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第1章 赤蜥蜴と赤羽根 第1話、二人の出会い

赤蜥蜴と赤羽根


     プロローグ


 重たい瞼を無理矢理こじ開けた。

(………ここは…何処だ…?)

 体のだるさを感じながらも、彼はゆっくりと体を持ち上げた。

 正直に言えば、意識はぼんやりしており頭は鈍く痛んでいる。体は重く四肢にうまく力が入らない。体を持ち上げるだけでも億劫なほどだ。

 それでも何とか身体を持ち上げて立ち上がったのは、今の状況が全く何もわかっていなかったからだ。

 周囲をゆっくりと見渡すと、何となく自分のいる場所がどういった場所なのかわかりかけてきた。一面に広がる岩肌、そしてその先には何もない、空が広がっているようにさえ見える。木々も生えておらず殺風景なその場所がどういうところなのか何となくだが想像がついた。

(山……それも頂上付近か…?)

 しかし、ただ山の頂上付近というだけでは無いことが一目で分かった。

(なんだこれは?……破壊の跡?)

 木々が生えていないのではなかった。何本もなぎ倒された跡があった。根本だけで樹の幹から枝にかけてが消えているものも多い。そしてその木の根元は一様に黒焦げており高温の炎か何かで焼き払われたようにも見えた。そのほかにも明らかに何か強大な力で砕かれたらしい大岩や焼け焦げた地面など、何かしら戦闘行為か破壊行為が行われていたことは明白だった。

(………何があったんだ?)

 正直なところ考えてもらちが明かなかった。ここがどこかは全く想像もつかなかったが、そんなことよりも重要なことに気が付いてしまった。

(……俺は…誰だ…?)

 自分が何者なのかわからなかった。自分のことを思い出そうとしても、ぽっかりと穴が開いたような虚無感だけがそこにあり、自分に関する情報が全く出てこない。まるで、自分という存在は今の今まで存在しなくて、たった今誕生したばかりのような感じがした。

(いや、そんな筈はあるまい)

 考え直す。自分に関する情報は全く出てこない。だが、一般知識などに関する情報は頭の中にちゃんとある。例えば、転がっているのは岩だとか、ススだらけになっているのは木だとか、おそらくそれは強烈な炎を吹きかけられた事によるものだろう事など。

 とにかく自分に関する情報を集めることに必要性を感じ、両手を見下ろした。そしてそのまま体全体を見回す。

(腕には全体に赤い鱗、爪は鉤爪状に少し尖っているな……)

 次いで見下ろした体もやはり赤い鱗で覆われており、後ろには太くて大きな尻尾も生えている。脚も同様に赤い鱗で覆われており、爪は腕の爪同様尖っていた。さすがに顔は見ることはできなかったが、ここまでくれば、自分がどういった容姿をしているかは何となく想像ができた。

(…俺は………リザードマンなのか…?)

 別段ショックだったというわけでもなく、ありのままの事実を受け入れる。少なくとも()()()()姿()()()()()()()()のそれである。詳しく調べてみないとわからないが、おそらく能力的にも同じことが言えるのではないかと推測する。確証はなかったが、何となくそんな気がした。

 だが、彼は自分がリザードマンだということに違和感を感じていた。

(…だが…おかしいな?……確か、赤燐の部族は滅んだはずじゃ……?)

この世界のリザードマンは鱗の色ごとに部族が分かれているが、彼の知識通り赤い鱗を持つ赤燐の部族はすでに滅んでいた。

(俺は赤燐の部族の生き残りなのか……?…いや、そんなものがそう都合よく存在するとは思えんか……)

 ならば、自分は何者なのか?そこまで考えたところで彼は考えるのをやめた。

(これ以上考えたところでどうせわからん。…なら、ほかのことから情報をつかむしかあるまい)

 改めて、周囲をじっくりと見回してみる。周りは相変わらず砕かれた大岩の破片や焼け焦げた樹木の根元ばかりがある。

「……ん?」

見回した中で、一瞬輝く何かを見つけた。

「…何だ?……あれは?」

 何か気になり、小走でその輝くものに近づいた。

 はたしてそれは、一振りの剣だった。明らかに魔力を帯びている事が分かるその剣は、何の素材でできているのか真赤な刀身を持ち、僅かに赤く輝いており、大柄な彼でも両手でなければ扱えなそうなほどの重量感があった。鍔は付いておらず、肉厚な刀身は片刃であり、ほんのわずかに反りがある事が分かる。その分厚い刃を持つ刀身が深々と地面に突き刺さっていた。

 ふと彼は、その剣の真横に布の塊らしきものが落ちているのに気が付いた。さらにその横には肩から掛けるカバンと、煤けた木でできた杖、小さな鎖でつながれた半ばで割れた金属製のプレートが転がっていた。

 まずは布の塊を広げてみた。布を持ち上げた拍子にドシャッと音がして何か布の塊が足元に落ちる。

「…これは?」

落ちた布を拾い上げ、広げてみると中には金貨や銅貨などいくらかの金が入っていた。そういった知識は覚えているようで、どれくらいの価値かはわかる。

「これは………俺のか?」

 首を傾げる。自分の物だという実感は全く無かったが、この場にいるのは自分一人である。自分の物でなかったとして、こんなところに置きっぱなしにする者がいるだろうか?

(いや、いないだろ)

自分の中で勝手に結論付けると金を袋ごと地面に置き、右手に持っていた布の塊を広げる。

 はたしてそれは、衣服だった。上着にズボン、ローブ、靴にマントだった。上着やローブ、マントには穴が開いており、血がこびりついている。

「これは俺の……じゃ、無いよな」

そこまで言ったところで彼はふと、自分が全裸であることに気が付いた。今まで全裸でいながら違和感を感じなかったことを訝しんだが、この際それはどうでもよかった。

「誰のか知らんが、悪いけど借りるぜ」

 彼はそう呟いて衣服を身に着けようとしたが。

「…………」

上着とズボンと靴はサイズが合わな過ぎて使えそうもなかった。仕方なしにローブを纏いその上からマントを羽織る。金の入った袋を拾い、腰に括り付けた。

 次いで肩掛けのカバンを手に取る。中にはナイフや地図、保存食らしき干し肉など旅人が持ち歩きそうな小道具が入っていた。中身を確認し、一度腰に括り付けた金袋をカバンの中に放り込み、カバンを肩から掛ける。

(おそらくこれも俺の物じゃないだろうが……まあ、良いだろう)

 次いで、転がっている木の杖に目を向ける。

魔導士の杖(メイジスタッフ)?……俺は魔法が使えるのか?)

 全くそんな気はしなかった。どちらかと言えば体を動かすことの方が得意であろうことは何となく想像できた。

「これは必要ないな」

 つぶやいて杖から視線を外す。そのまま視線を突き立てられた剣へと向けた。剣は相変わらず刀身から赤い輝きを放っており、どこか威圧感すら感じた。

(でかいな……これは俺が使っていたのか?‥‥‥‥いや、だが服は俺の物では無かったようだしな…)

 首を傾げ考え込んだが、自分が何者かすら覚えていない状況では結論など出てくるはずもなかった。

 考えるのをやめた彼はそのまま剣の柄を両手でしっかりと握りこんだ。

 ズボッ!と音を立てて剣はあっけなく抜けた。鈍く光る赤い刀身を彼はまじまじと見つめる。

「置きっぱなしにするのもなんだからな……持っていくか」

 そう言って彼は剣を肩に担ぎ上げ、最後に足元に転がる鎖のついた割れたプレートを拾い上げた。金属でできたそのプレートの表面には何か文字が書かれている。

「これは……冒険者認識票…だな?」

 確証はなかったが、彼はそう結論付けた。普通冒険者認識票には登録した冒険者の名前と冒険者ランクが記されている。このプレートは半ばで割れており、冒険者ランクは記されておらず、名前も半ばで割れているようにも見える。

(これも……俺の…か?)

 正直自分の物である確証もなく、というより自分の物ではないような気がしていたが、これ以外に自分に関する手がかりらしきものもないため、この認識票も持っていくことにする。

 冒険者認識票らしきプレートに記された文字に目を移す。

「何語だ?…西方語……いや、東方語か?」

 この世界で使われている言葉は、公用語とされる中央語以外にも、東方語や西方語、エルフ語、ドワーフ語、竜語、魔導語などが様々あり、種族間の違いや魔法の呪文に用いるものなどさまざまである。特に東方語と西方語は共に中央語に近く同じ文字を用いりながらも発音の違いなどがある。

 彼はそのプレートの文字を何となくニュアンスで東方語ではないかと思ったのである。

「…ドラケ……いや、ドレイ…ク………か?……ドレイク…ルフト…?」

 何となく読み方が違うような気もしたが、この際そんな些細なことを気にしてもいられない。

(町の冒険者ギルドに行けば、何かしらわかるかもしれないな……この認識票が俺のものかどうかも…)

 彼は意を決し、冒険者認識票をカバンにしまうと周りを見渡した。もう周りにあるのは持っていく必要がないと決めた魔導士の杖だけである。

(まず、山を下りて街を探してみるか。近くの町に行けば俺のことも何かしら分かるかもしれないしな)

 そう結論付けた彼は、山を下りるべく歩み始めた。何となく険しい山道であろうことは想像できたが、いつまでもここに居る訳にもいかなかった。裸足で岩肌を歩くのもどうかと思ったが、頑丈な鱗と強靭な足腰を持つリザードマンの自分ならば大丈夫だろうと考え直す。

 歩みを進め、器用に岩肌に足の爪をひっかけ、着実に歩みを進めながら彼は考えていた。

(あの認識票……読み方はドレイク…で、合ってるのか?……ドレイク・ルフト?)




     そして、5年の月日がたった。






     第1話、二人の出会い




「ミ、ミイイイィィィーーーーーーー‼」

 何やら上空で悲鳴(?)の様なものが響いた。

 次いで、バサバサッ‼バサバサッ‼と羽音の様なものが二つ響いたかと思うと。

バサバサバサッ‼バサササ‼

「ミイイィィィーーーーーー‼」

ボスッ!

 何やら羽音の一つが悲鳴(?)の発生源の様だったが、それがちょうど頭上に来た瞬間何かに突っ込む音がする。

 何事かと思い赤い鱗を持つリザードマンの青年は自分の頭上に視線を向けた。

 その赤い鱗を持つ大柄なリザードマンの青年は少しゆったりとした衣服を纏い、その上から金属製の部分鎧をつけていた。その上からマントを羽織り、背中には片刃で刀身が赤くほのかに赤く輝く大剣を背負っている。リザードマンらしく靴は履いておらず、その大きな足はしっかりと地面を踏みしめていた。

 彼の名は「ドレイク・ルフト」。首から下げた冒険者認識票によれば、冒険者ランク13の冒険者である。

 リザードマン特有のその竜に似た精悍な顔は今は頭上に向けられており、鋭い目つきで頭上を睨みつける。

次の瞬間何か人型の物が落下してきてドレイクの目の前にある茂みに落下する。

「ミイイィィィーーー!」

ズボッ!

目の前にはかわいらしい白いパンツが落ちていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いや、違った。落ちていたのはパンツではなくかわいらしいパンツに包まれた小さなお尻だった。

「・・・・・・・・・・・・」

 何となく気まずさを感じドレイクは視線をそらした。

 次の瞬間だった。

「キョエエエエーーーーーー‼」

 今落ちてきたお尻(?)を追って来たらしきもう一つの羽音の鳴き声があたり一面に響き渡る。獲物が落下したのを見てチャンスを悟り、襲い掛かってきたのだろうか?

 ドレイクは振り返ると、鳴き声のほうに視線を向けた。そこには巨大な鳥が翼を広げていた。体色は全身真っ黒、鋭く大きなくちばしを持ち、身の丈だけでも2m、翼を広げた横幅は4mに達しようかという巨体だった。

「なんだ、ジャイアントクロウか」

 その巨大な怪鳥を前にしてもドレイクは特に慌てず、ジャイアントクロウに向かって歩み寄っていった。

「キィィエエエェェェェェーーーー!」

 ジャイアントクロウは獲物を前にして、ドレイクのことを障害と認識したのだろう。鋭いくちばしをドレイクに向けて急降下し襲い掛かってきた。

「キョアアアーーー!」

 激しい鳴き声とともに、ジャイアントクロウのくちばしが鋭く何度も繰り出される。そのくちばしの鋭さの前では人間種などあっさり串刺しにされてしまいそうである。

 だが、ドレイクは落ち着いた様子でそれらをあっさりと捌いていく。

ヒュッ‼ヒュン!ガガッ!ガッ!

 何度も繰り出されるジャイアントクロウのくちばしをドレイクは腕や掌、手の甲などを使って手早くさばいていく。だが、その間にもジャイアントクロウの攻撃はどんどん激しさを増していった。

「あきらめては……くれんか」

 つぶやいた瞬間だった。ドレイクは右の拳をきつく握りしめると、攻撃の直後に隙のできたジャイアントクロウの腹部に拳を叩き込んだ!

ドゴォン!

「ギョケエエエエエーーー‼」

 奇声を上げて、ジャイアントクロウの巨体が吹き飛んだ。そのままジャイアントクロウは後方の木々にぶつかり、その巨体は地面に崩れ落ちる。

 ぴくぴくと痙攣して完全に目を回している事が分かった。

「別に殺すほどのこともないだろう」

 呟いてドレイクはジャイアントクロウの巨体に背を向けた。手加減はしたし、ジャイアントクロウは巨大な見た目通り生命力が強いはずである。死んではいないだろうと思った。

 これはドレイクが無益な殺生をしないというのもあるが、ジャイアントクロウが魔物の類ではないというところが大きかった。ジャイアントクロウは外見こそ巨大だが、単なる大きなカラスであり、むやみやたらと人間種を襲うものではないことが大きな理由だ。

 おそらく追われていた者はジャイアントクロウの巣にちょっかいでもかけて怒らせたか、あるいは運悪く非常に空腹のときに出会ってしまったかのどちらかだろう。

 気を取り直してドレイクは先ほど落下してきたパンツだか尻だかの所へ足を向けた。

 はたしてその尻はさっきと全く同じ姿勢のままだったが、足をバタバタさせていた。おそらく抜け出せなくてもがいているのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 改めてその尻をじっくりと見てみる。

 かわいらしい白いパンツに包まれた小さいが形の良さそうなお尻、水色のワンピースのスカート部分がが完全に捲れあがっているのが見て取れる。そのワンピースは背中の部分が大きく開いており、そこからあまり大きくない綺麗な深紅の色をした1対の翼が生えていた。そして、その陰に隠れるように三つ編みにした赤茶色の髪がユサユサ揺れている。

「・・・・・・・・」

しばし、顎に手を添えてそれを見ていたドレイクだったがふと遠い目をして呟いた。

「今夜はフライドチキンにするか……」

「ミイイィィィーー!誰がフライドチキンですか‼」

 ドレイクの呟きに答えたそのお尻(?)はより一層足をバタバタさせた。

(どうやらほっといても自力では戻れそうもないな……)

 仕方なしにドレイクはそのお尻(?)の片足をつかむと、ヒョイッと、あっさりと持ち上げた。茂みの中から顔を出したのは13歳くらいに見える少女だった。背中の翼からバードマンである事が分かる。

「大丈夫か?パンモロ」

「何ですか!その不名誉な呼ばれ方は!」

 ミイイィィィーーー!と再び少女がわめきだす。

「あー、パンモロはいやか。……じゃあ、フライドチキンでどうだ?」

「『フライドチキンでどうだ?』じゃ、ありません!………は!エッチ!早く降ろしてください!」

 少女は自分がパンツ丸出しだったことに気が付いたのか、慌てて両手でスカートのすそを抑える。

「ああ、すまんすまん」

 ドレイクがパッと手を離すと、少女が顔面から地面に落ちた。

ドチャッ!

「………どんくさいな…」

「何か言いましたか?…いたた」

「いや、別に…」

 ジト目で睨んでくる少女から視線をはずしドレイクは頬をポリポリと掻く。

 少女は「や~ん、最悪です…」などと言いながら、ワンピースの裾をバタバタとはたいている。

 ドレイクは改めてその少女に視線を向けた。

 少女は身長140㎝半ばくらいで、一見してやせ形に見える。赤茶色の髪を後ろで1本の三つ編みにしており、少し長めの前髪があらぬ方向に跳ねているのは何も顔面から茂みに突っ込んだせいばかりでもないだろう。そのくせっ毛に今は葉っぱや木の枝が絡まっている。幼い顔立ちで、パッと見た感じ10~13歳位に見える。紅くて大きくつぶらな瞳を持ち、幼くも魅力的に見える顔立ちをしていたが、その少女の中で最も目を引くのは美しい深紅の翼だった。ただその翼も今は葉っぱにまみれて見る影もない。

少女は背中の空いた長袖の水色のワンピースを着ており、その上から黄色いケープを羽織っている。腰には不釣り合いな大きな茶色いベルトを着けており、そこにはナイフが2本と短剣が1本、鞘ごと括り付けてあった。太腿まである白いハイソックスを履いており、さらにその上から膝下まである茶色のロングブーツを履いていた。そして最後に、首からは何やら見覚えのある金属製のプレートを下げていた。

「…ん?…冒険者…?」

「はい!」

 ドレイクの呟きに少女は嬉々として自分の冒険者認識票を掲げて見せてきた。

「申し遅れました!私、フリルフレア・アーキシャって言います!」

ひらひらした炎(フリルフレア)?変わった名前だな…」

「いえ~、それほどでも。それより、先ほどは危ないところを助けていただいて、ありがとうございます!」

「……いや、別に助けたわけじゃ…」

 ニコニコと頭を下げてくるフリルフレアと名乗った少女を眺め、ドレイクは何が「それほどでも」なのかと思いながら、バツが悪そうに頬を掻いた。

 実際ドレイクにしてみれば、フリルフレアが勝手に目の前に落ちてきただけであり、ジャイアントクロウのことも自分の身を守っただけである。助けたつもりなど無い。だが、フリルフレアはそうは思わなかったようだ。

 ドレイクは改めて、フリルフレアの冒険者認識票に視線を向ける。そこには東方語で「フリルフレア・アーキシャ」という名前と、冒険者ランクを示す数字の「1」が書かれていた。

「危うく初めての依頼で命を落とすところでした。……あの、よろしければお名前を聞いてもいいですか?」

「あ、ああ……ドレイク、ドレイク・ルフトだ」

「ドレイクさんですね!あなたは命の恩人です!ありがとうございます!」

騒がしく頭を下げてくるフリルフレアを横目に見ながら、ドレイクは何処か居心地が悪そうに頬を掻いた。

「………冒険者って、未成年でもなれのか?」

「ミイィィ!私は15歳です!もう成人してますよ!」

「え……マジか」

(てっきり13歳位だと思ってた)

 フリルフレアの視線が若干険しくなる。

「そりゃ、私は多少背が低いですけど……成人を未成年と間違えるなんて失礼じゃないですか!……あ!それに私、パンモロでもフライドチキンでもありませんよ!」

 先ほどのやり取りを思い出したのか、フリルフレアがドレイクを睨みつける。

「じゃあ……やっぱり、赤羽根か?」

「何ですか、赤羽根って?」

「いや、羽が赤いし……」

「そのまんまじゃないですか!私、今フリルフレアって名乗りましたよね⁉」

「フリフリなんちゃらって……長くて覚えにくいじゃないか」

「フリフリじゃありません、フリルフレアです!……って、覚えにくい⁉私の外見にピッタリで覚えやすいってみんな言ってくれるのに!」

 フリルフレアが非難がましい視線をドレイクに送っている。半ベソかいていた。

「悪かったな、人の名前覚えるの苦手なんだよ」

 ドレイクはため息をついた。どうにも何かを覚えたりするのが苦手で仕方がない。そんなことを考えていたドレイクだったが、自分が今仕事の最中だったことを思い出す。

「まあいいや。じゃあな、赤羽根の嬢ちゃん。初めての依頼がんばれよ」

 ぱたぱたと手を振り、ドレイクはフリルフレアに背を向けて歩き出そうとした。

「待ってくださいドレイクさん」

「ん?」

 何やら後ろに引っ張られる感覚。フリルフレアが、ドレイクのマントの裾をつかんで引っ張っていた。

「何だ?」

「つかぬことをお聞きしますけど、ラングリアにある虎猫亭ってご存じですよね?」

「虎猫亭?ああ、俺はそこに泊まっているが……それがなんだ?」

「はい、実はですね……」

 ドレイクが後ろを振り返る。フリルフレアは右手でドレイクのマントをつかんでおり、左手にはいつのまにか紙切れを1枚握っていた。彼女はその紙に視線を落としている。

 フリルフレアの言葉に出てきたラングリアとは、神界、各元素の精霊界、人間界、魔界等の多階層からなるこの世界の人間界の中の東大陸に存在するアレストラル王国の南端に位置する町で、それほど大きい町ではないが活気のある町である。その中で虎猫亭は冒険者ギルドに所属する宿屋兼酒場であり、冒険者には格安で宿を提供していた。ドレイクが普段拠点としている宿でもある。

「えっとですね……名前、ドレイク・ルフトさん。特徴、世にも珍しい赤いリザードマン。これって、あなたのことで間違いないですよね?」

「あ、ああ。多分……」

 ドレイクは何となく嫌な予感がしたものの、思わず正直に答えてしまった。その答えにフリルフレアがニッコリと微笑む。

「それは良かったです。ではドレイクさん」

「な、なんだ…?」

 何となくフリルフレアに気おされる感じでドレイクが一歩下がる。

「虎猫亭のマスターの依頼できました。即刻ツケを全額払ってください」

「ぐわあああ!そう来たか!」

 フリルフレアの言葉にドレイクは頭を抱えた。虎猫亭の名前が出たあたりから嫌な予感がしていたのである。

「払えないなら、部屋を追い出すそうです」

「ま、まて!…いや、待ってくれ!」

「待ちません。虎猫マスターは即刻と言ってます。そのために私が来たんですから」

「俺は、お前の命を助けてだな……」

「それは、私とドレイクさんの都合です。虎猫マスターには関係ありません」

「くっそ、意外と頭固てえな……」

 フリルフレアの言葉に、ドレイクは苦い顔をした。フリルフレアの方はというと、相変わらずドレイクのマントの裾をつかみ、ジッとドレイクを見つめている。

「いや、待ってくれ。…実は俺は今仕事の最中で……」

「はい。お手間は取らせません。お金さえ払っていただければ、すぐに帰ります」

「いや、つまりだな……その…払う金が…」

「はい?」

「その、払う金がないから今仕事をしてるわけで……」

「はい」

「つまりは、この依頼をこなすまでちょっと待ってほしいんだが……」

「…………」

 フリルフレアの見つめる眼差しは、いつの間にかジト目になっていた。

「それってつまり、今お金がないってことですか?」

「文無しだ」

「ツケって、ここには200ジェルって書いてありますけど?」

「文無しだ」

「何の依頼を受けたんですか?」

「グレル草って薬草の採取だ。報酬は100ジェル」

「足りてないじゃないですか!ツケ払う気あるんですか⁉」

「いや、とりあえず明日の宿代すらなかったから、すぐ金になりそうな依頼を……」

 それを聞いたフリルフレアは「はぁ~」と深いため息をついた。フリルフレアの視線はいつの間にか、軽蔑したような眼差しになっていた。

「呆れましたね。200ジェルくらい、駆け出し冒険者の私だって持ってますよ?お金遣いが荒すぎじゃないですか?もしくは怠け者でお仕事してないんですか?」

「お前……仮にも命の恩人にそこまで言うか…」

「誰ですか命の恩人って?」

「いや、俺のことだろ。さっきお前さんが言ったんだぞ『命の恩人です』って」

「そうでしたっけ?まあ、それはこの際忘れてください。」

「あのなぁ……」

 フリルフレアのあまりの物言いに、今度はドレイクが非難がましい視線を送るが、フリルフレアはどこ吹く風といった風だった。それどころか、軽蔑しきった視線のまま右手で掴んだドレイクのマントの裾をクイクイと引っ張っている。

「ほら、どうするんですか?ツケが払えないなら出て行ってもらうって虎猫マスターが…」

「待て待て待て、払わないとは言ってないだろ。さっきも言った通り今は文無しなんだ。こいつをギルドに持って行った報酬でいくらかでも払うから、ちょっと待ってくれ」

 ドレイクは腰に括り付けた袋に入れた薬草を指さした。先ほどまで、グレル草という切り傷や擦り傷に効く薬草を探して摘んで回っていたのである。

「本当ですか?試しに薬草見せてみてください」

「ん」

 ドレイクは薬草の入った袋を広げて見せた。フリルフレアが袋の中を覗き込む。そして中身をじっくりと見回すと、深々とため息をついた。

「はぁ~、雑草だらけじゃないですか」

「何?そんな筈は……」

「これは雑草です、これも違います、これとこれは薬草どころか触るとかぶれます」

 フリルフレアはポイポイと容赦なく袋の中身を放り投げていく。気が付けば、袋の中身は半分以下になっていた。

「こんなにか⁉」

「はい。まあ、確かに間違えやすい草も交じってましたけど……。私こう見えて、薬草にはちょっと詳しいんです」

「さすがはバードマンだな」

 ドレイクが感心する。

 背中に鳥の翼を持つバードマンは飛行能力があり、山の頂上付近に集落を作ることも多く、野草や薬草などの扱いはお手の物なのである。

「あ、バードマンは関係ありません。私、ヒューマンに育てられましたんで」

「そうなのか?」

「はい、私ラングリアにあるヒューマンの孤児院で育てられましたんで。そこのママ先生が孤児院を始める前薬剤師だったそうで、それでいろいろ教わったんです」

「あー、なんかすまん。余計なこと聞いたみたいだ」

「気にしないでください。どうせ孤児院に来る前のことも覚えていませんし。それに私は孤児院のママ先生やパパ先生のことを本当の両親だと思っていますし、孤児院の子たちはみんな弟や妹です」

「そ、そうか…」

 思わずしんみりした話になってしまい、ドレイクは居心地の悪さを感じた。もっとも、話している間もフリルフレアの右手はしっかりとドレイクのマントの裾をつかんだままだったが……。

「こんな分量で足りるんですか?」

「いや、足りん。さっきの分量もっていかないと報酬はもらえない」

「もお~、仕方ありませんね…」

 そういうとフリルフレアは両手の袖を半ばまで捲り上げた。そして、あたりをざっくりと見回すと「あっちですね!」と言いながら木々の合間を進んでいく。

「お、おい、赤羽根の嬢ちゃん……」

「グレル草は一見雑草にも見えますけど、生命力が強く長く細長い葉になるのが特徴です。あと、必ずある程度束になって生えてます」

「手伝ってくれるのか?」

「ドレイクさんが報酬をもらってくれないと、ツケを回収できませんので」

 フリルフレアはニッコリと微笑むと、しゃがんで足元に生えていた薬草を摘み取った。ドレイクもそれにならい足元に生えている薬草を摘み取っていく。

「すまない。礼を言う、赤羽根の嬢ちゃん」

「いいんですよドレイクさん。困ったときはお互い様です」

 先ほどの軽蔑した眼差しや辛らつな言葉が、嘘のようである。ドレイクは素直にフリルフレアに感謝した。

「ありがとう……ただ、すまん」

「何ですか?」

「その、さっきから言ってるそのドレイク『さん』ってヤツ、出来ればやめてほしいんだが

……」

「何でですか?」

「その、敬称ってやつがどうも苦手でな…、どうも『さん』付けで呼ばれると、首の後ろが痒くなるんだ」

 ドレイクの言葉にフリルフレアは不思議そうな顔をした。そのまま、彼の顔を覗き込む。

「そうなんですか……わかりました。でもそれなら何て呼べば?」

「別にドレイクで構わん」

「え⁉男の人の名前をいきなり呼び捨てですか⁉まだ出会ったばかりなのに……交際ですか?婚約ですか⁉」

 ほっぺたを両手で抑えて「キャー!」とか言っているフリルフレアをジト目で見ながら、ドレイクはため息をついた。

「…いや、なんでそうなる。別に、リザードマンとバードマンじゃ浮いた話にもならんだろう」

「そうでしょうか?竜は多淫を好むと聞きますよ?」

「お前、それ何処で聞いたんだ?」

 フリルフレアの妙な発言にたじろくドレイク。

「とにかく、俺のことはドレイクでいい」

「分かりました。でも、それでしたら私のことは」

 そういってフリルフレアはニコニコしながら自分のことを指さした。

「フリルフレア、ですよね!」

「あー、フルルフ………………赤羽根」

「ちょっと、何でそうなるんですか!」

 フリルフレアの「ミイイィィィーーーーー‼」という叫びが木々の中に響き渡っていった。






「でも、ドレイクはどうして赤いんですか?」

「うん?」

 ラングリアの町中を冒険者ギルドに向かって歩きながら、フリルフレアはドレイクにたずねた。あの後薬草を二人で集め終えて、今は依頼の報告と、報酬を受け取りに行くところである。

彼女の知識によればリザードマンの部族は青鱗、白鱗、黄鱗、黒鱗、紫鱗の全5部族であり、赤鱗というのは存在していなかった。

 いうなればドレイクはいないはずの存在。目立つこと間違いなしである。実際先ほどから行き交う人々の1部ががチラチラとドレイクの方を覗き見していた。もっとも、ドレイクもこの町を拠点にして長くなるので、気にも留めない人間のほうが多いが……。

 さらに言えば、視線を集めているのはドレイクだけではなかった。むしろフリルフレアに注がれる視線の方が多かった。彼女の美しい深紅の翼に目を奪われている人間は多い。

 とは言えそれ以上に、余りと言えば余りの凸凹コンビに「あの子何処から連れて来たんだ?」「いやぁねぇ!人買いじゃないのかい?」「もしかして誘拐してきたんじゃ⁉」などと、ドレイクにとって不名誉極まりない言葉が囁かれていたのだが………。

「赤いと変か?」

「変ですよ。赤いリザードマンなんて聞いたことありません」

「ふむ……」

 ドレイクは顎の下に手を添えて考え込んだ。どう説明したものか……。

(考えるのも面倒だから、正直に説明するか……)

 ドレイク自身、別段自分の生い立ちに何かしら特別な思い入れがある訳では無かった。と言うよりむしろ、覚えていなかった。出会ったばかりで、どうせすぐにお別れするであろう少女にいちいち説明するのもどうかと思ったが、薬草採取を手伝ってもらった恩もある。ここで邪険にするのも気が引けた。

「俺がなんで、赤い鱗を持っているか……か」

「はい」

「………………知らん」

「はい?」

 長いタメがあった割には拍子抜けする答えにフリルフレアが思わず転びそうになる。ドレイクは気まずそうに頬を指で掻いていた。

「期待させといたところ悪いな。……俺は5年以上前の記憶が無くてな」

「え⁉………ごめんなさい…」

「別に謝るな。気にするほどの事じゃない」

 シュンとしてしまったフリルフレアの頭を軽くポンポンとたたきながら、ドレイクは「気にするな」と笑い飛ばした。

「ミィィ……子ども扱いしないでください……」

 そういって自分の頭の上に置かれたドレイクの手をどかそうとするフリルフレアだったが、その手の動きは何処か弱々しかった。

「……でも…」

「本当に気にすることはない。…別段、記憶が無くて困った覚えもないしな」

「…でもドレイクは、自分の過去が気にならないんですか?……昔何処に住んでたのか?とか…」

「もとからあんまり深く考える性格じゃ無かったらしくてな」

 フリルフレアが足を止めた。ドレイクもつられて足を止める。フリルフレアは両手を胸元で握りしめその紅い瞳の両目に大粒の涙をたたえてドレイクを見つめ上げてきた。体が小刻みに震えている、今にも泣きだしそうだ。

「でも、やっぱり辛い筈ですよね……。ごめんなさい、私無神経なこと言っちゃって………」

 その瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた、そのままポロポロと涙を流して泣き始めてしまう。

「……ごめんなさい……うっく…ごめ……んなさ…い……ひっく……」

 やっちまった!と思いながら、ドレイクは頭を抱えた。

 フリルフレアは「…うっぐ………ひっぐ…」と涙を流している。どうやらこの少女は思った以上に優しく、繊細な心を持っているようだ。自分の言葉がドレイクを傷つけてしまったと思い込み、自責の念を抱えている。

「いや赤羽根、何度も言うが本当に気にしないでくれ。さっきも言ったが、記憶が無くて困ったこともないんだ」

 フリルフレアの様子に、ドレイクは慌てたようにワタワタと手を振った。フリルフレアが勝手に泣き出しただけなのだが、これでは自分が泣かせたみたいじゃないかとドレイクは慌てる。正直な話、誰かに泣かれるのは苦手だった。

「……でもぅ…」

「本当だって、せいぜい歳が分からないくらいで…」

「……本当ですか……?」

「ああ、名前だって、こいつがあったからすぐにわかったしな!」

 そういってドレイクはわざと大げさに胸元の冒険者認識票をつまみ上げた。

(まあ、実際は本当に俺の認識票かどうかは怪しいんだが……今はそれは言うまい)

 ドレイクはフリルフレアの頭を少し乱暴に撫でまわした。もともとくせっ毛だったフリルフレアの髪がさらにクシャクシャになる。

「もう泣き止んでくれよ…、正直子供に泣かれるのは苦手なんだ」

「……ひっく…子供扱い、しないでください…」

 そういうとフリルフレアはクシャクシャにされた髪を両手で整え始めた。その瞳はまだ濡れていたが、とりあえず泣き止んでくれそうだ。

 涙を両手で拭いながらフリルフレアはドレイクをじっと見つめている。

「何か…覚えている事とかはないんですか?…その…出身地とか…」

 まだ、幾分涙声であったが、どうやらフリルフレアは泣き止んでくれたようだ。そのことにホッとしながらも、ドレイクは腕を組んで考え込んだ。

「う~ん……いや、覚えてない」

「……でも、赤いリザードマンなんて聞いたことありませんよ?」

 フリルフレアが先ほどと同じことを言うが、わからないものはわからない。

「正直、いろいろ考えてはみたんだが………結局何も思いつかなかったんだよな」

 やれやれとため息をつくドレイク。実際に彼なりに考えてみたことはあったのだ。自分は何者なのか?突然変異で赤くなったのか?呪いか何かで赤く染められたのか?実は一般的に知られていないだけで、赤い鱗の部族はいるとか?そもそもリザードマンじゃなくて別の生物だったとか?いろいろ考えたところで、結論が出るはずもなかった。

「ドレイクは…それで良いんですか?」

「良くねぇ!……って言いたいところだけど、調べようもなくてな」

「そう…ですか」

 フリルフレアがうつむいていた。一瞬、「また泣くのか⁉」とヒヤッとしたドレイクだったが、そうではなかった。フリルフレアはうつむいたまま、何やら考え込んでいた。

 そして顔を上げると真直ぐにドレイクの眼をそのつぶらな瞳で見つめてきた。それはどこか決心した様な表情だった。

「ドレイク…今度は、私の話を聞いてくれませんか?」

「お前の話?構わんが…」

「私がさっきした孤児院の話、憶えてますか?」

「ああ、確かラングリアにあるヒューマンの孤児院で育てられたんだったな」

「はい」

 フリルフレアは足を止めた。ドレイクもつられて足を止める。フリルフレアは神妙な面持ちでドレイクを見つめていた。

「その時私、『孤児院に来る前のことは覚えてない』って言いましたよね?」

「ああ、そういえばそう言ってたな」

「同じなんです」

「同じ?」

「私も記憶が無いんです……孤児院に来る前の…5歳以前の記憶が…」

「何?」

 フリルフレアの言葉にドレイクは驚いていた。さっき『孤児院に来る前のことは覚えていない』と聞いたときはそんなに深い意味合いだとは思ってもいなかった。せいぜい「よく覚えていない」くらいだと思っていたのだ。

 だが実際は、5歳以前の記憶が無いという。ドレイクはそんなフリルフレアに不謹慎と思いつつも親近感を覚えていた。

「私はラングリア近くの街道でパパ先生に拾われた時、極度の飢餓と衰弱で死にかけていたそうです。傍には焼け落ちた馬車の残骸と人買いらしき男の焼死体。そんな中私は倒れていたそうです……」

「何があったのかは………わからないわけか」

「はい。正直に言えば、その場で何があったのかは別にいいんです。ただ……」

「ただ?」

「ただ……なんで私が人買いの馬車に乗っていたのか?……本当の両親が私を売ったのか?それともただ誘拐されてきたのか?もしそうなら、私の本当の両親は私を探してるんじゃないかって……」

 フリルフレアはドレイクを見つめていた。その表情からは不安が見て取れる。恐らく、自分が本当の両親に売られたんだとしたら?とか、本当の両親の身に何かあったから人買いに連れていかれたのでは?など色々考えて不安を感じているのだろう。

 ドレイクはため息をついた。残念ながら彼はフリルフレアの不安を消し去るすべを持ち合わせていない。

「まあ、たしかに…お前のこの羽根じゃ、それ目当てで誘拐されてきた線も捨てきれないよな……見世物にするなり、金持ちの愛玩奴隷にするなり引く手数多だろう」

「嬉しくないですよ……でも、だから私決めてたんです。15歳になって成人したら冒険者になって、自分の過去を探そうって……できるなら5歳以前の記憶を見つけたいし、可能なら本当の両親にも会いたい…」

「……………」

「だからいろいろな所に行ってみたいんです。もしかしたら何か記憶の手掛かりになるかもしれませんし……。あと、出来ればバードマンの集落も探してみたいです。両親のどちらかはきっと私みたいな赤い羽根をしていると思うんです」

「なるほどな……確かにその可能性は高いだろうが……」

 ドレイクは少し考える。彼が今まで見てきた中で少なくとも赤い羽根を持ったバードマンなど目の前の少女以外見たことがない。はたしてそれが、単に珍しいだけなのか?それとも自分の様に何かしら突然変異などの別の可能性があるのか?

 考えても結局結論など出るはずもなかった。

「だから、ドレイク……」

「何だ?」

「よかったら、その……私とコンビを組んでくれませんか?」

「…………………は?」

 突然だった。突然のフリルフレアの言葉にドレイクは完全に面食らっていた。

(……今、なんて言った?)

 思わず間抜けな声を出してしまったドレイクとは裏腹にフリルフレアは真剣そのものと言った眼差しを向けていた。

「お願いですドレイク!同じ過去を失ったもの同士です。私と一緒に記憶を探しましょう!」

「い、いや、俺は別に……」

「きっとドレイクの記憶だってどこかに手掛かりがありますよ!だから、私と一緒に探しましょう!」

 ひしっ!とドレイクの両手を握ると、フリルフレアはどんどん詰め寄ってくる。一方ドレイクはどんどん下がる。

「今日、私とドレイクが出会ったのもきっと運命だったんですよ!きっと神様が一緒に旅をしろって言ってるんです!」

 そんな適当なことを言っているのはどこのバカ神だと思いながら、どうにかフリルフレアをなだめようとする。

「待て待て、落ち着け赤羽根。まだ、出会ったばかりのこんな得体のしれないリザードマンをそんなに信用していいのか?」

「得体が知れなくなんかありません。ドレイクは私を信用して記憶が無い事実を打ち明けてくれました。……そして、子供のころの記憶が無いという私の話も親身に聞いてくれました。…ドレイクは信用できる人です」

「……………」

 フリルフレアのあまりの思い込みの激しさと、人の良すぎるその言動にドレイクはめまいを覚える。冒険者なんて職業につく者は基本的にはアウトローな者ばかりだ。もちろん信用に足るものも多いが、信用できない者も多いのもまた事実である。そんな中でこの少女の過分な素直さは非常に危険である。ましてや彼女はまだ冒険者ランク1、駆け出しである。このまま世に出せば、その美しい翼に目を付けた輩に良いように言いくるめられ、あるいは力づくで誘拐され、本当に見世物か愛玩奴隷にされかねない。

(さすがにそれはマズイよな………)

 そうなれば二つに一つである。この場で世の厳しさを教えてその甘い考えを叩き直すか、それともベテラン冒険者と組ませて、少しずつ着実に世の中のことに慣れさせていくかだ。

 まず、前者について考える。この場で何か厳しいことを言ったところで、この思い込みの激しい少女が素直に納得するだろうか?

 いや、しない。恐らくだが、何となく想像がつく。この少女は他人の悪いところを見ようとしない傾向がある気がする。

 ならば後者はどうだろうか?ベテラン冒険者について行かせるのは良い手だと思う。ベテランと組めばそれだけ危険も少ないし、逆に良いアドバイスがもらえたりするものである。

 だがここで問題が一つ。そう簡単にこの少女と組んでくれるベテラン冒険者がいるかどうかということだ。しかも、当然その冒険者は信用に足る人物でなくてはならない。そんな都合のいい人間に心当たりなど無かった。

「と、とにかくだな赤羽根。お前はもっとまともなパーティーにでも入れてもらってだな……」

「………ドレイクは私と組むのが嫌なんですか?」

 ドレイクを見つめるフリルフレアの瞳に再び大粒の涙が浮かんでくる。今回は本人なりに泣くまいと必死にこらえてはいる様だったが、逆にそれがいたましい。

 泣くなよなー!と心の中で頭を抱えるドレイクだったが、言ったところで彼女が泣き止むはずもない。泣き止ませたかったらいうべき言葉は一つである。

「別に嫌じゃない……。わかったよ、ただし俺と組んだこと後悔するなよ?」

 ドレイクはため息交じりに言った。どうやら自分が『そんな都合のいい人間』になるしかないようだった。






「良かったのかよ?」

「何がですか?」

「いや、だから……ツケの事……」

 ギルドで報告した帰り道だった。

 ドレイクの受けた依頼である「グレル草の採取」を報告し、薬草を納品したのち報酬を受け取ったドレイクは、その半分をフリルフレアに渡した。

「何ですか?」

「半分はお前が手伝ってくれたんだから報酬の半分はお前のだろ?そもそも俺たちコンビになったんだし」

「それはそうですけど……」

「そっちの依頼は悪いけど今持ってる分しか払えないからな」

「そんなことするよりもいい手がありますよ」

そういうとフリルフレアはギルドのカウンターに駆け寄った。

 何やらギルドの受付嬢と話していると、肩掛けのカバンの中から袋を取り出し小さい金貨を2枚受付嬢に渡す。それを受け取った受付嬢は依頼書を受け取ると報告書をサラサラと書き、最後に大きな判子をドンと押している。そして小さな袋を手渡していた。中身はどうやら報酬の銀貨の様だ。

 フリルフレアが駆け寄ってくる。

「どうしたんだ?」

「虎猫マスターの依頼を終わらせてきました」

「は?マスターの依頼ってツケの回収じゃないのかよ?」

「そうですよ?」

「じゃあなんで……」

 目をまん丸くしているドレイクに、フリルフレアはため息をついた。

「だってドレイク今50ジェルしか持ってないじゃないですか」

「いや、それはそうだが…だから、50ジェルだけでも払って……」

「それじゃあ、私の初めての仕事が失敗ってことになっちゃうじゃないですか。幸先悪いです」

「だからって、何もお前が払わなくても………」

口ごもるドレイクにフリルフレアはいたずらっ子の様な表情で振り向いた。

「ドレイク、勘違いしないでください。私はたんに仲間として立て替えただけです。つまりはドレイクが借金をしている相手が虎猫マスターから私に変わっただけです」

「いや、それでもだな………」

「後ろめたいんでしたらドレイク、冒険のとき、私の事ちゃんと守ってくださいね!」

 そういって不器用なウィンクを飛ばしてくるフリルフレア。本人はきめているつもりのようだが、余り様になっていない。

「ああ、それに関しては任せておけ」

 冗談めかして右腕で力こぶを作ってみる。ドレイクの太い二の腕の筋肉がさらに盛り上がる。

「わ!スゴイ!ぶら下がれる!」

 なぜか力こぶを作った右腕にぶら下がってくるフリルフレア、プラーンとぶら下がったまま「すごい、すごーい!」と言って喜んでいる。その様子が何となくかわいく思えて、ドレイクはフリルフレアをぶら下げたままギルドを後にした。

 そして冒頭に戻る。

「良かったのかよ?」

「何がですか?」

「いや、だから……ツケの事……」

 さすがにもうぶら下がってはおらず、フリルフレアはドレイクと並んで歩いていた。くすくすと笑っている。

「さっきも言ったじゃないですか。私への借金に変わっただけだって」

「いや、そうだけど」

「あ、ちゃんと私の事守ってくださいね?借金踏み倒すために見捨てたりしないでください」

「する訳ないだろ……」

 ドレイクはため息をついたが、ふと気になることに気が付いた。

「そういえば赤羽根。お前、何ができるんだ?」

「何が、とは?」

「冒険者ギルドに登録したときに職業(クラス)登録があっただろう?お前、何なんだ?」

「あれ?私言ってませんでしたっけ?」

「ああ」

「私精霊使いですよ?」

 なるほどと納得する。彼女の軽装は精霊使いゆえと言うのもあったようだ。精霊は基本的に金属類を嫌う。よって武器も最低限しか持たない精霊使いは多い。こだわる者は木製の武器しか使わない者さえいるらしい。ただ、彼女の様に革製の鎧すら身に着けていない者はさすがに珍しかったが……。

「精霊使いとは珍しいな」

「そうなんですか?」

「ああ。同じ魔法職でも魔導士や神官に比べたら半分もいないんじゃないか?」

「じゃあ、私稀少なんですね?レアなんですね?」

「あーいや、別にそこまでじゃあ……」

 何やら喜んでいるフリルフレアに、言い淀むドレイク。

 そんなことをしているうちに、二人は虎猫亭に到着した。虎猫亭は3階建てのしっかりとした建物で、1階は食堂兼酒場や厨房、浴場等、2階と3階には各6部屋ずつあり合計12部屋の客室があった。

 ドレイクは虎猫亭の入り口の扉を開けると、ズカズカと中に入っていく。フリルフレアもそれに続いた。

「う~っす!虎猫マスター、戻ったぜ……」

「くぉらぁ!赤蜥蜴!性懲りもなく戻ってきおって!」

「いや、なんだよ急に……」

「おめぇさん、ツケが200ジェルもたまってること忘れたとは言わせんぞ!」

「ああ、そのことなら……」

「ムカついたから、ギルドに連絡して依頼の掲示板に張り出してもらったわい!『赤蜥蜴からツケを回収してくれ』ってな!」

 虎猫マスターと呼ばれた男は、息も荒くまくしたてるとドレイクを睨みつけた。虎猫マスターと呼ばれたその男はドワーフの様にずんぐりした体形をしていたが、その頭部からは猫の様な耳が生えており、腰の後ろにはこれまた猫の様な尻尾が生えている。髪や耳、尻尾に生えた毛は薄茶色に濃い焦げ茶色の虎縞模様が入っていた。彼はケット・シーと呼ばれる種族だったが、ケット・シーは一般的にヒューマンに比べて少し小柄で魅力的な容姿をしていることが多いのだが、彼の場合は一切そう言ったところは見受けられなかった。口髭を生やしており、そこの虎縞がチャームポイントだと本人は言うが、そのチャームポイントは誰も得をしないものである。実は誰も本名を知らず、周囲からは虎猫マスターと呼ばれていた。

「残念だったな赤蜥蜴!いずれお前さんの所にゴツイ冒険者が来ると思うが……、とにかく、さっさと荷物まとめて出ていくんじゃ!」

「いや、その事なんだが…」

「ドレイク、ここは私が」

 まくしたてる虎猫マスターに、何か言おうとしたドレイクだったが、フリルフレアに止められた。そのまま彼女がドレイクの前に出る。

「虎猫マスター」

「なんじゃい、フリルフレア嬢ちゃん。今ちょっとこの馬鹿蜥蜴に用があっての」

「ちょ、マスター、今さらっと馬鹿蜥蜴って言わなかったか?」

 ドレイクがズイッと前に乗り出す。対抗するように虎猫マスターも「何じゃい」と1歩前に出る。結構な身長差がある二人だったが、両者とも視線は鋭いものになっている。

「いつまでもツケを払わんお前さんなんぞバカで十分じゃ!赤蜥蜴で馬鹿蜥蜴じゃ!」

「なにぉ!自分だってケット・シーのくせにドワーフみたいな体型しやがって!」

「なんじゃと!」

 口喧嘩を始めようとするドレイクと虎猫マスターの間にフリルフレアが体ごと割って入った。ドレイクを庇うようにして虎猫マスターの前で両腕を広げる。

「二人とも落ち着いてください。とりあえず私の話を聞いてください」

「何じゃいフリルフレア嬢ちゃん。言っとくが、赤蜥蜴なんぞと関わるとろくなことにならんぞ」

「なにぃ!」

「落ち着いてくださいドレイク。虎猫マスター、これを見てください」

 ドレイクをなだめながら、フリルフレアは肩掛けカバンの中から紙を一枚取り出した。それを虎猫マスターに広げて見せる。それは彼女が受けた仕事の依頼書だった。

「虎猫マスター、マスターが依頼されたこの仕事、先ほど私が終わらせてきました。ここに依頼終了の証明印があります」

 そう言ってフリルフレアは手に持った依頼書の一部を指さす。そこには確かに冒険者ギルドの証明印がされていた。

「何じゃと⁉この依頼、フリルフレア嬢ちゃんが受けたんか⁉」

「はい、そうです」

 ニッコリ微笑むフリルフレアだったが、反対に虎猫マスターは複雑な表情をしていた。彼にしてみれば、フリルフレアのような人間が引き受けるとは思ってもいなかったのだ。もっといかつい輩が引き受けて、ドレイクをビビらせればいいくらいに考えていたのである。もっとも、それでドレイクがビビるかどうかは実際の所疑問ではあるが……。

「ですので、ドレイクのツケはもう冒険者ギルドに納品済みです。あとは虎猫マスター、明日ギルドの職員が代金を持ってくるはずです」

「何と……、わかったわい。悪かったの、赤蜥蜴。……しかしお前さん、文無しだったはずなのに昨日の今日でよく金を工面できたの」

「あ、あー……それは…」

虎猫マスターの言葉にドレイクは視線を泳がせる。正直な話、駆け出しの冒険者に肩代わりしてもらったなど、格好悪くて言えたものではない。

 ドレイクのそんな思いをよそに、目の前でフリルフレアが「はい、はーい」と手を挙げてピョンピョン跳ねている。

「それはですね、ドレイクは結局お金を用意できなかったので私が立て替えたんです!」

「何じゃと⁉」

「ドレイクは即金欲しさに簡単な仕事を受けたんですけど、その報酬だけじゃツケの金額に足りなかったので、仕方なく私が……むぐ!」

「頼むからそれ以上言うな…」

 後ろからフリルフレアの口を右手で塞ぎながら、ドレイクは空いた左手で額を抑えた。正直恥でしかない。

「しかし何でフリルフレア嬢ちゃんが?」

「……ぷは!…ドレイク苦しいです!…あ、私たちコンビを組むことにしたんです」

 ドレイクの右手を口から引きはがしながらフリルフレアが答えた。

「コンビ?……赤蜥蜴と?」

「さっきから言ってますけど、その赤蜥蜴ってドレイクの事ですか?」

「そうじゃが……、フリルフレア嬢ちゃん、パーティー組みたいんじゃったらもうちょっと

まともな奴をわしが紹介してやるぞ?」

「俺はまともじゃないのかよ……」

「心配無用です!ドレイクはこう見えてとっても優しいです!」

 フリルフレアの言葉に虎猫マスターは胡散臭そうな顔をする。ドレイクを見る視線がすでに「信用していない」と物語っていた。

「こいつが優しい……?」

「ひどい言われ様だな、おい」

 虎猫マスターをジト目で睨み返すドレイクだが、そんな彼の視線を受けても虎猫マスターはやはり胡散臭そうにドレイクを見ている。

「おい赤蜥蜴。どうやってフリルフレア嬢ちゃんを言いくるめたんじゃ?」

「言いくるめてねぇよ」

「そうですよ。私言いくるめられてませんよ?」

「嬢ちゃんあのな?言いくるめられてる方ってのは、自分が言いくるめられてるなんて気が付かないんじゃ」

「いえ、ですから、あのですね……」

 どうやら、虎猫マスターはフリルフレアの話もろくに聞く気がないようだったが、このままではらちが明かなかった。

 仕方なくドレイクは、フリルフレアの前に出て虎猫マスターの肩をポンとたたいた。後ろではフリルフレアがまだ「ドレイクはちょっと顔は怖いですけどホントは良い人で…」とか、「私とドレイクはコンビを組む運命だったんです」とか言っていたが、とりあえず無視する。

「とにかくいろいろあってあいつと組むことになったんで、まだ世話になるけど」

「仕方ないのぅ。せっかくお前さんを追い出せるチャンスじゃと思ったのに」

「何でそんなに追い出したいんだよ…」

「赤蜥蜴の住みついてる宿屋って言われて評判悪いの知っとるだろ?」

「悪い評判なのか…それ?」

 ドレイクはジト目でにらんだが、虎猫マスターは「まあ、仕方ないわい」と言って、厨房の方へ消えていった。

 後ろではフリルフレアがいまだに「私とドレイクは記憶を失ったもの同士として、強い絆で……」とか言っているが、ドレイクはそれを無視してフリルフレアに軽くデコピンする。

「いたぁ!何するんですか!」

「いや、お前が自分の世界に入って帰ってこないから」

「別に、自分の世界に入ってないですよぅ」

 おでこを抑え、涙目になりながら非難がましい視線をドレイクに送るフリルフレア。その様子を見てちょっとデコピンが強すぎたかと反省するドレイク。

「で、どうするんだ?俺はここに宿とってるけど」

「どうするって?」

「住むところだよ。例の孤児院に帰るのか?」

「どこの世界に孤児院から冒険に通う冒険者がいるんですか?」

「いや、この世界にいるかもしれないだろ」

「いませんよ。私、昨日からここに泊まってるんですよ?」

「そういえば、虎猫マスターが名前知ってたな」

 先ほどまで虎猫マスターがフリルフレアのことを「フリルフレア嬢ちゃん」と呼んでいたのを思い出す。なるほどと納得する。

「私昨日から202号室に泊まってますよ?」

「なんで俺の部屋の隣なんだよ」

 ちなみにドレイクの部屋は203号室である。ドレイクの言葉にフリルフレアの瞳がキラキラと輝く。

「本当ですか⁉やっぱり私たちコンビを組む運命だったんですよ!」

「そんな運命あってたまるか」

「…ドレイク…やっぱり、私と組むの嫌なんですか…」

「…‼」

 不安そうに涙ぐむフリルフレアにドレイクは硬直する。どうもこの少女、精神的に打たれ弱いところがある気がする。

 ドレイクは頬をわずかに引きつらせながら無理矢理笑みを作った。

「そ、そんなはずないだろ。もう俺たちは運命共同体だ」

「そうですよね!きっと神様も私たちにコンビを組めって言っていますよね!」

 心の中で「そんな寝言を言うのはどこのバカ神だ!」と思ったが、またフリルフレアが泣くと困るので何とか心の中に押しとどめた。






 ドレイクとフリルフレアは、それぞれ荷物を部屋に置くと、1階の酒場兼食堂に降りていった。外ももう薄暗くなっている。夕食にはちょうどいい時間だった。

 1階の酒場には数人の客がいた。酒を飲みながら騒いでいる冒険者パーティーらしきヒューマンの4人組、一人静かに酒を飲むウルフマンと言うオオカミの顔をした種族の戦士、

語り合いながら食事をする恐らくエルフとヒューマンのハーフであろう黒髪の女と、オレンジ色の髪をしたケット・シーの女の2人組、一見ヒューマンの子供のようにも見えるホビットらしき3人組は酒を飲みながらテーブルの上でサイコロを転がし博打をしている。

 ドレイクとフリルフレアが手近なテーブルの席に着くと、虎猫マスターとよく似た毛並みをしたケット・シーの少女がメニューを持って現れる。聞いた話によると彼女は虎猫マスターの娘で名はキュロット・ボントー。虎猫マスターに似たのは毛並みだけで、他は母親似らしく、顔立ちや体形などは全く似ていなかった。酒場で給仕として働いているらしい。

「いらっしゃい!………ドレイクとフリルフレアちゃんって知り合いだったの?」

 あまりの凸凹コンビにやはり不審に思われたようだった。ドレイクはため息とともにキュロットの方に視線を向ける。

「今日知り合ったんだ。いろいろあってコンビを組むことになった」

「そうなんです」

 ため息交じりのドレイクとは対照的に、フリルフレアはニコニコと笑顔を浮かべている。コンビを組めるのがよほどうれしいのだろうか。

「え⁉なんで急に?何々、もしかして運命感じちゃった⁉」

「はい、運命です!」

「運命じゃないだろ」

 ボソッと呟いたドレイクの言葉は二人には届いていなかった。

「虎猫娘、そんなことより腹が減って仕方がないんだが……」

「ああ、ゴメンゴメン。今日のお勧めはフライドチキンね!」

 そう言ってメニューを渡してくるキュロットから、メニューを受け取りながらドレイクはフリルフレアを見た。ちなみに虎猫娘とはドレイクがキュロットの名前を覚えられないためにつけたあだ名である。

「フライドチキンか……」

「なんで私を見るんですか⁉」

「いや、何でもない」

 必死に自分の翼を隠そうとするフリルフレアから視線を外し、メニューに視線を送る。正直空腹で仕方がなかった。メニューには東方語で様々な料理の名前が記されている。

「私チーズオムレツ!あとパンとリンゴジュース」

「何だそれだけか?足りるのか?」

「そんなにたくさん食べられませんよ。それに私、オムレツ大好きなんです」

 オムレツを想像し、「ホワワ~」とか言いながら両手を頬にあてて愉悦の表情をしているフリルフレアから視線を外し「ま、本人がいいならそれでいいか」と思い、自分もメニューを選ぶ。

「あーっと、俺は……まず蒸かしたジャガイモのチーズのせだろ。あと炙り牛腿肉、川エビのから揚げと……野菜フリッター、川魚の塩焼きと……あと、フライドチキンもだな。酒はエール酒、大ジョッキで」

「…………」

 「はーい」と言って注文をメモし厨房に消えていくキュロットから視線を外すとフリルフレアが目をまん丸くしていた。明らかにドレイクの注文している量に驚いている。

「あの…ドレイク、そんなに食べれるんですか?」

「ん?これでも抑えてる方だが……」

「………」

 沈黙の後フリルフレアが「はぁ~」と深いため息をついた。ドレイクのツケの理由が分かった気がする。

「毎回こんなに食べてたら、そりゃお金も無くなりますよね……」

「いや、抑えようとは思ってるんだが……なんでか腹が減るんだよ」

「そんなにたくさん食べて……旅の途中とかは保存食だけで大丈夫なんですか?」

「いや、あんまりだいじょばないからだいたい途中でなんか動物狩ったりして腹を満たしてる」

「…………」

 ドレイクが動物を狩って調理する姿は容易に想像できてしまった。なんかワイルドな感じがする。と言うより、ワイルドすぎる想像しかできなかった。

「ドレイク、動物を狩って食べるときはしっかりと中まで火を通さないとダメですよ?半生で食べたらおなか壊しちゃいますよ?」

「お前は人を何だと思ってるんだ………」

 フリルフレアが人差し指を立ててこれ見よがしに言ってくるが、ドレイクとてそんなことは知っている。

(もしかして、俺はアホだと思われてるのか…?)

 ドレイクのことなど気にもせずに「野生動物のお肉は臭みがあるので、臭み消しの香草やスパイスを使うと良いんですよ」とか得意げに言っているフリルフレアを見ながら、ドレイクはふと気になったことを訊ねる。

「赤羽根、お前もしかして料理得意なのか?」

「はい。孤児院ではいつもママ先生のお手伝いしてましたし、場合によっては私が一人で食事を用意することもあったんで、結構自信ありますよ」

「ほう~」

「あ、もちろんプロの方にはかないませんけどね」

 パタパタと手を振っているフリルフレアだったが、その表情はちょっと得意げだった。口ではああ言いつつも、結構自信があるということなのだろう。このままならいずれその腕前を披露してもらうこともあるだろうと思いながら、いまだに得意げな表情をしているフリルフレアを眺めていると、バタバタと足音が近づいて生きた。視線を向けると、キュロットが両手に料理を抱えて運んできている。

「はーい、お待たせ!こっちリンゴジュースね、はいエール酒大ジョッキ!こっちがチーズオムレツとパン!ドレイクの方はとりあえずチーズのせのイモと牛腿肉ね!」

 ドレイクとフリルフレアの前に酒やジュース、料理が並べられる。

「ドレイクの注文の残りは出来しだい持ってくるから!それじゃ、ごゆっくり~」

 パタパタと手を振ってキュロットは厨房の方へ消えていった。

 並べられた料理を前に、ドレイクが生つばを飲み込む。空腹もそろそろ我慢の限界だった。一方フリルフレアはオムレツを目の前にしてキラキラと目を輝かせている。

「はわわ~、美味しそう……」

「そうだな、さっそく食べようぜ!」

 そういうとドレイクはエール酒がなみなみと注がれた大きなジョッキを手に取った。フリルフレアもリンゴジュースの注がれたカップを手に取る。二人はお互いに視線を合わせるとニヤリと笑いあった。

「それじゃ、コンビの結成を祝して」

「乾杯です!」

 カチャーン!

 ドレイクとフリルフレアは互いのジョッキとカップをぶつけ合うと、それぞれエール酒とリンゴジュースを胃の中に流し込んだ。






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分量ちょっと長すぎるかなプロローグと1話分けるのと、4話ぐらいに分けたほうが読みやすい
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