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03-歪んでしまう願いなど、誰も聞かない。

「歪んでしまう願いなど、誰も聞かない。」


森の奥深く、ひっそりと存在した朽ち果てた教会の中で女はそう言った。

銀色の髪が時折ふわりと迷い込む風に靡いて揺れる。天井から射し込む光はそれを綺麗に輝かせては女を儚くさせる。

男はただ、それを見ていた。見つめることしか許されないのは、神聖な空気の中で女が神に祈りを捧げているからだろう。

零される言葉とは裏腹に、女の両手は固く祈るように握りしめられ、両膝を折っては大地につけている。

固く瞼を閉ざした女は言葉を繰り返す。


「歪んでしまう願いなど、誰も聞かない。」


そう、それは神すらも――と、小さく付け足して、ゆっくりと両手を解いては片手を大地について立ち上がる。

それに合わせて揺れる銀の長髪。ゆらり、ゆらりと誘惑するかのような誘いに伸び掛ける手を握り締めることで男はそれを抑え込んだ。

触れることは許されない。女は綺麗なままでなくてはいけないのだ。清らかなる銀の乙女として、聖戦という名の殺戮へと赴く為に。


銀の乙女――それは、清らかなる処女であり、神に愛された娘。その証として銀の色を与えられる。広きこの世界を探せど、銀の色を抱くのは此処いる女ただ一人。

そして、銀の乙女として相応しいと言われる力――予知能力。全てを読み、全てを識り、全てを悟る者。女はその力を生まれた時より持っていた。

銀と予知。この二つは間違いなく女を銀の乙女と示す。女の両親はその発覚を恐れ、女を連れてこの教会へと逃げ込んだ。

バレてしまえば自分達の子供がどのような目に合うのか、想像するだけで容易く解る。きっと利用されるだけ利用され、最後には力を継ぐ者を産み落とす為の傀儡とされてしまうのだ。

事実、女の存在が街の人間にバレた瞬間にその運命は決まってしまった。そして、発覚した原因は男にあった。

森の中に迷い込み、偶然朽ち果てた教会を見つけ、そこにいた女と知り合い、それを自身の両親に告げてしまったがために見つかってしまったのだ。

その頃の男は幼く、女もまた同様に幼かった。だからこそ発覚した当初は周りの大変さの意味が解らず、ただ、男は言うべきではなかったと、女は見つかるべきではなかったということだけを理解していた。

年を重ねるごとにその理解は深まり、男は後悔を覚える。言わなければ女は普通の幸せを手に入れることができたのに、と。

しかし女は言う。定められた運命には逆らえない。遅かれ早かれ自分は銀の乙女になっていた、と。


「……俺を、責めないのか?」


無意識に零れた言葉。女は振り返り、その意味を問うように瞳を細めた。その瞳すら綺麗な銀色に染まっている。

男はそれから逃れるかのように視線をそらし、地面を見つめた。二人の間に沈黙が落ちる。流れる風だけが二人の存在を証明し、射し込む光が二人を浮き彫りにさせた。

黙り込んだまま、どちらも口を開こうとしない。ただ、時が流れて女の許された時間が短くなっていくばかり。

それでも女は男を見つめたまま、何も言わない。男は沈黙を苦痛に感じて、吐き出すように言葉を紡いだ。


「どうして、俺を責めない?お前が銀の乙女など言われた原因である俺を、どうして、」

「……歪んだ願いは、誰にも聞こえない。」

「え?」

「歪んでしまう願いなど、誰も聞かない。けれど、歪んだ願いは、誰にも聞こえない。」


女の言葉の意味が解らず、男は黙りこむ。歪んでしまう願い、歪んだ願い。それのどこに違いがあると言うのか。そしてどうして誰も聞かないのか、誰にも聞こえないのか。

男には解らない。女の言葉の意味も、女の考えも。女はそんな男の様子を見て小さく笑みを零した。

昔からそうだった。男は解らないことがあればまず黙り込む。そしてどういう意味なのか自ら考えるのだ。全てを聞こうとするのではなく、まず、自分で考える。

それでも解らない場合のみ、答えを乞う。解った場合はそれを口にして、合っているかどうかの確認を取る。

今回は前者になるだろう。女のその考えはきっと当たっている。だからこそ、問われる前に答えを口にしようとゆるりと口を開いた。


「人の願いは最初は純粋なものだ。とても些細な願いだからこそ、なおさらに。けれどそれが叶えば願いは欲深いものへと進化を遂げる。今の聖戦がまさにそれだ。聖戦と名を付けた欲深さに歪んでしまう願い。それを聞くものなど一人としていないよ。神だって愚かなことだと笑って聞こうとしない。けれど、既に歪んだ願いは誰にも聞こえない。願う者にしか、聞こえない。――だから、君の先程の言葉は、私には聞こえない。」


そういうことだ、と締めくくり、女は一歩足を踏み出した。男は言われた言葉を噛み砕きながら一つ一つ消化することに必死で、近づく女に気づかない。

一歩、一歩、もう一歩。そうして距離があと一歩でゼロになるところで男は女に気づき、女は男の為に口を開く。


「聞こえないんだよ。君の願いは。自分を責めてほしいと願う歪んだ願いを叶えられるほど、私は弱くない。――とうの昔に、君を赦してしまっているのに、どうして責めることができるんだろうね?だから、君の願いは聞こえない。そして、私の願いも、君には聞こえないんだよ。」


ポツリ、ポツリと間近で落とされる言葉の羅列。男は驚きに目を見開いて、紡ぐべき言葉を探そうと必死だった。

必死に探して、けれど、女の言葉の意味を全て理解しきれずにいる自分の言葉などなんの意味があろうか。

結局は己に悔しさを感じて男は項垂れる。そんな男に女は笑った。




「歪んでしまう願いなど、誰も聞かない。」(誰にも届かない)




何度も繰り返される言葉を紡いで、楽しそうに笑って、女は――泣いた。

ほろり、ホロリ、零れる尊いその涙は、誰の手に拭われることなく地面へと落ちる。


「歪んだ私の願いも、誰も聞かない、聞こえない。――君を、」(愛してる)


呑みこまれた言葉を、男のそれに押し付けた唇に託して、女は届かぬ想いを独り嘆く。

――聞こえない願いは嘆きとともに、そっと、朽ちて逝く。

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