第86話 一難去ってまた一難
獣人たちを連れてロニ村へ戻った。
村人たちは教会に集まっていた。
神父の格好をした初老の男が出迎える。村長だった。
「勇者さま、村を救ってくれてありがとうございます」
「村人たちは大丈夫か?」
「あれだけの被害の割には人的被害はとても少なく済みました。冒険者が2人。村人が2人です。けが人は無数に出ましたが、一命を取り留めたものが多いです。意識不明者がまだ数人いますが」
「お、そうか。どこにいる? 治してやれるはず」
「え、本当ですか、勇者さま、長いすに寝かせています!」
「わかった」
俺は教会の中へ足早に入った。
浅くはない怪我をしてる男が多いので《快癒》を唱えながら通路を歩く。
「おお!」「痛みが!」「マジか!」「勇者さま!? すげぇ!」「ありがてぇ!」
教会内に驚愕の声と俺を褒め称える声が響いた。
祭壇前の長いすには確かに死にかけている人たちがいた。
土気色の顔で横たわる血まみれの青年と、首と背骨が折れている少年。胸を突き刺された僧侶。はらわたがはみだして苦しんでいる中年男。
「偉そうに言ったが、これは俺でも厳しいかもな――《快癒》」
触れながら治療する。
青年はすぐ治った。少年は骨と神経を正してから治した。僧侶は心臓が動いていたため、肺を元通りにしたら治った。
中年が大変だった。内臓は先に治して、位置を調整しながら戻して腹を閉じた。もう一度《快癒》をかけて腹膜炎を予防しておく。
少し時間がかかったけれども、3人とも脈と呼吸は浅いが一命を取り留めた。
「よし、一週間は動けないだろうが、命は助かったはずだ」
「え!? あの勇者さま……そちらは亡くなった人ですが……」
「あ、そうだったのか! 呼吸はまだしていたからてっきり」
「本当に助かったのですか!? ――そんなまさか! どうしてですか! 私の祈りでも届かなかったのに……」
「まあ、勇者だからな」
少年の傍にいた女性が「本当にありがとうございます!」と涙を流してお礼を言ってきた。
他の村人も驚いている。
「すげぇ」「信じられない」「さすが勇者さま」「本当に勇者の力なのか……?」
さすがにやりすぎだったかもしれないが、命を助けたんだから気にしない。
一通り眺めて全員生きているので教会の外に戻った。
獣人たちは身を硬くして立ちすくんでいた。
村長に言う。
「それでだ。獣人たちが穀物を返したいそうだ。彼らは魔物に脅されて従わされていただけなんだ」
村長の顔が曇る。
「そう……ですか」
「信じられない気持ちも分かる。許せない者もいるだろう。しかし、ここは勇者ケイカの名前に免じて、許してやって欲しい。その代わり、村の補修費用を払おう」
「それは、ありがたい申し出ですが……今、村を捨てるかどうかの話し合いの最中でして」
「村を捨てる?」
「農地を覆うだけの結界を頼む費用がないのです。何十年もかけて、こつこつ広げてきましたが……もう」
村長は堪えきれずに、目を覆った。ぐすっと鼻をすすり上げる。
「農村なのに畑を耕せなかったら終わりだな」
「はい……あぁ、私の代で廃村にしてしまうとは……」
村長は目を真っ赤にして泣く。
獣人たちは悲しげに俯いた。
「まあ、結界なら俺が張れるから安心しろ。もちろんタダ――いや、蕎麦1袋でしてやる。ちなみに俺の村の農地も5倍に広げてきたところだからな」
がばっと村長が顔を上げる。
「ほ、本当ですかっ、勇者さま! ありがとうございます! それなら村は立て直せます!」
「それなら、さっそく直すか。獣人たちは村のがれきでも運び出してくれ」
「「「わかりました」」」
ところが。
突然、少年が表に飛び出てきた。獣人たちを指差して叫ぶ。
「こいつらだよ、結界壊したの! 僕見たんだ!」
「なに!」「本当か!」
「豚みたいな顔をした獣人が壊したんだ!」
大人たちが殺気立つ。
俺は言った。
「それは獣人じゃない。魔族だ。ややこしいが、獣の人間と、獣の魔族がいる。その違いだ」
「でも、でも、だって!」
まだ言いたがる少年を、俺は神の威圧を込めて睨み付けた。
「黙れ。勇者の俺を疑うというなら、牢屋行きだが……いいのか?」
「ひぎっ」
少年は尻餅をついてぶるぶる震えた。
それから大人を睨む。
「お前たちもそうだ。獣人たちは魔族に無理矢理従わせられていただけで、本当はしたくなかったんだ。わかるな?」
「は、はい……っ」
男たちは震え上がった。
そこへ馬の蹄の音が聞こえた。
見れば5頭の馬に乗ったベイリーと村人、それに剣士が村に入ってきた。
ミーニャは巫女服をなびかせて併走していた。嬉しそうに耳がピコピコ揺れている。
「ケイカお兄ちゃん!」
「よく来たな、ミーニャ、それにベイリーたち。今から村を掃除するから、獣人たちと一緒に手伝ってくれ」
「うん」
勢いよく頷いて、そして獣人たちへと向かった。
俺は村長を見る。
「じゃあ、結界を張りに行こうか」
「はい。こちらです」
村長に案内されて、結界を張った。
途中、池にまだ潜んでいたリザードマンと火トカゲの残りがいたが、ミーニャが見つけて切り裂いた。その後、解体されて素材になった。
あと魔族や魔獣の死体も黙々と解体処理したそうだ。
素材の半分は村に残され、残りはミーニャが持ち帰ることになった。
その間に、俺は村を大きな正方形、農地をいくつかの正方形で囲んだ。
数時間後、村の入口に戻った。
ミーニャやベイリー、それに獣人たちが整列している。
村長が穀物袋を渡しながら言う。ずっしりと重い。25~30Kgはあるようだ。
「勇者さま、村を救っていただいてありがとうございました。こちらはお礼の蕎麦です……小麦でなくてよろしいのですか?」
「蕎麦がいい。75日で収穫できるからな。今から育てるつもりだ」
「今からですか!? 初雪までに収穫が間に合わないかと」
「ま、その辺はどうとでもなる。あと結界だが」
「はい、なんでしょう?」
「結界はちょっと厳し目に設定しておいた。魔族と魔物、それに村に悪意を持つ者は入れなくなった。あと……1日経てば獣人も入れなくなる。それでいいな?」
「はい……獣人の方には申し訳ありませんが、この被害があった後です。ご了承ください」
後ろに控えていた狐族長のマハルが頭を下げた。
「当然の処置だと思います。本当に申し訳ありませんでした」
獣人たちもそれぞれに頭を下げる。
「ごめんなさい」「申し訳ありません」「お許しください」
「まあ、長い時間掛けて許してもらうしかないだろう……あと、これは相談なんだが」
「なんでしょう?」
「結界をものともしない強い魔族が村に侵入した場合、すぐに知らせる装置があったらほしいか?」
――おそらく侵入したのは豚のグルモン。
元の結界がどれぐらいの強度か知らないが、上級魔族には存在しないも同然だろう。
「そのようなものがあるのですか!? ぜひお願いします!」
「わかった。出来上がり次第届けさせよう――では帰ろうか」
「うん」
ミーニャが頷いて俺と並んで歩く。その後ろに獣人たちが続く。
村人は手を振って見送る。
「ありがとう勇者さま」「旦那を救ってくれて感謝します」「さすがです、勇者さま」
俺たちは丘を越えて、南東のケイカ村へと進んでいく。
俺はミーニャと一緒に馬に乗っていた。
同じく馬に乗るベイリーが傍へ来る。
「ケイカさま、獣人たちを村へ住まわせるんですか?」
「そうだ」
「村の人たち、怖がるんじゃないですかね?」
「そうだろうな――」
「奴隷にするか、せめて偽の奴隷紋でもつけておいたほうが……」
うーん、と俺は考え込んだ。
すると後ろからマハルがやってくる。
「会話を聞いてしまいました。私どもは迷惑を描けるつもりはありませんが、不安が解消されるのでしたら奴隷になります」
「うーん。それをすると、偏見はいつまでたっても消えないんだよなぁ。できることなら共存したい」
マハルとベイリーが目を丸くする。
「人間と「獣人と共存!?」
「それに獣人はもう住んでたじゃないか――なあ、ミーニャ」
「ん」
こくっと頷くミーニャ。風で黒髪がサラサラと流れた。
ベイリーが頭を掻く。
「そうでした、すいません。ミーニャさんがおられましたね」
「ケイカお兄ちゃん。いい方法がある」
「なんだ?」
「獣人は同じ獣人で一番強い者に従う。だから私が勝てばいい」
「いやいや……私が一番強いですが、子供に負けるとは思いませんが」
「ケイカお兄ちゃんに強くしてもらった。誰にも負けない」
「ケイカさまには逆立ちしたって勝てませんがね……」
ミーニャがマハルをジロッと睨む。
「私の力を疑うのは、お兄ちゃんに対する不敬」
「いや、それは事実であって……」
耳を垂れて俺の様子を伺うマハル。
俺はニヤッと笑った。
「いいじゃないか。村人みんなが集まる時に、戦え。手を抜かず、全力でな」
「ケイカさまがそう言われるのでしたら、全力でいかせてもらいますが……今からでしょうか?」
「いや、祭りの日に人が集まるから、そこで戦おう」
――しかも、賭けをして盛り上げてやろう。
いい出し物になる。
俺の内心を知ってか知らずか、ミーニャはツンと澄まして呟いた。
「絶対……勝つ」
――と。
頭にガツンと衝撃が走った!
『ケイカ! でっかいの来た!』
ラピシアからの心話だった。
――痛てぇ……って、大きいのだと!
やはり本隊は別にいたのか!
俺は急いで《千里眼》で村を見た。
そこには確かにでかいのがいた。
緑色の宝石のような巨体が村の西側、新しいため池辺りにいた。
――グリーン山のドラゴンじゃないか!
『だれ?』
――いやいや。会っただろ。たまごのお母さんだよ。
『ドラゴンの顔 見分けつかない』
――まあ、それもそうだな。俺も並ばれたら分からないな。……とりあえず、すぐ帰るから村人たちには安心しろと言っといてくれ。
『わかった!』
俺は馬から飛び降りた。
「村に用事ができた。先に帰る。みんなはゆっくり帰ってきてくれ」
「わかった」
こくっと頷くミーニャ。
マハルとベイリーも頷いた。
「わかりましたケイカさま。あとから行きます」
「馬に乗っていかなくていいのかい?」
「走ったほうが早い――勇者だからな」
ベイリーは首を傾げたが、俺はもう走り出していた。
――それにしても自分から村へ来るなんて、いったいどうしたんだ?
何もなければいいが。
嫌な予感を感じながら、俺はケイカ村へと急いだ。皆が見えなくなると《疾風神足》を使って。
40万字超えてました。ありがとうございます。




