第87話 ドラゴン相談室
全速力で走ると、十分ほどでケイカ村に着いた。
ドラゴンは長方形のため池の傍に座って水を飲んでいた。
――ていうか、この辺の結界、壊れてるじゃないか。また張りなおしかよ。
いっそのことドラゴンでも通れない強力な奴にしようかと考える。
人の出入りができなくなる可能性があるのが問題だが。
「で。いったい何の用だ?」
「おお、久しぶりだなケイカ。困ったことが起きてな」
「お前は山にいてくれないと、人間との不干渉の前提が崩れるだろう」
「それは分かっているが、仕方がなかったのだよ」
「ほう。何があった?」
ドラゴンは深刻そうに眉間にしわを寄せた。
「実はな……ダンジョンが完成しないのだ」
「そんな趣味のこと相談されてもな!」
俺は呆れて言ったら本気で言い返された。
「趣味とはなんだ! せっかく作り上げたダンジョンを攻略してしまったのはケイカたちだろう!」
「もうそれ逆切れに近いだろ。……で、何が問題なんだ?」
「目玉の大物モンスターが集められん」
「ん? 大物は諦めたんじゃなかったのか?」
「やはりダンジョンといえば階層。階層といえば、階層ボス! レアで強い生き物がいないとコンクールで上位に入れないのだ」
「あの時いたのは、クリスタルボアと砂クジラ、ドラゴンゾンビにマジックゴーレムか」
「全部倒してしまいおってからに」
恨めしそうな目で見てきた。
――知らんがな。
「もうお前が体に色を塗って、5階10階15階に出現したらいいだろ」
「そんな低予算な劇みたいなことできるか! 恥をかいてしまうではないか!」
「知らん。コンクールとかどうでもいいしな。世界が大変だというのに」
ドラゴンは緑の目を丸くする。
「それなら関係あると思うぞ」
「なに?」
「魔王を倒したくても聖剣がないのだろう?」
「よく知ってるな。ただもう材料の目安も作り方も目処はついた。あとはエーデルシュタインの宝石があればいい」
「ほう? この世界には存在しない『銀鉄』も手に入れたというのか?」
「銀鉄?」
「宝石と神竜の牙を粉にして銀鉄に混ぜ合わせて打ったものが『天臨の聖剣』だぞ?」
「え。リリールはそんなこと言ってなかったが……」
ドラゴンは苦いものでも食べたかのように口の端を歪めた。
「あの神は、悪くはないんだが……少し抜けているところがあってな」
「ああ、やっぱりな。誰でもそう思ってるのか」
「うむ。我が言ったとは言わないでくれ」
「確かに骨と石だけで剣になるのか少し疑問だったんだがな。――で、話の流れからすると、コンクールで勝つと銀鉄が賞品として手に入るのか」
「そのとおりだ。そなたは銀鉄、我は名誉とダンジョン階層が5階層分が手に入るから欲しいのだ」
「20階層になるのか」
「うむ。たまごのためにどうしても欲しい。現状では2つの階層をたまごの部屋にしたからな。使用しなければ盗まれる心配がない!」
「なるほど、賢いな。あれからたまごはもう1つ見つかったぞ。リリールが持ってる」
「そうか。それはよかった。もうたまごは我の手には負えぬ。神々の手に委ねよう」
「デウス・エクス・マキナだな」
「なんだそれは?」
「まあ俺の世界の言葉で神による直接的な救済って感じの意味かな。元は演劇の方法の一つで、機械仕掛けの神を出して物語を終わらせる方法だ」
「それは面白いな。機械仕掛けの神か……」
ふむ、と長い首を曲げて考え込むドラゴン。
風が吹いて俺の黒髪を揺らし、田畑の上を駆け抜けていった。
俺は言う。
「銀鉄が欲しいから手伝いたいが、とりあえずダンジョンについてもう少し教えてくれ。でないとアイデアを出しようがない」
「それもそうだな。まずは、大きく分けて15階層のダンジョンを2つ作れる。我は初級と上級にわけていた」
「俺たちの突破したのが上級だな。1階は共通なのか? 罠も宝もなかったが」
「1階は野良モンスターが勝手に入り込んでくるから、もう諦めた。あれはそのままにする」
1階を思い出す。普通のダンジョン。通路が迷路で、空き部屋がたくさんあった。
「その考えは間違ってるな」
「なぜだ!?」
「あまりにも普通すぎて、夢がない」
「夢……だと? しかし、何を設置してもすぐ取られたり、罠に掛かったりして……」
「だから別に罠も宝もなくていい。その代わり、内装を王家の墓のようにするんだ。中央に広い部屋、その回りに小さい空き部屋。中央には空の石棺、壁際には巨大な女王の石像など」
「ほう!」
「そうすると、1階層目に宝はないが、奥に進めばいいアイテムがありそうに思えるだろう? 冒険者は次から次へと挑戦してくるだろう」
「な、なるほど……雰囲気作りから始めるということだな」
「その通り。盗みようがない内装すらも罠の1つにするんだ。心理的な罠だな。小さい部屋を作るのは野良モンスターに住んでもらうためだ」
ドラゴンは目を輝かせて頷く。
「それぐらいの変更ならDPも少なくて済む。やってみよう!」
「DPってなんだ?」
「ああ、ダンジョンポイントの略だ。侵入者を撃退したり、突破されずに時間が経つともらえる。DPを消費して罠や宝、モンスターなどを設置するのだ」
「なるほど。どれぐらいある?」
「今は、4万5000DPぐらいだな。扉設置で100DP、迷宮化で1000DPだから全部の階層をいじるとすぐになくなってしまうぞ」
「ゴブリン1体召喚すると?」
「10DPだな。金貨1枚につき1DP。ただ生き物は生態系を作らねばエサがなくなって死んでしまう」
「ああー、そう言えば、2階層は蛇・ネズミ・木。3階層は蟻と芋虫で作ってたな」
「2階は蛇が死んだために、ネズミが爆発的に増えて大変だったのだぞ。中級モンスターの蛇を追加投入しても食い殺されてしまうし」
ドラゴンには悪いが思わず笑ってしまう。
「あはは、それでどうなった?」
「放置したら共食いを始めて、最終的に残った1匹が金色のキングラットに進化した」
「よかったじゃないか。というか進化もするのか……それを狙ってみるのも面白いかもな」
「うむ。しかし時間がない。完成していたからすっかり忘れておったのだが、コンクールまであと1ヶ月なのだ」
「早いな。じゃあキングラットは15階に回すしかないか。複雑な迷宮にして」
「それは困る。14階と15階は我が入れる広さにしてあり、隠し部屋にたまごを設置しておるのだ。それに、たまごと同じ階層に生きたモンスターは配置したくないのでな」
「それはダメだな」
「だろう? だからせめてキングラットは13階に……」
「いや、違う。たまごを隠し部屋に隠しているのがダメって言ったんだ」
「なぜだ!? 隠さねば取られてしまうだろう!」
「隠したら大切な物があると言ってるようなものじゃないか。俺なら壁をぶち抜いてでも見つけ出すだろうな。そして高価な物だろうと考えて、たまごを持ち去る」
「ぐ……じゃあ、どうすればよいと言うのだっ!」
ドラゴンは泣きそうな顔で叫んだ。この時ばかり母親の顔だった。
俺はニヤッと笑う。
「隠すから奪われるんだよ。キーアイテムにしてしまえばいい」
「どういうことだ?」
ドラゴンは長い首を傾げた。
「つまりだ。階段の部屋を出ると密室。台座の上にたまごを置いておく。挑戦者がたまごを両手で素手で持ち上げると、扉が開いて進めるようになる。ダンジョンには壁や床から槍が出る罠を設置しておくが、たまごを両手で素手で持っている限り発動しない。この辺は看板に書いておいていいな」
「ほう?」
「そして最後の部屋の手前の台座にたまごを設置すると、階段のある部屋の扉が開く。台座から外すと瞬時に閉まる。冒険者は扉を通るためにたまごは残していく。罠を避け、扉を開けるキーアイテムだと思って、その階層から持ち去ろうとは考えないだろう」
「なるほど」
「しかも、両手で素手で、っていうのがポイントだ。剣士が持つにしろ僧侶が持つにしろ、パーティーの1人は確実に戦闘に参加できなくなる。戦力激減だ。しかも、もし手を離せばトラップがいっせいに発動して串刺しになって死ぬ」
「おおおおお! お前、鬼だな! たまごが守れる上に、撃退もできる! 素晴らしい!」
ドラゴンは緑色の目をキラキラさせて笑った。
――うむ。ここまで喜んでもらえると俺まで嬉しいな。
「でも上級は使用しないんじゃなかったのか?」
「お前たちの時のように、万が一ということもありうる。念には念を入れておきたい」
「確かにたまごに関しては万全を期するべきだろうな。だったらもう1つ方法があるぞ。キーアイテムとして回収する方法もある」
「ん? というと?」
「三角錐、玉、立方体をダンジョンにバラバラに置いておいて、ゴール手前の穴に正しい順番で入れると扉が開くようにする。これも最初の部屋に看板で説明しておけばいいだろう。順番のヒントはダンジョン内に散りばめとけばいい」
「なるほど。回収するなら持っていかれる心配がないな」
「正しい順番で穴に入れないと、たまごが安全な場所に移動してから、彼らの上に酸が降ったり、爆発が起きるようにすればいい」
「それはむごい! 穴はフェルトで柔らかく作ればいいな。――なるほど、隠すから奪われる。堂々とさらせば、逆に重要な物とは気付かれないのか」
「もちろんたまごに硬化の魔法ぐらいかけておいてやらないといけないが。それはできるか?」
「問題ない。聖剣でも傷つかないようにはできる。生まれる前には解除してやらないといけないが」
ドラゴンは真剣な顔で答えた。
俺はまた別の案を話した。
「あとは同じものの中に隠すという手もあるな」
「それは我も考えたが、逆に怪しまれないか? 重要な物があると教えるようなものだ」
「だからそれもキーアイテムだ。広い部屋中に何千個もの似たような玉を並べておいて、女神像の腕に本物のたまごを設置すると扉を開くようにする」
「なるほど」
「しかも偽のたまごを設置すると酸が降ってきたり、爆発させればいい」
「お、鬼だな、ケイカは。よくぞそんな考えをいくつもいくつも……」
「一度ひどい目にあって学んだからな。重要なのは心理の裏を突くようにすることだ」
「心理の裏……例えば?」
「そうだな。お前のダンジョンで言えば、水路の階層で、巨大な宝箱に船が入っていただろう?」
「うむ。きっと驚くだろうと思って設置したのだ」
ドラゴンはちょっと得意げになって言った。
しかし俺は、その自信をばっさりと切り捨てる。
「確かに驚いたが、それで終わりだったからな。それじゃダメなんだ。あれで船に乗って進んだら、滝があって全員死ぬようにすればいい。正解は宝箱をどけた裏にある扉にする」
「あの船自体を罠にするというのか……!」
「水路の階層に船とくれば、当然これがクリア方法だろうと誰もが考えるからな。だから、あの宝箱の部屋まで飛び石に罠があったが、あれは全部はずしたほうがいい。誘い込むべきだ」
「お、恐ろしい……お前がダンジョンマスターでなくて良かったよ」
俺は腕組みして顔をしかめた。
「魔王はもっと恐ろしいぞ……今思い返しても分身した仲間を殺して解体させるクリア方法は、今でも軽くトラウマだ」
大切なセリカをこの手で殺めた感触。
セリカと過ごして、彼女の存在が大切になればなるほど、あの気持ち悪い感触が生々しく蘇る。
本当に最悪だ。これだけでもヴァーヌスは絶対に許せない。
「魔王のダンジョン? 北の城を攻略したのか?」
「いや、試練の塔だ。言ってなかったか。たったの5階層なんだが、こんな感じでな――」
俺が説明すると、ドラゴンの顔が嫌そうに歪んでいった。
「なんと……そのようなダンジョンが……聞いてるだけで気分が悪くなる」
「ああ、もう本当にな。ヴァーヌスの性格の悪さは確かに魔王だよ」
「ヴァーヌス!? ヴァーヌス神が魔王だというのか!?」
「あれ、知らなかったのか?」
ドラゴンは深刻な顔で俯く。
「別に、ずっと神の動向を追っているわけではないからな。しかし困った……」
「どうした?」
「今回、ヴァーヌス神が作ったとされるダンジョンが参加するのだ」
「え? あいつは今、動けないはず……」
「うむ。代理管理者のヴァーヌス教が参加する。おそらく初参加だ」
「ほう……手ごわそうだな。しかし、なぜ急に……ああ、聖剣を作らせないためか」
――どこまでも邪魔してくるやつらだ。なんとかして弱めておかないとな。
ドラゴンは首を伸ばすと言った。
「とにかく、名案をありがとう。さすが勇者になった男だ。今言ったアイデアを早急に取り入れよう」
「頑張れよ」
「では、また来る」
「来るのか……人の姿にはなれないのか? その姿はいろいろと問題がある」
ドラゴンは眉間に嫌そうなしわを寄せた。
「なぜ最強のドラゴンである我が、人の真似などしなくてはならんのだ」
「じゃあ、せめて小さくなれ。また結界を壊されても困る」
「それはすまなかった。次来る時は小さくなろう」
「ああ、それじゃ――」
――と。村の方から人が走ってきた。
緑の髪を後ろになびかせ、巨大な胸を上下に弾ませて駆けて来る。その後ろには、白いワンピースを着た、青いツインテールの少女。
エルフのフィオリアと、ラピシアだった。
「ケイカさま、ケイカさま大変です!」
「どうした、フィオリア?」
「今、エルフの仲間から精霊を通じて連絡があって――世界樹さまが、死にかけているそうです!」
「なんだって!?」
――そういえば、リリールが世界樹が弱っていると言っていた。
「どうかお願いします! 世界樹さまを助けてあげてくださいっ!」
「わかった!」
俺はドラゴンを見た。
「緊急事態だ。世界樹まで飛んでくれ」
「仕方ないな。乗るがよい」
ドラゴンは身を屈めて上りやすくした。
「ラピシアも乗れ!」
「うん!」
俺とラピシアが背中に跨ると、ドラゴンは翼を広げた。
「ケイカよ、しっかり掴まっていろ」
「大丈夫だ。最高速度で行ってくれ!」
「言われるまでもない」
ふんっ、と笑うとドラゴンは飛び上がった。
下ではフィオリアが逆巻く髪の毛を押さえながら叫ぶ。
「どうか、どうかお願いします――!」
切実な願いをあとにして、俺たちを乗せたドラゴンは西へと飛んでいった。




