1話「無茶と決意」
「勇者?は?」
ぶっちゃけ訳が分からなかった。
(勇者?え?俺が?
勇者ってあの・・・フィクションでよくある、世界を救う系のカッコイイあれのことだよな?)
『私はいわゆる女神というものです。あなたは本来、この後家族との時間を過ごしてから異世界への召喚の義によって、勇者としてこちらの世界へ転移するはずでした』
マジかよ。
(あの時妙に胸騒ぎがして・・・いつもなら買わないケーキを買ったりしたのも、この事を分かってたからなのか?)
そう考えるとますます悲しくなってくる。
結局自分は何も出来ずに元の世界からはいなくなる運命だったのか。笑えてくる。
『あなたはそれはもうありとあらゆるチート能力を与えられ、勇者となるはずでした。・・・ええ。それはもう、無敵と呼べるくらいの』
「え?でも、何も変わってない・・・いや身体はないけど、それ以外はなんも変化ないし、力がみなぎる感じもしないぞ?」
霊体だけだからか感じたことのない解放感はあるが、それ以外は特に変化は見られない。
というか自分はそんな大層な物になる予定だったのか。
つくづく自分の運の悪さに泣けてくる。
『しかしあなたは運悪く死んでしまいました』
(やっぱり、死んでたか・・・)
改めてそう言われると、切なさがこみ上げてくる。
ちょうど読み終わったタイミングで次のメッセージへと変わっていくスクリーンをそのまま眺めていると、
『そのため用意してあったほとんどの能力を与えられず、今のあなたの力は普通の人間とほぼ変わらない状態です』
固まった。
ーーーーーーーーーーーーー
『しかし既に発動している召喚魔法は神の力を持ってしても止めることはできません』
いや、待ってほしい。
今までの話とこの状況から推測するに、ここは恐らく既に異世界だ。
つまり自分は大した能力も与えられず、ただの幽霊(って言うのもおかしいか)の状態で言葉もわからない、知り合いもいない、魔物とかがいっぱいいる異世界に放りだされたという事なのだろうか。
「無茶だろ・・・」
『本来召喚魔法とは魂を引き寄せる魔法。魂と肉体は、生きている限りは決して千切れる事無く結ばれています。
そのため魂の移動には必ず肉体が伴い、それにより肉体と魂はどちらも異世界へ移動することが可能なのです。
しかしあなたは死んでしまい、肉体との繋がりが切れた状態だったので魂のみがこちらの世界へ移動してしまいました。
魂はもともと刻める情報が肉体より遥かに少なく、せいぜい人の一生の記憶と少し分くらいです。
肉体との繋がりが切れたあなたに渡せる能力は少なく、せめて勇者が浄化される、なんていう事態が怒らないよう、《聖魔法耐性+999》のみを付けて送り出しました』
つまりなんだ。
俺は貰えるはずだった数々のチート能力を置き去りにして、幽体のままこの世界で過ごすための最低限の保険のみをかけられて今に至るわけだ。
魂が~とか肉体が~とかはよくわからないが、自分の身に降りかかった事をある程度理解するだけの能はまだあったらしい。幸いだ。
『1度送り出した勇者は、魔王を倒すまでは元の世界へ帰すことはできません。
人の生死は神とてどうにか出来るものでは無いのです。
あなたが死んでしまったのもかなりのイレギュラーであり、こちらとしても予想外の出来事でした。
大変なお願いであることは重々承知していますが、
勇者様。どうか魔王を倒して頂きたいのです』
ふむ。大変どころか不可能に近くないかこの状況は。
そもそも俺にはありとあらゆるチート能力が与えられるはずだったそうじゃないか。
ということはこの世界の魔王とやらはそれほどの事をしないと倒せない存在なのではないだろうか。
それを何だ。浄化されない幽霊に成し遂げろと。それまで帰ることは出来ないと。
・・・死んだ自分のせいとはいえ酷すぎませんかね。
(あれ、まだ続きがあるのか)
メッセージが消えて別のメッセージが映し出されたスクリーンに目を向けると、そこには。
『また、魔王をもし倒された暁には・・・』
『仮死状態となっている元の世界のあなたの体と魂を、再び結び付けて差し上げましょう』
・・・・・・・・・
これは。
勇者として魔王を倒すことができれば。
俺は元の世界に帰ってまだ生きる事が出来る。
親父や母さん、家族に恩師や親友に。
できなかった事が出来る。
このまま何も出来ないまま。
終わらなくて済む。
どれだけ時間がかかったとしても。例え帰った時にはもう何人かこの世にいない人がいたとしても。
まだ、可能性があるなら。
(魔王を倒して、俺は俺のできなかった事をする・・・!)
不可能に近い事だし、そもそもこの世界に馴染めるのかすら分からないけど。
それでも俺は。
1度終わってしまったはずの俺は。
やり残した事を『次こそ』成し遂げるために。
魔王の討伐を、勇者の宿命を受け入れる事を決意した。
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーくだらない。
くだらない。
くだらない。
傷つき、癒し。また傷つき、癒し。
癒しても癒してもすぐに傷ついてしまう人々。
傷つくために癒されるのなら、そんなものになんの意味がある?
自分の力になんの意味がある?
人を助けたかった。人を救いたかった。だから、この力には感謝していた。
傷ついて欲しくなかった。
苦しんで欲しくなかった。
それなのに、どうして?
助けても助けてもまたすぐに苦しむのはなぜ?
苦しいのはイヤじゃないの?
痛いのが嫌いじゃないの?
どうせ救っても救っても、救っても救っても救っても救っても救っても救っても救っても救っても救っても救っても救っても救っても救っても救っても救っても。
また涙を忘れて泣きにいくのなら。
ならせめて、私の付けた傷だけで苦しんでよ。
それ以外は認めてなんてあげない。優しさを知らない傷なんて癒さない。
加減を知らない苦しみなんて、失くしてあげない。
私以外で苦しまないでよ。
そうでしょ?だって所詮・・・
ーーーー命なんて消耗品なんだから。