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レベル100で旅立つ魔王討伐記(正直無理なので逃げたいです)  作者: 景浦良野
第2章 ゆうしゃ は たびだった
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2-3(後編) いけない魔術特訓

 翌朝。

 勇者のバイタリティを皿洗いに給仕に掃除にと酷使した海兎は、この世界に来て久々の、途方も無い疲労に襲われていた。

 元の世界にいた頃はそれこそ毎日のように感じていたものであるが、勇者の体とて働けば疲れるのだという当たり前の事を、ようやく学んだ気がした。

 その上、酒場には様々な冒険者が集まる。中には当然、海兎のみすぼらしい恰好を『そういう仕事だ』と勘違いする者もいる。

 一晩で様々な事を経験した海兎は、精神的にも死体のように疲れ果てていた。

 とりあえず丸一日は眠っていたかった海兎であったが、フェミィにより叩き起こされ、あれよあれよと連れて来られた村はずれの平原に立っていた。

 恨みがましい視線でフェミィを睨むと、彼女は目を逸らし言った。


「あなた、魔術が使えるようになりたくはない?」

「は……?」

「もしもあなたにやる気があるのなら、あなたの無尽蔵のマナを、魔術使いとして活用する事ができるかも知れないわ」

「ま、マジで!? ひゃー、やっべえ、異世界転生モノで一番テンション上がるやつじゃないか! 何教えてくれるんだよ? またエロい事にしか使わないようなのは勘弁だからな。飽きた」

「エ……? 不埒な事にしか使わないのは、あなたの性根が腐っているからでしょう!? 人として! 終わっているのです!」

「めちゃくちゃ言いよる……ま、まあいいや。それで、どうやって教えてくれるんだよ」


 言い過ぎたのを自覚したのか、フェミィが咳払いをひとつしてから遠くの小高い丘を指差した。

 勇者の視力なら、そこに人が立っているのもしっかりと見える。さすがに顔までは判別できないが、おそらく体格からしてククリリだろう。

 そう言えば彼女は魔術のエキスパートなのであった。つまり、教えるのも適任だという事であるし、彼女であればいきなり上級の魔術も教われるかも知れない。

 もし扱えるようになれば異世界転生チート物語の完成だ。なにせ勇者のマナは無尽蔵。それはもう爽快な旅になる事は間違いない。


「あそこにククリリが立っています。彼女が撃つ魔術を、受けなさい」

「…………はい?」

「勇者のスキルのひとつなの。『学習(ラーニング)』は簡単に言えば受けるだけで魔術や技を直接体に刻み込み、扱えるようにするものよ。端的に言って神の加護にも等しい力で、あなたが持つには些か驕りが過ぎるけれども」


 冗談のような説明を真顔で語り切ったフェミィは、てててと小走りで海兎から離れた。

 何をしているのだろうか、と海兎がしげしげと眺めていると、フェミィはなにやら真上に向かい赤い光を撃ち出した。

 そもそもそんな便利なスキルがあるのなら、フェミィがありったけの療術を見せてくれればすぐにでも役に立てるようになったはずだ。

 この女、もしや自分が強くなって手に負えなくなる事を恐れているのでは? 性格ブスめ、そんな考えはお見通しだ。

 海兎がそう胸中で毒づいた、その時であった。


「へ?」


 唐突に空気の流れが変わった。

 先ほどまで風にそよいでいた足元の草が、徐々に激しく揺れ、やがて見えない何かに切り刻まれるように千切れ、舞った。

 異常に気付き、咄嗟にフェミィに助けを求めようと手を伸ばす。が、


「痛ってえ!?」


 指先に鋭い痛み。見れば皮膚が裂け、血が溢れていた。

 驚きに後ずさりすると、同じ痛みが2度、背中に走った。

 否、2度どころではない。3度、4度、5度……次第に痛みの頻度は増して行き、それと同時に轟々という耳をつんざく音が大きくなる。

 両腕で顔を覆い、舞う草や石、音から必死に状況を判断しようと試み、やがて、自分は暴風の中にいるのだと理解した。

 とっくにフェミィの声など聞こえないが、かろうじて風の隙間から見える彼女は何事か口を開いて発し、杖を発光させていた。

 そんな事を気にしている内にいよいよ意識が遠のいて来た。だが、なかなか倒れる事ができない。

 妙だ。いくら勇者の体であれ、とうにダメージは限界を超えているし、傷の多さから言っても無事で済むはずなど無い。

 疑問に思いながらもひたすら耐えていると、目の前に掲げている腕の傷が瞬時に消えた気がした。目線を動かすと、他の傷も、よく見ればできては消え、裂けては塞がりを繰り返している。

 落ち着いてよく観察してみると、フェミィの持つ杖の明滅に合わせ、傷が塞がっているようにも見える。

 間違いなく、彼女は何かしている。海兎が簡単に倒れてしまわないように、療術でのアシストを行っているはずだ。

 それに思い至った瞬間、海兎の怒りが沸点を超えた。なおも刻まれ続ける足で強引に地を蹴り、暴風の中を突き抜けようとする。

 が、当然そんな目論見は、形も見えず触れられない壁のような風によって潰された。弾かれて尻もちをついた海兎に、再び風の刃と回復の無間地獄が始まる。

 堪らず頭を抱えて亀になって耐えていると、ようやく風が止んだ。


「どう? 『風刃(サイクロン)』、使えるようになった?」

「この……クソ神官……カルト信者……地獄に落ちろ……」

「駄目だったのね。あなた、ちゃんと理解と想像はした?」

「はあ……?」


 拷問に耐えた末のまさかの駄目出しに、海兎は今すぐにでも目の前の外道を斬り伏せてやりたい衝動に駆られたが、不思議な事に全く傷の無い体は言う事を聞かず、諦めざるを得なかった。

 悔しいので、ピーピングで視姦をしておく。疲れた体に染み渡るグラマラスな肢体に、海兎は思わずにたりと笑った。


「何を笑っているの、気持ち悪い。そういう趣味かしら? いい? ラーニングは受けたスキルに対しての理解が必要なの。そしてそれを使うためには、面倒だから省くけれど、想像する事が大事なのよ」

「そういう大事な所を『面倒』で済ませるな」

「ならまずは『混沌世界(アルゲヌビ)』の事から講義しましょうか。ククリリ、お願いね」

「うむ、任されよう」


 のすっと、仰向けの腹に重みと柔らかみ。

 軋む体に遠慮なく乗っかって来たククリリは、そも魔術とは何か、マナとは何か、そしてアルゲヌビとは何の関係があるのかを説き始めた。

 当然、海兎にとっては新出単語のオンパレードであったし、ククリリが余計な茶々を入れる解説スタイルなため、その全てを理解する事などできなかった訳であるが。

 理解できた重要な部分を要約すればこうである。

 アルゲヌビとは、この世界と寄り添って存在する、人々の集合的無意識が集まる海のような世界。そこには物質的には何も存在しないが、中に満たされた力はどんな形を取る事もできるものなのだと言う。

 攻撃魔術を始めとした療術、召喚術、そして原始魔法と呼ばれる魔術さえも、その世界に存在する力を『想像(イメージ)』でもって形と能力を与え、マナによってこの世界に『創造(イマジン)』させる事が大原則である。

 たとえば攻撃魔術を扱うには単純な理解だけではなく、効果や範囲を想像して指定し、適切なマナで形を与えてやる必要がある、と言う事だ。

 ラーニングは確かに受けるだけで魔術を身に着けられる優れたスキルであるが、そもそも発動に必要な想像と創造がからっきしである限り、海兎にとっては無用の長物であるとも言えた。


「いつも気持ち悪い妄想と妄言ばかり吐くから、てっきり才能があるかも知れない、と思った私が愚かでした。さあクズイカイト、もう一度です。覚えるまで付き合います。私のマナが続く限りは『回復促進(オートリジェネ)』で助けましょう」

「次は何が良い? 『灼熱地帯(インフェルノ)』? 『氷河(ブリザード)』? 変わり種に、死にたくても死ねない激痛を与え続ける『毒牙(ヴェノム)』もあるよん」

「まあ、それはクズイカイトの陰湿な性根によく合っています。是非、ヴェノムを覚えましょう!」

「頼むから、頼むから黙ってて下さい。もっと簡単に扱えて効果の高い魔術は無いんですかね先生!?」

「そんなわがまま坊やにはそもそも魔術なんてなあ……」


 当然である。異世界に来ればどんな主人公でも少し習って呪文を口にするだけであら不思議、奇跡の顕現を果たしました。最強魔法でキミもチート勇者だ! とは、全く荒唐無稽な夢物語に過ぎない。

 それでも主人公には何かしら恩恵があっても良いだろう、と海兎は悲しくなったが、しばらく考えた末にククリリがポンと手を打ったのを見て表情を輝かせた。


「何かあるのか!?」

「2つほど、たぶんキミでも使える術があったよ。ほら、立った立った」


 促され身を起こすと、ククリリがぴょんと飛び退いた。

 まだ節々が痛いが、その原因の一端を目の前の小人が担った事はひとまず忘れ、素直に彼女の言う通りの構えを取った。

 と言っても、ただ両手を突き出すだけだ。

 困惑する海兎に、ククリリはその術を発動して見せた。


「『障壁(シールド)』!」


 ククリリが突き出した柔い両手の前に、半透明の光の壁が表れる。それは数秒ほど保たれた後、ふっと消えた。


「な、何、今の?」

「シールドは魔術に対する有効な防御手段だよん。クズイカイトちゃんでも、ただ『ここに壁があるー』って想像するだけで使えるし、マナを目の前に張るだけだから簡単だと思うな。単純だけど、マナの量や張り方で応用が効く便利な術なんだよ」

「こ、こうか? シールド!」


 叫ぶ瞬間、自分の前に盾がある事を想像した。ピーピングと同じく体の力が手のひらに集まるよう集中する。

 すると、目の前に一瞬、青く光る壁のようなものが表れた。

 それはすぐに消えたが、確かに自分が出したシールドに違いなかった。


「やるじゃーん!」

「お、おう! おう! どう? 今のどう?」

「すごいじゃーん!」

「本当か? 本当に俺、すごいかな!?」

「天才じゃーん!」

「さすがに雑が過ぎない? もう一度……シールド!」


 今度はもっと大きな盾を想像する。すると同じように表れた壁は、見るからに範囲を増していた。

 これが想像と創造、魔術の大原則の体現なのだ。

 ぶっちゃけ視線に集中すればなんとなく使えてしまうピーピングとは違う感覚に、海兎は達成感を覚えていた。

 現実の世界に生きていればこんな経験はまずできない。人生は映画でも漫画でも無い。だが、今目の前に起こっている現実は、紛れもなく自身の人生の一部である事なのだ。

 率直に言って興奮するし、誰にもできない事をやっているのだという嬉しさと、全能感があった。


「シールド! シールド! シールド!」

「良いよー、キミ今最高に輝いてるよー。それじゃあ、次はもっとちゃんとやってみよっか」

「ん?」

「キミのシールドはそうだなあ、例えるなら……」


 ククリリが足元の小石を拾い上げ、上に放った。落ちて来たそれを小さな手で払い除ける。

 一連の動きに疑問符を浮かべる海兎に、ククリリは「つまりさ」と言った。


「キミのシールドは、守ると言うより弾いてるんだよね。盾じゃなく、剣をイマジンしているんだ。そうじゃなくて今度は、ほらっ」


 もうひとつ拾った小石をゆっくりと海兎に投げ渡す。

 難なくキャッチしたそれが、彼女の言うシールドのイメージであるらしい。


「そう。そうやって、受ける壁をイマジンしてみて。そうすれば上手く行くはずだから」


 言われた通りの壁を想像する。すると今度は、突き出した手の前に先ほどよりも薄く、広く、それでいて長く残る壁ができた。

 これもまた、シールドの形なのだ。

 同じ術でも想像の仕方でこうまで形を変える。まだ他の術は受けていないが、おそらく効果も違うのだろう。

 弾く盾と、受ける壁。

 1つの術が化ける可能性の広さに、海兎は魔術に対して素直に感心した。

 そう言えばピーピングも、医療目的で開発された術だったはずだ。覗きや視姦に使うのも、立派な応用なのだと言える。


「よーし、じゃあノッて来た所で、次に行こう! これはね、クズイカイトちゃんも絶対気に入るはずだよ。その名も『念動力(テレキネシス)』! なんと手を触れず物を動かせる術なんだ!」

「手を、触れず……?」


 海兎はちらりとフェミィを見た。長いローブはチャイナドレスのように深いスリットが入っており、そこから覗く白いタイツに包まれた脚は健康的かつ艶めかしい。

 つまり、これを捲れば、そこは楽園なのだ。


「エロエロじゃないですか先生ぇー!?」

「おー、エロエロ? だぞー! よく分かんないけど!」

「あの、ククリリ?」

「クズイカイトちゃんの溢れる情動、触れずに事を成したいと願う陰湿な心……それを指に篭め、放てい! テレキネシース!」

「テレキネシース!」


 やや引っかかる物言いはあるが、とにかく今は戦力強化のために術を修得するのが先だ。

 あくまで戦力強化のためで、何もやましい気持ちは無い。

 やましい気持ちは無いのだが、海兎の指の動きに呼応するように、ひとりでに布は巻き上がった。巻き上がりすぎて、真っ白な背中も見えた。ククリリの。


「やーん」


 などと淡白な声がしたかと思った瞬間、海兎はつい先日味わった気がする硬い感触に顎を撫でられ、そのまま失神した。


…………


 まだ痛む顎をさすりながら、海兎は1人、覚えた2つの術を練習していた。

 シールドはだいぶ安定して思い通りに張れるようにはなったが、テレキネシスに関しては意外な難易度に苦戦していた。

 指先で操らなければならないテレキネシスは、少しでも余計な力を篭めてしまうとあらぬ方向に向いてしまう。昼のククリリがその例だ。本当はフェミィの服を狙ったのに、思いきり狙いは逸れてしまっていた。

 空中に自分の腕を投影するイメージ。それがなかなか掴めない。

 今度は長い糸で操っているイメージを浮かべてみたが、そうすると標的にしているアスカロンがまるでダンスするように跳ねるのだ。

 その上、少し制御を間違えると自分の方向に飛んで来る。今の所、10回中9回はあわや自害という危機に肝を冷やすハメになっていた。

 だが、めげずにひたすら練習する。

 ククリリは言った。キミは筋が良い、呑み込みも早いし、想像力も豊か。きっと強い魔術使いになれると。

 その言葉が嬉しかったのだ。何をやっても人並み以下でしかない自分が、ようやく得意な事を活かせる機会が与えられた事が。

 異世界に転生し、勇者の肉体を得て何でもできると思っていた。しかし現実はそう甘くはなく、未だに剣さえまともに振れない。

 威圧のスキルでなんとか戦闘は避けて来たものの、低級のスライムにすら逃げ惑うほどの薄っぺらな胆力は、とうてい勇者のそれには程遠い。

 だからこうして、意に沿わずとも与えられた機会を全力でものにしようとする前向きな姿勢は、きっと生まれて初めての事であった。

 ククリリは先生を自称するだけあり、魔術に関しては本当に達人級であったし、彼女に認めて貰う事でよりいっそう頑張れる気さえしていた。

 それは下心ではなく、これがきっと純粋な好意なのだろう、と海兎は胸を昂ぶらせていた。

 余計な雑念が交じったせいか、アスカロンが制御を失いこちらへ飛んで来た。

 もう慣れたもので、軌道を予測して上手くかわすと、アスカロンは背後の木に突き刺さった。


「やべ、結構深いぞ」


 こればかりは鍛えた腕力であろうとコツが必要になる。

 仕方なく苦闘を覚悟の上でアスカロンの柄に手を伸ばした、その時であった。


「…………?」


 最初は何も感じなかった。

 だが、決定的におかしいと気付いたのは、夜の森でさっきまで騒いでいたはずの動物達が一斉に騒ぎを止めたのが理由であった。

 彼らは勘が鋭い。人間では感知できないものを感じ取る。

 音、匂い、空気の流れ、そして……悪意。

 ふと村の方を見た瞬間、轟音と震動があった。

 次いで木々の上に立ち上る黒煙。何かが燃えているのか、わずかに赤が揺れている。


「!? な、何だ!?」


 ガス爆発事故……な訳がない。ここは元いた世界のように発達した文明は少ない。

 少なくとも、昨日酒場の隅々を掃除した限りでは、簡単に爆発しそうな物などどこにも無かった。

 つまりあれは、人為的に引き起こされたものだ。


「……! フェミィ、先生っ!」


 仲間の危機を感じた海兎はアスカロンを抜いて走ろうとした。

 が、そんな彼の意にそぐわず、アスカロンはびくともしようとはしなかった。


「く、空気読めよ聖剣ー!」


…………


 轟音、震動、爆炎、黒煙。後に残されたのは何が起こったのか理解する間も無く炭と化した、命だった者達。

 咄嗟にシールドを張ったフェミィは、それすら一瞬で打ち破った破壊力に背筋を凍らせた。

 ジャリ、と地を踏み、小さな足が前に出た。

 燃え盛る宿を背に、その人物は突き出した手から何かを弾いた。


「ねえ。表と裏、どっちに賭ける? 表なら皆殺し。裏なら……やっぱり皆殺し」

「どうして、なんて、今さらかも知れないけど訊かせて……ククリリ」

「簡単な事。ウチの命と世界を天秤にかけて、どっちの値段が高いか計算してみただけ。結果は、この通り」

「それが私達を裏切った理由、なのね」


 コインが地に落ちる。それを踏み付け、ククリリはつまらなさそうな、目の前のものに一切の価値を見出さない声で問うた。


「いつから気付いてたの?」

「強いて言うなら、私達の前に現れた時から……本物のククリリはね、決してお金を粗末に扱わない。落とす事すら金貨に謝罪するほどね。踏み付けるなんて、あり得ないのよ」

「ははあ、なるほどお。フェミィちゃんはやっぱり察しが良いなあ。邪魔だなあ、それは。でも残念だけどさあ、今のはひとつ、間違いがあったよ。さあ、ククリリ先生が正解を教えてあげようね」


 けたけた。

 そう形容するのが相応しい笑い声と共に、ククリリの前の空気が揺れた。

 見えたと思った瞬間にシールドを張る。だが、飛来した何かによってあっさりとそれは砕かれた。

 『魔弾(マナショット)』は、マナを塊にして撃ち出すだけの最も簡単な術のひとつだ。方向と大きさを決めてやるだけで、後はただ投げ付けるだけの工程しかない。

 しかし、そんな初歩的な術さえ、フェミィがそれなりに強くイメージしたシールドを打ち破った。密度が桁違いに高い。魔術と召喚術の達人は、伊達ではないのだ。


「ウチはぁ、本物のククリリちゃんで間違いないんだよねぇ~! キャハッ、キャハハハッ、ハッ、ヒッ、ハハハハッ!」


 狂ったように嗤うククリリ……だったものが、不自然な角度で首を曲げ、ぎょろりと目を剥いた。

 同じだ。その瞳に宿る光は、かつて自分達が激闘の末に倒した『奴ら』と。


「四邪光が一柱、ククリリ」


 その声は、確かに彼女のものであった。

 だがその声は、どうしようもない程の瘴気と、狂気を孕んでいた。


「せいぜい賭けると良いよ。自分が楽に死ねる方の面にさあ」

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