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04-本当に救いが存在するのなら、どうか、

「本当に救いが存在するのなら、どうか、」


静かに、静かに、零れていく赤い雫を拭いながら、男は茫然と呟いた。

始まりを紡いだのは誰だったのか。終わりのない絶望を呼んだのは誰だったのか。始まりそのものが終わりなのだと嘆いたのは誰だったのか。もう、男には解らない。解ることは眼の前で壊れていく自身の故郷のことだけ。

自国の誇りと他国への敵対心。そしてその中で渦巻く欲深い独占欲という名の権力が獣となって全てを屠っていく。

剣に託したのは明るい未来。けれど剣が奪うのは未来を担う命。奪って、奪われて、壊して、壊されて。

――あぁ、矛盾ばかりの聖戦がこの街を駆け抜けていったのだと、男は思い出す。

そして、その矛盾を生みだしたのが己自身だと、男は過去を振り返る。


幼い頃、男が偶然見つけてしまった朽ち果てた教会に住まう女――銀の乙女の存在を自身の両親に話したことから全ては始まったのかもしれない。

いや、それがなくとも始まっていたのかもしれない。けれど男にとっての始まりは、女との出会いであり、それを両親に告げたことになる。

幼すぎた男はただ、新しくできた友達について話しただけ。自分の金色の髪とは異なる綺麗な銀色を持つ彼女とこれからも仲良くしたいと望んでいただけ。

女も同様な気持ちだっただろう。己について何も知らずにひっそりと森の奥深い場所に朽ち果てた教会で日々を過ごす中、初めてできた友達に喜びを覚えていたのだから。

けれど、大人は子供の感情など知らない。知ろうともしない。幼い子供の口が告げた銀の髪、銀の瞳――銀の乙女。それだけを知れれば十分だったのだ。

男の親の口から噂は広まり、止まることなく街中、国中に広がっていくのは眼に見えて解りきったことだ。女の両親もそれを理解していたのだろう。

早々に娘を連れて逃げようと画策するも、時既に遅し。国王の使いと称した騎士達が、女を、女の両親を捕らえて城へと連れて行ったのだ。

男はそんなことも知らず、毎日毎日教会へと足を運んだ。どんなに探しても見つからない女を求めて、何度も、何度も。

男の母親はそんな男に「もうあの子には会えないよ。銀の乙女は尊い方なんだからね。」と諌めるようにそう告げた。

その意味を男は理解できなかった。理解するにはあまりにも幼すぎて。唯一解ったのは、もう二度と会えないというその言葉だけ。

どうして?と無垢な瞳で問うた男に母親は優しく物語を語るように男に銀の乙女について聞かせた。その尊さを、その異形さを、その至高さを。ゆっくりと、時間を掛けて男に話したのだ。

男は全てを理解することはできず、その時はただ、女の存在を両親に語るべきではなかったのだということだけを理解した。

その理解とともに後悔した。どうしてあの時言ってしまったのだろう、と。言わなければもっとずっと一緒にいられたのに、と。

もう二度と会えないことが酷く寂しくて、それでももしかしたらまた会えるかもしれないと、男は何度も教会へと足を運んだ。いつか女に会えるその日を、心待ちにしながら。



そして、運命の日は、訪れた――。



今日も女を待つために森の奥深くに静かに佇む教会へと向かい、その場に辿り着いたその瞬間――男は息を呑んで立ち止まる。

瓦礫の散らばる教会の入り口に、白いローブに身を包んだ女性らしき人が一人、男に背を向けながら立っている。

もしかして、と期待を抱くも、違っていたら、と心は怖気づく。声を掛けて、振り返ったその姿に銀の色がなければきっと落胆するだろう。

解りきっているからこそ掛けられない声。けれど、その場から去ることもまたできない。男は女を待つために此処にいるのだから。

互いに微動だにせぬまま佇むこと暫し。突如ふわりと吹いた風に眼の前の白いローブのフードが靡いて――ふわり、と、銀の髪が舞い落ちた。

見開かれる男の瞳。震える唇からは女の名前が零れ、それに合わせてゆるりと振り返った銀の髪の持ち主は、男を見て微笑んだ。


「やっと、また、会えたね。」


あの幼い日の面影を残した微笑みは嬉しそうに、切なそうに、男を見つめていて。男は何も言えず、感情のままに駆け寄ってきつく、きつく、女を抱きしめた。

それが禁忌だと解っていながら、それでももう二度と離さないと言わんばかりにきつく、きつく抱きしめて。女はそれに応えることはなく、けれど、突き放しもしなかった。ただ、受け入れるだけ。

再会した二人は朽ち果てた教会の前で、何度も逢瀬を交わす。互いの日常を語り、幼い頃の遊びをし、時間の赦す限り、離れていた日々を埋めるように傍に寄り添った。

胸に抱えた後悔と、告げられぬ想いをひた隠しにしながら、二人は幸せな日々を繋いでいた。

いつかそんな幸せに終わりが来ると知っていながら、それでもその終わりから眼を逸らして今の幸せだけを見つめ続けてしまうのは、人間の愚かさなのだろうか。

男は壊れて逝く街中で過去を見つめながら、赤く染まった自身の両手を見下ろした。

守るために、生きるために、両手で振るったのは騎士と同じく命を奪う刃で。言い訳のようにこれは仕方ないのだと口にして、流れる赫い血を見ない振りでやり過ごす。

何度も何度も吐いて、それでも死にたくなくて、必死に刃を振るって、屠って、壊して、殺して。――毎日がその繰り返しで、それに終わりを告げたのは、銀の乙女が討たれたという、哀しい報せ。

銀の乙女が討たれ、聖戦が終わったその頃には、男の周りには誰もいなかった。男は、たった独り生き延びたのだ。

守りたい者達は男が生きるために命を奪った数だけ、いや、それ以上に奪われて。本当に守りたい存在すら守れぬまま、男は壊れた街中で這いつくばって生きていた。


「生きてる、けど……こんな生を、望んだわけじゃない。」


憎しみには憎しみを。奪うのなら奪い返せ。殺されるのならその前に殺せ。生きたいのなら無情であれ。

駆け巡る言葉の羅列。生きなければ、生きなければ、生きなければ、生きなければ、生きなければ―――――死にたくない。

しがみついた生に対する執着心。男はそれを醜いと思い、また、静かに赤い雫を流す。

枯れ果てた透明の涙は赤く染まり、男はそれを拭うそぶりを見せることなくただ落としていく。




「本当に救いが存在するのなら、どうか、」(彼女を、返してくれ)




絶望に満ちた声で男は叫ぶ。望んだ生はこんなモノじゃないと、救いを、救いを、と両手を空に向けて伸ばした。

溢れる雫は止まることを知らずに男の頬を濡らす。赤く、朱く、緋く染め上げて、男を失意の底へと、突き落す。


「こんな世界で生きるために、俺は、アイツは、」(生まれてきたんじゃ、ない!!)


嘆きの声が響き渡る。誰も聞かない、壊れたその街中で、男は声を上げた。

――救いを求めるように叫ぶその声は、絶望とともに風の中に消えて逝く。

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