0話「たまたまの話」
初投稿となります。拙い文章かもですが何卒暖かい目で見守っていただけると幸いです。
その日は、親父と母さんの結婚記念日だった。
いつもは突っかかってばかりだけど、こんな日くらいはとわざわざ電車に乗り、隣町で評判のケーキ屋で4人分のケーキを買ってきた帰りだった。
普段の俺なら絶対にしないのに、どうしてか今日だけはそんな気が湧いたのだ。
「・・・あぁぁまずい、もう19時過ぎてるじゃんか!やべぇ、母さんにマジ怒られる!」
帰りの電車が人身事故により遅れるトラブルもあったが、それ以外は何も無く家に帰れそうだった。
門限を過ぎたことで多少母の雷が落ちそうではあったが、買ってきたケーキを見せればすぐに収まるだろう。
少しだけ素っ気ないけど、根は優しい妹と、雑な所もあるけれど豪快で優しい父と、いつもは穏やかに振舞っているのに家だと家事や俺達を叱るのに忙しい母。
いつだってそうだ。うちの家族は単純で、明るくて、楽しくて、幸せで。
ずっとこのままでいられると、そう信じていた。
「ーーーない!」
「え?」
そんな家族の中の俺だったから、叫び声に止まってしまった。
声の方を向くと、何かが落ちてくる。
怖い。逃げれば。走り出せばもしかしたら間に合ったのかもしれない。でも、足が震えてしまった。
怖かった。
とてつもなく。
そうしてなす術もなく、ぼんやりと見上げたままで。
きっとその時の顔は酷い顔だっただろうな。
だって。泣いていたのに何故か笑っていたから。
おかしすぎて笑ってしまったから。
こんな所で、止まるなんてさ。
刹那、視界が闇に染まってーーー。
・・・・・・・・・・・・
痛い。
全身が痛い。
どこが痛くて、何が痛くて、どうして痛いのか。
わからない。なにも。
ただ、覚えているのは、自分の上に何か重い、大きい物が大量に落ちてきたこと。
今思えばきっとあれは鉄骨か何かだったのかもしれない。
(あぁ。俺の人生、こんな呆気なく終わるのか。)
死んだことなどもちろん無いが、本能的に自分は死ぬのだと感じていた。
さっきまで思考を支配していた痛みが跡形もなく消えている。代わりに肉体の感覚もない。
(ケーキ・・・)
きっとぐちゃぐちゃだろう。もう何のケーキかもわからないだろう。
わざわざ妹の大好きなモンブランを買ったのに。父と母の思い出であるチョコケーキを買ったのに。
きっと、その思いを分かってくれるだろうと今は祈るしかない。
(なんだよ。ずいぶんしんみりしちゃってさ・・・)
できれば妹の卒業が見たかった。彼女も欲しかった。クラスの気になっていた子に想いを伝えたかった。親友ともっとバカやりたかった。恩師に話を沢山聞いてほしかった。
夢を・・・叶えたかった。
まだまだやりたいことは沢山あった。まだまだ生きたかった。終わりたくなんてなかった。
この後自分はどうなるのだろうか。
ふっと意識も消えるのだろうか。それとも永遠にこうしているのだろうか。
(親父と母さんに、何も出来なかったな・・・)
他に何も出来なくともそれだけは。それだけは成し遂げたかった。
育ててくれた父と母に恩返しがしたかった。
とんだ親不孝者だ。
流す涙なんて無いはずなのに。えずく喉なんて無いはずなのに、何も出来なかった自分が悔しくて、悔しくて嘆き続けた。
どことも知れない真っ暗な世界でーーー。
ーーーーーーーーーーーーー
「・・・?」
唐突に晴れた視界。眼前には爽やかな草原が広がっており、上を見ると僅かに緑がかった空が大地を包み込んでいる。
さらさらと吹く風には鼻をつくような甘い香りが混ざり、自分の知る限りでは日本にこんな名所は無かったはずだ。
加えて何故かおかしな解放感と浮遊感があり、視界は晴れすぎている。どこまでも見渡せそうだった。
「あれからどれだけ過ぎたんだ・・・?」
一瞬だったような、ずいぶん長い間だったような気もする。
状況からしてもしやここがいわゆる「天国」なのだろうか・・・自分が行くなら「地獄」の方がお似合いだろうが・・・はて。
「・・・あれ?」
今更ながらにその違和感に気づいた。
ーーーー身体がない。
「え、じゃあ俺この声どこから出してんの、怖いんだけど」
それどころかこの光景どうやって見てるんだ。どうやって風を感じて、香りを感じてるんだ。
なにせ身体が無いーーー俗に言う霊体か?のみになったことは当然初めてである。
これはやはり天に召された可能性が高い・・・などと考えを巡らせていると、
目の前にいきなりスクリーンのようなものが広がった。
何なんだいきなりと訝しげにしばらく画面を見ていると、文字が表示された。
そこにはーーー
『藍和裕太様。もとい、日本からの勇者様へ』
「は?」
勇者?って何?