第90話 危険妖精ハーヤとはっこう
賽銭箱を作ってもらうため、妖精ハーヤの工房に入った。
ここの扉は勇者パーティーと光属性しか入れないように設定されていた。
中は5畳ほどの小さな工房。
ただし、すべてが30センチメートルの妖精サイズなので、妖精にすると豪華な広さだった。
壁際の棚には試作品らしき、用途不明の道具が並んでいた。ただ、回転機構を備えたものが多い。外輪船試作のための練習だろうか。
作業台に座っていたハーヤは、ノミとハンマーを振るう手を止めた。
「いらっしゃいです、ケイカさん」
「いろいろ作ってるようだな」
「ケイカさんのおかげですっ。自分のアイデアを形にし放題です。ありがとうです」
俺は棚の道具を手に取った。丸い玉にヘリコプターのようなプロペラがついている。
「自由な技術が一番だ。これはなんだ?」
「どろろーんです。幽霊核を使用した、無人空撮機、みたいな?」
何か、いやーな予感が頭を掠めたが、次の道具を指差した。細長い筒のようなもの。底にプロペラ。
「これは?」
「圧縮したドラゴンブレスを利用した、大陸間弾道ラブレター配達機ですー。誤差1センチメートルで相手の胸に届けます~」
「ほう。――その時の、速度は?」
「秒速8キロメートルぐらい?」
「却下」
「はうー、なぜですか。恋の成就は妖精のお仕事の1つですー」
ハーヤがつぶらな瞳をうるうるさせて訴えかけてきた。
「相手が死ぬだろ! たぶん町ごと消える!」
「それは残念でした。じゃあ、ラブレター受け取り機も作らねば、ですね」
方向性が間違ってる気がする。
俺はプロペラ飛行機の模型を手に取った。羽根が2枚の複葉機。
「あんまりオーバーテクノロジーな物を作るな。せめて複葉機ぐらいで押さえておけ……ちなみにこれは?」
「超高高度ステルス戦略花束贈呈機です~。魔法やドラゴンですら届かない高度5万5000メートルの上空から誤差3センチで花束をお届けっ。制空権がなくてもへっちゃら! とてもメルヘンですー」
「……なんか妖精は滅ぼしたほうがいい気がしてきた」
うぅ、とハーヤが顔を歪める。
「ひどいです……ケイカさんに教えてもらった、外輪船、蒸気機関、ねじ、歯車、クランク機構、スクリュー、気体流体の性質、揚力を参考にしただけなのにー」
俺は、あっ、と声を上げた。
地球の技術を伝えたから、急速に技術を発展させたのか!
何度かせがまれて地球の話をしたことがあったのだが、これほど簡単に取り入れてしまうとは。
核分裂は教えなくて良かった。
「それは俺が悪かったな。ただ、あんまり俺の言ったことは参考にしないでくれ。異次元のアイデアだからな」
「はーい」
ハーヤは素直に頷いた。聞き分けがいいのは可愛いところ。
俺は、こほんと咳をしてから言った。
「それでな、作ってもらいたいものがあるんだが」
「なんでしょー」
「賽銭箱だ。これぐらいの大きさの、お金を入れる箱だな」
俺は手で大きさを示した。
「ほうほう。どのような用途で?」
「敷地の真ん中にある拝殿前に設置して寄付を入れてもらうんだが、お金を盗まれないようにしてもらいたい。あと、お金を入れた音を響くようにしてもらいたい」
「ミミックボックスでも捕まえてきて改造します?」
「それは絶対嫌な予感がする。もっと危険度が少ない感じで」
ハーヤは、むむむっと考え込んでから言った。
「でしたら、箱を常に数十万℃に熱しておけば誰も盗めなくなります」
「その発想はおかしいだろ! 村が焼滅どころか辺り一帯マグマ状になるな。お金も蒸発してしまう」
「うう~難しいです」
「そんな複雑に考えなくても、もっと単純でいいんじゃないか。例えば箱の底に妖精の扉を設置してお金だけ屋敷に転送するとか」
「おおー。ナイスアイデアですー。ケイカさんは妖精の素質がありますね。なりますか?」
「なるわけない! とりあえずその方向で作ってくれ――ああ、あと闇属性判定機、一から作れるか? 魔族にも反応する判定機だ」
「できますよー。前の玉? を参考にして作ります。形は同じ玉でいいですか?」
「いや、形は俺の等身大で。拝殿に銅像があるから参考にしてくれ。姿は見られないように」
「はーい。どろろーん使って見ておきますー」
「頼んだ」
さっそく作業を開始したので俺は工房を出た。
ゆるゆると裏庭を歩く。
これで屋敷でやりたかったことは終わったか。
あとは御神体を適当に選べば終了だな。
村のほうは住居関連が終わったら、病院や学校を建てたい。この2つは集客が見込めるし、絶対感謝される。信者が増えるはず。
それに刈り入れなどの畑仕事が終わったら人手が余るから、もっと建築物を増やせるはずだ。
裏庭には屋敷の食堂に隣接する形で風呂もできていた。
入ってすぐは脱衣所、奥に洗い場と風呂。風呂桶は5~6人が入れるぐらい。あまり広いと湯を沸かすのに燃料がたくさん必要になるため、中規模にした。
とりあえず念願の風呂だ。
あとで入ろう。
厨房の裏手に通りかかるとクラリッサがいた。乾いた薪を抱えていた。
「おや。ケイカさま。夕飯はもう少しお待ちくださいな」
「別に構わない。――あ、そうだ!」
もう1つ、手を出しておきたい課題があった。
大きな声を出したため、クラリッサは目を丸くしていた。
「どうされました?」
「この間、葉野菜を乳酸発酵させた漬物を出していたが、他にも発酵食品はないだろうか?」
「発酵させた食品ですか。チーズやワインのことでしょうか」
「その通り。他にはないか? 例えば蒸した米や豆を発酵させたり、その過程で出る汁を調味料として使ったり」
「豆を蒸してその後どうするのでしょう?」
「確か、塩と麹を加えて空気が入らないように樽で密閉、だったはず」
「こうじ?」
「米やパンに生えるカビの一種なんだが、毒性がない種類なんだ」
「さすがに無害なカビを選ぶのは難しいかと……」
「やっぱりそうだよな」
ドラゴンダンジョンの料理対決で大陸で手に入るありとあらゆる食材があったが、米と味噌と醤油はなかった。魚醤や獣醤はあったが。
そもそも、腐りやすい魚と肉を長期間保存するために塩漬けにするのはわかる。
そのとき自然発酵して溜まった液体が魚醤や獣醤だった。味は良いが、匂いがキツイのが難点。
米や麦と同じで、乾燥させればそのまま保存が利く豆を、蒸してから塩漬けにするのは一体どういう発想だったのだろうか。
日本や中国は湿度が高くて自然発芽してしまい年単位の保存はできなかったから、だろうか。
気にしていなかったのでよく分からない。
そもそも食事は供えてもらうものであって自分で作るものではなかったから。
クラリッサは言った。
「ようは蒸した豆と麦を塩漬けにすればいいわけですね」
「理屈的にはそうだな」
「ただ、『恋人と豆スープは待たせてはならない』ということわざがあります」
「なんとなく意味が分かる。長時間放置すると危険ってことか。一応、カビ毒に当たった場合を考えて、食べるときは俺がいるときにすること。魔法で治せるから」
「わかりました。試しに作ってみましょう」
すると裏口からミーニャが顔を覗かせた。三角耳がピッピッと動く。
「試すって、何を?」
「ああ、ミーニャも料理の腕があるから頼んだほうがいいな」
俺の言葉にクラリッサも頷く。
「ミーニャちゃんはすばらしい腕の持ち主ですもの。各地の料理に精通してるし、いずれ私を越えるでしょうね」
ミーニャはクラリッサの手伝いをする中でエーデルシュタインの調理法を学び、料理士Lvはすでに30になっていた。
その後ミーニャも参加して塩漬け豆の製法を考えてもらった。
もちろん2人には覚えている限りの情報を伝えた。
何の意味があるか知らないが、密閉した樽の上に石を置く方法や、蒸した大豆をすぐには漬けず特別な部屋で平たく敷き詰めて何日か熱さましする方法など。
まあ、できたらラッキーぐらいに考えておこう。
異世界だからどんな猛毒が生まれるか分からないし。
妖精ハーヤに菌や酵素の情報を伝えて選別方法を作ってもらうことも少し考えたが、あの調子だと一気に細菌兵器を作りかねないので、やめた。
もし、味噌と醤油ができれば、ケイカ村の特産物にしようと思った。
長期保存ができるので遠くまで運べる。名前を売り込める。飢饉が起きれば人々を救い、信者を増やせる。いいこと尽くめ。
その分ハードルは高いし、失敗しても仕方がなかった。
◇ ◇ ◇
夕方になって皆で夕食を食べる。
テーブルにはラピシアの希望した肉の腸詰め――ソーセージが出た。
肉は高いので村では貴重だった。
そして腸詰め保存はこの国では珍しかった。普通、内臓はすぐ痛むために捨てるか一番先に調理されるものだったから。
ラピシアがかぶりついて叫ぶ。
「おいしい!」
「パンに挟んでソースを塗って食べても美味しいぞ」
ソーセージをパンで挟み、甘辛いソースを塗って頬張る。
幸せそうに目をキラキラさせて飲み込む。
「ん! おいしい! ケイカありがと!」
「でも野菜も食べるんだぞ。一緒に挟むといい」
「わ、わかった!」
ラピシアは戸惑いつつも、言われたとおりにサラダも一緒に挟んで食べ始めた。
「今日は頑張ってくれたからな。ご褒美だ」
「明日も頑張る!」
「んー、しばらくはしてもらうことないな。遊びと勉強、頑張れ」
「うぅ~、がんばる……」
ラピシアが苦しそうに眉を寄せた。しかしソーセージパンを食べる勢いは止まらなかった。
その時、フィオリアのスープを飲む手が止まった。
虚空を見上げて「あ……はい……わかりました」などと呟いていた。
かすかな魔力を感じた。
「どうかしたか、フィオリア?」
「ケイカさま。今、仲間から連絡があって、あれが見つかったそうです」
世界樹のことだろう。
クラリッサや少女奴隷のエナが給仕をしているので、念のため隠したようだ。
「やはりそうだったか。よかったな」
「全員で移るか、その場合西のほうはどうするかで、みんな悩んでいるそうです」
「やってもらいたいことがある。きっと人のためにもエルフのためにもなることだ」
――そして俺のためにも。信者をさらに増やす!
「そんなアイデアが!? わかりました、仲間に伝えておきます」
「エルフたちが戻ってきたら話そう」
「はい、わかりました」
フィオリアは頭を下げた。緑の髪が頬に被さる。
リィも隣で言った。
「ケイカさん、みんなのためにありがとう」
「まあ、俺のためでもあるから気にするな」
だが――と俺は考え込む。
世界樹が生きていたのはよかったが、場所が悪い。
大森林地帯を抜けると、そこはもう魔王軍の支配地域だ。
このまま成長を続けるとすぐに見つかってしまうだろう。
エルフ500人で守れるわけがないし、俺がいつも駆けつけられるとも限らない。特に魔王や四天王との戦闘中に魔王軍別働隊が世界樹を襲ったら危ない。
森の北側は獣人たちの住む地域なので、そこを併合すれば魔王軍の防波堤にできる。世界樹を守りやすくなる。
しかし、魔王軍を追い払って獣人を助けたところで、地域を維持するための食料がない。
俺がいなくても防衛できるようにするには時間がかかる。
だとするなら、しばらくは俺がいつでも守れるようにするしかない。
そのためには――。
「時間が圧倒的に足りないな……獣人たちの食料が尽きる、この冬が勝負か」
「ケイカさま? お悩みですか?」
「そうだな。あとでセリカには相談に乗ってもらうか」
「はいっ、ケイカさま。少しでもお力になりたいです」
セリカが嬉しそうに微笑んだ。
見ているだけで癒される笑顔。
彼女のためにも頑張りたいと思った。




