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亡霊日記  作者: 加賀美 歌終
3/5

頼りの綱

 運動が嫌いな僕は、基礎体力が平均的な男子高校生に比べて低い自覚がある。

 もちろん走るのも嫌いだし、何なら立っているのもしんどいくらいだ。

 インドアこそ正義。インドアこそ現代における理想的な生活。



 そんな僕は今、全力疾走をしていた。


 「うっはぁぁぁぁぁ!!!いたよ!!!ほんとにいたよ幽霊!!!」


 振り返った先にいたのは頭が原型をとどめていない、同じ学校の制服を着た女子校生だった。


 「違うじゃん!!!普通こういうのって先輩とか工藤とかが出てくるパターンじゃん!!!何モノホン出てきてくれてんの!?あぁぁぁぁっヤバいめっちゃ泣きそう。っていうかもうだめだわ、泣く。」


 絶望とどこに向けたらいいのかわからない怒りが心中に渦巻く。

 まさか、本当に出るとは思わなかった。


 「(ど、どうすればいいんだ……。)」


 まず、腰を抜かさずにこうやって逃げられていること自体が奇跡。

 すぐに休めるところを見つけなければ、僕の体力はすぐに底を尽きてしまうだろう。

 

 「(警察?コンビニ?)」


 ダメだ。どこに行っても何言ってんだこいつという目でしか見られないような気がする。

 しかも、その人たちが幽霊を目視できなかったらアウト。閉鎖的な空間で逃げ道を失ったら今度こそ立てなくなる。

 必死に考えを巡らせるが走りながらではうまく考えがまとまらない。

 パニックとはこういうことを言うのだろう。

 結局、幽霊より人間の方が怖いとかいうやつは一回出くわしてみてほしい。絶対どうしようもない幽霊の方が怖いから。


 「(僕が何をしたっていうんだ!!!)」


 こんなことなら先輩を信じて一緒にいてもらうか、工藤と遊びに行っておけばよかった。

 だがしかし後悔先に立たず。今は反省するよりどうするかを考えなくては命がない。


 「(いやでも、待てよ。ここまで走ったらさすがに逃げ切れたんじゃないか?)」


 ふと、そんなことが頭をよぎる。

 わかっている。そんなのは都合のいい考えだと。

 ただ、よくよく考えてみたら僕を呪うような奴だ(身に覚えは全くないが)。

 それほど恨みを持っているのであれば幽霊もこの状況を楽しんだりしていない限りはすぐに僕という人間を消したいはず。

 

 走るスピードを緩めながら素早く後方を確認する。


 「つまり今!僕が消されていないということは僕に追いつけていないということであって─────。」




 「あはははハハハハハハハハハハっ」


 残念ながら楽しんでいるほうだった。

 じわじわと(なぶ)り殺す、一番たちが悪いタイプの幽霊。

 しかも浮いて追いかけてくるとかではなく、まさかの全力疾走で。


 「こえぇぇぇよ!!!せめて浮いて追いかけて来いよ!!!なんで同じ全力疾走なんだよ!!!」


 あ、でも浮かれても怖いか。




 そんなことを言ったり考えたりしている場合ではない。

 走りながらつっこんだせいで10あるうちの9は体力を使い果たしてしまった。


 「(あぁぁぁぁぁ!!!もうこうなったら……。)」



***


 

 名家、棚町家。古来より妖の類からこの町を守ってきたとされる一族。

 この町で知らない人はいないといっても過言ではないだろう。さすがの僕も屋敷の場所くらいは知っているほど有名なのだ。

 普通の民家が立ち並ぶ場所に大きな屋敷を構えているのだが、最近では滅多に人が出入りしていないという。

 あの先輩の評判に加えて、最近ではそういったものを信じない人も多いのだろう。

 かつての棚町家の姿はないと、よく祖母が聞かせてくれた。


 「すいまっせぇぇぇぇぇん!!!助けていただけないでしょうかぁぁぁぁぁ!!!ここを早く開けてくれないともう僕ヤバいんですぅぅぅぅ!!!来てるから。後ろに来てるからぁぁぁぁぁ!!!」


 そんな由緒正しき屋敷の門を、僕はこれでもかというほど叩いていた。

 ここで門が開かなければ、ゲームオーバー。まさに最後の頼みの綱だ。


 ガコン


 鍵が外れるような音とともに音を立てて門が開く。

 そこに希望の一筋の光が見えた。


 「あらあら。何事?」


 そこから顔を覗かせたの若い女性だった。

 先輩にほとんど瓜二つで、きれいな顔立ちをしている。


 「(って、今はそんなことどうでもよくて!)」


 テレビで見かけるような霊媒師の格好をしていることから、すぐに棚町家の人だということを理解し、必死に今起きていることを伝えようとする。


 「あ、あのっ!!!棚町先輩のお姉さんですかっ!!!今僕得体のしれない奴に負われてて────」

 「やだっもうっ。私はあの子の母親よっ。」

 「ごふぁっ」


 頬を赤く染めたその女の人に照れ隠しなのか思いっきり頬を殴られた。


 「もうっ上手なんだから。困っちゃうわぁ。……新手のナンパ?」


 ……間違いない。見た目は若いが、この親ありにしてあの子ありといったところだろう。

 基本的に人の話を聞かない。


 「ち、違いますよ……。今!幽霊に追われてるんです!助けてください!」

 

 ズキズキと痛む右頬を押さえながら、改めて状況を説明する。



 「あはははハハハハハっはははははハハハハハ」


 遠くの方から、聞いてるだけで呪われそうな笑い声をあげながら、先ほどの霊が全力疾走してきているのが見える。

 あぁ、もう呪われているんだったか。────じゃなくて!


 「ほら!!!お母さんあれ!!!のんきに会話している暇なんかないからぁぁぁぁ!!!」


 殴られたことで少し冷静さを取り戻していたのだが、改めて目の当たりにすると動揺が隠しきれない。

 走り方から笑い方まで気持ち悪すぎだ。


 「早くっ!!!さっさと追っ払ってください!!!」


 なぜか立ち尽くしているお母さんに声を荒げて催促する。


 「……お母さん?」


 嫌な予感がした。


 恥ずかしそうにもじもじとしながら、お母さんが逆に僕に尋ねてくる。


 「……どこにいる?」


 そしてその予感は当たった。

 二人の間に気まずい沈黙が流れる。


 ────────

 



 「見えないんですかぁぁぁぁぁ!?」

 「し、しょうがないじゃない!私この家に嫁いできたただの一般人だもの!」

 「そのいかにも霊を祓えそうな格好は何なんですか!!!」

 「いや、その……普段から着る服考えなくて便利かなと思って。」

 「制服感覚!?」


 まじか。この人まじか。

 期待を裏切られた憤りの赴くままにツッコミを続けていると、左肩をガシッとつかまれる嫌な感触が走る。


 わかっている。その感触の正体は────。


 「あはははハハハハハっはははははハハハハハ……ミタナ?」


 もう諦めた。完全に詰んだ。

 このまま誰にも、存在したことすら認識されずに消えていくのだろう。

 

 「(皆さんさようなら────。)」


 






 「幽霊よ立ち去りなさい」


 お母さんと同じような格好に身を包んだ女の子が、手を幽霊に手をかざし、そう呟く。


 「ギャアァァァァァァアァァァァ」


 まぶしい光に包まれ、どんどん色が薄くなってくると苦しそうな断末魔をあげ、最後には消えてなくなってしまった。

 あっという間の出来事に何が起きたのかわからない。

 腰を抜かした僕にテクテクと近づき、心配そうにのぞき込みながらその女の子は尋ねてくる。


 「大丈夫ですか?」


 え、何この子。救世主?


 「は、はいぃ」


 ()()()がいなくなったという安堵と、叫び続けて喉がやられていたせいで変な声が出る。

 おそらく僕より年下であろう女の子に情けない声で(しかも敬語で)そう答える様はどれだけ情けなく映っただろう。

 何はともあれ……。


 「た、助かった────。」


 意識が遠のいていく。

 普段走ることのない僕が、ありえない距離を走り叫び続けたのだ。体力などとうに残っていなかった。


 「ち、ちょっと!」


 女の子の焦る様子が最後に見える。

 どこまで僕は情けないんだ。





 そのまま僕は目を閉じた。

 



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