第89話 ゆるやかな村の日
ケイカ村に戻る頃には夕暮れとなっていた。
結界を壊さないよう村の北側に下りてもらうと、エルフに言った。
「さっき上空から広い森が見えたと思うが、この道を北に一日ぐらい行けば森だから。中に入ればティルトが誘われたようなこと言ってたから、エルフなら導いてもらえるだろう」
「わかりましたケイカさま」「ありがとうございます」
「何かあったら村へ知らせてくれ。まあ、大丈夫だとは思うが」
「「はいっ」」
男女のエルフはきりりと引き締まった顔で返事をした。
そして夕暮れなのに、もう北へと向かっていった。
世界樹を守るという使命が彼らを動かすのだろう。
俺はドラゴンを見た。
「往復の飛行、ありがとな」
「構わん……しかし、一つ思ったのだが」
「なんだ?」
「そなたは神なのだから、空ぐらい飛べるのではないのか?」
俺は素直に頷いた。
「飛べるぞ? お前より早く」
「だったらなぜ乗ったのだぁ!」
があっと牙を見せ付けるように吼えた。
俺は頭をポリポリと掻いた。黒髪が揺れる。
「飛べることは飛べるんだがな……魔力の消費が激しくて長時間は厳しい。10分で1万ぐらい消費する」
「ほう」
「こっちの世界に合わせて呪文を最適化してないからしょうがない。風の神が封印されてて許可取れてないってのもある。ジェット気流を借りずにそよ風で代用してるからな。まあ、そのうちなんとかする」
「なるほど、そういうものか」
「だから乗せてくれて助かったよ。――それじゃ、ダンジョン作り頑張ってくれ」
「うむ。また近いうちに来る」
ドラゴンは飛び上って帰っていった。
俺は溜息を吐く。
「なんか疲れたな。帰って風呂――ああ、まだできてないのかぁ!」
「ケイカ、疲れたの?」
「走って、戦って、飛んで、雨降らせて、驚いて。精神的に疲れた」
「じゃあ、ラピシアがおんぶする?」
「それはもっと精神的にくるからやめてくれ」
「わかった!」
幼い顔を元気いっぱいの笑みで満たした。
「ラピシアは元気そうだな」
「んぅ~。いっぱいケイカのためになれた! うれしい」
えへへ、と照れたのか頬を染めながら、俺の手を握ってきた。小さく柔らかな手。
優しい暖かさに少し気分がほっこりする。
「そうか。そうだな。ラピシアがいなかったら半分もできなかったな。ありがとう」
「うん!」
俺たちは手を繋いで屋敷に戻った。
ラピシアは楽しいのか、ずっとスキップしていた。
屋敷の敷地には獣人たちがいた。
クラリッサとミーニャによって、大きな鍋で作られたスープとパンが振舞われていた。
俺の姿に気付いたマハルが2本のふさふさの尻尾を揺らして傍へ来る。
「ケイカさま、受け入れていただきありがとうございます」
「まだ住むところがないな。この屋敷の北側にでも小屋を作るか」
「はい、わかりました。あと仕事は何をすればよろしいですか?」
「獣人たちは力が強いんだったな。男たちは建築士のメルビウスに従って建物を建ててくれ。女子供は畑だな」
「わかりました。精一杯頑張ります」
マハルがかしこまって返事した。
俺はラピシアを連れて屋敷に入った。
ラピシアは食堂へと駆けて行った。元気だな。
部屋に入るとベッドへ横になる。
「はぁ~。疲れた。世界樹で疲れた。一瞬、高天原に帰れないかと思ったしな。それにしても風呂だな。ドラゴンに乗って温泉に入らせてもらえばよかった……ん? 温泉か」
パイプを作れる技術はあるから、村の近くで掘り当てれば、この家まで引っ張ってこれるぞ。
公衆浴場を作れば、ますます人が呼べるな。
「それも明日探すか……いや、ダメか。農村だものな」
温泉には鉱物由来のミネラルが含まれるし、酸性やアルカリ性の湯も多い。塩や硫黄を大量に含んだ温泉水が農業用水に流れ込んだら畑が被害を受ける可能性がある。
掘り当てて調べるまで成分が分からないのが痛いところだった。
「用水路の整備と排水路を作るか。地下下水道を作ってもいいな」
そんなことを考えていると、ノックの音がした。
続いて凛とした涼やかな声。
「ケイカさま、よろしいですか?」
「開いてるぞセリカ」
「失礼します」
セリカが金髪を揺らして入ってくる。
ベッドまで来て腰掛ける。
「お疲れのようですね、ケイカさま」
「ちょっと、いろいろあってな――」
俺はセリカに今日のことを話した。
青い瞳を丸くした。口に手を当てて驚く。
「まあ! そのようなことが! 世界樹さまが生きていらして、本当によかったですわ」
「そうだな。世界が終わるところだった――で、たぶんセリカと出会えたのも世界樹のおかげだ」
「そうだったのですね。……ケイカ様との出会いに、感謝いたします」
セリカは微笑んで俺の手を握ってきた。
物足りなく感じたので、グイッと引き寄せた。
俺の上に倒れこんできたので抱き締める。押し付けられた大きな胸が潰れた。
「やっぱりセリカが一番落ち着く」
「あぅ……け、ケイカさま」
夕飯ができるまで、セリカを撫でて癒された。
◇ ◇ ◇
次の日は朝食を終えてから屋敷の東に出た。
女性の獣人たちと教導農夫のゴードンを連れていた。
教導農夫とは、この地にはどんな作物が適しているか、どうやって育てればいいかを教えることができる農夫。
ダフネス王国は農業国なので、条件奴隷の中では一番高かった。
俺は荒地を前にして言った。
「この蕎麦を一袋、撒いて収穫しようと思う。期間は考えなくていい。蕎麦は荒地のほうが良いんだったよな?」
ゴードンが答える。
「そうですね。村の西や南の肥沃な土地だと逆に育ちすぎてしまい、倒れて枯れます。ここぐらいのほうがいいでしょう」
「やはりそうか。では、この袋分を全部撒くから頼んだ」
「焼いていいでしょうか」
「ああ、大丈夫だ。何かあったら言ってくれ」
火を使って野焼きする場合、本来なら村長の許可が要るが、まあ事後承諾でいいだろう。
燃え広がっても水と風の神なのですぐに消せるはず。
ゴードンは広さを指定し、雑草を焼いてから獣人たちに畑を耕やさせた。
畝を作って適度な間隔で種をまいていた。
それが終わると、俺はラピシアを連れてきた。
「これを成長させられるか? 一か月分ぐらい成長させてほしいんだが」
雪が降る前に収穫したいのでそれぐらいが限度。
しかしラピシアは土をぺたぺたと触ると、む~と難しい顔をした。
「まだ寝てる子が多いから 3日後ぐらいがいいかも?」
「そっか。それじゃ任せる」
「うん! ――遊んできていい?」
「ああ、行って来い」
「わーい」
ラピシアは村のほうへ駆けて行った。
「じゃあ、ゴードン。畑を頼むな」
「しっかり監督しよう」
あとは結界を張りなおしたり、建築の進み具合を眺めたりした。
温泉を見つけた場合の排水先も調べた。
◇ ◇ ◇
3日後には、蕎麦の芽が出た。
ラピシアに頼んで成長させる。
「んんん~、えいっ!」
畑に当てた手を黄色く光らせたと思ったら、蕎麦が一気に延びた。
人の胸ぐらいの高さになる。花も少し咲いた。
雑草も一緒に育って緑の絨毯のようになった。
「結構背が高いんだな、蕎麦って」
「これ以上は、大地が弱るからダメ それに雨や風で倒れそうなの」
「おー、そうか。ありがとな」
頭を撫でると気持ち良さそうに目を細める。
でもちょっと体を捩じらせて恥ずかしそうにしていた。
隣にいた教導農夫のゴードンが目を丸くする。
「こ、こんな魔法があるとは……」
「まあ、勇者パーティーだから、これぐらいはな」
「すごいですね、勇者って……さすがです」
適当に言ったのに妙に感心されてしまった。
「あとは適当に頑張ってくれ」
「はい、勇者さま――みんな蕎麦以外の草を抜くんだ。あとこの辺は少し間引こう」
蕎麦と一緒に育ってしまった雑草をとる指示や、密集しすぎの蕎麦を適度に空けていった。
間引いた蕎麦の葉は、食べるらしい。
ラピシアが言う。
「他に何かするの?」
「んー、そうだな……あ、道を石畳にできるか?」
この前、助けに行ったロニの村は、村の通りが石畳で舗装されていて、なかなかお洒落だった。
馬や荷車が運搬しやすいという利点もある。
ラピシアは自信あり気に、ぐっと拳を握った。
「石ならできる!」
「よし、頼んだ。できるだけ平らな板状にな」
「わかった!」
ラピシアは道へ飛び出すと、ぺたんと両手をついた。
むむむ~と唸ってから光った。
まあ、予想はしていたが。
「見事な一枚の板になったな」
幅1.5~2メートルの一枚板が村の道を舗装した。
灰色の硬い石になっていた。
一番深いところを基準にしたので、上に土が乗っている部分ができた。
次の雨で洗い流されるだろう。
舗装は東の林や西の畑にまで続いた。
「これでいい?」
ラピシアが首を傾げた。ツインテールがさらりと流れる。
「最高だ。さすがラピシア。今日の夕食はラピシアの好きな物作ってもらえ」
「ホントに!? わーいっ!」
ラピシアが抱きついてきたので、よしよしと頭を撫でてやった。
村人全員に恩恵がある仕事を幾つもこなしてくれたのだから、もっと褒めてもいいと思った。
その後は、同じような感じで屋敷内の参拝道を舗装してもらい、あとは遊びに行かせた。ちなみに玉砂利は無理だった。
秋の日差しの降る中、ゆるゆると村の中を散歩する。
村は建築ラッシュだった。
旅館に続いて獣人たちの住居も作られる。
風呂やお守り販売所も当然完成している。
そして新規入居希望者は増えていた。
魔物によって畑を失った人や、食べていけなくなって働き口を求めて来た人など。
もうすでに、勇者が保護するケイカ村の噂はかなり広まっているらしかった。
畑仕事はあと刈り入れと乾燥ぐらいしかないが、建築ラッシュなので人手はあればあるほどいい。
信者も順調に増えている。
【真理眼】で手を見ると1500人を突破していた。
よい傾向。
村人とすれ違う。
「お、おはようございます、勇者さま!」
「ああ、おはよう」
「道が石になったのは勇者さまのおかげですか!?」
「……まあ俺のおかげだろうな」
――手柄の横取りになるからラピシアには悪いが。直接俺がしたとは言ってないから嘘ではない。
「一瞬にして道が石になるなんて……」
「不満か?」
「と、とんでもございません、素晴らしいです! ありがとうございます!」
村人は頭を何度も下げて逃げだした。
他の人たちも似たような反応で、怯えながらも喜ぶという複雑な表情で挨拶していた。
飴と鞭が効きすぎているようだ。
まあ、また狙われても困るし、これでいいか。
畑もよく実っていた。
もうすぐ刈り入れ。
新ため池に水が半分溜まっていたので、秋の雨を考えて流入をストップさせた。
これだけあれば、もう一つ新しい産業――というと大げさだが、仕事を生み出せる。
つまり魚の養殖をするつもりだった。なぜしてないのか不思議なぐらいだが。
木の地の良い日差しの中、俺は歩き続ける。
レオやリリールからの連絡はなく、急ぎの用事もない。
なんとなく近隣の村や町まで足を伸ばそうかとも思った。
小さな困りごとでも勇者が直接解決すれば、名前の売込みにもなるだろうし。
そんな事を考えていると、家畜部門長のベイリーが馬に乗って走ってきた。
この村は家畜が少なかったが、土地が増えて余裕ができたので増やすことになった。
その部門長として馬を世話してきたベイリーが就任していた。まだ家畜自体は購入してないが。
ベイリーが傍まで来て言った。
「ケイカさま、なんか届きましたよ。村長宅に置いています。すぐに来てください」
「なんだろうか? すぐ行く」
村長宅の中庭に俺宛の荷物が置かれていた。
高さ2メートルほどの縦長の箱。
「なんだこれ……西の町ケルキラ……あっ! できたのか!」
「なんでしょう?」
ベイリーが不思議そうな声で尋ねてきた。
俺は笑いながら言った。
「注文していた勇者の銅像だ」
「えっ!? まさかご自分の!?」
「見知らぬ勇者を飾ってどうする」
「それは、そうですけど……」
俺は、早く設置したくて、ひょいっと箱を持ち上げた。
「どんなものか見たかったら、うちの敷地に来るといい」
「わっ! 大人3人がかりでようやく運んだ箱を!」
「問題ない。じゃあな」
「はい、わかりました……ていうか、ありえない」
愕然とするベイリーを置いて、足早に屋敷に戻った。
庭の真ん中にある拝殿兼神楽殿まで運んだ。
箱を開けると緩衝材に包まれた俺の銅像が出てきた。
熱を加えると瞬時に固まるスライムを使って型を取ったので、驚くほど正確だった。
顔の造型だけが少しこちらの技術でいじられて彫りが深くなっていた。
――うーん、ここまで俺は格好よくないんだが……。
日本生まれにしては目鼻立ちのハッキリした部類だが、それでも平たい顔の民族だしな。
まあ芸術に美化は付き物だろうということで、気にしないことにした。
板張りの拝殿の真ん中に等身大の銅像を置く。
千里眼を使って、御神体を設置する部屋とずれないように正確に設置した。
「仕上げは、っと――《水青印》」
魔法を使って台座の位置を板床に記す。
神楽を舞うときは銅像をどけるので、元に戻す時にズレないようにしてもらうため。
するとミーニャがとことこと、黒い尻尾を揺らしてやって来た。
井戸で水汲みをしていたらしい。
「ケイカお兄ちゃん、これは?」
「俺を拝んでもらうための、銅像だ――ちょっと美化しすぎだが」
「ふぅん……」
ミーニャは俺と銅像を交互に見た。
それから俺の顔を手で触ると言った。
「本物のほうが、かっこいい。神秘的」
「そうか。それならよかった」
ミーニャはさらに拝殿を見る。
「銅像に雨や日差しが当たる……布で三方を囲う?」
「あー、それはいいが横だけだな。前と後ろは空けるか、2枚をカーテンのようにして柱に縛っておいてくれ。風が通り抜けられるように」
「うん、わかった」
尖ったネコミミがぴこっと揺れた。
「……あとは賽銭箱だな」
「さいせんばこ?」
「参拝客は、俺の像に拝むこともあるだろう? その時、賽銭箱に寄付を入れさせるんだ」
「初めて聞いた」
「まあ、この国じゃやってないだろうな。神への寄付は神官へ手渡しだったし。箱に入れるだけじゃ盗まれる可能性が高い」
「うんうん。危険」
「何か方法考えないとな――とりあえず、この箱を片付けておいてくれ」
「わかった。物置部屋に入れとく」
俺は屋敷の裏へと回った。
ミーニャは別れ際、拝殿を見ながら「早く……舞いたい」と呟いていた。




