第80話 村づくり工房づくり
ケイカ村に来た次の日。
俺は朝食を食べると、畑を魔物から守る結界を拡張しにいった。
魔法陣の変形なので、正○角形が基本となる。
貴族は7角形や15角形なんて結界を作らせたりもするが、拡張が面倒になる。
そこで村で利用する時は、正三角形か正四角形が基本となった。お金が溜まればそのつど結界術師に依頼して拡張していた。
午前中かかって結界が干渉しないように、最大限まで広げた。
結果、今までの5倍以上の農地が手に入った。
これ以上は村から離れすぎて耕作自体が難しくなる。
これだけあれば今のところは充分だろう。
案内役の村人たちが喜びと驚きで声を震わせた。
「すごいです、こんなに広げて!」
「金額にしたらいったいいくらになるか……! ありがとうございます!」
村人たちは泣いて喜んだ。
俺にとっては何でもない作業なので、少し照れくさかった。
一方でラピシアには、植樹のためにフィオリア親子についていってもらった。
魔物が出る危険性があるので。
何かあれば心話で伝えるようには言ってあった。
それでも時々、千里眼でフィオリアたちの様子を窺った。
順調に林の探索と木の選定をできているようだった。
◇ ◇ ◇
昼。
屋敷に戻って昼食をさっさとすませると、セリカの部屋に行った。
フィオリア親子が林に出かけたため、セリカが妖精ハーヤを預かっていた。
「どうされました、ケイカさま?」
金髪を揺らして可愛く首を傾げるセリカ。
「ハーヤに聞きたいことがあってな」
テーブルの上に座って道具の手入れしていたハーヤが顔を上げる。
「なんでしょーか、ケイカさん」
「屋敷の裏庭にハーヤ専用の工房を建てようと思う。どんな間取りがいいか、設計図を描いててくれ」
「わあ~、ありがとうです、ケイカさん。さっそく書きますっ」
道具を手早くしまってピョコっと立ち上がると、テーブルに紙を広げてペンを動かし始めた。
「じゃあ、メルビウスのところへ行ってくる」
セリカが青い瞳を細めて、寂しげに笑う。
「お忙しそうですね、ケイカさま。わたくしにも手伝えることがあれば、遠慮なく言ってください」
「ありがとう、セリカ」
部屋を出ると長屋へ向かった。
◇ ◇ ◇
長屋はアパートのような構造で、玄関から入ると廊下に沿って各部屋の扉があった。
メルビウスの部屋の扉をノックする。
「なんだ?」
「俺だ。ケイカだ。用があってきた」
「ケイカさんか。開いている」
部屋に入ると、メルビウスは食事をしていた。テーブルには空になった食器。
ベッドには妻のオリビアが寝ていた。メルビウスが介護して妻に食べさせたらしい。
「調子悪そうだな」
「いえ、寝たら随分と良くなりました、お気遣いありがとうございます」
オリビアは頭を下げた。赤みがかった黒髪が揺れる。
「ちょっと診察させてもらうぞ」
俺はオリビアに近付いて額に手を置くと、真理眼でオリビアのステータスを見た。
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【ステータス】
名 前:オリビア
性 別:女
年 齢:27
種 族:人間
職 業:町人 黒まじゅつし
クラス:魔法使いLv6 事務Lv5 手仕事師Lv10
属 性:【風】
状 態:健康
筋 力:22(+4) 最大成長値75
敏 捷:13(+2) 最大成長値60
魔 力:10(+1) 最大成長値45
知 識:18(+3) 最大成長値30
幸 運: 9(+1) 最大成長値46
生命力:170
精神力:100
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ステータス的には何も問題がなさそうだった。
あとはごく一般的な魔法のスキル。
というか、魔法使いじゃなくて、剣士や戦士になったほうがあきらかに成長が見込めるんだが。
ただ、病み上がりの人間にそれを言うのは酷か。
「う~ん、何も問題がなさそうだな」
「はい、勇者さまありがとうございます。お昼から皆さんのお仕事を手伝おうと思います」
「ほ、本当に大丈夫か……?」
メルビウスが心配そうに顔をしかめた。
オリビアはにっこりと微笑む。
「もう大丈夫です。ありがとう、あなた」
俺は言った。
「まあ、病み上がりだから無理するなよ。でもオリビアって魔法使いなんだな」
「え!?」
「なんのことでしょうか?」
夫婦は揃って首を傾げた。長年連れ添ったとわかる同じ仕草をした。
「ん? そういう勉強をしたんじゃないのか?」
「知らないです。わたしは帳簿の付け方と、内職の仕事を学んだぐらいです」
「んん?」
「まさか、そんな……! ケイカさん、妻の言うことは本当だ。彼女とは幼馴染なんだが、昔、私の失敗で怪我をして依頼、病気で寝込んでいたんだ」
「魔法を習う暇なんてありませんでした」
俺は考えた。
おかしい。その割にはLvが上がってるぞ。
敵を倒したか、激しい修行をしないと上がらないはずだ。
「失敗、と言ったな。どんなことをしたんだ?」
俺が尋ねるとメルビウスは俯いた。
「そ、それは……」
「鍛冶師に関することか?」
メルビウスが顔を上げて目を見開く。
「ど、どうしてそれを!」
「勇者だからな」
説明にもなってないが、彼は納得して首を垂れた。ぽつりぽつりと語りだす。
「私は、幼い頃からものづくりが好きだった。自分の手でただの材料が役立つ道具になる。良いものを作れば褒められる。それが嬉しかった」
「しかも才能があったんだな」
「そうだ。鍛冶の真似事をしてナイフを作ったら、魔法のナイフになった。神童と呼ばれた。それで――私は調子に乗ってしまった」
「何をしたんだ?」
「彼女の誕生日に、丹精込めて作ったナイフをプレゼントした。彼女が昔からなりたいと言っていた、魔法使いになれるナイフを」
「ほう」
「そのナイフで傷つけられたものは魔法使いになれる、そう想いを込めて作った。しかし、指先を傷つけたとたん、彼女は苦しみ出して、その日から熱を出して寝込むようになった。私は死ぬほど後悔した。それ以来、ハンマーを握ることをやめ、彼女のために生きてきたんだ」
――それが、鍛冶師にならなかった理由か。
「なるほどな。ただの人間が人のあり方を変えようとするなんて、神の禁忌に触れることだ」
「それで天罰が下ってしまった。しかも私ではなく彼女に。本当に浅はかだった」
メルビウスは悔しそうに拳を握り締めた。
「あなた……わたしが望んだのです。あなたは悪くないわ」
「しかし……!」
「まあ、待て。理由が分かれば治せるぞ」
「ほ、本当か!」
「薬や魔法で治したはずの彼女が、未だに調子が悪いのも、根本を解決してないからだろう」
「ど、どうすればいい!? なんでもする!」
「ほう――なんでもか。だったら、彼女を治したら、またハンマーを握ってもらおうか」
「う……いや、ケイカさんがそれを望むなら、また握ろう! 頼む、彼女を助けてくれ!」
俺はオリビアに近寄り、シーツを剥ぎ取った。
「じゃあ、治療をするぞ。上半身裸になってくれ」
「いったいなにを!?」
「安心しろ、ただの治療だ。体調不良の原因は、魔法使いのことを良く知らないまま、魔法使いにするナイフを作ったからだ。お話やお伽噺のイメージから魔法使い像を作り上げたんだろ?」
「い、言われてみれば、そのとおりです」
黒魔術師なんて職業は存在しない。この世界では。
そのため、体に異常な負荷を与えているのだと思われた。
オリビアは真剣な顔で頷くと、上半身を脱いで裸になった。
ツンと上を向いた手のひらに収まるぐらいの胸が晒される。
「ケイカさま、お願いします。……あなたも見ていてください」
「わかった――ケイカさん、頼む」
「ああ、すぐ終わる」
俺は彼女の柔らかな胸に手を置き、そして形を崩した。指先に伝わる、背徳的な人妻の柔らかさ。
腹をなで、胸の谷間を優しく撫でる。指先の動きにあわせて、丸い膨らみがふるふると震えた。
最後は額に手を置いた。
消すだけなので、さほど触らずに済んだ。
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【ステータス】
名 前:オリビア
性 別:女
年 齢:27
種 族:人間
職 業:町人
クラス:魔法使いLv6 事務Lv5 手仕事師Lv10
属 性:【風】
状 態:健康
筋 力:22(+4) 最大成長値75
敏 捷:13(+2) 最大成長値60
魔 力:10(+1) 最大成長値45
知 識:18(+3) 最大成長値30
幸 運: 9(+1) 最大成長値46
生命力:175
精神力:100
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元通り。
というか、最大HPが減っていたんだな。
それが熱を出した理由か。
俺は手を離して言った。
「終わったぞ。これで、たぶん大丈夫だ」
メルビウスがベッドへ駆け寄る。
「大丈夫か、オリビア!」
オリビアは上体を起こしつつ、体を確かめる。
「……重かった体がとてもすっきりした感じがします」
「よかった、オリビア!」
メルビウスは裸のオリビアを抱き締めた。
オリビアの顔が赤くなる。
「あ、あなた……ケイカさまがいるんですよ」
彼は慌てて離れる。
「そうだった。ありがとう、ケイカさん! なんでも力になる!」
「そうか、だったら、建物を建てて欲しいんだが」
「任せてくれ!」
彼は眼を赤く潤ませながら、どんと胸を叩いた。
「じゃあ、さっそく、裏庭に来てくれ。ちょっと特殊な工房を建ててもらいたい」
「了解した!」
元気よく立ち上がるメルビウス。
彼を連れて、俺は裏庭へと向かった。
◇ ◇ ◇
裏庭は幅30メートル奥行き10メートル。
倉や納屋が5つほど建てられそうだった。
村の外れの空き地を指定しただけあって、敷地は潤沢に用意されていた。
ハーヤの書いた工房設計図をメルビウスに見せた。
8畳程度の小さな掘っ立て小屋。かまどや棚、作業台の位置まで細やかに記してある。
「これを、西の端に作って欲しい。できるか?」
真剣な顔をして口元を撫でる。
「……これは細かい指示だな……ただ、とても機能美にあふれた設計だ。建築資材さえ揃えば造れると思う」
「だったら、セリカに言ってお金を貰い、王都まで買いだしに行ってくれ。あと柵からは3メートルぐらいは離してくれ。生垣を作るから」
「ふむ、だいたいわかった。他には?」
「そうだな。今考えているのは、工房の隣に、お前が使うための鍛冶場を作ってほしい。そして東端には風呂を作りたい。5~6人が入れるぐらいの広さがあればいい」
「……鍛冶か」
「作ったものは魔法が付与されてしまうのだろ? 村人のための道具を作るのは危険だからな。隠すためにも裏庭に作ろう」
「わかった。もちろん無条件奴隷だからと言うわけではなく、妻を助けてもらった恩として、全力を尽くしたい」
黒髪を揺らして頷いた。青い瞳には意志の強さが光る。
――ここから先は建築士の領分。任せて大丈夫だろう。
「頼んだぞ」
俺は信頼する言葉をかけて、メルビウスと別れた。
それからは井戸を掘るために適した地面を探した。
水の神なので、水脈は感じ取れる。
この村は水が貴重だった。50軒ぐらいの家が暮らしているのに、井戸が3つしかない。
東の川から引いてきた小川は、ため池に流れこんでいて、農業用水として使われていた。
――農地を増やしたから、さらに水が必要になる。
これも改善しなくてはな。信者獲得が難しくなる。
とりあえず、今は生活のための井戸だ。
俺は千里眼や真理眼を駆使して、地面下を見ていった。
残念ながら裏庭には流れてなかった。
そして、屋敷の東側辺りを調べたところ、地面の深いところをうねって進む水脈を見つけた。北東から流れ込んできて、南東へと逸れていく。
ここに井戸を掘っても、他の井戸への影響は少なそうだ。
ただし岩の層の下だった。少し厄介だな。
水に呼びかけて噴出させようとしても岩が邪魔だった。
かと言って俺の強い力で下手に叩き割ると、岩の層が押し潰されるように沈んで、水の流れが変わってしまう。
「土、岩、大地母神……ラピシアならできるんじゃないか?」
神術を覚えてますます土形成は得意になっていた。
おそらくできるだろう。
時間の空いたときにでも、井戸掘りを頼むことにした。
中途半端なので、できれば夜も更新したいです。深夜になりそうですが。




