第97話 地獄の王
旅をすること3日。
目的地である、たまごを持つ地獄王の住む湿地帯へとやってきた。
途中の村々では仮面をつけて活躍した勇者さまとして歓迎された。
勇者として崇めてくれるのは嬉しいが、仮面勇者というのが恥ずかしい。
たぶん、ダークの嫌がらせじゃないだろうかと思わざるを得ない。
湿地帯では用心しつつ歩いた。
水が浅く、泥上のぬかるみになっている。背の高い草が生い茂る。
そのまま進むと足がぬかるみに取られるので、俺の魔法で水の上を歩けるようにした。
おかげでさくさくと進めた。
湿地の奥へと入っていくと、段々たまごの腐ったような嫌な匂いがし始めた。
セリカが整った顔を歪めて言う。
「これは、毒の沼地ですわ。木も鉄も腐食します。触れないようにしませんと」
「匂いだけでも悪そうだな――《風域》」
俺は魔法を唱えて、清浄な風の流れでパーティーを包んだ。
毒の沼地をさらに進むと、生き物の気配がしなくなってきた。
おそらく人は誰も近付かない場所になっている。
不気味な気配が強くなってきた頃、前方に城が現れた。
沼地の中に小高い丘があり、丘の急斜面が崖になっていて、そこに半分埋まるようにして城が立っている。
千里眼でチラッと見ると、崖の中にも地下道が通っていた。
城の前には門番なのか、人が4人立っていた。しっかりした武器と防具を装備している。
茂みに隠れながら、真理眼で見た。
人間2人に獣人1人、魔族1人。
全員弱いのでステータスは省く。
魔族がリーダー格だと思われた。
うーん、と俺は門番を眺めつつ悩んだ。
人と獣人は無理矢理従わされてるだけの可能性がある。
親玉さえ倒せば信者にできるかもしれなかった。
枯草に身を隠しながらセリカが言う。
「どうされますか、ケイカさま?」
「弱いし面倒だから正面からのりこもう。人や獣人は殺さず、魔族だけ――いや、見わけがつきにくいか。セリカたちは敵を気絶させるだけにしといてくれ」
魔族だけ俺が倒せばいい。
「はい、ケイカさまに従いますっ」
セリカが腰に下げた細剣の柄を握りつつ頷いた。
ミーニャは無言で、包丁を片方だけ持った。
クリエイトハンマーを背負ったラピシアは、拳を握り締めていた。
「てかげんパンチする!」
――やはりハンマーパンチで戦うのか。
茂みを抜け出して堂々と城へ向かった。
湿地の上をすたすたと歩いてくる俺らを見て、門番達が動揺する。
「な、なんか来るぞ!」「ひっ、水の上を歩いて!?」「侯爵さまに伝えてくる!」
魔族が城の中へと入っていった。
残るは人間と獣人。震えながら剣や槍を構えている。
俺は駆け出しながら言った。
「こいつらは人と獣人だ! 気絶させるだけでいい」
「はいっ!」
「わかった」
俺は瞬時に人間へと駆け寄った。
「な、なんだお前!」
「勇者ケイカだ」
「ひい! 勇者さま! うわぁ!」
名乗っただけで人間の門番は剣を手放して城へと逃げていく。
さすがに獣人は力に自信があるのか、戦う姿勢をとった。
まず角を持つ鹿の獣人にセリカが赤いスカートを翻して襲い掛かる。
繰り出される槍をひらりと避けると、鋭い突きを放った。
「ヤァッ!」
剣先が腕を浅く傷付ける。
瞬時にフローズンレイピアの効果発動。ピキピキと切った箇所から氷が発生していく。
「な、なんだ!」
獣人は驚きの声を上げるが、動きはすでに固まっていた。
セリカは余裕を持って背後に回ると、金髪をふわりと揺らしつつ相手の後頭部を殴った。
「ぐあっ!」
鈍い音がして、鹿獣人はその場に崩れ落ちた。
ミーニャは巫女服をはためかせて駆け寄る。
相手はメイスを持った、象の獣人。見上げるほど体格が良い。
「猫か……こしゃくな!」
風圧を伴うメイスが振り回される。
ミーニャの白衣と黒袴がひらひらと舞う。
そして包丁で受け流した時、象が大きく体勢を崩した。
ミーニャの左手が首筋を狙う。
「甘いわ!」
象は崩れた体勢のまま、長い鼻で手刀を絡め取る。
「む」
ぐいっと上に釣り上げられた。
けれどもミーニャは終わらない。
掴まれた腕を起点にして、逆上がりのように身軽に跳ぶ。
回転の勢いを加えた蹴りが象の後頭部を襲う。
ゴッと鈍い音がして、象は白目を向いて膝を落とした。
すらりとした足を伸ばし、軽々と着地する。
「終わり」
「みんなよくやった。気を抜かず、行くぞ」
「はいっ」
俺たちは気絶した門番を乗り越えて城へと入った。
赤い絨毯の敷かれたエントランスは薄暗かった。魔法の明かりが所々にしかない。
太い石柱が天上を支え、正面には幅の広い階段がある。
敵の影は見えなかった。
俺たちが入っていくと、正面階段を下りてくる魔物がいた。
人の背丈の半分ぐらいの妖魔。ゴブリンのような醜さ。
しかし制服に蝶ネクタイを締めている。まるで執事のよう。
階段真ん中の踊り場で泊まると、俺たちを見渡し一礼した。
「ようこそおいでくださいました。勇者さまとお見受けします」
慇懃な態度。声はしわがれているのにかん高い。
俺は警戒しつつ言う。
「ここに地獄王とやらがいるそうだが」
「今は地獄侯爵と名乗られております」
「どうでもいい。どこにいる?」
「はい。こちらでございます」
丁寧な態度で2階にある大きな扉を指し示した。
「えらく素直だな」
「はい。部下達では相手にならんと、侯爵さま自らが勇者さまと対峙すると言われまして」
「賢明な判断だな」
「はい。侯爵さまはとても聡明なお方です――ではこちらへ」
服を着た妖魔はひょこひょこと先を歩き始める。
俺たちはゆっくりと後に続いて階段を登った。
セリカが寄り添ってきて小声で言った。
「罠でしょうか?」
「安心しろ。罠があれば、先に俺が気付く」
「さすがケイカさま。頼もしいです」
そう言って、俺の和服の背中を掴んできた。怖いのかもしれない。
物陰や別の部屋に魔物や人がいたが、真理眼でみると強いのはいなかったので気にせず付いて行った。
2階にある両開きの扉をくぐり、通路を歩くとさらに大きな扉があった。
妖魔が扉をノックすると、ギィィ……と不気味な音を立てて開いていった。
妖魔は扉の端で頭を下げてかしこまる。
俺は胸を張って堂々と中へ入った。
中は玉座の間らしく、広くて天井も高かった。正面に段があってきらびやかな玉座が据えられている。誰も座っていない。
広間は全体的に明かりが少なく、薄暗かった。
おそらく地獄侯爵は吸血鬼だからだろう。
床や天井を見ても罠はなかった。
柱の上のほうに警備兵と思われる人や魔物が数人いるばかり。
地獄侯爵とやらの姿が見えなかった。
しかしステータスは表示されているのを見つけた。
いちおうステータスはこんな感じだった。
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【ステータス】
名 前:デスペラート
性 別:男
種 族:アルヴァンパイア【魔神】
職 業:侯爵
クラス:魔法使いLv96 領主v70
属 性:【真魔】【穢土】【凍風】
攻撃力:2500
防御力:3000
生命力:6800
精神力:2700
【スキル】
吸血:相手に触れるだけで攻撃力分の生命力を吸い取る。すでに血を流している場合、離れていても吸う。
風撃:風の刃を生み出して敵を切り刻む。
形態変化:あらゆる動物に変化する。能力は変わらない。
凍てつく吹雪:集団を数秒間フリーズさせる。範囲攻撃。
死の波動:死の宣告を与え、カウントがゼロになると血を流して死ぬ。
吸血支配:血を吸った者をヴァンパイアにする。
冥府狂宴:敵味方区別なくすべての生物を即死させて力を吸収する。大範囲魔法。
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ヴァンパイアにして魔神。
かなり強い。魔王が一目置くだけある。
スキルがかなり厄介だった。即死があるし、吸血量がやばい。
俺とラピシアは大丈夫だが、セリカとミーニャが危ない。
たまごは持っていないようなので、ありかを聞いたらさっさと倒してしまおう。
しかし地獄侯爵はなぜか、玉座の真上辺りにいた。
魔法かと思ったが、どうやら暗幕を張ってその後ろに隠れているらしい。蝙蝠のようにマントで顔を覆い、高い天井からぶらさがっている。
――なんであんなところに?
用心しながら奥へと進んだ。
罠かもしれないので一応、小声でセリカたちには教えておく。
そして玉座の前辺りまで来た時、突然広間の明かりが消えた。
玉座だけがスポットライトを浴びたように照らされている。
――と。
部屋のあちこちから同じ声がいっせいに聞こえた。声が反響する。
「フハハハハッ! よくぞきたな勇者! 我輩は地獄侯爵! この世に地獄を生み出すことこそ我が喜び!」
ピカッ!
段上に雷光のような輝きが走った。
その光が2度、3度。さらには段上の横合いから白い煙が流れてくる。
そして4度目の光とともに、玉座の上の空間に地獄侯爵が現れた。
宙に浮かぶと、スポットライトを浴びながら黒いマントを広げた。黒の燕尾服。犬歯の伸びた残虐な顔つき。見た目は40代ぐらいの痩身の中年だった。
「フハハッ、恐怖におののけ! おそろしさに泣き叫べ! ここに来たことを悔やむが良い! ふははは…………なんだ、受けが悪いな」
俺たちが驚きもせず、憮然と立っているのを見て、地獄侯爵は顔をしかめた。
つまらなそうに玉座に座る。
俺は言った。
「なんかベタな登場の仕方だな」
「そうですわ。王都の劇団の方が、もう少し派手だったかと」
「上にいるのわかってたから驚かない」
俺たちは酷評したが、ラピシアだけが目を輝かせていた。
「ピカッて光るの、かっこいい!」
地獄侯爵は、にいっと口を耳まで裂いて笑う。
「そうか! 恐怖を与えられなかったのは、我輩が格好よすぎたせいか! これは盲点だったな、フハハハハッ」
玉座に座りながら、仰け反って高笑いした。
――なんというポジティブ思考。
俺は呆れて頭を掻きつつ言う。
「そんなことより。お前が地獄侯爵だな」
「その通り! 我輩こそが闇の恐怖の体現者であり、真のヴァンパイアである!」
「魔王にもらったたまごはどこだ?」
「たまご? ああ、あれか。持ってはいるがそれがどうした?」
「渡してもらおう」
「それはできんな。魔王を裏切って目を付けられたら困るからな。どうせお前たちはここで死ぬのだ。持っていても仕方があるまい」
「それはどうかな?」
俺は太刀を抜き放つと構えた。
地獄侯爵は立ち上がって斜に構えたポーズを取る。
「くくくっ、その虚勢、いつまで続くか楽しみだな! 我輩の地獄を見せてやる!」
「ふん、望むところだ! ――行くぞ!」
俺が駆け出そうとした瞬間、地獄侯爵はひょいと段上の奥にある扉へ飛んだ。
――ん、なんだ?
千里眼で見たが奥には通路があるだけ。
地獄侯爵は扉を開けると振り返る。
「何をしている? 早く来い」
「ん? 場所を変えるのか?」
「地獄を見るのだろう? 我輩が作り上げたこの世の地獄を見て回って怖れおののくがよいわ! ふはははは」
「あ――、そう言う意味か」
戦うんじゃないのか。地獄の苦しみを味わっている人々を見ろってことか。
「どうしましょう?」
「罠ではなさそうだが……城の内部構造を知っている方がいいか」
俺とセリカが顔を見合わせていると、地獄侯爵はイライラした声で言った。
「どうした! 早くしないと就業時間が終わってしまうではないか!」
「なんで地獄が時間制なんだよ」
まさかテーマパーク的な地獄じゃないだろうな……。わからないが。
頭が混乱してきた。
セリカの眉間に美しいしわが寄る。
「たまごのありかがわかるまでは、従うしかなさそうですね」
「そうだな。見て回ってるときに見つけるしかないか。――俺から離れるなよ」
「はいっ」
「わかった」
俺たちは段上に上がって、地獄侯爵の待つ扉へと向かった。
うーん、中途半端。22時~23時頃にもう一話更新します。




