第83話 夜の謁見、かよわい願い
81話と82話を修正しました。
ヴァーヌス教の横槍があって、それに対抗するため誰でも使えるパイプを考案、王様と交渉する。という流れにしました。
シーンや流れ自体はほぼ同じです。
深夜。
夕食後に宿を出て、王城へと向かった。
人通りの減った大通り。酔っ払いが歌を歌いながら歩いていく。
俺は王城の南側へ行くと、魔法で飛んで城の最上階のバルコニーに着地した。
王様の私室だった。
寝室に入るとベッド脇のランプだけが灯っていて薄暗い。
ベッドに入って酒を飲む王様がいた。ナイトキャップを被っている。
「こんばんは、王様。お話しにきました」
「いつも突然来るのう」
「勇者ですから」
ベッド傍のイスを勧められたので座る。
王様は酒を一口飲んだ。
「で、こうして忍び込んだということは、人に聞かせたくない話であったのだろう?」
「さすがです王様。まずはドラゴンの真相についてお話しいたしましょうか」
「うむ。気になっておったのじゃ」
俺はドラゴンが盗まれたたまごを探していたこと、たまごは魔王軍の手によって盗まれたこと。たまごの中身は温めた者によって影響され、魔物が温めると飢餓や恐慌といった災厄が降り注いだことなどを話した。
「災厄を振りまくたまごであったか。そなたは宝が盗まれたと言っておったが」
「あの時は回りに人がいましたから真実は話せなかったのです」
「なるほどな。もう全部回収できたのか?」
「まだ半分です。残りは3個。レオに探してもらってます」
「ふむ。あの青年か。前途有望な若者を失うところであった。ケイカよ、良い働きをしてくれた」
「ちなみに王様は残りのたまごの噂は聞いていないでしょうか?――これぐらいの大きさなのですが」
手で大きさを示した。
王様は首を捻る。
「う~む。そのような丸い玉を持ってきた商人がおったな。黒色ではなかったが。赤に金色の筋が入っておった。その商人が言うには不死鳥のたまごだと」
「えっ!? それは本当ですか!? たまごはどうされました?」
「法外な値段を要求されたので断ったのじゃ。別の貴族や豪商のところに持ち込むと言っておったな」
「ありがとうございます、王様。情報だけでも助かります」
「わしもそれとなく調べておくことにしよう」
――親父やドライドにも頼もうと考えた。
王様は言った。
「しかし、たまごのことが言えなかったのは人がいたからだというが、配下のものに魔王と通じているものがいるというのじゃな?」
「確証はありません。――ただ、ヴァーヌス教だけは絶対に危険です」
「どうして言える? とても多くの奇跡を起こしてきた神ぞ?」
「それ、自演自作なのですよ、王様。なぜなら魔王の本当の名前がヴァーヌスだからです」
「な……なんと!? それは真か!?」
「大海神リリールから直接聞きましたから、絶対真実でしょう」
それからかなり省略しつつ、ヴァーヌスのことを話した。
聖剣をロストしたことはリリールの名誉のために黙っておいた。
王様は額に手を当てて聞いていた。一気に疲れたようだった。
「ヴァーヌス教そのものが魔王の意のままに動いているというのか……しかも神官たちは真実を知らないままに働いておるな。これは厄介であるのう。彼らは教義が正しいと信じておるのじゃから。ケイカが配下のものを信用できぬと言ったわけがわかった」
「そう言えば。隣国のファブリカ王国に行ったときは、ロンヘイム国王が魔物に操られ、国防大臣は魔導人形に摩り替えられていました」
「そうであったか! このご時世に戦争を仕掛けるなどという噂を耳にしておったが、魔王の仕業であったか……あの国はヴァーヌス教より火と鍛冶の神カンデンスが信奉されておるから、そういう手段に出たのかも知れぬな」
「魔王を倒してもヴァーヌス教がある限り、真の平和は訪れません」
「わかった。良くぞ知らせてくれた、礼を言うケイカよ。ヴァーヌス教の対策はわしも考えておこう。魔王の統率力が低下している今ならなんとかなりそうじゃ」
「ありがとうございます、王様。俺も何かあれば手伝います」
「他に何か伝えておくことはあるか?」
「そうですね……辺境大陸へいずれ行こうと思うので、船を作りたいです」
「むむ……多額の費用がかかるのう……ケイカ式パイプによって新しい農地の開拓ができるであろうから、その功績として資金援助しよう」
「ありがとうございます」
王様が眉を寄せた。
「それに、エトワールのこともあるしの」
「王女さまがなにか?」
「わがままに育ててしまったが、そなたに助けられてからとても、おしとやかになった。人々を見下すような物言いもなくなった。とても感謝している。ありがとう」
王様はナイトキャップを揺らして頭を下げた。そこには王としての威厳はなく、一人の父親としての感謝だった。
真実がアレなだけに、ちょっと心が痛んだ。
「いえ、いいんです王様。勇者として、当然のことをしたまでですから、ははは」
「さすがはケイカ。心の広い言葉じゃ」
「ええ、まあ。それでは帰ります」
「また何かあったら知らせて欲しい」
「はい、また来ます。おやすみなさい」
俺はいたたまれなくなって、早々に部屋を退出した。
バルコニーに出て帰ろうとする。
すると、隣のバルコニーから、あっ、と声が聞こえた。
驚きながら目を向けると、背中まである赤い髪を夜風になびかせるエトワールがいた。ドレスのようなネグリジェを着ている。
「け、ケイカさま!?」
「エトワールか。まあ、見たことは黙っててくれ。王様に会いに来ただけだ」
「そうでしたか……アタクシの部屋には来て下さいませんの?」
「王女の部屋に忍び込むわけにはいかないだろ」
そう言うと、彼女は拗ねたように頬を膨らませた。
「同じ王女のセリカさまとは夜をともにしていましたのに……」
俺はバルコニーを伝ってエトワールの傍へ行った。
「抱き心地がいいからよく一緒に寝るだけで、何もしてないぞ」
「だ、抱き……! あぁ、そうでしょうね、分かりますわ。アタクシなんかよりセリカさまのほうがよっぽど可愛らしいですもの。本当にごめんなさい」
「可愛いと言うか、あれほど大きくて形の良い胸はめったにないな、うん」
「くすん」
エトワールは小さな胸に手を当てて眉を悲しげに寄せた。
というか、近くで見ると彼女のネグリジェは透けていた。下着を着けていない体のラインや、張りのある胸の形まで見て取れた。華奢な体とささやかな曲線。
胸は小さいが手足の細さとバランスが取れていた。
「エトワールだって充分かわいいぞ、安心しろ」
するとエトワールは透けて見える裸体を隠そうともせず、俺へ一歩近付いた。
「け、ケイカさま」
「ん?」
「いつか魔王を倒されるのでしょう?」
「当然だ」
「でしたら……アタクシと……うぅ」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯く。
背は高くないので、よけいに小さく見えた。
「あー。魔王を倒して国を救ったら、勇者は王女と一緒になるんだったか」
「はい……姉さまはすでに嫁いでいますゆえ、そのアタクシと……」
「うーん。却下」
「決断早すぎますっ……どうかお願いします、ケイカさまぁ」
俺に抱きつくと、涙目になって見上げてくる。ささやかな膨らみが押し付けられた。
「セリカがいるからな。俺が勇者になれたのも、活躍できたのも、全部セリカが傍で支えてくれたからだ。彼女は裏切れない」
「そう、ですか……」
彼女は力なく顔を押し付けてくる。
「何かあるのか?」
「ケイカさまに結婚していただかないと、アタクシ……政略結婚でファブリカ王国に嫁がねばなりません」
「よくある話だが、イヤなのか?」
「とても醜い男なのです……人を人と思わず、常に見下しているような」
「まるで昔のエトワールそのものだな」
彼女の顔がショックで歪む。すみれ色の瞳から涙が溢れて頬を伝う。
「ケイカさまに言われて、乳母や執事や、ひどいことしてきたみんなに謝ってきました。怒る人もいましたが許してくれる人もいました。喜んでくれる人も。人は一人では生きていけないと教えられました」
「そのとおりだ」
――まあ、それは俺にも当てはまることだが。
「大切なことを気付かせてくれて、本当にありがとうございました。申し訳ありませんでした。すべてはわがままに振舞ったアタクシへの罰なのでしょう。勝手なこと言ってごめんなさい」
そう言って離れようとしたので、薄い腰に腕を回して抱き寄せた。持ち上げるように力強く。
あっ、と儚げな声がエトワールの唇から漏れる。赤い髪が乱れて揺れた。
耳元に口を寄せて囁く。
「跡目相続の元になるから正妻にはできない。なぜならお前の子に継承権があったら確実にダフネス王国が支援する。そうなったら小さな国エーデルシュタインでは太刀打ちできない。――ま、気が向いたらそのうち、さらいに行くかもな」
「ケイカさまぁ……お願いします」
「その願い、心の隅にとどめておく」
彼女の秀でた額にキスをして、俺は手を離した。
エトワールは一歩離れた。透けているネグリジェが夜風になびく。
切ない顔をして俺を見上げる。
「ケイカさま、待っていますから」
「……じゃあな」
俺はバルコニーから飛んで夜の町へと戻った。
◇ ◇ ◇
宿に帰った。
親父が厨房で仕込みをしていたので、たまごの行方を商人のつてで捜すよう頼んだ。
3階の部屋に入ると、セリカはまだ起きていた。
キングサイズのベッドにうつぶせになって本を読んでいた。枕に顎を乗せているため胸は苦しくない様子。
「お帰りなさいませ、ケイカさま」
「ただいま。……王様とエトワールに会ってきた」
「どうでしたか?」
「王様にはたまごのことやヴァーヌスのことを話してきた。とても驚いていたよ」
「魔王がヴァーヌスだったのですよね……恐ろしいことです」
セリカが細い眉を寄せた。
俺はセリカの隣に寝転がった。そっと肩を抱き寄せる。
「あとエトワールに会った。結婚してくれと、せまられたよ」
「……エトワール様、可愛らしいですものね」
「お前のほうが可愛いと思うぞ?」
金髪が隠すセリカの頬がみるみるうちに赤くなる
「うぅ……真面目な顔で言わないでくださぃ……」
「じゃあ不真面目な態度でよだれを垂らしながら『うへへぇ、セリカぁ、可愛いよォ』とでも言えばよかったか?」
「それはイヤですっ!」
セリカは、ふるふると細い首を振った。金髪が波打つ。
「そういえばエトワールは透けてるネグリジェを着てたな。王族の寝巻きはあれが標準なのか? 買ったほうがいいか?」
――むしろ着てもらいたい。
「えっ!? エトワール様がそのような格好を? ……では結婚されるのですね。夜伽の練習だったのでしょう」
「そうなのか……だからあんなに心細そうだったのか。……セリカはネグリジェ着なくていいのか?」
「い、今は、まだ……いらない、はずです」
セリカは俺を見ながら、不安そうに呟いた。
俺は彼女の肩を抱く腕に力を込めた。
セリカは、視線を逸らしつつ、あぅっと喘いだ。
「セリカ。これだけはわかっていてくれ。――誰に何と言われようと、お前が一番大切だからな」
「……急にどうされました? エトワールさまと何かあったのでしょうか?」
「う……。いや、別になにもない」
セリカが手を伸ばして俺を抱き締めた。
「ケイカさま、お疲れなのですね。たまにはゆっくりしてくださいませ」
優しい口調。柔らかい体が押し付けられる。
肌を通して伝わってくるセリカの温かさに、心が安らぐようで。
夜が更けていく中、いつまでも無言で抱き合っていた。




