

 その後なんだったっけ?と思うスミーシャ。そのあたりから後の記憶が無い。

(その後…何があったんだっけ?)

 記憶をたどろうにも、そこで記憶が途切れてしまう。どうしたものかと部屋を見回していると、テーブルの上に何か置いてあるのに気が付いた。紙が置いてあり、その上に小さな布袋が置いてあった。

 スミーシャはベッドから降りると、テーブルの上の紙を取った。ざっと目を通す。どうやらそれはローゼリットからの置手紙の様だった。

『  スミーシャへ

酔い潰れてしまったので宿に放り込んでいく。

宿代は払っておいた。

あと、一文無しではどうしようもないので、少し金を渡しておく。

少ないかもしれないが、うまく使って仕事に就くまでの生活費の足しにしてくれ。

どうやらつらい目にあった様だが、諦めなければいずれ良いことがるだろう。

諦めずに、しっかりと生きて行ってほしい。

もう会うこともないだろうが、元気でな

                        ローゼリット・ハイマン   』

 そう書かれていた手紙。そして布袋の中には小さい金貨が10枚以上入っていた。

「え⁉こ、こんなに⁉」

 スミーシャが驚きの声を上げる。合計で1500ジェルほども入っていた。これだけあれば、2ヶ月近く遊んで暮らせるくらいの金額だ。それだけの金額をあっさりと出せるローゼリットは一体何者なのか……?

 疑問に思ったが、すぐにそれどころではないことに気が付いた。2ヶ月近く遊んで暮らせる金があるとはいえ、本当に遊んで暮らす訳にはいかない。何とかして仕事を探さなければならなかった。

(とにかく……今日以降の分の宿代も払っておかなきゃ)

 スミーシャは小金貨を2枚掴むと部屋を出た。そのまま酒場のカウンターでグラスを磨いている宿屋の主人の元へ行く。

「あの……ご主人」

「ん?ああ、どうしたんだい?」

宿の主人はグラスを磨いている手を止めてスミーシャの方を見た。スミーシャはそれを見て恐る恐る金貨を差し出す。

「その……宿代を…」

「宿代?お前さんの宿代なら一緒にいたハーフエルフの姉ちゃんから一週間分貰っているよ?」

「え?」

 思わずポカンとするスミーシャ。手紙に宿代を払っておくと書いてあったが、まさか一週間分も払っておいてくれたとは思わなかった。心の中でローゼリットに感謝し、部屋に戻るスミーシャ。

(でも…これからどうしよっか……)

 生きて行くためには仕事を探さなければならない。それもなるべく早く。

(それに……考えてみれば、着替えとかも買わないと…)

 自分が身に着けている服と短剣一振りしか持っていないことにも気が付いた。生活に必要なものもそろえる必要があった。それを考えれば1500ジェルあるとはいえ悠長にしている訳にはいかない。そうと決まれば、ボーッとしているのは時間の無駄だ。スミーシャは金貨の入った布袋と手ぬぐいで巻かれた短剣を懐に入れ、町に出ることにした。

 宿屋の外に出ると、街並みが広がっていた。昨日の夜は暗くて分からなかったが、どうやら商店街の近くだったらしい。屋台や店が軒を連ねていた。

「どこかのお店で雇ってもらえないかな…」

 キョロキョロと周りを見回しながら商店街を歩いて行く。これだけ店や屋台があるのだから、少しくらい人手を欲しているところがあるのではないかと期待しながら店を覗いてい見る。

 しかし、どこの店でも「店員募集」という張り紙はしていなかった。

(どうしよう……)

 困ったように再びキョロキョロと周りを見回す。パッと見で人を募集しているところが見当たらないなら直接聞いてみるしかなかった。

 試しに、近場にあった洋服屋に入った。中には質素な物から煌びやかな物まで数多くの洋服が並んでいる。

「あの~、すいませ~ん」

「はーい」

 店の奥から返事が聞こえた。そして店の奥から店員が顔を出した。その女性店員は金髪で、耳が少し尖っていた。ハーフエルフだろうか?そんなことを考えながら店員の顔に視線を移す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 沈黙があたりを支配した。スミーシャの目の前にいるのは懐かしい顔だった。そして店員の方もスミーシャに見覚えがあるのだろう。口に手を当てて驚いている。

「レ、レミーラ姐さん⁉」

「あ、あんたまさか……スミーシャ⁉」

 そこにいたのは、4年前に一座を抜けて芸人のグレンと駆け落ちしたレミーラだった。驚きのあまり、ただレミーラを見つめることしかできないスミーシャ。

 だが、それは相手も同じだったようで、口を押さえたまま呆然とスミーシャのことを見つめていた。だがそれもつかの間、レミーラはキッとスミーシャを睨みつける。

「ど、どうやってここが分かったんだ……座長の差し金かい?」

「い、いえ…あたしは…」

「冗談じゃない!あたしは一座になんて戻らないからね‼」

「ち、違うんです姐さん!」

 興奮するレミーラに、慌てて手を横に振るスミーシャ。座長の差し金だなどととんでもなかった。

「あたしも…あたしも一座から逃げ出してきたんです!」

「え?…あんたも?」

 スミーシャの言葉に、驚きを隠せないレミーラ。レミーラからすれば、自分が居なくなった後のメインの踊り子はスミーシャに間違いないと思っていた。スミーシャは座長に可愛がられていたし、当時は幼いながらも花があった。それに何よりも努力家であり、必死に踊りの稽古をしていた。ベテランだからという理由だけ(実際にはそれ以外にも自分のルックスやプロポーションに自信があった)で稽古に身が入っていなかったメリンザのことなどすぐに追い抜くと思っていた。だからそんなスミーシャが一座を逃げ出してきたという話に驚きを隠せなかった。

「一体……何があったんだい?」

「……それは…」

 言い淀むスミーシャ。せっかく一座と縁を切ったレミーラに話していいものだろうか?もしかしたら、迷惑をかけてしまうのではないか?そんな考えが頭をよぎった。

 しかし、そんなスミーシャを見て、レミーラはため息をつくとポンと肩を叩いた。

「ちょっと裏に行こうか。…あんた、ちょっといいかい⁉」

「どうしたー?」

 奥からさらに男の声がする。その声にスミーシャは聞き覚えがあった。

「グレン兄さん」

「え?」

 奥から出てきた男は、スミーシャの言葉に間抜けな声を出してポカンとする。そして一度スミーシャを見てからレミーラに視線を向けた。

「レミーラ、その娘は?」

「忘れちまったのかい?スミーシャだよ」

「スミーシャ?……スミーシャって…あのスミーシャか⁉」

 驚きの声を上げる男、グレンに対しスミーシャはペコリと頭を下げる。

「お久しぶりですグレン兄さん」

「お、おう…」

 驚きを隠せないグレン。スミーシャをまじまじと見てからレミーラに視線を移す。

「ど、どういうことだ?」

「それを今から聞くところだよ。悪いけどあんた、店番よろしく」

「あ、ああ」

 いまだ驚きの表情を隠せないグレンを置いて、スミーシャとレミーラは店の奥に入っていく。奥は裁縫場になっており、布地や型紙、布鋏などが置かれていた。

「散らかってて悪いね。その辺に掛けとくれ」

「あ、はい」

 言われるまま、イスに腰掛けるスミーシャ。レミーラは煙管箱を取り出すと煙管を咥え、火打石で火を起こすと煙管に火を着けた。そのまま2~3回煙を吸い、満足そうに煙を吐き出す。

 スミーシャは、こんな可燃物である布の多い所で煙草なんてつけて大丈夫なのだろうか?と思ったが、昔からレミーラは煙草が大好きだったことを思い出し思わず笑みがこぼれる。そんなスミーシャを見て不思議そうな顔をするレミーラ。

「どうしたんだい?何かおかしなことでもあった?」

「いえ、そう言えばレミーラ姐さん、昔から煙草好きだったなって思って」

「ああ……まあねえ……これでも一度は禁煙に成功したんだけどなあ」

「禁煙?」

「子供ができた時にね…ま、今じゃまたこの通りだけど」

 そう言って舌をペロッと出すレミーラ。しかしスミーシャは別のことに驚きを隠せなかった。

「え⁉こ、子供⁉」

「ああ、でも二人目を生んだ後でまた煙草に手を出しちゃってね」

「しかも二人⁉」

 驚きを隠せないスミーシャ。駆け落ちした二人が結婚したであろうことは想像していたが、子供まで作っていたとは予想もしていなかった。

「上の子は息子で4歳。下の子は娘で2歳さ」

「え?………4歳ってことは……」

「そ。駆け落ちした時にはもう息子はお腹の中にいたんだよ。というか、そのことを座長に話したら『許さん!おろせ!』ってすごい剣幕で怒鳴られたから、ムカついて駆け落ちしたんだけどね」

「そ、そうなんですか……」

 思わぬ駆け落ちの真相に、言葉もないスミーシャ。だが、一座の者を自分の所有物の様に扱い、子供をおろせという座長に更なる嫌悪感を抱いた。

「それで?あんたの方は一体どうしたんだい?」

「………はい…」

 口ごもるスミーシャ。だが、意を決して今までのことを話すことにした。正直に言えば、今の自分の状況を知ってもらえれば、もしかしたら雇ってもらえるかもしれないという多少の打算もあった。

 それからスミーシャはレミーラたちが駆け落ちしてからのことをすべて話した。12歳の時、レミーラたちが駆け落ちした後、メリンザを差し置いてメインの踊り子に選ばれたこと。そのことが不服なメリンザが自分に掴み掛って騒ぎになったこと。座長に怒鳴られ、自棄になったメリンザが一座の金を盗んで行方をくらませたこと。その後一座が順調(実際には順調どころか売り上げは倍増)に興行を行っていったこと。そして一昨日の夜、カイロスに呼び出されて、結婚を申し込まれたこと。それを冗談と思い笑ったら犯されそうになったこと。でも、何とか事なきを得たこと。翌日、つまり昨日の朝、カイロスが金を持って行方をくらませたこと。でも実際は座長によって殺されていたこと。さらに、メリンザも実は座長によって殺されていたこと。そして、座長が自分の身体を求めてきたことも話した。その中で髪を切ってしまったことも……。女将に泥棒猫と罵られたことも、そこで心が限界に達して逃げ出したこともすべて話した。

 さらに言えば、その後出会った美しいハーフエルフの少女のことも話しておいた。もしかしたらローゼリットのことを知っているかもしれないと期待して…。

 黙って話を聞いていたレミーラだったが、スミーシャが話し終えるとため息をついた。

「なるほどね……あの座長も相当なクズだったわけだ…」

 頷くスミーシャ。座長のことを思い出しその青い瞳におびえの色がにじむ。

「それでスミーシャ、あんたこれからどうするつもりだい?」

「その事なんですけど…その…」

 言い淀むスミーシャ。一座を抜けたレミーラに頼るのはスミーシャとしてもかなり気が引けたのだが、他にあてが無いのも事実だった。意を決して口を開く。

「その、レミーラ姐さんのお店で働かせてもらえませんか?」

「あたしの店って……この店のことかい?」

「はい」

「うーん……」

 唸るレミーラ。あまり芳しくない反応である。

「あたしとしては雇ってやりたいのはやまやまなんだけど…実はあたしら夫婦も雇われの身でね…」

「そうなんですか?」

「うん。ここいらの洋服屋はハックマン商会って大きな商会の傘下でね…あたしら夫婦は住み込みってことでこの店を任されてるんだけど、店員を勝手に雇う権限は持ってないんだよ」

「そうですか……」

 ガクッと肩を落とすスミーシャ。あわよくば…と思っていただけにそのショックも大きい。そして、そこにさらに追い打ちがかかる。

「それにスミーシャ、あんたこの町の住民じゃないだろう?商会傘下の店で働くには住民登録しないとダメだろう?」

「そうだった……」

 さらに肩を落とすスミーシャ。レミーラの言葉通り、商会傘下の店や、自警団などちゃんとした仕事に就きたい場合、その町で住民登録しなければならない場合が多かった。住民登録するにはいくつかの条件があるのだが、その町の出身、あるいはその町に親類がいる、その町に住居を持っている、その町の人間と結婚する、その町に貴族階級の後見人が居るなど、どれもスミーシャには当てはまらなかった。

「あたしの場合は旦那のグレンがこの町の出身で、義母や義父もこの近くに住んでるから登録できたんだが……」

 仕事中に子供たちの面倒も見てもらってるし、と続けるレミーラ。その言葉に愕然とするスミーシャ。どう考えても自分では住民登録できそうもない。

「どうしよう……」

 悲観に暮れるスミーシャ。しかしその肩をレミーラがポンと叩く。

「そんなに気を落とさなくても、あんたならもっと簡単に金を稼ぐ方法があるだろう?」

「え?」

 訳が分からないと言った表情のスミーシャにウィンクするレミーラ。

「あんたの一番得意なことは何だい?」

「あ、あたしの得意なこと………?」

 思わず考え込むスミーシャ。自分の得意なこと、得意なこと、得意なこと……。

「は!一座の雑用で繕い物とかやってたからお裁縫は得意!」

「あんたは踊り子だろうが!」

 マジな顔で見当違いなことを言うスミーシャに思わずツッコミながら額にチョップを叩き込むレミーラ。

「???」

 額を押さえながら、訳が分からないと言いたげなスミーシャ。そんな彼女を見ながらため息をつくレミーラ。

「いいかい?あんたはあたしが居なくなった後、一人で一座を支えてきたと言っても過言じゃないんだ。あんたの踊りにはそれだけのものがあるんだよ。なら、それを披露して金を稼げばいい。こんな洋服屋よりよっぽど儲かるよ」

 なるほど!と手を打つスミーシャ。しかしすぐに怪訝そうな表情になる。

「あの…それなら、何でレミーラ姐さんたちは踊りや芸で稼いでないんですか?」

 スミーシャの言葉に、ジト目で答えるレミーラ。

「あたしら駆け落ちしたんだよ?そんな目立つこと出来る訳ないだろう」

「ああ、なるほど」

 納得したスミーシャだったが、すぐに別のことが思いつく。

「あれ?でもそれだと、逃げ出してきたあたしもあんあり目立つのはまずいんじゃ…」

「あたしらと違って、あんたの場合は完全に座長たちに非があるじゃないか。町中で芸をしている分には自警団の眼もあるし手出しは出来ないよ」

「あ、なるほど」

 再度納得するスミーシャ。そうと決まれば話は早かった。

「分かりました。あたし、踊りで稼いでみます!」

「ああ、それが良い。広場に行けば吟遊詩人が結構いるから、最初はそいつらの曲に合わせて踊ってみればいい。あんたの腕ならすぐに声がかかると思うよ」

「はい!ありがとうございます!」

 ニッコリと笑うスミーシャ。スミーシャの笑顔を見てやっと笑ったなと安堵したレミーラ。いいことを思いついたとばかりにパン!と手を打つ。

「そうだ!再会の祝いだ、あんたの踊りの衣装、プレゼントしてあげるよ!」

「え?で、でも……」

「良いんだよ!妹分がこうして元気だったんだ、そのお祝い!」

 そう言ってウィンクするレミーラ。その想いにスミーシャは胸が熱くなった。

「それなら、着替えとかもここで買わせてください」

 スミーシャは懐から布袋を取り出した。






 スミーシャは広場で踊りを披露していた。

 レミーラに会った翌日、朝風呂に入って身を清め、昨日買い揃えた鋏と櫛である程度髪を整え、レミーラにもらった踊りの衣装に身を包み、試しに広場に行き自由に曲を奏でている吟遊詩人たちの曲に合わせて踊りを披露したところ、広場中の人間から絶賛の嵐をもらった。催促してもいないのに瞬く間に袋いっぱいの見物料が溜まっていた。

(この調子で貯めて行けばローゼリットさんに会えた時にお金を返せるかもしれない)

 そう思い、スミーシャはどんどん踊りを披露していった。毎日の様に広場に通い、そこにいる吟遊詩人たちに声をかけ、曲を奏でてもらいそれに合わせて踊った。

 多くの客がスミーシャの舞を称賛した。時にはレミーラやグレンが子供を連れて見に来たりもした。2週間がたつ頃にはローゼリットに渡された金を返せるほどの稼ぎになっていた。

 万事うまくいっていた。だから……少し油断していた。どんな業界でも出る杭は打たれるということを失念していた。

 それはスミーシャがラングリアに来て3週間程経ったある日だった。いつものように広場を訪れるスミーシャ。いつもならば、スミーシャの登場に「待ってました!」と言わんばかりの拍手が鳴り響く。吟遊詩人たちもこぞってスミーシャに駆け寄り、「今日は私の演奏で踊ってくれ」とスミーシャを取り合う。だが、その日は違った。

 広場の中心にはガラの悪そうな数人の男と気の強そうな女が一人。スミーシャの踊りを見に来たであろう客たちは広場の端に追いやられており、吟遊詩人たちに至っては楽器を壊された者や、殴られたのだろう、うずくまっている者もいた。

「ひどい……どうして…」

「どうしてもこうしてもないさ」

 そう言いながら、気の強そうな女がスミーシャに歩み寄ってきた。男達もその後に続く。

「あんたがスミーシャだね?」

「そ、そうだけど……あなた誰?」

 そう言うスミーシャに、女は「アハハハハハハ‼」と声をあげて笑った。そしてキッとスミーシャを睨みつける。

「随分と荒稼ぎしてるみたいじゃないか。この町一の踊り子は自分であたいの事なんか眼中に無いって言いたげだねぇ…」

 睨みつけてくる女。だが、女が何を言っているのかスミーシャにはさっぱり分からなかった。町一の踊り子?眼中に無い?いったい何の話をしているのだろうか?

「あなたが何を言いたいのかさっぱり分からないんだけど?」

「ハッ!なかなかふてぶてしいことを言うじゃないか。おい、お前たち!」

「へい、姐さん」

 女の言葉の男たちが反応する。男たちはスミーシャを囲う様に近寄ってきた。

「この町一の踊り子が一体だれなのか……この芋臭い小娘に教えてやりな!」

「い、芋臭い⁉」

 女の言葉に男たちが反応するより早くスミーシャが反応する。どうやら芋臭いと言われたことに不満がある様だった。

「芋臭いって……あたし、こう見えても一座にいたころは『一座で一番の美少女』とか『オシャレでハイカラ』ってよく言われてたんだけど……おばさん」

「お…おばさん⁉」

 まさかスミーシャが言い返してくるとは思ってもみなかったのだろう。おばさん扱いされ思わずポカンとする女。だが、次第に顔を赤くしていき癇癪を起こし始める。

「だ、だ、誰がおばさんだい!あたいに…この町一の踊り子であるこのセリーヌ様に向かって!」

 セリーヌと名乗った女はムキー!とわめきながら両手をワナワナと震わせている。おばさん扱いされたのがよほど気に食わない様だった。しかし、気に食わないと言えば、スミーシャの方も、『芋臭い』扱いされたのが気に食わない。売られた喧嘩は買うつもりだった。

 実際スミーシャから見れば、セリーヌだけならばいくらでも対処できそうだった。セリーヌは町一の踊り子を自称するところからも、酒場などで踊りを披露する踊り子なのだと推測できた。町中のみで踊りを披露する踊り子は自分で荒事に対処する必要はない。つまり本当にただ踊るだけである。だが自分たちの様な旅の踊り子は自分たちの身を守るために戦う術を持っている。踊りと共にレミーラやメリンザから教わった、格闘術、小剣術、そして魔円舞。数人の男達さえどうにかすれば、セリーヌ一人などどうとでもできる自信はあった。

 それにどうせ男たちは雇ったゴロツキだろう。だからここでスミーシャは男たちに提案をする。

「ねえお兄さん達.どうせそのセリーヌって人に雇われただけでしょう?いくらで雇われたか教えてよ。その金額以上出すからここは手を引いて……」

「いや、俺たちはセリーヌ姐さんファンクラブの親衛隊だ!」

 …………違った。

 ファンクラブ……それも親衛隊などというものがあるということはセリーヌの言う『町一の踊り子』というのもあながち間違いではないのかもしれない。しかし、だからと言ってスミーシャも引くつもりは無い。

「くくく、残念だったわねスミーシャ!あたいのファンクラブのメンバーは固い結束とあたいへの忠誠心で満ち溢れているのよ!」

「そ、そ~なんだ……」

 若干引き気味のスミーシャ。固い結束と忠誠心、そんな大層なものをこんなくだらないことに使わないでほしいものである。

 しかし、周りは依然親衛隊の男たちに囲まれており、逃げ出すことは難しい。かといってこのまま男たちに捕まったら何をされるか分かったものではない。

(まさか殺されはしないと思うけど……あ、でも、腕とか脚とか折られたらヤバいかも……それにもし強姦されたら…)

 思わず身震いするスミーシャ。公衆の面前で、こんな朝っぱらから犯されるなど冗談ではない。まあ、たとえ公衆の面前でなくても、朝ではなく夜であっても強姦されるなど冗談ではないのだが……。

「よし、それなら……助けてー!自警団のおじさーん!」

 口に両手を添えて叫んでみる。たとえ自警団に直接届かなくてもこの中の誰かが知らせてくれれば問題ないはずだ。

「ハ!甘いねぇ小娘!そんなことをしても無駄だって事が分からないかい?何故ならこの地区の担当自警団員は…」

 そう言うとセリーヌはバッと手を上げて自分の後方を指し示す。そこにはファンクラブ親衛隊が3人妙なポーズを取っていた。キメ顔でこちらを見ている。

「「「我ら!自警団員!」」」

「仕事しろ!自警団員―!」

 声がハモる3人の自警団員に対し、頭を抱えるスミーシャ。セリーヌがこんな騒ぎを平然と起こせたのは、自警団員を味方につけているという自信があったからだった。

(……あー…結構マズいかも…)

 思っていたよりも悪い状況に、身構えるスミーシャ。セリーヌは戦力にはならないだろうが、自警団員を含めたファンクラブ親衛隊は荒事に慣れたやつも多そうだった。

(……どうしたら…)

 この窮地を脱出するには……。そう考えた瞬間だった。

「邪魔だ」

 ボソッとそんな言葉が聞こえた。そして次の瞬間金色の眼光輝く黒い影が、目の前にいる親衛隊の顔面に膝蹴りを食らわせていた。

「…ぐぁ」

 一撃で昏倒する親衛隊。そして着地した人影はスッと立ち上がってスミーシャの方を見た。

「ん?……お前確か…スミーシャ・キャレット?」

「え?ロ、ローゼリットさん⁉」

 思わず驚きの声を上げるスミーシャ。一撃で親衛隊を昏倒させた人影は、あの日の夜からずっと探していたローゼリットだった。奇跡の様な再会にスミーシャは思わずローゼリットに抱き付く。

「見つけた!ローゼリットさん!」

「うわ!な、何だ突然…」

 いきなり抱き付かれ驚きを隠せないローゼリット。しかし、戸惑うローゼリットをしり目にスミーシャは抱き付いたままほっぺたにスリスリする。

「ローゼリットさん!会いたかった!」

「や、やめろ…離れ…離れろ…」

 スリスリしてくるスミーシャの顔を押さえて引きはがそうとするローゼリット。だが、スミーシャも負けじとローゼリットを抱きしめる。

「もう離さないから…ローゼリットさん!」

「い・い・か・ら・は・な・れ・ろ!」

 しつこくスリスリしてくるスミーシャを何とか引きはがすローゼリット。スミーシャがよほど渾身の力で抱き付いていたのだろう。引きはがしたローゼリットは若干息が上がっていた。

「もう、激しいんだから……ローゼリットさんの、い・け・ずぅ♡」

「お、お前…そんなキャラだったか……?」

 3週間前に出会った時とのキャラの違いに思わず身を引くローゼリット。しかし当のスミーシャの方はローゼリットに向かってウィンクなどしている。

「あの時はあたしかなりまいってたし、へこんでたし……こっちが素のキャラだから」

「そうか、それは迷惑な話だな」

 以前とのキャラの変わり様に顔を引きつらせるローゼリット。しかし、そんな漫才の様な二人のやり取りに水を差す人間が居た。当然セリーヌである。

「なるほどねぇ。妙に強気だと思ったら仲間がいたのかい。おい、お前たち!」

「へい、姐さん!」

 セリーヌの掛け声で、男たちが身構える。拳を握りしめ、指や首の関節を鳴らしスミーシャたちに詰め寄っていく。中にはナイフを取り出している者もいた。

 刃物を出されたあたりで若干及び腰になるスミーシャ。ローゼリットの肩にしがみつき、男たちを見回す。

「ヤ、ヤバいかも……どうしようローゼリットさん…」

「どうしようって言われてもな…」

「勝算があるんじゃないの⁉助けてくれたじゃん!」

「まあ……多勢に無勢だったから気に食わなくて割って入ったのは事実だけど……」

 半ベソかきながらローゼリットをユサユサと揺らすスミーシャに、ため息交じりに答えるローゼリット。それを見たセリーヌは「あははははは!」と高笑いしながらスミーシャを睨みつけた。

「観念するんだねスミーシャ。そこの小娘も、ちょっと痛い目を見てもらうよ。お前たち!や~っておしまい!」

「アラホ○サッサー!」

 謎の掛け声とともに襲い掛かる男達。男の一人がローゼリットに掴み掛ろうとして……掴み掛れずその手は空を切った。その瞬間ローゼリットの身体は宙を舞っていた。

「へ?」

 間抜けな男の声が響く。次の瞬間ローゼリットは前のめりになった男の背中に片足をつくと、もう一方の足で男のこめかみを蹴り飛ばす。

 ゴスッ!と音を立ててローゼリットのつま先が男のこめかみにめり込んだ。そして男は声もなく地面に倒れ込む。ローゼリットの一撃で完全に失神していた。

 その様子を見た他の男たちが若干ひるむ。その隙に別の男の懐に飛び込んだローゼリット。下から掌底を男の顎に叩き込む。さらに続けて、身体の浮いた男の首筋に踵落としを叩き込んだ。

「ぐへ」

 呻き声をあげ倒れ込む男。倒れた男の背中に片足をのせて、男達を見回すローゼリット。挑発する様に指をチョイチョイと動かす。瞬く間に男二人を伸したローゼリットに男達は脅威を感じたのだろう。ターゲットをスミーシャに変更する様に視線を移した。

「はあ!」

 次の瞬間男の一人にスミーシャの回し蹴りが叩き込まれる。威力はそれほどでもなかったが、それでもよろめく男。そして次の瞬間、スミーシャがバク転しながら放った蹴りが男を捉える。スミーシャのつま先がキレイに男の顎を捉えている。見事なサマーソルトキックだった。

「がは!む…むらさ…き」

 謎の言葉を残して昏倒する男。しかし、それを聞いたスミーシャはペロリと舌を出す。

「残念でした。踊り子は見えても良い様に下着の上にもう一枚履いてるのよ」

 ニシシと笑うスミーシャ。その横でさらにローゼリットが、ナイフを持った男の腕を捻り上げ、ナイフを奪っている。そしてそれを男に突き付けた。

「どうする?まだやるなら別に構わないけど?」

 そう言って男の眼前にナイフを突きつけるローゼリット。男は「ひいい!」と情けない声を上げてワタワタと手を振った。

「じょ、冗談じゃねえ!勘弁してくれ!」

「なんなんだこいつら!すげぇ腕が立つぞ!」

「姐さん!マズいですぜ、ここは引きましょう!」

 口々にそう言いながら我先に逃げ出す男達。ローゼリットが手を離すと男はナイフも持たずに逃げ出していく。そしてそこにはセリーヌ一人がぽつんと残されていた。

「あ、ああああ……」

「何だこの女?」

 へたり込むセリーヌを見て、実は状況がよくわかっていないローゼリットがスミーシャに訊いてくる。しかし、スミーシャはとりあえずはそれに答えず、セリーヌの前にドンと仁王立ちになった。

「さあ、どうするの?セリーヌお・ば・さ・ん?」

「……………お、憶えておいで!」

 ありきたりな捨て台詞とともに、腰が抜けたのかモタモタと立ち去ろうとするセリーヌ。男たちと「何やってんだいお前たち!あたいも連れて行くんだよ!」「姐さん、ガッテン!」などと言い合いながら、男たちに担がれてどこかへと去っていった。

 そして、それを見届けた瞬間、広場にワッ!と歓声が上がる。楽器を壊されたり、うずくまったりしていた吟遊詩人たちを筆頭に、広場中の人たちがスミーシャとローゼリットを取り囲む。

「ありがとう!あいつらに『スミーシャのための演奏はするな』って脅されて、困ってたんだ!」

「逆らったら殴られたんだけど、あんたたちのおかげでスカッとしたよ!」

「ハーフエルフの姉ちゃん、強いなぁ!あんた何者だい!?」

「スミーシャちゃんもやるじゃないか!あたしゃ、驚いたよ!」

「セリーヌなんかより、スミーシャちゃんの方がすごい踊り子だよ!」

 等々。人々は口々にスミーシャとローゼリットを絶賛した。踊りとは別の所でほめられ照れ笑いを浮かべるスミーシャ。一方ローゼリットはつまらなそうに周りを見回している。

「おい、いつまで続くんだ、これ?」

「あはは、いつまでだろうね…」

 人々の称賛の嵐はしばらくやみそうもなかった。






 その日の夜、スミーシャはお礼も兼ねてローゼリットを食事に誘っていた。あの称賛の嵐の後、その場の雰囲気から舞を披露せざるを得なかったスミーシャ。本当はすぐにでもローゼリットにお礼を言いながら今までのことなどを話したかったのだが、衆人はスミーシャの舞を求めており、やむなく夕食を奢る約束をしてその場は別れた。

 人々はローゼリットにも興味があったみたいだが、本人はそんなものに付き合う気はないらしく、人々の間を器用にすり抜けあっという間に姿を消してしまった。

 そのあまりに鮮やかな去り方に「ローゼリットさんて本当に何者?」と思ったが、すぐに舞を披露しなければならなくなり、それどころではなくなった。

 そして夜、待ち合わせ場所に指定したスミーシャの泊まっている宿屋の前、ローゼリットが昼間と同様つまらなそうな顔で現れた。それを見てスミーシャはローゼリットに飛びつく。

「ローゼリットさん!会いたかった!」

「やめろ、鬱陶しい」

 ローゼリットの言葉は辛辣だったが、その表情はそれほど嫌がっているようには………見えた。飛びついてきたスミーシャを非常に迷惑そうな顔で見ている。

 そんなローゼリットの手を引いて、スミーシャは宿の1階の酒場に入っていった。そのまま近場の席に着く。奇しくもそこはスミーシャがラングリアに来た日に二人が座った席だった。

「……お前の奢りなんだろうな…」

「もちろん!あ、でもちょっと待って」

 スミーシャは懐から布袋を取り出した。それをローゼリットの前に置く。布袋はチャリチャリと音を立てており、中身がお金であることが伺えた。

「何だこれは?」

「ローゼリットさんがあたしにくれたお金。いろいろ買って結構使っちゃったんだけど、踊りで稼いでたら結構貯まったから……返そうと思って…」

 照れたようにそう言うスミーシャ。しかしそれを見たローゼリットはフンっと鼻を鳴らすと、布袋をつまみ上げてスミーシャの前に突き返した。

「これは一度お前にあげたものだ。返す必要はない」

「でも、こんな大金」

「どうせ汚れた金だ。気にするな」

「汚れた金?」

「…………何でもない。忘れろ」

 ローゼリットの言葉に「う、うん」と頷きつつも、釈然としないスミーシャ。

「でもやっぱり、返した方が…」

「お前もしつこい奴だな。なら、ここの勘定をその金から出せ。私に返すのはそれだけで十分だ」

「え…でもそれだと結局返せてないのと変わらないんじゃ…」

 なおも食い下がるスミーシャ。なかなか強情なスミーシャにローゼリットはため息をついた。

「これ以上金を返すというなら、私は帰るぞ?」

「えええ⁉そ、そんなぁ…」

 ローゼリットの言葉にシュンとなるスミーシャ。仕方なく布袋を懐にしまいなおす。しかし、そんなスミーシャを見てローゼリットも強く言い過ぎたかと、口調を和らげた。

「それで?奢ってくれるんだろ?」

「え?あ、うん。もちろん!」

 ローゼリットの言葉に頷くスミーシャ。すぐに機嫌を直して嬉々としてメニューを開く。

「なんでも注文していいのか?」

「もっちろん!好きな物注文して!」

 「そうだな…」と呟きながらメニューに視線を落とすローゼリット。スミーシャもパラパラとメニューを捲っていた。

「マスター、注文たのむ」

 手を上げたローゼリットの言葉に、酒場のマスターが「はいよ!」と返事をしながらテーブルの横までやってくる。

「ご注文は?」

 メモを片手に注文を訊くマスター。

「まずはチーズ、あと牛ヒレ肉のステーキ、コーンポタージュ、バゲットだ」

「あれ?ローゼリットさんそれだけでいいの?お酒は?」

 スミーシャの問いに、「チッチッチ」と指を振るローゼリット。その黄金の瞳が不敵に輝く。

「後、この店で一番高い赤の葡萄酒を…ボトルで」

「はいよ、まいど!踊り子の姉ちゃん、注文は?」

「あ、えっとあたしは……蜂蜜酒と鴨のソテー、フライドポテト、ベーグルで」

「はいよ!」

 注文を取って去っていくマスターの後ろ姿を見送り、ローゼリットに向き直るスミーシャ。ニコニコと笑ってはいるが、なかなか言葉が出てこない。ローゼリットに会ったら言いたいことは沢山あったはずなのだが……。

「こ、こうやって面と向かってみると、なかなか言葉が出てこないね」

「…そうか?」

 スミーシャの態度に若干怪訝そうな表情をするローゼリット。スミーシャの照れ方がまるで交際を始めたばかりのデート中のカップルのようだ。

 ローゼリットがそんなことを考えていると、蜂蜜酒とこの店で一番高い赤の葡萄酒が運ばれてくる。蜂蜜酒は金属製の杯に入っていたが、ボトルで運ばれてきた葡萄酒にはガラス製の高そうなグラスが2こ添えられていた。

 酒場のマスターはグラスをスミーシャとローゼリットの前に一つずつ置き、共にグラスの3分の1ほどまで葡萄酒を注ぐ。そして葡萄酒のボトルを置くと、なぜかキメ顔なまま親指をグッと立てて二人の方を見ていた。そしてそのまま颯爽と去っていく。

「……何だあれ?」

「さあ……何か勘違いしてるんじゃないかな?」

 スミーシャとローゼリットの二人、はたから見れば友達同士で食事をしに来ただけに見える。だが、なぜかマスターは二人をレズカップルだと勘違いしていた。ちなみにその勘違いのせいでマスターが悶々とした一夜を過ごすことになるのはまた別の話である。

 そんなことはさておき、グラスを手に取るローゼリット。店で一番高いという葡萄酒を見つめて若干ウットリしている。スミーシャもグラスを手に取ってみた。確かに赤紫色の美しい液体が入っている。

「えっと……乾杯…する?」

「構わないぞ…それじゃ、二人の再会を祝して…」

「乾杯」

 チンっとグラスを合わせる二人。そのままローゼリットはグラスに口を付け中身の液体を一口、口に含んだ。舌の上で葡萄酒を転がす。店で一番高い葡萄酒と言うだけあって爽やかな葡萄酒の香りが口と鼻を通り抜けた。満足そうにそれを飲み込むローゼリット。再びグラスに口を付けた。

 一方のスミーシャは恐る恐るグラスに口をつける。約3週間前に初めて酒を飲んだスミーシャ。それ以来蜂蜜酒を気に入りちょくちょく飲んでいたが、それ以外の酒を飲むのは初めてだった。まして、店で一番高い葡萄酒など……。

「ふわぁ……すごい…」

 葡萄酒を一口飲み、思わず感嘆の声を上げるスミーシャ。確かに蜂蜜酒と違って甘くは無かったが、鼻を抜ける爽やかな香りとスッキリとした味わい、わずかな渋みがスミーシャを楽しませた。正直に言えば甘い酒の方が好みではあったが、この酒もおいしいと思った。

「どうだ?葡萄酒の味は?」

「美味しい!驚いたよ」

 スミーシャの称賛の言葉に満足そうに頷くローゼリット。そうしている間にチーズとフライドポテトが運ばれてきた。

 ローゼリットはチーズを一かけら口に運ぶと咀嚼し、コクンと飲み込む。そしてそこに葡萄酒を一口飲みこむ。「ふぅ」と満足そうにため息をつくローゼリット。

「やはり葡萄酒とチーズの組み合わせは最高だな」

「へええ、そう言えばこの間もその組み合わせで合わせてたよね…」

 うらやましそうにローゼリットのチーズを見つめるスミーシャ。ローゼリットは居心地が悪そうにスミーシャを見ながらチーズの皿を差し出した。

「何だよ。食べたいなら言えよ」

「いいの⁉ありがとう、ローゼリットさん!」

 言うが早いか、ヒョイパクッとチーズをつまんで口に放り込むスミーシャ。そのままモグモグと咀嚼しゴクンと飲み込む。そしてそこで葡萄酒を口に含む。そしてコクンと飲み込むと、ローゼリットの方を向き、キラキラした視線をローゼリットに向けた。

「た、確かに……美味しい!」

「そうだろう」

 ちょっと得意げにニヤリと笑うローゼリット。さも、葡萄酒とチーズの組み合わせが美味しいのは自分のおかげだとでも言いたげだった。そしてスミーシャのフライドポテトをつまむと口の中に放り込んだ。

「あ、あたしのフライドポテト」

「ケチケチするな。チーズ代だよ」

 チーズ代もくそもどうせ勘定を払うのはスミーシャなのだが、そんなことは気にせず葡萄酒に口をつけるローゼリット。スミーシャは葡萄酒と蜂蜜酒の両方に口をつけていた。

 そうこうしている間に、残りの料理も運ばれてくる。

「ローゼリットさんのヒレステーキ美味しそう…」

「食いたいのか?鴨のソテー、真ん中辺一切れとなら交換してやるぞ?」

「ホント⁉交換お願いします」

「ほら、牛肉だ」

「ああ!ローゼリットさん、ヒレステーキ端っこの部分じゃない!ずるい!」

「ふふふ、バカめ。私は一言も真ん中をやるとは言ってないぞ」

「ムキー!悔しー!」

 いつの間にかスミーシャとローゼリットのテーブルには笑いが満ち溢れていた。互いに料理を交換したり、あるいは奪ったり、奪い返したり、スミーシャとローゼリットの顔には自然と笑みうかんでいた。

 楽しかった。スミーシャの今までの人生の中で一番楽しい食事の時間だった。楽しくて、楽しくって、楽しすぎて……あっという間に時間は過ぎた。

「…………もう空か…」

 ワインボトルをひっくり返し、残った数滴をグラスに落とすローゼリット。それを名残惜しそうに啜ると、グラスを置いた。

「ふう……久々に楽しい食事だった。礼を言う、スミーシャ」

「そんな!あたしの方がローゼリットさんにお礼を言いたかったくらいなのに!」

「そうか…。でも、楽しかったのは事実だ。ありがとう」

 そう言ってスミーシャの肩に手を置くローゼリット。そして、その手に触れながらローゼリットを見つめるスミーシャ。ローゼリットもスミーシャを見つめ返す。二人の視線はぶつかり合い、絡み合い、溶け合っていく。そして自分の肩に置かれたローゼリットの手を両手で握りしめ、ローゼリットに顔を近づけていくスミーシャ。二人の顔が近づいて行き、互いの吐息がかかるほどに近づく。そしてスミーシャはスッと目を閉じて顎を上げわずかに唇を突き出し………。

「いや、キスとかしないからな?」

「何でしないんじゃあ‼」

 後ろの方で何やらマスターが叫びながらのたうち回っていたが、ローゼリットはそれを無視してスミーシャのほっぺたを引っ張った。

「え~!良いじゃんローゼリットさん。このままあたしと熱いベーゼを…」

「せんと言うとろうが!」

 言葉と共にしつこくしがみ付いてくるスミーシャを引きはがそうとするローゼリット。かなり嫌そうな顔をしている。

「お前がレズビアンなのは勝手だが、私にその気は無い!」

「あたしも別にレズじゃないよ?」

「嘘つけ!じゃあ何で私にキスしようとしたんだ!」

「それは、その場のノリって言うか何と言うか……」

「ノリでキスしようとするな……」

 ジト目でスミーシャを睨むローゼリット。一方スミーシャは「あはは!」と笑うと、ペロリと舌を出していたずらっ子のような笑みを浮かべた。そして俯くと、ローゼリットの手を取り両手で握りしめる。俯いたスミーシャの表情は分からなかったが、肩がわずかに震えていた。テーブルにポタリポタリと滴が落ちる。………スミーシャの涙だった。

「ローゼリットさん……ありがとう……。あたし、ローゼリットさんのおかげでこうして生きて行けるんだよ……」

「私は何もしていない、生きて行けているのはお前自身の力だ」

「そんなこと無いよ…‥あの時、街道でローゼリットさんがあたしを見つけてくれなかったら、今頃あたし……野垂れ死んでたかもしれない……座長に見つかって連れ戻されてたかもしれない……」

「スミーシャ…」

「ローゼリットさん……ホントに……ホントに…あたしを見つけてくれて、ありがとう!」

 素直な気持ちが口をついた。そしてスミーシャはローゼリットに抱き付いた。そしてそのまま堰を切ったように声を上げて泣き出すスミーシャ。溜まっていたモノをすべて吐き出すように泣きじゃくるスミーシャをローゼリットは困ったように見つめながら、その頭を撫でてやった。

 しばらく声をあげて泣き続けたスミーシャ。酒場にいた他の客たちが「何事だ?」「痴情のもつれか?」「レズカップルの片方が別れ話を持ちかけたのか?」などと興味津々な視線を送ってきたが、二人はそれどころではなかった。

 やっと泣き止んできたスミーシャの頭を撫でてやりながら、深々とため息をつくローゼリット。

「お前なぁ……そんなにため込んでると体に毒だぞ?誰かに愚痴でも言って適度に発散しないと……」

「そんな相手いないもん…」

 シュンとするスミーシャ。多少馴染んできたとはいえ、もともとは知り合いなどいないこの町、弱音を吐ける相手などいなかった。レミーラやグレンはいたが、彼らはスミーシャにとっては先輩にあたる。縦社会の芸人育ちだったスミーシャにとって先輩である二人に弱音を吐くことなどできなかった。

「で、でも…ローゼリットさんの胸で泣いたらすっきりした!ありがとう、ローゼリットさん!」

「あ、ああ」

「これであたし、これからも頑張れるよ!」

 そう言って「えへへ」と笑い、涙をぬぐうスミーシャ。そして両手を握りしめてローゼリットの方を向くと、ペコリと頭を下げた。

「あたし、楽しかった今夜のこと忘れない!寂しくなっても今日のことを思い出して頑張るから!」

「ああ……ん?」

 何かスミーシャの言葉に引っかかるところを感じるローゼリット。それが何なのか頭をひねっている間にもスミーシャはまくしたててくる。

「だから……時々で良いからローゼリットさんもあたしのこと思い出してくれたらうれしいな!」

「…時々?……思い出す?…」

「うん!たとえ会えなくたって、あたしの中に今日と言う日の思い出があれば頑張れるから!」

 何やら勝手に盛り上がっているスミーシャ。ローゼリットは悪い予感がしつつ、スミーシャに訊いてみた。

「スミーシャ、お前まさか……どこか別の町に行くつもりなのか?」

「え…?なんで?当分この町にいるつもりだけど?」

「そうか………。ところで、私がこの町に住んでるのは分かっているよな?」

「へ?……あ、うん。そうだよね」

 スミーシャのどこか間の抜けた返事に頭を抱えたくなるローゼリット。その衝動を押さえながら、何とか言葉を絞り出す。

「時々、思い出すのか?私を?」

「うん…そうだよ………………あれ?」

 自分で言っておいて何か引っかかるのか、急に怪訝そうな表情をするスミーシャ。

「ローゼリットさん、この町に住んでるんだよね?」

「ああ」

「あたしも、今はこの町に住んでる」

「そうだ」

「あたし、何でローゼリットさんに会えないんだっけ……?」

「別に会えなくないだろう」

「…………あれ?」

 いまだポカンとしているスミーシャ。ローゼリットは深々とため息をついた。

「お前が何で私と会えなくなると思っていたのか知らないが、別にいつでも会えるんだぞ?」

「………いつでも、会える…?」

「そうだ」

 呆れた様にそう言うローゼリット。スミーシャは未だにポカンとしたままだった。

「まあ、私もお前との食事は楽しかったから、たまに一緒に食事をするくらい…」

「ローゼリットさん‼」

 叫びながらローゼリットに抱き付くスミーシャ。いい加減面倒くさくなったのか、大した抵抗もしないローゼリット。瞳に涙を浮かべながら、スミーシャは嬉しそうにほっぺたにスリスリしていた。

「そ、それってつまり……あたしとローゼリットさんは『友達』ってことだよね!」

「と、友達?………ま、まあ…そうなるのか?」

 「友達」と言うワードに戸惑いつつも、否定はしなかったローゼリット。そんなローゼリットのことを、嬉しさのあまり泣きながら抱きしめるスミーシャ。

 物心ついたときから旅芸人の一座で生活し、一か所に留まらず、それゆえ同年代の親しい人間が居なかったスミーシャ。彼女にとってローゼリットは人生で初めて出来た「友達」だった。

「やった!やった!嬉しい!あたしとローゼリットさん、友達だよ!」

「ああ、そうだな…友達だ」

 そう呟くローゼリットも心なしかうれしそうに見えた。

「じゃあさ!じゃあさ!今度はいつ一緒にご飯食べる⁉」

「いきなりだな……明後日あたりでどうだ?」

「うん!あたしはいつでもOKだよ!」

 スミーシャのその言葉に満足そうに頷くローゼリット。その様子にスミーシャも嬉しそうにはしゃいでいた。

「そうだ!ローゼリットさん、次は別のお店に行ってみない?」

「ああ、構わない………が!」

 スミーシャの言葉に同意しつつも、最後に語尾を強めるローゼリット。人差し指をビシッとスミーシャに突き付ける。

「私の友達と言うならば、『さん』付けで呼ぶのはやめてもらおう」

「え?でも……」

「問答無用!お前、私がお前のことをスミーシャ『さん』って呼んだらどう思う?」

 ローゼリットの言葉に考え込むスミーシャ。だが、意外にも答えはあっさりと浮んできた。

「よそよそしい」

「そう思うだろ?それと同じだ」

「なるほど……」

 考え込むスミーシャ。ローゼリットの言いたいことも分かる。でも、それならば………。

「ねえ、それなら………ローゼって呼んでいい?」

「ローゼ?」

「そう、ローゼリットだから……愛称はローゼかなって……」

 スミーシャの言葉に考え込むローゼリット。今迄愛称で呼ばれたことなど無かったので戸惑いもあった。若干むず痒い気もしたが、すぐに結論は出る。

「好きに呼べ」

「ありがとう!ローゼ!」

 ローゼリットに飛びついたスミーシャは今度こそローゼリットの頬に口付けをした。






「冒険者になりたい?」

「ああ、そうだ」

 林檎酒を飲みながら言ったスミーシャの言葉に、ローゼリットは葡萄酒を飲みながら答えた。

 スミーシャとローゼリットが「友達」となってから、一か月ほどたったある日だった。二人で夕食を取っていると、ローゼリットが突然神妙な顔で「実は相談がある…」などと言い出した。

「相談⁉何それ!悩み事相談なんていかにも友達同士って感じ!それで相談って⁉好きな人でもできたの⁉それとも気になる人でも⁉もしかして恋愛相談⁉または恋バナ⁉」

「それ、全部同じだろ…」

 かなりハイテンションにまくし立ててくるスミーシャに、ため息混じりにツッコミを入れるローゼリット。スミーシャの頭の中が万年春なのが伺える。

「そうじゃない。実は冒険者になりたいと考えているんだ」

「冒険者になりたい?」

「ああ、そうだ」

 ハイテンションにまくし立てたため喉が渇いたのか林檎酒を飲みながら訊いてくるスミーシャに、葡萄酒を飲みながらそう答えたローゼリット。牛ひき肉のミートパイをフォークで口に運びながらスミーシャに視線を向けた。

「前々から考えてはいたんだ。ようやくギルドマスターの許しが出てな」

「ギルドマスターって、ローゼが働いてる盗賊(スカウト)ギルドの?」

「そうだ」

 そう答えてミートパイを「うまいな、これ」などと言いながらパクパクと食べるローゼリット。一方スミーシャはサーモンのフィッシュパイを一かけ口に放り込み咀嚼して飲み込むと、そのままフォークを咥えて、頭の後ろで手を組んだ。

「まあ、ギルドマスターさんはローゼの親代わりだって話だから許可をもらうのは当然と言えば当然だけど……」

「うん?」

「何で一番の親友のあたしに相談してくれなかったのよ」

 拗ねた様にほっぺたを膨らませるスミーシャ。それを見たローゼリットはクスクスと笑っていたが、すぐにまじめな表情になった。

「別にお前をないがしろにしたわけじゃない。さっき言っただろ?相談があるって」

「ああ!つまり今のこれが相談なわけね」

「そう言うことだ」

 納得したスミーシャはローゼリットに視線を向ける。

「冒険者になりたいのは分かったけど、相談って何?」

「ああ……。許可を取ったはいいが、ギルドマスターが条件を出してきてな…」

「条件?」

「冒険者になるのは構わないが、ギルドを抜けることは許さないそうだ」

「そ、そうなんだ…」

 ローゼリットの言葉に答えつつも、若干言葉尻が弱くなるスミーシャ。ギルドを抜けるのは許さないとはどういうことだろうか?盗賊ギルドには何か鉄の掟があるのだろうか?それとも……。

(は!分かった!ローゼにとって親代わりってことは、逆に言えばそのギルドマスターにとってローゼは娘みたいなもの!つまりギルドマスターはローゼが独り立ちするのが寂しいんだ!)

 勝手に納得し、ウンウンと頷くスミーシャ。そのままガシッとローゼリットの両肩を掴んだ。

「つまり、そのギルドマスターさんの言う通り、ギルドに所属したまま冒険者になるか、それとも背いてギルドをやめるかを相談しに来たんだね?」

「え?あ、いや……」

「大丈夫だよローゼ!別にギルドに所属していたって冒険者にはなれるよ!」

 拳をグッと握りしめ叫ぶスミーシャ。「せっかく親代わりのギルドマスターさんが居るんだから大事にしなきゃだめだよ!」とか言いながら勝手に納得している。

 そんなスミーシャを見ながらローゼリットは深々とため息をついた。

「勝手に納得しているところ悪いが、別にそんなことをお前に相談しに来たんじゃない」

「え?そうなの?」

「別にギルドに所属したまま冒険者になれば良いだけだろう?」

「まあ……それもそうだね」

 そう言うとスミーシャは怪訝そうな表情でローゼリットの眼を覗き込んだ。あまりに近すぎて、林檎酒の香りがするスミーシャの吐息がローゼリットの鼻をくすぐる。

「でも、じゃあ相談って何?」

「ああ、その事なんだが……」

 どこか言いにくそうなローゼリット。彼女らしくもなく若干モジモジしている。そんな珍しいローゼリットを見たため、スミーシャの瞳が笑みに歪む。

「あれあれ~?どうしたの急にモジモジしちゃって」

 そう言って、ローゼリットの二の腕を人差し指でつつくスミーシャ。それに対しローゼリットは気恥ずかしそうにそっぽを向いている。

「どうしたの?ねえねえ、相談ってなぁに~?」

 わざとらしくにじり寄るスミーシャ。さらに顔を逸らすローゼリット。逸らしたローゼリットの顔の方に回り込んでさらに顔を近づけるスミーシャ。再び顔を逸らすローゼリット。

 しばらくそんな不毛なことを繰り返していた二人だったが、どちらともなく落ち着きを取り戻し座り込む。

「それで?ローゼの相談て何?」

「それなんだがスミーシャ。……私と一緒に冒険者にならないか?」

「うん、良いよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 スミーシャの言葉に、沈黙が広がる。ローゼリットの問いに即答で答えたスミーシャ。考え込む時間など微塵もなく、本当に即答で答えていた。そのあまりの答えの速さにさすがのローゼリットの思考が停止する。それでも何とか言葉を絞り出した。

「おいスミーシャ。私が訊いておいてなんだが、もうちょっと考えたらどうだ?冒険者って言うのはこれでかなり危険な仕事なんだぞ?」

「知ってるよ。でも、あたしたち旅の踊り子は冒険者に頼らなくていいように自分たちで戦う術を持っていたからね」

「それは知っているが……」

「だから、言い換えれば冒険者の代わりになる。つまり、すぐにでも冒険者になれるってこと!」

 そう言ってパチンとウィンクするスミーシャ。ローゼリットは納得しているのかしていないのか微妙な表情だった。

「すぐにでも冒険者になれるってのは分かったが…だからって……」

「それにね!」

 ビシッと人差し指を突きつけるスミーシャ。だが、その顔は笑顔だった。

「何となくだけど、ローゼが相談したかったことわかってたから」

 そう言って再びウィンクするスミーシャ。ローゼリットは気恥ずかしそうにしつつもため息をついた。

「分かった。じゃあ、一緒に来てくれるんだな?」

「もちろん!あたしとローゼで世界一の冒険者を目指そう!」

「世界一?ずいぶん大きく出たな」

「夢は大きくってね!それでコンビ名は……『ふたりはプリ○ュア』で行こう!」

「そのコンビ名は絶対やだ」

 即答するローゼリットにスミーシャは怪訝そうな表情をする。

「もしかしてローゼ、セーラー○ーン派だった?」

「何の話だ!」

 スミーシャのボケにツッコミ疲れてきたローゼリット。頭を抱えつつも、スミーシャに視線を送る。

「コンビ名は『野良猫(ストレイキャット)』だ。それ以外認めん」

「野良猫かぁ。まあ、実の親が居ないあたし達にはちょうど良いかもね!」

 ローゼリットの意見に賛同するスミーシャ。こうして二人は冒険者になることを決意した。

 その後二人は冒険者ギルドに登録。冒険者コンビ「野良猫」として活動していくことになる。冒険者になりたての頃こそ苦労した二人だったが、もともと戦う術を持っていた二人、すぐにその技量を発揮し、様々な依頼をこなしていくのだった。

 そして2年ほどたち、冒険者ランクも順調に上がり、多少なり名前が知れ渡ったことでさらにパーティーのメンバーを増やすことになった。そして、ドワーフの女神官戦士ベルベラ・ステイシアとホビットの狩人エルシール・ロディの二人を加え、新たな冒険者パーティー「ストレイキャット」として活動を始めた。

 そして4人パーティーになり、約1年がたとうとしていた。






「だからね、あたしとローゼは単なる友達じゃないんだ。一番の親友で…唯一の親友で…後、家族でもある……かな?」

 そう言って笑うスミーシャ。しかし、それを聞いたフリルフレアは瞳から涙をポロポロとこぼしながら顔をクシャクシャにしていた。

「スミーシャさん………そんなつらい過去をお持ちだったなんて……それなのにいつも笑顔を絶やさないで……なんて強い方なんですか……」

 泣きながら鼻水まで垂らしているフリルフレアに、ドレイクが「汚ねえなぁ…これで顔拭け」と手ぬぐいを渡していた。

「ありがと、ドレイク……」

 手拭いで涙をふくフリルフレア。そのまま「ズビー!」と鼻をかむと、「ありがと」と言って手拭いをドレイクに返した。フリルフレアの鼻水まみれの手ぬぐいを返されたドレイクは「マジか…コイツ」とゲンナリした表情で呟きながら手ぬぐいをゴミ箱に放り込んだ。

「だからさ……こういう時、ローゼに何かあったんじゃないかって…どうしても不安になっちゃうんだよね…」

「不安ねぇ……」

 スミーシャの言葉に、ポツリと呟きそのままスミーシャに視線を向けるドレイク。

「不安って言うけどよ、正直お前が不安を感じていてもあんまり意味ないんじゃないのか?」

「ち、ちょっとドレイク!何その言い方!」

 ドレイクの言葉に声を荒げるフリルフレア。だが、そんなフリルフレアに対しスミーシャは首を横に振った。

「いや、実を言うとフリルちゃん、赤蜥蜴の言う通りなんだよね…」

「スミーシャさん?」

「今までも何となくは感じてたんだけど、この間のマン・キメラ事件の時のマン・キメラとの戦いで確信したんだ」

「な、何をですか?」

「ローゼはね……強いんだ。あたしなんかよりもずっとね……」

 少し寂しそうにそう答えるスミーシャ。フリルフレアに笑みを向けるが、何処か寂しさを感じさせる笑みだった。

「ずっと一緒に冒険してきたからね……。まあ、もともとの実力差があったから多少はローゼの方が腕が立つとは思っていたけど、あそこまで差があるとは思ってなかったなぁ…」

 そう言ってため息をつくスミーシャ。

「マン・キメラとの戦いで見たんだあたし、ローゼの本気。あのマン・キメラを糸みたいなのを使ってあっさり倒しちゃうんだもん」

 スミーシャはベッドに寝っ転がると、大きく伸びをした。口に出してこそいないが「まいった、まいった」とでも言いたげだった。

「だから、あたしなんかがいくら不安に感じても、ローゼにとってはなんてこと無い事かもしれないし、逆にローゼが不安に感じるようなことだったら、あたし程度じゃ力になれないかもしれないってこと」

「スミーシャさん……」

 心配そうな視線を向けてくるフリルフレアに、「ははは」と力なく笑いかけたスミーシャは上体を起こしてベッドに座りなおした。

「でもね!たとえ力になれなくても、ローゼのことが心配なのは事実だよ。たとえ大した力になれなくても、あたしはローゼのことが心配!」

「…そうですよね、そうですよね!やっぱり仲間なんですから心配するのは当然ですよね!ドレイク、分かった⁉」

「へいへい、どうせ余計なことを言った俺が悪かったですよー」

 ドレイクにビシッ手指を突きつけるフリルフレアに、つまらなそうに視線を逸らすドレイク。スンスンと鼻を鳴らしている。

「スミーシャさんがローゼリットさんのことを心配する気持ち、私わかります」

「ありがとう、フリルちゃん。そうだよ、やっぱり急にいなくなったら心配だよ。だってローゼはあたしにとってかけがえのない仲間なんだもん!」

 ガタっと天井の辺りで音がした。ドレイクはチラリとそちらに視線を向ける。

「なるほどな、つまり踊り猫はどうしたって金目ハーフのことが心配だと」

「え?う、うん」

 急に立ち上がりながら言うドレイクに、戸惑いつつも頷くスミーシャ。そうしている間にドレイクは鞘に納めたままの大剣を掴むと、そのまま先を天井に向ける。

「それで………そこで盗み聞きしてるネズミは何か言いたいことはあるのか?」

 言った瞬間、鞘の先で天井を激しく突き上げるドレイク。ドガッ!と激しい音を立てて天井の板が外れる。そして次の瞬間「チッ!」と言う舌打ちと共に人影が部屋の中に飛び降りてきた。人影の金色の双眸が鋭く光る。

「赤蜥蜴!いつから気がついていた!」

「残念だが最初からだ。知らなかったか?こう見えてリザードマンは鼻が利くんだぜ」

 「まあ、ウルフマンほどじゃないがな」と言いながら自分の鼻を指先で叩くドレイク。その言葉に再度舌打ちしたローゼリットはドレイクを睨みつけた。

「こうなったら仕方がない、悪いが赤蜥蜴死んで…」

「ローゼェ!」

 ローゼリットが言い終わるより早く、叫びながらローゼリットに抱き付くスミーシャ。そのまま例によってローゼリットのほっぺたにスリスリし始める。

「もう!どこに行ってたのよローゼ!心配したんだからぁ!」

 摩擦で火がつくのではないかと言うくらい滅茶苦茶スリスリしてくるスミーシャを若干鬱陶しそうに引きはがしながら懐に手を入れるローゼリット。しかしそれを見たドレイクの眼がキラリと光る。

「おいおい、こんな狭い部屋でダガーなんか振り回したら、フリルフレアや踊り猫に当たるぞ?良いのか~?お前の大事な相棒だろう?」

 そう言って悪い笑みを浮かべながらスミーシャの肩を掴み自分の前に立たせるドレイク。さらに自分はそのスミーシャの影になるように移動する。

「どうしたぁ!お得意の毒ダガーは使わないのか?まあ、俺より先にお前の相棒に当たりそうだがな」

「うわ、ドレイクサイテー」

 ドレイクの行動にフリルフレアが滅茶苦茶冷ややかな視線を向けるがドレイクはどこ吹く風と言った風だった。

「卑怯だぞ赤蜥蜴、おとなしく死ね」

「いやなこった!そもそも人の寝込みを襲ってきたお前に卑怯者呼ばわりされたくないぜ」

「それは……私にもいろいろと都合があるんだ」

「お前の都合で夜襲されてたまるか」

 ドレイクの言葉に、「それは確かに」と頷くフリルフレアとスミーシャ。しかしローゼリットは渋い顔のまま視線をそらしている。

「でも、何でローゼリットさん天井裏なんかにいたんですか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 フリルフレアの至極真っ当な意見に沈黙する一同。ローゼリットは未だ渋い顔をしていたが「言えない」とだけボソッと呟いた。ちなみにスミーシャはそんなローゼリットに再び抱き付きながら、「どうして言えないの?ローゼェ」とか言いつつローゼリットの頬に熱いベーゼをかまそうとしていた。

 それを、スミーシャの顔面を押さえつけることで防ぐローゼリット。「言えないものは言えないんだ」などと言いながら再度スミーシャを引きはがそうとしている。

「答える気はないのか金目ハーフ」

「しつこいぞ赤蜥蜴。お前はおとなしくスミーシャのために死ね」

「踊り猫のため?どういうことだ?」

 自分の失言に舌打ちするローゼリット。さらにスミーシャに抱き付かれているため若干身動きが取れないローゼリットにドレイクは指を突きつける。

「どうしても話す気が無いなら仕方がない。身体に訊くまでだ」

「ドレイク!エッチなのはいけないと思うの!」

「エッチなのじゃねえよ……」

 ドレイクの「身体に訊く」と言う言葉に何を想像したのか、何やらトンチンカンな注意をしてくるフリルフレアにドレイクは頭を抱える。が、今はそんなフリルフレアのボケに付き合っている暇はないと考え直しローゼリットに視線を向けた。

「金目ハーフ、昨日の夜襲の失敗でもう分かっているはずだぞ?あんなやり方じゃ俺は殺せないってな……。いい加減どういうつもりなのか話してもらおうか」

 ドレイクの言葉に渋い顔で視線を逸らすローゼリット。しかし逸らした視線の先に回り込んだスミーシャが瞳に涙をためてローゼリットを見ていた。

「お願いローゼ。何があったのか話してよ」

 スミーシャの涙に、弱ったように視線を落とすローゼリット。そのまま言葉を絞り出す。

「でも……話して…もしお前の身に何か…起きたら…」

「ローゼ……」

 若干弱り気味に見えるローゼリット。もう懐に入れていた手は出していた。

「いい加減話しちまったほうが楽になるんじゃないのか?例えばお前がギルド所属の暗殺者だとか…」

「どうしてそれを⁉」

 ドレイクの言葉に思わず反応するローゼリット。だが、ニヤリと笑うドレイクを見て、カマをかけられたことに気が付いた。

「赤蜥蜴……!」

「灰色石頭からの情報と昨日の襲撃の手際の良さを見たうえでの推測だったが、間違ってなかったみたいだな」

 得意げに言うドレイクを睨みつけるローゼリット。だが、睨んでいた視線をすぐに外しため息をついた。

「ローゼ……暗殺者って?ギルドって?どういうことなの……?」

 涙をこぼしながら訊いてくるスミーシャの頭を撫でてやりながら、再度ため息をついたローゼリット。あきらめた様にベッドに腰を下ろした。スミーシャも隣に腰を下ろす。

「事の発端はこの間のマン・キメラ事件だ……。あの時私はスミーシャを助けるために暗殺術を使った。その現場を……ギルドの者に見られていたんだ…」

「それって……どういうことですか?」

 フリルフレアが疑問を口にする。ローゼリットの言わんとしている事がいまいち分からなかった。その質問に答えるようにローゼリットは口を開く。

「そもそも私は赤蜥蜴が言った通り暗殺者(アサシン)だ。暗殺者(アサシン)ギルド所属のな……」

「どうして……暗殺者なんて…」

 そう言ってローゼリットの手を握るスミーシャ。スミーシャの手を握り返したローゼリットは一度目を瞑ると静かに語り出した。

「どうして私がアサシンになったのか……。それを語るにはまず私の生い立ちから話さなければならないな」

 そう言ってローゼリットは語り始めた。自分の過去を……。







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