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レベル100で旅立つ魔王討伐記(正直無理なので逃げたいです)  作者: 景浦良野
第1章 ゆうしゃ の なまえ は
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1-1 イキたい/生きたい

 天下を獲る……男に生まれたからには誰もが一度は夢見るそのフレーズで、思い浮かぶものは何だろうか?

 平和な現代、戦で天下を獲るなど夢物語でしかない。どれほど強大な力があったとしても、誰もその栄華を認めはしない。この世界は、共存共栄を是としているのだから。

 しかし特定の分野で、誰も到達し得なかった頂に達するのであれば、それは十分に天下を獲ったのだと誇れるのではないだろうか。

 葛井(くずい)(かい)()。彼には明確に、天下を獲るのだという目標があった。

 同級生に比べ小柄で痩せた体には、とてもスポーツに勤しむ情熱は感じられない。

 カーテンを閉め切り、もう何日も窓を開けていないせいで空気の篭った埃っぽい部屋には幾枚ものポスターが貼られている。そこに、彼の趣味を何かひとつに特定させるような規則性は見当たらない。ただ、どのポスターにも共通しているのは、写っているのが二次元・三次元を問わず女性で、そのどれもが扇情的な装いをしている、という事だけである。

 床には雑にばら撒かれたアダルトDVDやゲームのパッケージ。ラックに掛けられた制服にはシワができ、参考書や教科書といった学生に必須の物はまとめて机の下に放られている。

 その上に足を置いてくつろいでいる時点で、彼が勉学に励んでいる訳でもない事は明白だ。

 では、そんな彼が何で天下を獲るのかと言えば、それは日課であった。


「フゥッ……く、うう……24時間耐久シコマラソン…残り約30分か……くそ、もう水みたいなやつしか出ねえ」


 非常に下らないが、読んで字の通りの自慰行為である。

 彼は端的に言って性欲が旺盛であった。女体と見れば脳内で脱がし、妄想する。若い男子がわずかに抱くようなほんの一時期の情動を、彼は年がら年中発揮しているような性癖をしていた。

 だからこその耐久マラソンである。ここまでの総休憩時間は合計しておよそ4時間。5キロ程度のマラソンも完走できない体力ではあるが、性に関してのみ、自他共に認めるバイタリティを発揮できるのであった。

 もちろん行為の全ては記録してある。後で動画サイトにアップすれば、爆発的に話題になる事は確信していた。つまりこの分野で天下を獲るのだ。誰も踏み入れた事のない領域ゆえ、もしかするとギネス記録もあり得るかも知れない。


「フフ、けど俺には秘策がある……ラストを飾るのはこいつだ!」


 宣言と共にカメラに向かって突き出したのは『公立藤樹中学校80期生』と書かれた分厚い冊子。藤色の表紙には埃が付いており、つい最近まで適当に仕舞われていた事が覗える。

 中学の卒業文集。それこそが彼の言う『秘策』であった。


「こいつは一度だけ品定めのために開いただけだ。良い思い出無いし……じゃなくて、思わず使っちゃったら、今この瞬間のスペシャル感が無くなるからな!」


 早速開いたページを手早く捲って行く。途中、数度手が止まっては懐かしさに目を細めながら、ようやくお目当てのページに辿り着いた。


「見つけたぜ、まな板花火」


 珍妙なワードを口にし、獲物を定めた肉食獣の眼光を一枚の写真に注ぐ。最後にクラス全体で撮影した、一見して何の変哲も無い集合写真。そのほぼ中央に写る笑顔の美少女を愛しそうに指でなぞる。

 注釈しておくと、彼と少女は顔見知りではあるが、中学時代は特段に親しかった訳ではない。まして恋仲でもなかった。海兎が見ているのは彼女の満面の笑みではなく、その少し下、スカートの辺りであった。

 腰を落とした体勢は普段は隠している場所を気遣われてはいるが、その陰の中、ほんのわずかのピクセルが薄く桃色になっているようにも見える。特別な加工や補正などに頼らずとも、海兎の目は『真実』を見抜いていた。

 これは、パンツである、と。


「昔はあんなに可愛かったのに今じゃすっかり性格ブスの可哀想な女になっちまったお前に価値を与えてやるよ。そう、俺の偉業の礎となるという、最高の栄誉をな!」


 言いつつ、ゆっくりと股間に手を持って行く。あと一度、あと一度でようやくこのマラソンも終わる。

 つらく、厳しい戦いであった。元々広かった守備範囲も、さらに広がった気がした。何度となく人類の夜明けを見た。

 その偉業がようやく幕を閉じる。伝説に、エンドマークが付くのだ。

 絶対に天下を獲れる。そう確信し、血走った目をさらに見開いたその時であった。


「あ」


 視界が回った。

 全身の水が揺れる。

 倒れたのだ、というどこか他人を見下ろすような現実感の無い感想の後、プツッという音を確かに聴いた気がした。

(あ、やべ、俺もしかして)


 死ぬのか。

 それが彼の最期であった。


…………


 夢を見た気がする。

 言葉なんて分からず、それを教えてくれる親なんてとうに無く、自分が誰かも分からず、それを肯定してくれる周囲は死んだように生きている屍ばかりで。

 地獄の中、確かに夢を見た気がする。

 その世界は豊かであった。何もしなくても生の権利は与えられ、親が子を食い物にする事などなく、誰もが無意味な時間を謳歌できるような楽園であったと思う。

 そこに行きたい。いつか、それは自分が消えた後かも知れないが、もし生まれ変われるのであれば、いや、今すぐにでも行きたい。

 行きたい。生きたい。


――赦しましょう。


 死臭立ち込める瓦礫の中で、そんな声を、聞いた気がした。


…………


 気が付けば海であった。否、それは海と呼ぶにはあまりにも無で満ちていた。

 魚影は見えない。天に光も無く、底も無い。ただ自分を包み込むのが心地の良い温度の水であると感じたからこそ、それが海なのだと漠然と思っていた。


――名前は。

「……名前……?」

――名前は。


 不意に頭に響いた声が再びに問い掛ける。無味乾燥なそれが、最初のものよりやや苛立ちを孕んでいる気がするのは勘違いだろうか。

 どのみちもう、気にするだけ無駄なのではあるが。

 素直に声に従い、自身の名前を口にした。


「海兎……葛井……」


 他人(?)と話すのも久しぶりであったせいか、発する言葉の順番が前後した。妙な気恥ずかしさは、魂に刻まれたものか。

 魂。そう、魂なのだ。今、自分に肉体は無い。手を挙げようと試みても、その手が感覚として存在しない。だが、全身が人の形を作っているはずなのだという漠然とした直感はある。自分は人だ。それだけは忘れてはいない。


――カイト、カイト。これか。じゃ、行って。


 雑な声と共に突如発生した海流に、海兎は押し流された。

 抗議する間も無く底へ、底へ。

 やがて、重さと硬さが徐々に体にのしかかって来た。慣れ親しんだ現実の重み。肉と地面の触れ合う硬さ。

 ひたすら視界は暗く、暗く。徐々に水の音は消え、代わりに自分の名を呼ぶ声がした。

 そんな中確かに、聞いた気がしたのだ。信じられないようなあの声を。


――あちゃあ。


…………


「あちゃあ、って何だよ!?」


 思わず飛び起きたのと同時に酷く頭痛がした。めまいもする。眼鏡はどこだろうか。あれが無ければ何も見えない。倒れた拍子にどこかに落としたそれを探ろうと手を伸ばした時、違和感に気付いた。

 指の先にフローリングの感触が無い。あるのは固く滑らかな大理石の感触だ。恐る恐る視線を落とすと、誰かの手がそこにあった。

 違う。それは自分の手だ。さっきまで愚息を握ってしごいていたはずの手だ。違うのは妙に手がごつごつと肉付きよくなっている事と、肘から先が妙な金属で覆われている事だ。

 咄嗟に手を当てた胸にも固い感触。腕に付いているそれと同じ材質でできていると思われる金属の服…鎧が、いつの間にか体を覆っていた。

 寝ている間に誰かが着せた? そして自分を拉致した? 頭の中に乱舞する疑問符をかき消すように、海兎の体が揺さぶられた。


「おう、おう」

「カイト! しっかりして下さい! もう、蘇生(リバイブ)は上手く行ったはずなのに」

「フェミィは邪念が多いから、神に愛想突かされたんじゃないのか」

「……マナイ~?」


 聞き覚えのある声に顔を動かすと、眼鏡を掛けた少女が筋肉質な少女に、とても好意的とは思えない引きつった笑顔を向けていた。

 何の冗談だ。それが海兎の頭に浮かんだ最初の感想であった。


「委員長、痩せた?」

「……はい?」


 海兎の言葉に、眼鏡の少女が振り向く。自分の記憶にある委員長……東郷という少女がどうしてここにいるのか、何故そんなファンタジー物の神官が着ているような、逆にボディラインを強調する服を着ているのか、まさかコスプレ趣味があったのだろうか、しばらく見ない間に痩せた(一部は豊満に育った)のか。

 様々な疑問を同時に言葉に出そうとして、彼女とはあまり親しくもなかった事を思い出し、海兎は口を噤んだ。

 一方、少女の方は明確に疑念を目に浮かべていた。それは言葉にせずとも「こいつは何を言っているんだ」というものに違いなかった。

 周囲はやや呆れた様子で、キョロキョロと辺りを見回して困惑する海兎を見て笑っていた。彼らには海兎の態度が冗談に見えているのかも知れない。


「あの、えっと、ここ……どこです、か?」


 やっとの事で口から出た小さい声に、筋肉質な少女が眉をひそめた。


「魔王城に決まってる。さっきの戦いで頭打った?」

「まあ、打ってたよな。額とかバックリ行ってたし」

「バックリ!?」


 思わず額に手を当てる。傷らしいものは無かったが、乾いた血がぽろぽろと剥がれ落ちた。額を割られた様を想像して青ざめる。平和な日本でいきなり人を拉致して額を割る蛮族がいるのだろうか。

 そこでふと違和感を覚えた。魔王城や戦いというワード、そして目の前の人々や自分自身のファンタジックな服装。極めつけに壁の隅に倒れている巨大な動物。


「ひっ」

「お前さん本当にどうしたよ。さっきから怯えた童子のような顔をしくさりよって」

「なな、なん、何なんですか、あ、あ」


 あれ、という言葉が出ないのを指した指で補完してくれたのか、着流しに長髪の男が答えた。


「何って、()邪光(じゃこう)のヨナバルでしょうよ。あんたが刺し違えてああやって無様に転がってますがね、いやあ、最後の一撃はそりゃもう見事でしたねえ」

「はあ? お、俺が……? しじゃこう……?」

「……お前さんよ」


 パンッという音と共に頭部に衝撃。星が散るような視界が晴れると、男が目の前に屈み込みにっと笑った。


「目ぇ醒めたろう」

「は、ぁ……」


 全く醒めてなどいない。

 相変わらず彼らの口にする単語は意味不明であるし、何故ここに東郷と、さっきまでオカズにしていた少女……幼馴染の俎陽花がいるのか、何故コスプレをしているのかも分からない。

 自分は部屋にいたはずだ。こんな服は着ていなかったし、第一服の下の肉体があまりにも精悍すぎる。痩せぎすで「骨組み」と称されてからかわれていた『クズダコ』があだ名の自分の体はどこに行ってしまったのか。

 あまりに極限状態に置かれた事による夢だろうか。マラソンなどしなければ良かったのかも知れない。


「しっかりしてくれや、勇者サマ」

「ゆ……ええーっ!?」


 ここに来て投下された爆弾ワードに堪らず叫んだ。その声が石造りの建物内に反響した瞬間、咄嗟に後ろに回り込んだ筋肉質な少女に押し倒された。

 肉の重さに「ぐえっ」という情けない声が出る。

 抗議しようとした時、体のすぐ横を何かが通り過ぎた。その何かを目で追った海兎は、抗議の代わりに絶句の息をその口から漏らした。


「がっ!?」

「タキゾー!?」


 タキゾーと呼ばれた着流しの男が胸を押さえてうずくまる。胸からは血が滴り、タキゾーは苦痛に顔を歪めている。

 すぐに直感した。彼は何者かに、何らかの方法で攻撃されたのだ。そのくらいは混乱した頭でもはっきりと判断できたし、本能が、細胞が、明確に彼に告げていた。

 ヤバい、逃げろ、と。

 だが海兎が立ち上がるより早く、筋肉質な少女が体を抱えて跳んだ。壁を蹴り、装飾品を蹴り、不規則な動きで跳び回る。その度に不可視の何かによる破壊が起きているのを、忙しなく回る視界の中、海兎は目にしていた。


(何だこれ、何だこれ何だこれ何だこれ!?)

「投げる。自分で立って防御して」

「は!?」


 その言葉と同時に体が放られた。落ちる間際、スローになった視界の中で少女が血を噴いたのが見えた。彼女も、やられたのだ。


「なんだ、こ……ぐぅっ!?」


 すぐに衝撃が来た。頭を打ったせいか後頭部は痛むが、石床に叩き付けられた割に痛みは酷いものではなかった。鎧のおかげだろうか。

 体を起こしたのと同時に隣に重い物が落ち、女の悲鳴が響いた。悲鳴を上げたのは眼鏡の少女、そして落ちたのは、血まみれになった筋肉質な少女だ。


「なん、な……あ……こ……は……?」

「い、一撃で……マナイ!」

「フェミィ、回復させろ……! カイト、立て、立てぇ!」


 マナイと呼ばれた筋肉質な少女に駆け寄る眼鏡の少女。彼女がフェミィなのだろう。その手が光を放ちフェミィが何やら叫ぶも、すぐに光は消え、彼女は力無くへたり込んだ。


「だ、駄目、マナが、もう」

「チッ……ガルス、ククリリ、お前さん達はやれるか!」


 先程は柱にもたれて座っていた極端に小柄な少女と、狼の頭をした大男(?)が海兎を守るように躍り出た。


「カイトちゃん、立てる?」

「剣を執れ」

「カイト!」


 タキゾーが叫ぶ。その方向に顔を向けると、彼が投げた物が目の前の床に刺さった。それは剣だった。黒い柄に金の装飾、刃にも金のレリーフと、引っかき傷めいた模様。恐る恐る柄を握ると、模様が淡く緑に光った。

 だが、これを抜いてどうすれば良いのだろうか。唐突にもたらされた破壊と死。不可視の攻撃。意味不明な状況。それを、こんな物を抜いた所で果たして対処はできるのか。

 人は脆い。さっきのようにいとも簡単に死ぬ。そして死ねばきっと、生き返る事などできない。


「あ、ああ、あああああああ……!」


 剣を抜いた。深く刺さったかと思われたそれは、意外なほど簡単に抜け、手足の延長のように馴染んだ。


「あああ、あああああ……あああああああ……っ!」

「おい、カイト! いつもみたくあっしらに指示を……何っ!?」

「うわあああああ――――――っ!」


 タキゾーの声は脳に届かなかった。あるのはただ、死への恐怖と、逃避の欲求。

 海兎は逃げ出した。振り返り、先の見えない通路に向けて走り出した。

 途中、たくさんの死骸を見た。走りながら、胸にこみ上げる不快感をそのまま吐き出した。吐瀉物に足を滑らせ、転んでしこたま顎を打ち付けた。

 歪む視界に、血が落ちるのが見える。そう言えば今の自分は眼鏡を掛けていない。何故か急に目が良くなったらしい。

 そんな些細な疑問を浮かべながら、体は床を掻き毟るようにして立ち上がり、ふらつく足を必死で動かし、前に進んだ。

 やがて巨大な門が見えた。駆け寄って叩くも、門は固く閉ざされ開く気配さえ見せない。

 ふと手に持つ剣を思い出した海兎は、その刃を思いきり門に向かって振り下ろした。刃に刻まれた模様がいっそう強く輝き、次の瞬間、衝撃と共に門が吹き飛んだ。

 何が起こったのか理解するより早く、海兎はまた走り出した。

 生きたい。とにかく生きたい。

 下らない日常でも、虐げられる日常でも構わない。とにかく生きたかった。


「あああ、あああああああ――――ッ!!」


 嘘のように軽い体を目いっぱいに酷使して、海兎は走り続けた。

 その背にそびえ立つ城の中で見たものの事など頭から排し、ただただ生きるために。


…………


 ――この日、世界は終わった。

 救済を目的として旅立った勇者一行は帰らず、魔王の支配も魔獣による被害も、民を解放する事は無かった。

 だが、世界中の誰も真実を知る事は無い。

 この世界(バテンカイトス)で勇者カイト・イクスが死んだその時、存在すら知られないどこかの世界(アルシャマリー)で何の取り柄もない平凡な少年、葛井海兎もまた命を落としていた事を。

 その魂が、勇者カイトとして転生した事を。

 これは、隣合わせの世界の物語。

 これは、決して誰も真実を知る事のない物語。

 これは、創造主(われわれ)でさえ結末を知らない物語。


 そしてこの物語の真の黒幕は……。


「あちゃあ、やっちゃったよ。マジで千年ぶりくらいにミスった。海兎とカイト、別人じゃんかよー」


 この私、女神トゥイータであったりするのであった。

 これ、責任誰が取るんだろう? まあ、何とかなるか、たぶん。


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