第88話 エルフの存亡(ラピシアアップ)
俺とラピシアはドラゴンの背中に乗って飛んでいた。
日の傾いた西へと向かっていく。
世界樹が死にかけだという。
――3柱の神が力を分け与えたというのに、足りなかったというのか……一体何が?
いくら考えても分からなかった。
すると、俺の前に座るラピシアがピカピカと点滅し始めた。
驚いたドラゴンが長い首をめぐらして言う。
「なんだ!? 爆発でもするのか!?」
「いや、次のレベルアップの条件が『空を知る』なんだ」
「空! 風! 気持ちいい!」
ラピシアが点滅しながら気持ち良さそうに叫んだ。
ふむ、と俺は考え込む。
「そうだな……雲を見て、どう思う?」
「楽しそう!」
「あの向こうに、背の高い雲があるだろう? 積乱雲と言うんだが。あの下では今、雨が降ってる」
「雨……気持ちいい!」
「ああ、大地を潤すのが雨だ。雨が降らないと、どんなに肥沃な大地も干からびてしまう」
「うん……!」
「風は暖かいほうから冷たいほうに、または冷たいほうから暖かいほうに流れる」
「んう?」
「大陸で冷えた空気と海で暖められた空気がぶつかった時、雲が生まれて雨が降る――風は世界を廻りつつ、各地で雨を降らせるんだ」
「じゃあ、空も大地のともだち?」
「その通り。それに、大地の重さがあるから空はある。大地が空気を引き寄せているんだ」
「重力なの!」
「よく知ってるな。さすが大地母神。それで、空がないと雲は生まれず大地は死ぬ。でも大地がないと空は存在できない。二人は手を取り合って生きている」
「空……大切! もっと、もぉっと、好きになった! ――大好き!」
ツインテールをなびかせて、はじけるような笑顔を作った。
カッ!
その瞬間、ラピシアの華奢な体が眩く光った。
ついでに【勇者の証】も光った。
『メンバー(ラピシア)がレベルアップしました』
『新しいスキルを修得しました』
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【ステータス】
名 前:ラピシア
性 別:女
年 齢:257
種 族:半神人
職 業:大地母神Lv5(生を知る)
クラス:治癒師 神術師
属 性:【豊穣】【輝土】【聖地】
所 属:勇者ケイカパーティー
【パラメーター】
筋 力:11万(2万)(+0) 最大成長値∞
敏 捷: 6万(1万)(+0) 最大成長値∞
魔 力:18万(2万)(+0) 最大成長値∞
知 識: 8万(1万)(+0) 最大成長値∞
幸 運:999(0) (+0) 最大成長値∞
信者数: 0
生命力: 85万
精神力:130万
攻撃力:11万
防御力:12万
魔攻力:18万
魔防力: 8万
【装 備】
武 器:なし
防 具:白銀のワンピース 母の愛が込められた服 防×2倍【全状態異常無効】【時間比例回復】
装身具:指輪
【地母神スキル】
地精結集:大地の力を自分か他の神に集める。攻撃力×Lv値。
地殻反転:地殻を引っくり返して地表を刷新する。
地質変更:土・砂・岩・鉱物などの大地自然物を別の大地自然物に作りかえる。
地星誘致:自分の星の近くにある衛星や惑星を引き寄せて合体させる。
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今気付いたが、さっきの戦闘でセリカやミーニャのLvも上がっていた。
「しっかし、またやばいの覚えたな……月が落ちてくるのか。隕石や彗星なら使い勝手があるのになぁ――いいか、ラピシア。今覚えたスキル、絶対使うなよ?」
「わかった! ケイカの言うとおりにする!」
俺を振り返って微笑むラピシア。
そして、俺にもたれかかってきた。
俺は後ろからそっと抱きしめつつ、ラピシアの頭に顎を乗せた。
「ちょうどいいな」
「むぅ……なんか、違う」
ほんのりと染めた頬を不満げに膨らませた。
ちょっと可愛い。
するとドラゴンが振り向いた。
「やばいのを覚えたというが、大丈夫なのか?」
「使わなければな。地星誘致と言って、衛星や惑星を引き寄せるらしい」
「懐かしいな……天地創造の時に、この星の体積を増やすために神が使っていたな」
「そうなのか、ってお前、そんなに古くから生きてたのか」
「当然だ。生き物がいない頃から生きてたのだぞ。神に呼ばれて働かされた。なにが報酬として自由にできる世界を与えよう、だ。ダンジョンマスターだったのが納得できぬ」
「たしかに自由にはできてるな。詐欺に近いが」
「まあ管理は楽しい上に、貴重な体験ができたからよしとする」
「ちなみに創世神ってどんな奴だ?」
「直接会ってないからわからんな――見えてきたぞ」
ドラゴンは砂漠上空を飛んでいた。
眼下には見渡す限りの砂と、巨大な切り株があった。切り株の周囲だけは土になっている。緑の草が生え始めていた。エルフたちの住むテントも見える。
「お?」
そして切り株のある周囲の砂が、白く光っていた。
切り株の傍に降り立つ。
土を掴む。白い結晶に覆われている。
「これ……塩じゃないか」
ドラゴンが言う。
「我は帰ってよいか?」
「帰りも乗りたいから待っててくれ」
「むぅ。仕方あるまい」
ドラゴンは切り株へ飛んで行き、上で丸くなった。
エルフの族長ヤークトが駆け寄ってきた。
「け、ケイカさま! どうか世界樹さまにお力をお与えください!」
「いや、この塩をどうにかしないと弱り続けるだけだ。この塩はどうしたんだ? 魔物の仕業か?」
「わかりませんが、突然地表に塩が噴出したのです」
「魔物によって空から撒かれた、というわけではないんだな?」
「はい……蒸発によってできたと思われます。地下水に塩が流れ込んだのかもしれません」
「つまり岩塩地帯を流れてできた塩水か……まあ、なんとかなるだろ。ラピシア」
「なあに、ケイカ?」
「この塩を砂に変えることできるか?」
「ん~、やってみる」
ラピシアはしゃがむと地面に両手を突いた。ううう、と唸ると体が黄色く光る。
しかし、しばらく唸っていたラピシアだが、急に起き上がると首を振った。
「この塩、大地と違う」
「え? 岩塩なら大地由来だろ?」
ラピシアの大地母神スキル【地質変更】は大地由来の物質にしか使えない。
ラピシアは眉間に可愛らしいしわを寄せつつ首を傾げる。
「たぶん……海、かなぁ?」
「なんで遠く離れた砂漠で――ああっ!」
非常に嫌な予感がした。
誰かさんが海の一部を召喚して魔法を使っていたことを思い出した。
特大の水柱まで作っていたことも思い出す。
――まさか。
俺は心話で話しかける。
『リリール。いるか?』
『なんでしょうケイカさん?』
『どこにいる?』
『今、旧エーデルシュタイン領に潜伏中です』
『そうか、それはいい。実はな今、世界樹が死に掛かってる』
『まあ、そんな! 私はまた力を分け与えましたのに!』
『塩害で死に掛かってるんだ。――そこでお前に1つ聞きたいんだが』
『な、なんでしょう!?』
『……お前、海の一部を切り取って召喚してたが、あれ、海水だよな?』
『え? はい、そうで――あ』
『バリアムークを窒息させるために作った何万トンもの水の柱。あれは真水か? 海水か?』
『……ぃ、です……』
『え、なに! 聞こえないんですけど!』
『海水で作っちゃいましたぁぁ! どうしましょう! 弟は!? 世界樹はだめなのですか!?』
『……出来ることはやってみる。一番悪いのは魔王なんだから仕方ないとはいえ……マジで、ああもうって感じだ』
『うぅ……ごめんなさいぃ!』
『これからは大海神スキル使ったら回収するように』
『わがりまじだぁ……本当に、ごめんなさあいいい』
『ああ、もう。なんとかするから。気にするな』
彼女が泣き出したので、さっさと心話を切った。
俺は、はぁ~と溜息を吐く。
「土と砂を水で洗うしかないか……ヤークト。世界樹の根っこはどうなってる?」
「下の岩盤まで届いていると思います。横は砂漠の縁まで」
「なら沈み込んだりはしないか。――コップかお皿を持ってきてくれ」
「はい、わかりました!」
ヤークトは慌てた様子でテント村に戻っていった。
俺は切り株に沿って歩き、日陰に入った。
腰に下げたひょうたんを持つ。
ラピシアが興味津々な様子で目を輝かせる。
「どうするの、ケイカ?」
「雨雲を呼んで雨を降らせる。ラピシアは少し離れた場所に、縦横深さ100メートルの巨大なくぼ地を作ってくれ。水漏れしないよう、岸は固めるんだぞ。根を傷つけないよう注意してな」
「わかった!」
ラピシアがツインテールをなびかせて、砂漠の東へと走っていく。
ヤークトが戻ってきたので皿を受け取った。
「テントが水没するかもしれないから村のみんなは切り株の上に逃げておいてくれ」
「わかりましたケイカさま」
ヤークトは颯爽と戻っていった。
エルフたちが避難したのを千里眼で確認してから、日陰に皿を置いて水を入れた。
そして唱える。
「我が名に従うそよ風よ 冷たき風、熱き風、あまねく雲を呼び集めよ――《集域降雨》」
ゴゥゴゥと地鳴りのような音が上空から聞こえ出す。台風直前の風の激しさ。
雲一つなかった上空に、白い雲が沸き起こる。
積乱雲も滑るように流れてくる。
日の光は遮られ、辺りが薄暗くなった。
雲の内部で雷光が光る。
そして、ポツッと一滴の雨が頬に当たった。
それからは、バケツを引っくり返したような豪雨になった。
世界樹の周りが水没を始める。
ラピシアがきゃっきゃと飛び跳ねながら戻ってくる。
白いワンピースが濡れて張り付き、華奢な体が透けていた。
「ラピシア、土や砂を動かして撹拌してくれ」
「わかった」
泥状の水溜りに手をついて、大地を動かす。ゴゴゴッと不気味な振動を始める。
――これで塩が流れてくれるといいが。
世界樹が死んだら木が生えなくなる。世界が終わる。
世界樹は神なので、弱っていなければ塩ぐらいなんともなかっただろう。
いじめられ続けたところへ、トドメの塩害をくらったものだから死にかけたのだと思われる。
――本当にもう、リリールはドジっ子てレベルじゃないよな。
いい感じに塩を溶け込ませたところで、俺は唱えた。
「――満ちたる水よ 緩やかに従い流れよ《波動流水》」
俺の指示に従って、切り株の回りに湖のようにたまっていた泥水が流れ始める。
もちろん地下深くまで浸透した水も吸い上げる。
そしてラピシアの作った巨大なプールに流し込んだ。
念のため同じ手順を3回繰り返してから雨を止ませた。
世界樹の周りがかなり削られてしまったが、ラピシアが根を覆うように土を盛り上げた。
雲が晴れた。
熱い日が差して、湿った大地が乾いていく。
「まあ、こんなもんでいいだろ、たぶん」
「終わり?」
「ラピシア偉いぞ」
「えへへ……頑張った」
頭を撫でてやると、しっとりと濡れていた。
一応、台地のように広い切り株に上がると、新芽の様子を見に行く。
前は双葉だけだったのが成長していた。幹は人の胴ぐらいにまで太くなり、高さも人の背丈を越えていた。何枚か葉が出ている。
それからラピシアと二人で力を分け与えた。
しかし、二柱分の力を与えた割には反応が弱い。
気になって真理眼で見た。
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【ステータス】
名 前:ムンディス
年 齢:?
種 族:世界樹
職 業:幻樹
属 性:【聖木】
【データ】元・世界樹。度重なる痛手により、神として存在できなくなった。
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「……世界終わったな、これ」
「死んじゃったの?」
ラピシアが悲しそうに眉を寄せた。
「エルフたちに聞いてみよう」
俺たちは重い足取りで戻った。
エルフたちは切り株の上にテントを張っていた。ドラゴンが傍で丸くなって寝ている。
全員、暗い顔をしていた。
ヤークトが進み出てくる。
「ありがとうございました、ケイカさま……世界樹さまは命を取り留めました」
「でも、神ではなくなっただろう? どうするんだ? 種や接木でどうにか復活させられないのか?」
「種はありません。接木をしても普通の大木になります」
「じゃあ、新しく植えるとか」
「創世神さまが植えられた木ですから……。このままお育てして、神として復活してもらうのを願うばかりです」
また創世神か。まあどこの神話でもいつの間にかいなくなってることが多いからな。
「それじゃ間に合わない。どこか異世界から種を持ってくるしかないな」
いくつか世界を渡り歩けば、1つぐらい見つかるだろう。
しかしヤークトは悲しげに首を振る。
「異世界へ通じる道を開けるのは世界樹さまだけでした。世界の外側へと枝葉を伸ばしていたそうです」
――ふと、嫌な予感がした。
俺は少しはなれて水を撒く。
「空と時を繋ぐ、天鳥船神よ。我が呼びかけに応じ、高天原へと渡る道をなせ! ――《異界神門》」
何も起きなかった。
「あまねく海を生み育む 大海神リリールよ! 我が蛍河比古命の名において、高天原へと続く道をなせ!――《異界神門》」
何も起きなかった。
背筋にゾクッと詰めたいものが走る。
――帰れなくなったのか……!
するとリリールが心話で話しかけてきた。
『今、何か変なことしませんでしたか? ぐすんっ』
『ああ、ちょっとな。まだ泣いているのか。世界樹は助けたぞ……砂を真水で洗った』
『本当ですか! ありがとうございます! うぅ……っ』
『しかし神格を失ったので、リリールの名前で元の世界へ帰る道を開こうとしたんだが』
『ケイカさんの世界がどこにあるか知らないので私に頼まれても開きようがありませんよぅ』
『それもそうだな……それを知っていたのが世界樹か』
『ああ、ムンディス。意思疎通のできる、とても可愛らしい子でしたのに……』
泣き言が増えたのでまた心話を切った。
俺は、はっと息を飲む。
「――ん、まさか。異世界に通じていて、異界神門を開けて、召喚も送還もできて、意思疎通ができる木――知ってる」
「え!?」
ヤークトが驚きの声を上げた。
俺がこの世界に来て最初に会った、御神体クラスの大木。
偶然、この世界に流れ着いたと思っていた。偶然セリカと出会ったと思っていた。偶然グレウハデスを倒したと思っていた。
偶然ほとんどの神がいなくて、俺がやりたい放題できるんだと思っていた。
世界樹が呼んだのか!
よくよく考えてみれば、いくらファンタジーな世界でも、話しかけたら枝を振って答える木なんて、おかしいだろう。
「ひょっとして世界樹が倒れた方向は、東じゃないのか?」
「その通りです。よくご存知で」
「世界樹は森の木を使って無数の結界を張れるんじゃないか?」
「はい、迷わせたり導いたり。いろいろされます」
折れるときに種を飛ばし、ダフネス王国で芽を出したんだな。
そしてレオたちが森で迷ってバラバラにされたとき、ティルトにまで影響があったのは、エルフを呼び寄せたかったのではないか。
しかしティルトは幼い頃に村を飛び出し、エルフとしての修行はほとんどしてないはずだから、世界樹の存在に気付けなかったんだろう。
「決まりだな。世界樹は死んでない。代替わりしただけだ」
「ど、どこにいらっしゃるのです!?」
「教える代わりに、いくつか願いを聞いてくれよ?」
「もちろんでございます、勇者さま!」
「場所はダフネス王国の北側、俺の村の北に広がる大森林地帯だ。昔は北へと抜ける道があったが今は森に没している。世界樹が力を使ったんだろう。というか、ここの世界樹は魔物の目を逸らすための身代わりだったんだな」
世界樹は移動できない。見つかれば終わりだったろう。だから若木はずっと隠れていた。
――まさか、グレウハデスは世界樹の若木を探してたんじゃないだろうな?
それで命を危機を感じて、亜空間を漂う俺を引き寄せて、倒させたと。
ヤークトは勢い込んで言った。
「すぐ調査に向かわせます!」
「ん、そうだな。今から帰るから、エルフを2名ぐらい連れて行こう――ドラゴン、起きてくれ」
「ああ、帰るのか――乗るが良い」
ドラゴンは牙の並ぶ口を開けてあくびをすると、乗りやすいように屈んだ。
俺とラピシアが乗ると、ヤークトがエルフの男女を2人連れてきた。
「この2人が村で一番強い者たちです。どうか一緒に連れて行ってください」
「わかった。――ドラゴン。世界樹のためだ、このエルフを乗せていいよな?」
「嫌と言っても乗せるくせに。まあよい、乗れ」
「申し訳ありません、ドラゴンさま」「背中に乗るお許しを感謝します」
エルフはしなやかに麻の短衣をひるがえして、俺の後ろに乗った。
「では、ゆくぞ」
ドラゴンは翼を広げると空へと舞い上がった。
そして悠々と羽ばたきつつ、東へ飛んでいった。
ようやく第1話で書いた伏線を回収できました。




