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亡霊日記  作者: 加賀美 歌終
1/5

出会い

 誰もいない放課後の教室。グラウンドから部活生の声が響く中、僕は自分の机の上に置かれている一冊のノートに目を向けていた。


 『絶対に見るな』


 表紙にはそう書かれている。人の机の上に置いておきながら絶対に見るなとはいったいどういう了見だろうか。

 名前も書いていないし、持ち主が誰だか見当もつかない。

 とはいえ、ここまで大きく大々的に書かれているのだからこのノートの持ち主は本当にこれを見られたくないのだろう。日記か、それとも黒歴史を書き殴ったものなのか。

 持ち主が間違って僕の席に置いた可能性も否定はできない。ここはグッとこらえ、見るのを我慢すべきだろう。


 ……ただ、どうしたものだろうか。このまま僕の机の上に置いていても持ち主は取りに来るのだろうか。

 仮にノートをこのままにしておいたとして、クラスメイトに僕のノートだと勘違いされないだろうか。

 もし、クラスメイトが中身を見てそれが目も当てられないような恥ずかしい内容だったら?


 =死


 簡単に方程式が出来上がった。クラスでボッチにならないよう、日々上げ続けている僕の好感度をこんなところで下げるわけにはいかない。


 それにあれだ。中身を見たら持ち主が分かるかもしれないし。持ち主が分かったらそっと持ち主の机の上に返しておくこともできるし。


 ……別に中身が気になるとかじゃないし。


 葛藤に葛藤を重ね、結局僕は……


 見ることにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 いつもの通学路。高校二年生の新学期始まってすぐ、ある男子生徒はバカみたいなあくびをしながら、またある女子生徒はバカみたいに大きな声でバカみたいな話をだらだらとしながら歩いていた。

 春とはいえここは北海道、気温としてはまだまだ物足りない。路肩にはまだ雪が残っていた。

 こいつらなんてどうせ、朝は何も考えず五感ある中の一感しか使っていないんだろう。なんて呑気な連中だ。自分は朝から頭をフル回転させているというのに。


「おはよう! 秋山君」

「おはよう、南さん。……前髪変えた?」

「えっ。分かった?」

「もちろん! 前のおとなしい感じもいいけど今の爽やかな感じの方が僕は好きだな」


 そう言うと頬を赤らめて


「フフッ。ありがと……」


 なんて単純な女。


「じゃあまた後でね!」

「うん」


 そう言って前にいる女友達の所へ駆けて行った。

 ふいに後ろからドンっと背中を叩かれる。


「よっ。ハヤテ」

「おはよう! もう、びっくりしたよ」

「ハハッ。悪い悪い」


 サッカー部の安藤か。髪型、靴、服装、指先、特に変わったところはないな。……ん?


「……そのネックレスかっこいいね。高かったの?」

「あぁ、これか?いやいや安物だよ」

「全然そうは見えないよ。イケメンは何つけても似合うね」

「おい、やめろよ。お前には負けるって」


 そう言いながらも顔はどこか嬉しそうだった。

 そのネックレス。見るからに安物だし、チャラさに磨きがかかってますよ。


「じゃあな。俺サッカーの朝練あるから」


 聞いてませんけど。


 朝からわざわざ挨拶に来る律儀なクラスメイト達相手に、それ以上に律儀な僕がわざわざ挨拶を返してやっていた。



 ふと、校門の前まで来て人だかりができていることに気が付く。


「ねぇ。どうしたの?」

「あぁ、ハヤテ。……また例の先輩だよ」


 視線を向けた先ではスピーカーを持ったロングヘアでブレザーを肩に羽織った女子生徒が何やら叫んでいた。


「いいかぁぁぁお前たち。何回も言うようだがこの学校は呪われているっっっ! なぜかは知らんが、非常に霊が多いのだ。身の回りでの怪奇現象、何か困ったこと、霊の目撃情報などがあればぜひともっっっ3年A組棚町紫苑の元まで来てくれぇぇぇ!」


 うるっさ。


「特に霊が多い時間帯である放課後は! 細心の注意をぉぉぉ払うようにぃぃぃ!」


「(なんでこの人は朝からこんな元気なんだ?)」


 そんな疑問を頭に浮かべていると、玄関の方からすごい形相をした教頭が走ってきた。


「こらぁぁぁ! 棚町、またお前か! いい加減朝から妙なことを触れ回るのはやめないか!」

「これはこれはぁぁぁ! 教頭先生。おはようございまぁぁぁす!」

「元気な挨拶は結構! ただ、スピーカーを下ろせ。耳がぶっ壊れる」

「すいませんっしたぁぁぁ」


 謝りつつも一向にスピーカーを下ろす気配がない。


「お前のせいで近隣の方から苦情が届いているんだ! いい加減朝からスピーカーを使うのをやめろ!」

「近隣の方の所まで私の声が届いているのであれば本望であります!」


 棚町紫苑。この学校にいる人……だけでなく、おそらくこの街に住んでいる人は誰しもが聞いたことのある名前だ。なんでも、霊が見えるらしい。

 噂では様々な怪奇現象を解決してきた凄腕の霊媒師の一家に生まれ、幼い頃から霊を祓う訓練を受けてきたとか。

 ただ、オカルトなんて全く信じない僕にとってはあの人のなにもかもが胡散臭い。それだけならまだしも、朝からこんなことをやるような人だ。こんなやつのいったいどこを信じればいいのか。

 当然、そう感じているのは僕だけではない。周りの先輩を見る目はあざ笑うか疑いをもっているかのどっちかである。


「可愛いだけに残念だよな。あんなのと付き合ったりしたら自分の株まで落ちちまうよ」

「あはは……そうだね」


 まぁ、僕も一生関わり合うことはないだろう。クラスのヒエラルキー上位を目指す僕にとってああいった異分子は邪魔な存在。天敵でしかない。


「(触らぬ神に何とやら)」


 まだ教頭先生と揉めているそちらと目線を合わせないようにしながら、そそくさと玄関まで急ぐ。


「おっと! そこの少年!」


 嘘だろ。


「おい、棚町。お前話を────」


 教頭の声には目もくれず一直線に僕の方へ向かってくる。


「(僕じゃないよな。うん、きっと後ろにいる人のことだ)」


 そんな願望も入り混じった思いとは裏腹に、その先輩は僕の進行方向を妨げるようにして目の前に立つ。


「なにやら負のオーラがすごいね。何か悩み事があるなら聞くよ。いや、なに遠慮することはない。この街の人々を守るのはこんな力を持った私の使命だと思っているからね」


 もう一生、何とやらのことわざは使わない。触ってなくともあっちからぶつかってきて因縁をつけられたんだ。まるでチンピラじゃないか。

 そんなことを目をキラキラさせながら両肩を掴んで揺さぶってくる先輩に対して考えていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それで、少年。悩みは?」

「ないです」


 なぜか嬉しそうに聞いてくる先輩に即答する。

 だって仕方がない、本当にないのだから。


「……いやいや、そんなわけないじゃん。負のオーラすごいし」

「んなこと言われたって、ないもんはないんだから仕方がないでしょ」


 昼休み、僕は空いている教室でこの胡散臭い先輩となぜか一緒にお昼を食べていた。


「でもでも! 人気のないところに連れ出したってことは私以外の人には打ち明けられないような深刻な悩みを打ち明けるつもりだったんじゃないの?」

「なんで先輩を最大限信用している前提なんですか……。もっと別の理由です」

「……告白?」

「違うわ! あんたみたいな人と一緒に昼を食べていたら僕の評判まで下がるからに決まってるだろ!」


 いけない、素が出てしまった。この人と話しているとなぜか調子が狂う。


 校門のところで話しかけられた僕はたくさんの人が見ている手前、無視するわけにもいかず半ば強制的に悩みを聞いてもらう羽目になった。

 そこでは社交辞令的に 今急いでいるから昼休みとか暇なときにしてくれ と言ったのだが。


「(まさか本当に弁当を持ってくるとは)」

「男の人から食事に誘われたのなんて初めてだから緊張しちゃうなぁ。あの……お手柔らかにお願いします」

「何をだよ」


 あと誘ってないし。


「まぁ、来てもらって申し訳ないとは思うけど本当に悩みなんてないんですよ。ましてや霊に関連するような出来事なんて体験したこともないし」

「でも、負のオーラがすごいよ?」

「……さっきから言ってるその負のオーラっていったい何なんです?」


 そう聞くと、待ってましたとばかりに食べかけの弁当を置いて立ち上がる。


「よくぞ聞いてくれたね! 実は私の目には人のまとっているオーラの色が見えているんだ」


 また何とも胡散臭い。


「何か嬉しいことがあった人は赤、悲しいことがあった人は青、エッチなことを考えている人はピンクといった具合に、それはもうはっきりと見えていてね。例えば! 君が私に欲情しようものならすぐに────」

「いやぁ、それは凄い。それじゃあ頑張って下さい」

「ちょっと! 最後まで聞いてよぉぉぉ!」


あまりにも胡散臭かったので途中で抜けようとしたが、泣きながらすがりつかれたので仕方なくその場にとどまる。


「コホン……まぁ、そのつまりね。そういったようなただの感情がオーラに表れている人は問題ないんだけど、中にはそれらの色が全く見えず別の色が見える人もいるんだよ」

「それが僕だと?」


 先輩は黙ってうなずいた。


「君の色は紫。負のオーラつまり負の色の中でも、最も厄介な色だ」

「厄介……。紫にはどんな意味があるんですか?」


 さっきまでお茶らけていた先輩だが、急に神妙な面持ちになる。


「呪いだよ」


 




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