なろう作家 戦場で鎧を脱ぎ捨てるという斬新な戦術を考える
元禄時代に徳田信介というお侍がいました。
彼は紀州藩の部屋済みで四男坊で、貧乏侍でした。
その年のお正月。お友達の大岡忠助がお酒を持って訪ねてきました。
忠助は北町奉行の同心です。
徳田は紀州藩邸の庭にいて武者鎧の前で立っていました。
忠助は尋ねます。
「何をしているのでござるか徳田殿?」
「今日は正月だよな?」
「そうでござるが」
「だからさ。鏡餅を割って雑煮でも作ろうかと思うんだが」
「で、その鎧はなんでござるか?」
「普通にやっても面白くないだろ?正月なんだから鎧を着て鏡餅を割るんだ」
忠助は思わず酒の入った桶を庭の地面に落としてしまいました。
「おい。せっかくの酒を溢したらどうするんだ」
「なんという・・・鎧を着て正月らしさを演出するとは・・・・。単に酒や料理を食べるなら普段の日でもできる。だが正月だからという理由で鎧を着て鏡餅を割るとは、やはり徳田殿は一角の御仁であったのか!!」
「うん。でもまぁ問題があってな」
「問題?」
「ほらさ。関ヶ原の戦いで神君家康公が豊臣秀吉倒して天下泰平の世を気づいたの百年くらい前じゃん?」
「そうでござるが」
微妙に違うが、世間一般の認識はだいたいそうなので訂正しない。
「普段道場で竹刀持って剣の稽古とかすっけど、あれ鎧着てやんないからさ。鎧のつけ方わからないんだよね」
「はっ、そういえば拙者もでござるな。鎧兜を着て、捕り物をする同心与力はおらんでござる」
「だよな。重たい鎧兜を身に着けていたら、いくら走っても、歩いて逃げる巾着切り一匹捕まえられねーぜ」
「この世にそんな同心与力がいるでござるか?」
「わからんぜ?南蛮にだったら重たい鎧兜と槍を持ったまま捕り物をする同心がいるかもしれねぇ」
南蛮とは
『中世ヨーロッパファンタジー世界』
の事です。
徳田達の住む江戸の町には重たい鎧兜を着て街の見回りする同心なんていません。でももしかしたら南蛮には重たい鎧兜を着たまま街の警備をして、盗賊を取り逃がす様な間抜けな兵士が大勢いるのかもしれません。
「で、そこでこいつの出番だ」
徳田は『単騎要略』と書かれた本を取り出しました。
「その本はなんでござるか?」
「こいつには具足の装備の仕方が書かれている。つまりこれを読めば鎧が装備できるようになるんだ」
「なんと!鎧が装備できる本を用意していたとは!流石は徳田殿だ!!」
単騎要略は1735年に書かれた本です。あ、この部分は間違いがあれば指摘して訂正して構いませんよ?
「さっそく装備してみるぜ!」
徳田は単騎要略と、忠助の手を借りて産まれて初めて武者鎧を装備することにしました。
「まずフンドシをしっかりしめます」
「しめているでござるか?」
「おい。確認しようとするな。次に着物を着ている帯をしっかり絞めて固定します。ゲン担ぎの為に新品を使います」
「実戦に出るわけでないからいつもの使い古しでよいでござるな」
「革足袋を履き、脛の部分に紐で結びます。それが終わったら小手、脇楯を装備します。鎧本体と兜は非常に重いので、体力の浪費を防ぐ為に鎧を身に着けたまま自軍拠点の中を歩き回るような馬鹿な事はしないでください。そんな事をしたら敵の奇襲の際戦う前に疲労していてろくに剣も振るえずにやられてしまいます」
「そんな者がおるでござるか?」
「南蛮(中世ヨーロッパ風ファンタジー世界もっと具体的に言うとなろう的ドラクエ劣化コピーファンタジー世界)にはいるんじゃないのか?えっと、出撃直前に胴体部分の鎧を装着してください、と」
徳田は胴体部分の鎧を装着しました。しかし普段から着ていないせいで、誤って前後逆に着てしまいました。
「どうだ?これで立派な武者姿になっただろう?」
「では試して差し上げます」
その声と共に、徳田は背後から狙撃されました。
「ぐほあぁあ!!!!」
「と、徳田どの!!しっかりめされよ!!!」
忠助が心配して駆け寄ります。
「自軍300対敵軍50000の戦があったとします」
屋敷から火縄銃を持った女中が出てきました。女中とは江戸時代のメイドの事です。
「自軍300の方が勝つにはどうすればよいか?例えば忍者に銃を持たせ、森などに臥し、敵の総大将を狙撃させるのです。こういう事が戦の定石という風になりますと、鎧の方も銃で撃たれることを前提に。造った後一度試し撃ちして防御力が確かな事を確認してから戦の場に赴くのでございます」
「だからと言って俺が着ているのに撃つな!!」
徳田は女中に文句を言いました。
「遊んでいないで、さっさと鏡餅を割ってください」
女中は木槌を渡しました。
徳田はしぶしぶ鎧を脱ぎます。
慣れないので当然時間がかかります。
「そうだ。今凄いことを考え付いたぞ」
「なんでござるか?」
忠助は聞きます。
「枕元に鎧兜を一式置いておくんだ。そして朝目覚めると同時に布団を片づける、鎧を着る、脱ぐ。これを繰り返したら物凄く強い武者軍団ができるんじゃないのか?」
「徳田殿は天才でござるかっ!!!その訓練法は100年、いや300年先を行くでござるなっ!!」
1700年の300年後は2000年ですね。
その頃の江戸のお侍はどんな訓練をしているんでしょう?
筆者は不勉強だし軍事マニアじゃないからからまったくわからないなぁ。
「それは是非、征夷大将軍にでもなられたら実施してくださいな」
女中はそう言うと雑煮の準備をしに台所に行きました。
書き終わって気づいたけど、ビキニアーマーの女戦士ってスタミナ消費少なくて長期戰向きなんやな。
史実の歴史書にそう書いてあってびっくりしたわ。