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年収200万円のダンディズム  作者: 鴉野 兄貴
四月。すべては一〇〇円の時計から
1/3

一〇〇円(税込一一〇円)の時計

『ブランドとは、からっぽ』

--ある映画監督の言葉--

 かっこよくなりたい。

 川崎和歩はそう思った。

 だから100円ショップで腕時計を買った。


 足取り軽く歩む和歩は御年29歳。ポスドク研究員である。白衣の下は高校のジャージだしそもそも白衣のまま外出するのは如何なものか。


 ボロボロの運動靴は犬が漏らした小便をひっかけて少し染みを作ったが彼は気づかず鼻歌混じり。

 青い空は白い雲。沁みだらけ穴だらけの白衣はチョークだかフケだかの粉混じり。これでまともな研究ができるとは思えないが一応彼は国立大学卒である。


 商店街をうろうろ歩き、なじみの肉屋のおばちゃんがコロッケをおまけしてくれたので教授や学生たちへの土産として大事に懐に入れる。白衣が多少油で汚れたのだが気づかない。調子っぱずれの歌は少々大き目で隣を歩いた女子高生がぎょっとして振り向くとボサボサ頭を掻きながらあるく不審人物の背中が見える。


 すこし猫背で蟹股歩き。

 コロッケで油まみれの右手を指でしゃぶって本を読みながら歩く彼に商店街の猫たちも今日は危険を感じて逃げた。和歩が彼らに気付けば餌を分けてくれる。


 以上を持って和歩という青年の人となりがわかっていただけただろうか。人は良いけど後は残念無念。



 スマホを見れば時間などわかる。

 和歩はそう思っていたし今でもそう思う。

 彼がいきなり腕時計を意識しだしたのは必要に迫られてのことだ。教授曰く『人前でスマホをポチポチは無礼である』。理不尽極まりない。


 調べ物をしながら話をしてもいいではないか。知識があるから調べ物もできるのだから。

 腕時計など重いし面倒だしスマホで充分だし。彼の反論を教授はあまり真剣に聞いてくれない。


「でも、キミこの間川南君にフラれたよね」

「何故それをご存知なのでしょうか教授!?」


 なけなしのお金で入ったフードコート。

 一回生の川南女史とデート。

 何故だか知らないが最近彼女が既読無視をする。

 一応ゼミでは最低限の応対はしてくれるが。


「だってキミ、デート中に『荒野作戦』して一顧だにしなかったって川南君漏らしていたよ」

「あれは時間を川南君が聞くから……あ」


 そのまま荒野作戦をはじめていたっけ。


「いえっ! 教授! ちゃんと川南君の相手もしてあげていました?!

 マジっす! 本当に。そりゃ多少は……」



 川南女史は荒野作戦オフで出会った。

 まさか同じゼミの学生だなんて気付かなかった。


 ガチムチの男が可憐な女子になると誰が予測できるか。それを言えば和歩だって美少女アバターだったが。


「何故オリジナルVtuberアバターでゲームに参戦できる技術力とお金があってソレなの……キミ」

「お金はいくらあっても足りませんからね!」


 誰がどうお金を使おうと自由である。

 和歩はそう教授に告げたが教授は首を軽くふった。


「キミ、腕時計を買いなさい」

「何故! 要りませんよ!」


 教授は片眼鏡をくいっと持ち上げて呟く。


「そのほうがカッコイイから」

「カッコよさで飯は食えないのです!」


 だいたい安月給でこき使って云うなと言いたい和歩であるがそこは立場の弱いポスドク。来年の契約更新が怖いので黙っている。


 教授は懐に手を入れ、芝居がかった仕草で鎖をひく。

 柔らかな優しい音と共に懐中時計が現れ、彼の目の前で静かに回転している。



「カッコイイですね。教授」


 このイケオジはいちいちカッコイイのだ。給料はあまりくれないが。だがお世辞ができるときはしておこう。


「安物だよ」


 そういって軽く微笑むと教授は中身を見せた。

 若いころの可憐さを残す老婦人と川南女史くらいの男女の姿。たぶん教授の御家族であろう。


「前々から思っていたが、キミ、その服装と髪をなんとかしないと精密機器を扱う者としてどうなの。本当に困るよ」

「すいません。ついつい没頭しちゃうのです」


 そのせいで川南女史にフラれたのだが。そりゃデート中に『うん。わかった』『ちゃんと話を聞いているよ』『うん。マジ川南君の為ならどれだけでも時間を無駄にするよ』とか抜かしていたらフラれる。


「……川南君泣いていたからね」

「はい……」


 教授曰く。女性が化粧とか服の話をしているのはパートナーに『もっとオシャレになってほしい』という意味ととっていいらしい。



「えっと教授、そんなこと言ってもボクお金もっていませんし、そもそも服を買いに行く服がないですよ!」


 唾を飛ばしつつ抗議する和歩に教授は何故か100円玉を渡した。さらに後ろ手からパチンと指を鳴らすと彼のポケットに何かが入った。10円玉である。


「これで時計は買える。軽くて使いやすい。

 まずDAIS〇に行くのだ。行かないと契約を見直す」

「横暴です教授!?」


 しかし教授の視線は結構ガチである。

 散髪に行く暇もカネもない彼だがDAIS〇に行く暇を与えてくれるならば気分転換に買い物に行くのもやぶさかではない。


「だいたい、100円の時計なんてクッソダサ……」


 その言動を教授はひとにらみで黙らせた。


「時計を見れば終わりの一瞬の為に彼女にフラれたキミが言うかね。取敢えず白衣に似合うからシンプルな白を買いなさい。どうせ壊れても買い直せば終わりだ。一ケ月でヒンジがぶっ飛んで壊れても1320円。君にピッタリだろう」

 さらに教授は追撃を決める。

「一番ダサいのは、時計の有無ではなくキミの心と態度であると知りなさい」



 教授の本日のアドバイス。

【まず有り金でカッコよくなるべし】

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