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01-世界が笑った瞬間に私を忘れて?

「世界が笑った瞬間に私を忘れて?」


白い部屋のベットの上に横たわる少女は、上半身を起こした状態で少年にそう言った。

浮かべた笑みは愛しげに少年を見つめて、穏やかな声がその願いを違うことを許しはしない。

ベットの傍に置かれた椅子に腰かけていた少年は、ただ驚きに眼を見開いて少女を見つめる。

どうしてそんなことを、と顔にでかでかと書かれているように見えるほど、少年は衝撃を受けていた。

口をパクパクと動かし、けれど、何も出てこない。代わりに掠れた息が吐き出されては吸い込まれる。その繰り返しだけが続く。

少女はその様子にクスクスと笑みを零しながら、決して冗談だと言う言葉は紡がなかった。お願いよ、と静かに念を押すだけ。


白い部屋。白い窓。白いベット。白いパジャマ。白い髪。白い絵本。白い本棚。白いスリッパ。白いカーテン。白い扉。白い肌。白い瞳。白い鏡。

全てが白で染まるその部屋で、少女は生まれてからずっと閉じ込められて生きてきた。

生まれた時に胸に抱えた難病。それを治す手立てが見つからないが故の処置。

少女は幾度も手術を繰り返し、生と死の淵を彷徨ってきた。その空間すら白く感じてしまうのは、彼女の世界が白一色だからだろうか。

少女自身が目にする色はほぼ全て白のみ。窓から見える風景の色すら、雪の白で染まっているのだから。唯一他の色を見せてくれるのは少年の纏う黒である。

黒い服、黒い髪、黒い瞳、黒い靴、黒い靴下、黒い睫毛、黒いマニュキア、黒い腕時計、黒いアクセサリー。

肌の色は少女と同じく白に近いのに、纏うものは全て黒。その黒は白の身の世界ではある意味異色で在る。


少女は少年の黒を白だけの世界に訪れた新たな世界の色だと感じていた。それが少年の迷い込んだが故に刻まれてしまった色だったとしても。

少女は望んでいた。白を染めるなにかを。その色が少年の持つ黒だった。ただそれだけの話だと少女は思っている。

少年にとってどうなのかなんて少女には解らない。なぜなら少女は少女でしかないのだ。少年の持つ黒以外の色は知らない、白だけの世界で生きてきた。

そんな白の世界が育てた少女。その世界が笑った瞬間に、少女は生きていることはできないのだろうと考えていた。

その瞬間こそが、己の死なのだと感じていた。確信を抱くほどに、強く、強く。


「世界が笑った瞬間に私を忘れて?」


少女は同じ言葉を繰り返す。愛しげに笑って、少年に忘れることを願った。それがどんなに残酷な願いなのか解っていながら、それでも少女は願う。

少年が己の死で傷つかないように。傷つくくらいなら忘れてほしいと、そう願っている。

少年は少女の想いに気づかない。それも当たり前だ。少年とて少年でしかない。少女の想いに気づくことなど言ってもらわない限りは無理なのだ。

悟ることができたとして、それは真に少女の思いなのかどうかなど本人が判断しなければ解らないことでもある。

けれどそこで嘘を吐かれてしまえば本当など一生本人にしか解らぬ闇の中。だからこそ、少年はその真意が解らない。

混乱と困惑。どうしてとなんで。さまざまな疑問が脳内を飛び交っては駆け巡る。それでも少女は依然笑ったまま。

愛しいと訴えるその眼差しを、少年へと向けたまま。


「どうして、そんなことを言う?」


からからに乾いた喉を潤すように一度唾を呑みこんで、ようやっと零すことができた言葉はなんと率直で陳腐なのか。

それでも、問いたい。少女の言葉の真意を。嘘偽りない本音を。それが絶望的な言葉であっても、少年は少女の言葉で真相を知りたがった。

少女は笑みを崩すことなく唄うように言葉を並べた。


「世界がね?――あぁ、これは私がいつも口にしている白の世界のことなんだけど、その世界が笑ったら……私、その瞬間にきっと死んでると思うの。だけど、それを悲しんでは欲しくないのよ。私が貴方から貰った黒の色。私が知ることのできた貴方。白以外何も知らなかった私に与え、教えてくれたその黒の色を、貴方を、私が忘れないから……貴方は白の色を、私を、世界が笑った瞬間に忘れて?」


お願いよ?と二度目の念押し。少年は言葉が出なかった。まるで明日出掛けます、と言わんばかりの口調で少女は世界が笑った瞬間に死ぬのだと言う。

嘘だと叫びたかった。だけど、嘘だと叫べなかった。なぜなら少年は知っていた。少女の病の重さを、それがもう、治らないのだということを。



――だからこそ、少年が此処にいるのだということも。



少女は笑う。愛しげに少年を見つめて、お願いよ、と逆らえぬ言葉を少年に送る。

少年は黙る。愛しげに見つめる少女の願いを、逆らいたいと望む己に気付きながら頷いた。

少女は嬉しそうに笑って。少年は泣きそうに俯いて。少女は幸せそうに礼を述べて。少年は泣き声を殺して首を横に振る。


「本当にありがとう。――死神さん。」


ふうわりと、穏やかに笑んで見せる少女のその言葉に少年――死神は咄嗟に顔をあげ、そして――声をあげて泣いた。

少女はそれをただ愛しげに見つめて、最後のお願いよ、と前置きして――。




「世界が笑った瞬間に私を忘れて?」(私を、殺して?)




少女がそう言ったその瞬間、白の世界は、ゆるりと確かに笑う。

少年は世界が笑うその瞬間、少女を忘れ、死の鎌を振り下ろす。



こうして、白の世界は幕を閉じる。その世界に唯一存在した少女を呑みこんで。

――白の世界は、静かに、笑う。

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