第85話 襲撃の理由
俺は戦い続くロニ村へと入った。
石畳の敷かれた道を走る。
まずは池の東。
トカゲ人間、リザードマンによって一番大きい被害を受けていた。
鱗が堅く、倒せなかったらしい。
「――《風刃付与》」
駆け抜けながら太刀を走らせ斬り捨てる。
「グギャァァ!」「ナンダ――グアッ!」「ゲフッ!」
血しぶきを上げて3人が倒れた。
「オトコ ヒトリ カコメ!」
小隊長格の声に、横一列に並ぶリザードマン5人。
なかなか統制の取れた動き――だか、しかし。
「俺には好都合――《烈風斬》!」
太刀を横薙ぎに振り抜く。
ザァンッ!
「ギャァァ!」「グギェェェ!」
リザードマンたちは一太刀でもって、血を噴出しながら倒れた。
力尽きて膝を突いていた戦士風の男が呟く。
「な、なんて強さだ……あんたは?」
「俺はケイカ。勇者だ」
ニヤッと笑うと、さらに太刀を振りかぶった。
別に男を切るわけではなかった。
「――《疾風乱刃》」
遠くにいたリザードマンたちを斬り裂いた。
男や回りに倒れてる人々に《快癒》を唱えつつ言う。
「こっちはこれで終わりだな。お前、救援がくるまで家の陰に隠れとけ」
「わかった……ほかのみんなを助けてくれ」
「任せとけ」
俺は走って次の戦場へ向かった。もちろん、魔物を斬り捨てながら。
池の南側。
教会前には、火をおこすカエル男たちがいた。
辺りには猿魔族とその仲間の死体が転がっている。教会の屋根に上っていたので、石打ち落とした魔物だった。小隊長格だった。
小隊長がいなくなったため、カエル男たちは勝手に行動しているようだった。
「中は女子供だけみたいだ。蒸し焼きにしようぜ、けけっ」
「脂が乗ってうまそうだよな。ひひっ」
「人間はできるだけ殺すななんて命令、聞けねぇよなぁ」
「来年の収穫を奪えるか分からねぇんだし、今食っていいんだよ!」
材木に火が付いて、焚き火のように燃え上がる。
「だったらお前らが燃えろ」
「んな?」
「誰だ!?」
「名乗る意味がないな」
「なんだと!?」
「風よ吹け――《轟風》」
ゴォォォッ!
焚き火が盛大に燃え上がる。
炎は化け物の舌のように、カエル男を舐め取った。
「ぎげぇぇ!」「ぎゃあああ!」
一瞬にして焼け爛れて死んだ。
火は教会へ燃え移ることなく一瞬で燃え尽きた。
千里眼で教会内部を見る。
扉の前に長いすや机が置かれ、何人もの中年の女性が押さえている。
女性や子供、老人が多い。
祭壇前辺りに固まって身を寄せ合っている。
大丈夫そうなのを見届けると、俺は池の西側へ走った。
西側は村人が多い。
麦を持ち去られまいとして、村人たちは農具を持って戦っている。
石の爆撃によって相手がひるんだため、押し返していた。
獣人たちは農作物を運ぶのに必死で戦えない。
麦の袋を放り出して逃げ出している狐の獣人もいる。
体長2メートルはある太った豚の魔族が柱のような棍棒を振り回して怒鳴っていた。
「ひるむな、ブヒィ! 逃げるなら持って逃げろぉ! ピギィ!!」
豚魔族が棍棒を振り回すと、かすっただけで村人が3人吹っ飛ばされた。
体格がいいだけに、力も桁違いだった。
ローブを着た冒険者風の魔法使いが、豚を指差して叫ぶ。
「ファイヤーボール!」
赤い火の玉が生まれて豚を狙う!
「ふん! ――旋風竜巻!」
豚魔族は持っていた棍棒を真ん中で持ち、扇風機のように激しく振り回した。
それだけで風の渦ができ、火の玉は弾き飛ばされた。
ドゴォン!
剣士や村人たちの足元に落ちて爆発する。
「うわぁ!」「ぎゃあ!」「くそぉっ!」
ばたばたと倒れる村人たち。
威力が大きい。
打ち返した火の玉に風の力を加えて、爆発力を上げたらしい。
豚の近くにいた冒険者も旋風で吹き飛ばされる。
「く、くそ……っ! こんな強い肉人族がいるなんて!」
鎧を着た騎士が剣を落とし、膝を付いた。
豚魔族が叫ぶ。
「我は誇り高きピッガード族ぶひぃ! 肉人などと低級な魔物と一緒にするねぁ!」
――こいつが俺の石を打ち返した奴か。
俺はすたすたと歩いて前に出ながら豚を見た。
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【ステータス】
名 前:グルモン
種 族:ピッガード族
職 業:魔王軍獣人部隊連隊長 獣人地区総督
属 性:【邪風】【闇】
攻撃力:3500
防御力:2200
生命力:5000
精神力: 300
【スキル】
振り下ろし
爆風撃
旋風竜巻
飛翔圧撃
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「ほう。なかなか強いな」
「なんだぁ! 貴様!」
「俺は勇者ケイカだ」
「勇者!! お前を倒せば俺様が次の四天王ぶひぃ! 死ねぇ!」
豚顔からよだれを垂らしつつ地面を蹴った。
巨体が空へと浮かび上がる。
太陽を背にして、風をまとった棍棒を振り下ろす。
――飛翔圧撃か。
体重を乗せた重い一撃。
普通なら武器ごと叩き潰されるだろう。
「普通なら、な――《水刃付与》」
俺は太刀を青く光らせ、下から斜めに斬り上げる。
ザンッ!
腰から肩へ、棍棒ごと真っ二つ。
「なにぃ――ぴぎゃぁぁ!」
ズシャッと醜い音を立てて、血を撒き散らして豚魔族が地面を転がった。
「迫力だけは認めてやる」
「俺様のぉ……技ごと斬る……ぅあ、ゴボッ」
口から大量の血を吐いて豚魔族は息絶えた。
あまりの呆気なさに、辺りが静まり返る。
騎士が鎧をガシャッと鳴らしつつ言う。
「なんだ、今の……。剣の動きが目で捉えられなかった……」
村人が呟く。
「すげぇ……一撃で倒した」「こ、これが勇者さま!」「ありがとうございます、勇者さまぁ!」
「大丈夫か?」
俺は軽く歩いて《快癒》で治していく。
固まっていた獣人たち慌て出す。
「うわ!」「総督が!」「逃げろ、逃げろ!」
悲鳴を上げながら、狐や猫の獣人が走り出す。
何人かは麦の袋を抱えながら。
「ああ! 麦が!」
「任せろ」
俺は村の西側で固まっている獣人部隊へと直行した。
村を出てひた走る。
50人ほどの猫と狐の獣人たちが何台もの荷台を引いて逃げている。
強奪した麦を持ち去る部隊のようだった。
近付くとわかったが、女や子供までいた。
俺が物凄い勢いで追ってきたので、悲鳴を上げ始める。
「きた、きたにゃ!」「お母ちゃん、どうしよぅ」「助けて!」
狼の顔をした魔族が大声で叫ぶ。
「何してやがる! 早く荷台を押せ! お前らの命より食料が大切なんだよ!」
そのとき、荷台を押す獣人の母が子へ言った。
「あ、あんただけでも、お逃げ!」
「う、うん」
10歳ぐらいの猫の少女が北にある山へと向かって走り出す。細い手足を動かして必死に駆ける。猫の尻尾がまっすぐになびく。
「こら、てめぇ! 人間が1人来たぐらいで、逃げてんじゃねぇ!」
狼魔族は四つんばいになると、砂煙を上げて追いかける。
あまりの速さに輪郭がぶれている。
振り返った少女が恐怖で顔を引きつらせる。
「にゃぁ……!」
「お前らも見とけ! 逃げたら、こうだぁ!」
口を裂けたように開けて、牙を剥いて飛び掛る。
少女はつまずいて地面に倒れた。
さすがに遠くて間に合わない。
「ちっ」
俺は舌打ちすると、懐から石を出した。
走りながら振りかぶる。
パシィィン!
音速を越えた指先から衝撃波とともに石を放つ!
石は摩擦で赤くなりながら、まっすぐに。
ドゴッと狼魔族の横腹をぶち抜いて、さらに遠く飛んでいく。
山裾の林にまで届き、そこで爆発の白い煙が上がった。
ズドォ……ォン、と重い地響きが遅れて聞こえてくる。
獣人たちの足が止まった。
爆撃をしたのが俺だと理解したらしく、逃げられないと観念したようだ。
狼魔族は白目を向いて、絶命していた。
少女はお尻をついて座り込んでいた。
俺は集団を避けて、少女へと駆け寄る。
「怪我してないか?」
「あ……あ……!」
尖った耳をぺたっと伏せて、ガクガクと震えている。
――まあ、そりゃ怖いだろう。
ただ耳を伏せていたおかげで鼓膜は破れなかったようだ。
膝をすりむいていたので手を当てる。
「――《快癒》」
少女の怪我が一瞬で治る。
「え……え?」
へたり込んでいる少女を片手で抱え上げて獣人の集団へと向かう。
猫と狐の獣人がほとんどだった。
獣人といっても、手足が毛におおわれている獣人や、耳と尻尾だけはえている獣人もいた。
獣人たちは地面に正座していた。手は足首の下に。
すぐには動けない姿勢――降参、服従の姿勢だと思われた。
全員、顔に怯えと不安を宿し、耳も尻尾もへにゃっと垂れていた。
少年や少女は父や母に寄り添って泣いていた。
俺が傍まで来ると、ふさふさの尻尾が2本ある狐の男が前に出てきた。
皆と同じ服従の姿勢をすると、頭を下げた。
「この命に代えて、お願いがございます」
「なんだ?」
「盗んだ穀物はすべてお返しします。男どもの命もささげます。ですから女と子供だけは、お助けください」
俺は怯える獣人たちを見渡しながら言った。
「それは聞けない相談だな」
「そ、そんなぁっ!」
大人は動揺し、子供は恐怖で泣き叫んだ。
少女を母親に返すと、狐獣人に尋ねる。
「少し静かにしろ。俺は勇者ケイカだ。お前は?」
勇者、という言葉に動揺が走る。
狐の男は頭を下げる。
「私はマハルと申します。狐人族の長でございます」
「マハル、かなりの大規模な作戦だったようだが、なぜ襲った?」
「実は……魔王軍が支配する獣人地区には今、食べ物がないのでございます」
「ほう、不作か?」
「いえ、私どもの畑は豊作でした。しかし魔王軍が足りていないらしく、すべて力のある魔族に奪われてしまったのです」
「なるほど。それで?」
「獣人地区総督のグルモン――豚の魔族ですが、少ない配給を補うために、手下と獣人を率いて襲ったのでございます」
俺は見回して言った。
「猫と狐ばかりだな」
「はい。獣人族の中でも数が少ない、猫人族と狐人族が一番畑を奪われたのです」
「それでお前たちは働かされた、と」
「私どもは襲うことなど反対でした。しかし、逃げたら殺すと脅されて……しかし手伝ったのは事実。命をささげますから、どうぞここにいる獣人の女子供はお助けください、勇者さま」
猫人族が33名、狐人族が18名……魔物1名。
――ん?
「ここにいるのは獣人だけじゃなさそうだが?」
「「「え?」」」
ざあっと獣人たちの視線が、後ろに集まる。
獣人の陰に隠れるようにして、ハリネズミに似た魔物がいた。ステータスで見たが弱い部類。ただしスキルがいやらしい。ダメージ反射や針防御など。
――まあ、太刀の一撃で殺せるけど。
ハリネズミは、ひぃっと悲鳴を上げた。
「お、おいらは悪いことしてないよ!」
「マハル、あいつは?」
「グルモンの側近ヘルジュでございます。グルモンにおべっかを使い、甘い汁を吸っていたのが彼です。私どもの態度を監視して告げ口していました……」
ヘルジュは体中の針を逆立てて、あわわと口から泡を吹く。
「ち、違う。命令されたから、してただけで……勇者さま、信じて!」
「お前たち、ちょっとどけ」
俺は太刀を肩に乗せると、獣人たちを掻き分けて進んだ。
ヘルジュは腰が抜けたのか、尻餅をつきながらあとずさりする。
「おいらを殺したら、ここ、後悔するよ!」
「後悔する奴、この中にいるか?」
尋ねたが獣人は誰も何も言わない。むしろ睨んでいる者が多い。
傍まで来て見下ろす。
「誰も助けてくれないようだな。さあ、戦って死ぬか逃げて死ぬか、好きなほうを選べ」
「そ、そんなぁ……お、おいらは重大な仕事を任されて……あ」
慌てて口を塞ぐヘルジュ。口が滑ったらしい。
しかし、もう遅い。見逃すつもりはなかった。
「ほう。言ってみろ」
俺は太刀を上段に構えながら言った。
ところが、急にヘルジュの震えが収まった。
その小さな瞳が、決意に光る。
「ごめん……それは、言えない」
「なぜだ?」
「友達は、裏切れない。……ここまでか。殺してくれていいよ」
「立派な心がけだな。言い残すことは?」
ヘルジュは、目を閉じつつ言った。涙がこぼれる。
「結局……ゲアドルフの居場所はわからなかった、ごめん」
雑魚の魔物のくせに四天王の場所を探している?
ピンときた。
「レオの知り合いか?」
ヘルジュのつぶらな瞳が見開かれる。
「れ、レオを知ってるの!」
「仲間だな」
「そ、そうだったんだ……! おいらは、ホントはこんなことしたくなかったんだよ、ホントに本当だよ! でも、ゲアドルフの場所を知るにはもっと上に認められなくちゃいけなくって……」
――スパイをしていたってわけか。
俺は太刀を鞘に収めた。
「なら猶予を与える。ミイラ取りがミイラになるなよ」
「え? うん、なんとなくわかったよ。ありがとう、勇者さま!」
俺は獣人たちを見た。
「今の話は聞かなかったことにするように。お前たちの身まで危なくなる」
「わ、わかりました」
マハルが驚きつつも、しっかりと答えた。
――さて、どうするか。
獣人たちから離れて、ヘルジュに尋ねる。
「魔王軍は食料が足りてないのか?」
「ううん、あるところにはあるんだ。でも、物資輸送を担当していたエビルスクイッドさまが亡くなって、必要量の半分ぐらいしか届かなくなっちゃったんだ」
海と川を支配して、水軍を使って運んでいたんだろうな。
目先の利益しか考えない魔物が多そうな中で、兵站をしっかり考えられたのは奴ぐらいだったんだろう。
「なるほど。それでゲアドルフは一箇所に留まれないほど動き回ってるわけか」
「強くて組織運営できる魔族なんて、なかなかいないんだ。頭がよくても弱いとダメ。魔物は強い者の言うことしか聞かないから」
――自滅の道をたどってるな。
魔王が目覚めたときには滅んでるかもしれない。
「獣人地区はひどいのか?」
「今年の冬は越えられないかも」
「……逆にチャンスだな」
「え?」
「なんでもない。情報助かった。お前はこれからどうする?」
「当然、戻るよ」
「だったらダフネス王国の北側には四天王を倒した勇者が住んでたから負けたと言えば、少しは上に示しがつくだろう」
ヘルジュは歩き出す。
「うん、ありがとう。またね勇者のケイカさま。きっとレオに知らせるから」
「頼んだぞ」
ヘルジュは針の体をわさわさ鳴らして、足早に北へ向かった。
俺は獣人たちのところへ戻った。
「さて。お前たちの処遇だが」
「はい。どんな罰でも受けます」
「見逃したところで、帰っても食料がないんじゃ生きていけないだろうしな。お前たち、俺の村で働け。その代わり食べ物は食わせてやる」
「ほ、本当ですか!?」
獣人たちも喜びの声を上げる。
「願ってもないことです!」「助かります!」「ありがとうございます!」
「それじゃ、他に逃げた獣人がいるだろう? そいつらに呼びかけて集まるように言ってくれ」
――麦を持ち逃げしたのもいるしな。
「わかりました。では、失礼して――うるさかったら耳をお塞ぎください」
マハルは息を吸い込むと「ケーーーン!」と高く叫んだ。天を貫く勢い。
ぱらぱらと獣人たちが集まってくる。
林のほうや、村の物陰、地面に潜っていたのまでいた。
狐人3名、猫人4名、牛人が1名。
麦を荷台に載せさせた。怪我をした猫獣人に魔法を掛けて治してやる。
「じゃあ、村へ麦を返しに行くぞ」
「勇者さま、縛りもせずに戻ると、人間たちが不安がりませんか?」
「荷台を引っ張るには縛ってたらできないだろ。何かあったら斬るだけだ」
「わかりました。命懸けで頑張ります――お前たちも反抗するな」
「「「はいっ」」」
獣人たちは声を揃えて答えた。
俺は獣人たちを従えて村へと帰った。




