第92話 エルフたち今後
雨の日。
俺は屋敷の物置部屋で御神体を設置していた。
渓流からゴツゴツした岩でも持ってきたかったが、面倒だったのでしばらくは鏡で代用することにした。
部屋の奥に簡易な祭壇を置いて位置を微修正。そして完成。
鏡には黒髪黒目の俺の顔が映る。にやけていた。
百年ぶりぐらいの自分の社なんだから、嬉しくて仕方がない。
とはいえ、これからもっと信者集めを頑張らないとな。魔王復活まであと11ヶ月だったか。
するとリィが入ってきた。
「ケイカさん、みんな来たって。村から離れたところに集まってる――あっ」
リィは無造作に置かれた魔物の素材――ミーニャが安すぎると言って売らなかった神竜の牙や、クリスタルボアの皮、ゴーレムの核――にけつまずいて体勢を崩した。
俺は、素早く動いて、倒れ込む彼女を抱きとめた。腕に圧し掛かる華奢な肢体。成長途中のしなやかさと柔らかさ。
「大丈夫か?」
「ぅん……ありがとぅ」
俺の腕の中でリィは頬を染めて頷いた。緑の髪がさらりと流れる。
ギュッと抱き締めると「ぁぅ……」とかすかな喘ぎ声を漏らした。
彼女を立たせると俺は言った。
「じゃあ、行こうか」
「うんっ」
リィは健気な微笑みを浮かべて頷いた。心なしか頬はまだ赤かった。
ちなみに物置小屋には、セリカ、ミーニャ、ファル、リィしか入れないよう魔法陣で設定してあった。
部屋を出るとフィオリアがいた。
「雨が降っているのにすみません」
「かまわない、行こう」
俺たちはコートを来て屋敷を出た。
フィオリア親子に案内されて村の北へ。
一時間ほど進んだところで200人ほどのエルフたちと落ち合った。
族長のヤークトが進み出てきて頭を下げる。
「ケイカさま。雨の中、お越し頂きありがとうございます」
「気にするな。雨は嫌いじゃない」
「それで……私どもにして欲しいことがあるとか」
「そうだ。まず全員で引っ越すのはやめてもらいたい。急にエルフがいなくなると怪しまれるからな」
「はい、私どもでも半分ぐらいは残ろうかと考えておりました」
「それがいいな。切り株のほうが世界樹だと思わせ続けるんだ。――で、世界樹の切り株の方は、観光地にしてもらいたい」
「「「ええっ!」」」
エルフたちから驚きの声が上がった。明らかに非難めいた視線を向けてくる奴までいる。
まあ、当然だ。
エルフは人との交流をほとんど断ってきたと聞いていた。
ヤークトが美しい顔をしかめながら言う。
「人を呼ぶというのですか……?」
「そうだ。あれだけの大きな木は、切り株だけでも壮大なものだ。エルフだけでなく人々にも見せて、世界のすべての木々を従える偉大さを感じてもらうべきだろう。人とエルフの相互理解の一端になる。あとは魔王の恐ろしさ、四天王の怖さを伝え、その害を排除した勇者ケイカの物語を語る! 充分、観光資源になる」
――もちろん、信者獲得にも繋がる。
「ケイカさまの活躍を、見世物にしてよいのでしょうか……?」
「気に掛けてくれるとは嬉しいぞ。しかし、今もまだ情報が出回ってなくて魔王の影に怯えている人はたくさんいる。その人たちへ安らぎを与えるためにも、大げさになってもいいから勇者の活躍は伝えるべきだろう」
「なるほど……確かに、私どもとしましても、とても苦しみましたから」
俺は真面目な顔を作ると、とある提案を口にした。本題のための前振り。
「あとは、お前たちどうせ税金を払っていないんだろう? ファブリカ王国に自治権を認めてもらう代わりに、税を納めるといい。そうすれば、魔王軍への対処には協力してもらえる可能性が高くなる。人との交流も生まれる」
ヤークトやエルフたちは美しい顔を歪めて困っていた。
「税、ですか……。私どもはその、現金収入がほとんどありませんので……木工品を売ろうにも、砂漠になってしまい材料が手に入りづらくなりました。それに手作りですので大量生産もできません。砂漠の中ですから観光収入も微々たる物でしょうし、売り物もない以上、払えそうにありません」
「木工品は別の特産物を売ってお金をためてから、人間から材料を購入すればいい」
「特産物……? 私どもには、何も……」
ヤークトは首を傾げた。
俺は、ニヤッと笑って言った。
「あるじゃないか。莫大な塩が! 海水1トンから約20キログラムの塩が取れる。数万から数十万トンあったから、仮に十万トンと換算しても2000トンもの塩がある。あとは『エルフの長命はこの塩のおかげ!』という宣伝文句とともに「エルフソルト」とでも名付けて売れば、通常の10倍の値段でも買い手がつくだろう。もちろん塩の食べすぎは逆に害になる、という注意は忘れずに」
ヤークトも、居並ぶエルフたちも、口を半開きにして言葉を失っていた。
「あ、あの塩を売り物に……」「そんな方法が……」「世界樹様を弱らせた悪いものとしか考えてなかった……」「これが世界を救う、勇者さまの発想なのかっ!」
「けっこういけそうだろ? もちろん出荷する数量は抑え目にするんだぞ。その方が希少価値が出る。あとは商店や宿泊施設などの受け入れ態勢が整ったら、世界樹からインダストリアまでの道を舗装しよう」
呆然としていたヤークトは、突然、片膝をついて最上位の敬礼をした。
「ケイカさま、このヤークト感服いたしました。魔物を倒すだけでなく、その後の生活までも考えていてくださったのですね!」
他のエルフたちも、皆、いっせいに膝をついた。感激したのか、涙を浮かべて俺を見上げる女性までいる。
しかも雨が降るぬかるみの中に、である。
彼らの最上位の敬意が伝わってきた。
ヤークトは言葉を続ける。
「確かにこれまで私どもエルフは人と交流はとってまいりませんでした。その結果、世界樹の防衛を私どもだけですることになってしまった部分もあります」
「そうだな。魔王軍に対抗するためには一人一人が力を合わせないといけないんだ」
「そのお言葉、心に染み入ります」
「もういいだろう。みんな立ってくれ」
エルフたちは立ち上がる。泥だらけになった美男美女たち。しかし全員晴れやかな笑顔を浮かべている。
ヤークトが心のこもった声で言う。
「ケイカさまの考えどおり、これからは観光と物産販売に力を注ぎ、人と協力する方向を模索していきます。強い者100名、人に偏見を持たず柔軟に話せる者を100名、切り株に残しましょう」
「ああ、頑張ってくれ。これまでの習慣や誤解、偏見を正すには長い時間がかかるかもしれないが」
ヤークトは、上げた顔をふうっと綻ばせて微笑む。
「それこそ、エルフは一番有り余ってるものですよ。長命ですから」
「そうだったな」
俺も微笑み返した。
「では、行きます。本当に、エルフの未来までも救っていただき、ありがとうございました」
「まだわからんが、よい未来を。――気をつけてな」
「はいっ」
ヤークトはフィオリアを見る。
「フィオリア、ケイカさまのお傍に仕えて、しっかりとお力添えするんだぞ」
「わかりました、ヤークトさま。身も心も捧げるつもりで仕えます」
「この素晴らしいお方のために、頼んだぞ」
エルフたちは頭を下げて去っていく。
「ありがとうございます、勇者さま」「ケイカさま、希望が見えました」「助けてくださって、ありがとうございます」「より良い未来のために頑張ります」
雨の中、彼らは北へと去っていった。その足取りはとても軽かった。
あとには俺とフィオリア親子が残された。
フィオリアは巨大な胸を揺らして頭を下げる。
「ケイカさま。本当にありがとうございました。こんな方法があったなんて、思いつきませんでした」
「ケイカさん……すごいね。尊敬したよ」
リィも目を輝かせて褒めた。俺を見上げる目が少し熱っぽい。
俺は少し戸惑っていた。
本当は自分のためにしたことなのに。信者がもっと欲しいだけなのに。
なぜ彼らはここまで心酔してくれるのか。
傲慢な振舞い方は昔と変わっていない。なのになんで地球の頃とこんなにも対応が違うのか。
姿が見えてるから……? いや、違うな。じゃあ、なんだろう。
何かに気がつけそうだったが、まだわからなかった。
俺は頭を振ると、背を向けて村へと歩き出す。
「さあ、あんまり雨の中にいても風邪を引く。帰るぞ」
「あ、あのね、ケイカさんっ」
リィが俺の腕を抱き締めるように、腕を組んできた。
薄い胸が押し付けられる。
「どうした?」
「あたしを、およめ……ううん、やっぱりなんでも、ないかな」
「リィ。ケイカさまを困らせるようなことは言ってはいけませんよ」
俺の隣を歩くフィオリアが注意した。
「え~。……わかったぁ」
しゅんとうつむいてしまうリィ。肩で揃えられた緑の髪からしずくが垂れた。
俺は言う。
「そうだぞ。困らせる発言をしていいのは俺だけだ。――二人とも、帰ったら一緒に風呂に入るぞ」
「「ええっ!」」
声を揃えて驚く二人。顔が真っ赤に染まっている。
「雨にぬれたんだから、体を温めないとな」
「はい……」「うぅ……心の準備が」
両隣で恥ずかしがる二人を楽しみつつ、村へと戻った。
帰ってすぐに風呂へ入った。
もちろん裸の付き合い。
フィオリアは心を決めたのか、堂々と大きな胸を晒していたが、リィはタオルで華奢な肢体を隠してばかり。
風呂にまでタオルをつけようとしたので、やめさせた。耳まで赤くしてすべてを晒す。
本当にエルフの裸体は芸術のように美しい。
風呂から上がるとリィはぐったりしていた。
「もう、ケイカさんのところにしか……お嫁に行けなぃ」
そんなことを呟いていた。
◇ ◇ ◇
夕暮れになって雨は上がった。
ラピシアがくるくると回りながら言った。
「今日も頑張ったから、ソーセージ! ソーセージ!」
「頑張ったってなにを?」
「道、石にした! だからソーセージ食べたい!」
「は?」
俺は慌てて《千里眼》で確認した。
すると、村から王都へ繋がる南の道が、すべて舗装されていた。
思わず大声で叫ぶ。
「な! なんてことを!」
「……だ、だめだったの、ケイカ?」
ラピシアが不安そうに身を縮めた。
うーん、と唸って考え込む。
いずれはしてもいいかなと考えていた。
しかし道の舗装は危険が伴う。
交通の便が良くなるということは、魔王軍が王都まで攻め上りやすいということでもある。村の防衛体制はまだまだ不完全だ。
――これは、王都が気付いたら一悶着あるな。
でも、交渉に使えるか。村の発展と信者獲得が望める。
「そうだな。勝手に舗装したのは悪いことだ。道は悪い奴だって利用するんだから。力を使うときは俺に確認を取るように」
「ご、ごめんね……ケイカ」
泣きそうな顔をして、俺にしがみついてくる。
そんな彼女の不安を取り去るように頭を撫でてやる
「ソーセージが食べたかったという理由であっても、みんなのためになろうとしたことは悪くない。そこそこ、いい子だ。次から気をつければいい」
「うん……もっといい子になるから」
ぎゅぅぅ、と、体温の高い華奢な体がかすかに震えていた。泣いているらしい。
よしよしと頭を優しく撫でた。
とはいえ夕食は、ラピシアの苦手な野菜づくしだった。
金色の瞳に涙を浮かべつつ、黙々と食べていた。




