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第6話 王都と試験と酒場の少女

 アレクシルド大陸の南東に位置するダフネス王国は、豊かな平原が多く、農業が盛んだった。海に面していて漁業もおこなわれていた。


 平原の真ん中、南北に流れる大河と東西に伸びる交易路が交差する場所に王都クロエは存在していた。


 高い外壁に囲まれた大きな街。街の中心には宮殿のように華やかな大きい城が見える。

 川沿いの港には川船が何隻も泊まり、たくさんの荷物が上げ下ろしされている。

 石畳の街路には人や馬車が行き交っている。豊富な穀物、新鮮な野菜、海や山の幸も運び込まれてとても賑わっていた。



 俺とセリカは人の波に乗って、石畳の大通りを歩いていた。

 セリカは青い瞳をキラキラさせて辺りを見る。

「大きな街ですね……素晴らしいです」

「ここにくるのは初めてなのか?」

「いえ……子供の頃に一度……でも、馬車に乗ってましたから」

 哀しそうな顔をしてうつむいた。

「そうか」

 きっと恵まれていた王女時代を思い返しているのだろう。

 何も言えず、黙って歩いた。


 すると、いい匂いが漂ってきた。

 見れば大通りに面した噴水のある広場に屋台が出ていた。広場は大きくて木々が生え、公園のようになっている。奥にはトイレらしき二階建ての建物があった。

「あの匂いはなんだ?」

「えっと……たぶん、フィード焼き、だと思います」

「砂糖醤油のような甘くて香ばしい匂いだ……神社の縁日を思い出す」

「は、はあ……買いましょうか?」

「そうだな、お願いするとしようか」

「わかりました。買ってきますね」

 セリカは少し不安げな様子をしつつ、屋台へ向かった。

 俺は後に続いた。



 セリカが店の親父に話しかけてお金を渡す。

 親父は手早く焼いて手渡してきた。

「はいよ! 嬢ちゃんべっぴんだから、貝はおまけしといたよ」 

「ありがとうございますっ」

 セリカが金髪を揺らして頭を下げる。

 それから俺の傍へ駆け寄ってきた。両手に一つずつ持っている。

 俺は受け取ってじっくり眺めた。


 フィード焼き。

 穀物を磨り潰した粉に水を混ぜて生地を作り、それを薄く延ばして焼いていた。

 その上に甘辛く焼いた魚介類と葉野菜を一枚乗せて挟み込む。

 見た目はタコスのようだった。


 香ばしい香りに誘われて、さっそくかじりついてみた。

 パリパリした生地の食感がよい。甘辛い魚介は、弾力があってイカやタコっぽい。

 噛むほどにじわっと旨味が出てくる。口の中がタレと旨味で幸せになる。

 味はお好み焼きやイカ焼きに似ている気がした。

 けれども新鮮な葉野菜の香りがさわやかに広がり、こってり感を打ち消していた。


 俺はごっくんと飲み込みつつ言った。

「これは……すごく、うまいな」

「はいっ、わたくしも初めて食べましたが、とてもおいしいですっ」

「初めてだったのか――はむっ」

「ええ、食べてみたかったのですが、母がはしたないからダメと――はむっ」

「よかったじゃないか――はむっ」

「ケイカさまのおかげですっ――はむっ」

 セリカが赤い唇を小さく開けてかじっている。可愛いらしい口がもぐもぐと動く。

 俺たちは大通りを歩きつつ、食べながら他愛もない会話をした。



 しばらくして俺の方が先に食べ終わった。

 セリカは口を小さく開けて、まだ食べていた。


 大通りを通って街の端まで来たため人通りが少なくなっていた。

 目の前には石造りの古い建物がそびえている。パルテノン神殿のような雰囲気。

「ここが、勇者試験の登録所なのか?」

「もぐもぐ……はい、そうです」

「じゃあ、中に入ろうか」

「もぐっ……ちょっと待ってください、急いで食べ終わりますっ」

「大変なら、手伝ってやろうか?」

「え……あ、はいっ」

 セリカはなぜか頬をほんのりと赤らめて、半分ほどになったフィード焼きを突き出した。

 俺は、彼女の小さな手を握ると、はむっと大きくかじった。

「うーん、何個でも食べられそうなぐらいうまいな」

「は、はいっ……はむっ」

 セリカは俺の食べたところを、さらに大きくかじりついた。耳まで真っ赤になっている。

 そんなに必死に食べなくても、と思いつつ、もう一口かじらせてもらった。



 食べ終わると建物の中へ入った。

 手続きの詳細は、特に何もなかったので略する。

 登録料が高かったことぐらい。セリカの負担になってしまった。

 あとは所員にいろいろ聞きながら済ませた。


 帰り掛けに所員が言う。

「それでは、筆記試験は明後日になりますので」

「えっ! 例年より早すぎませんか?」

「今年は教会の意向でそうなりました。まあ勇者になれる人ならいつ開催しても問題ないはずです」

「そ、そんな……」

 セリカは眉尻を下げて、不安そうに俺を見た。

 勉強する時間がないと言いたいらしい。


 俺は歯を見せて大きな笑顔で答えた。

「安心しろ。そいつの言う通りだ。勇者には今日でも明日でも関係ない」

「さ、さすがです、ケイカさま」

 セリカが大きな胸を押さえて感嘆の吐息を漏らした。

 ぶっちゃけ《千里眼》使えばカンニングし放題だからな。 



 それから入口へと向かう。

 途中、一階のロビーに大きな銅像が立っていることに気が付いた。

 剣を掲げた勇ましい男の銅像。ただし人の背丈は2メートル以上あった。

「大きいな、この像」

「いえ、原寸大だと思います。型を取って正確に作ったそうなので」

 俺は驚いて聞き返す。

「こんな大きな人間がか?」

「はい、風の勇者ラケウスは、巨人族の血を引いていると噂されていました」

「とても強かったんだろうな」

「いろいろな伝説を残されてます。あらゆる戦いで勝ち続けました。負けたことは一度しかなかったと」

「でも魔王には勝てなかった」

「……そうです。その一度が魔王でした」

「魔王も苦戦しただろうな」


 するとセリカは細い首を振った。金髪が弱々しく揺れる。

「手も足も出なかったそうです」

「そんなバカな……うーん、たしか型を取って作ったと言ったか」

 俺は銅像を目を細めて睨んだ――《真理眼》

 本人をそのまま表現した肖像画や彫刻は、ステータスが読み取れることがあった。


 一瞬、アイテムとしての銅像データが出そうになり、それを弾く。

 続いてラケウスのステータスが表示された。


--------------------

【ステータス】

名 前:ラケウス

性 別:男

種 族:半巨人族

職 業:勇者

クラス:剣豪VL74

属 性:【風】


攻撃力:2400

防御力:1300

魔攻力:0250

魔防力:0530

--------------------


 ……こいつ、強いぞ。

 人とは思えない強さ。

 そしてやはり属性は光ではなかったか。


 俺は銅像を見ながら首を傾げる。

「おかしいな……」

「どうされました? ケイカさま」

 セリカの問いにも答えず俺は考え込んだ。



 この世界、魔物の攻撃力や防御力は4桁だった。

 ということは魔王が最高に強くても9999が最大のはず。

 一方でラケウスは攻撃力2400もある。約4倍の差。

 この程度の差だと、不意を突いたり、隙を狙ったりすれば充分埋められる差だった。

 よって魔王は勝ったにしても相当苦戦してないとおかしい。

 手も足も出させずに倒せるには、俺のように桁違いの差がないと不可能だった。


 ――やはり、魔王には何かある。普通では倒せない何かが。

 


 考えていると、セリカが心配そうに俺の和服の裾を細い指先で摘んできた。

「あの、どうされましたか……? 気分が優れませんか?」

「なんでもない。ちょっと考え事をしていただけだ。それより宿を取ろう」

「わかりました、ケイカさま。ご案内いたします」

 セリカが俺の手を取ると、笑顔になって歩き出した。

 しなやかな手が俺を引っ張っていく。

 

 大通りへ出ると、案内されるままに歩いていった。



 街の外れの裏通りにある宿屋へやってきた。三階建ての古そうな建物。

 一階は酒場と食堂を兼ねているようで、昼間から気性の荒そうな男が酒を飲んで騒いでいた。


 食堂の奥にあるカウンターで、中年の親父に話しかけた。白髪交じりの短髪で、がっしりとした体格をしている。

「宿泊かい? 2名なら一晩で、大銀貨2枚だ」

 約2000円らしい。

 セリカが言う。

「今日から一ヶ月間、借りられますか?」

「ああ、もちろんだ。じゃあ、大金貨1枚だな」

 10万円らしい。

 なんで高くなるんだよ。6万円だろ。

 いや、一ヶ月が30日じゃないのか?


 セリカが悲しげな顔をして頼み込む。

「すみません、手持ちが少なくて……もう少しなんとかならないでしょうか?」

「稼げる時に稼ぐのが商売だ。嫌なら他に行くんだな」

 完全にこちらの足元を見た発言。

 セリカが赤い唇を悔しそうに噛んで俯いた。


 俺は当然無一文だから助けてはやれなかった。

 早く勇者になって金稼がないとな。



 そのかわり俺は横から口を挟んだ。

「親父。長期の前払いなんだから、少しは色つけてもらえないか?」

「言っただろう。こっちは商売なんでねぇ」

「ふむ。じゃあ、食事込み、というのはどうだ?」

「夜だけかい?」

「もちろん、朝もだ」

「言うねぇ。変わった服着てるだけあるねぇ」


 のらりくらりとかわされる。

 食事が付けられると言ったなら、じゃあそのぶん料金から引けば安くなるだろう、と交渉してやるつもりだったが。

 さすが商売人。言質が取れない。

 このままでは埒が明かない。


 俺は切り札を切るしかなかった。

「勇者になっても利用するからと言ったら?」

 親父の目が鋭くなる。

「ほう。只者じゃないと思っていたが、勇者の試験を受けにきたのかい」

「そうだ。そして俺はなる。法に触れない範囲で証明してやってもいい」

「ほほう、言うねぇ……いい目してるな、お前さん」

 親父は無精ひげの生えた四角い顎をザラザラと撫でながら、値踏みする目で俺を見た。



 すると、俺たちの後ろ、酒場の隅から声がした。

「やめとけ、やめとけ。俺が勇者になるんだから。――なあ、お前ら?」

「そうっすよ、兄貴!」

「あんなにひょろいのが勇者になれるわけないっすよ」

 ぎゃはははは、と声高に笑う三人の男。髪形や服装といい、野蛮な印象を受けた。

 他の客は目を合わせないようにこそこそと飲み食いしていた。

 俺は、一瞬、イラッとしたが、すぐに深呼吸にして心を落ち着かせた。


 しかし今度はセリカが眉間に深いしわを寄せて一歩踏み出そうとした。

 俺は彼女の腕を掴んで引き止めた。

 なぜですか、とでも言うようにセリカはきつい目で睨んできた。

 そのひたむきな青い瞳が美しい。

 俺は無言で、首を振って制止する。


 男たちはまだ話を続ける。

「でも、あの女はいいっすよ。特に胸がでけぇ!」

「なあ金髪の姉ちゃん、こっち来て一緒に飲もうぜ」

「なんせガフ兄貴は次の勇者に決定してるんだから!」

「いえーい」

 コップをぶつけ合って乾杯する男たち。

 その中にとても体格のいい男がいた。男どもからガフ兄貴と呼ばれていた男。

 ボサボサの髪に髭面をしている。どこかの山賊のような風体。着ているものはボロボロで風呂になど入ってなさそうな印象を受けた。

 ただ、剣や鎧などの装備品だけはとても洗練された名品に思えた。



 見ていると男の一人が叫ぶ。

「おい、酒はまだか! 兄貴の盃がからなんだよ!」

「ミーニャちゃぁん、持ってきてよぉ~。大人の胸にしてあげるからさぁ」

 また、ぎゃはははと男たちが笑う。

 

 すると、カウンターの奥、厨房に繋がる通路から暖簾を分けて少女が出てきた。

 十代前半の膨らみかけの胸をした華奢な体。幼いながらも顔は整っていて、つややかな黒髪にくりっとした大きな瞳が印象的。

 粗末な服とスカート着て、手には食事の載ったトレイを持っている。


 でも人間ではなかった。

 驚いたことに猫のような耳と尻尾を持っていた。

 その三角の耳が、しゅんと伏せられている。

「お、お父さん、行きたくない……体触られるの、もういや……」

 怯えるような声で言った。

 親父は眉間に苦悩のしわを刻んで呟く。

「そうは言ってもな……」

 ますます男たちが騒がしくなる。



 俺はカウンターに手を付いて言った。

「親父、お前、それでも父親か?」

「な、なに!?」

「俺が望みを叶えてやる、と言ったら?」

「できるのか? あいつらは腕っぷしだけは強い。もう十ヶ月もツケ払いで飲み食いされてる」

「できる。お前が望むなら」

 親父は黙って俺を見た。

 俺も無言で見返した。

「……わかった。頼む、あいつらをなんとかしてくれ」

「ああ、わかった。――我が名において、その願い聞き届けた」


 俺がカウンターから離れると、セリカが慌てて俺の和服の帯を掴む。

「け、ケイカさま……相手に怪我をさせては勇者の試験が受けられなく――」

「安心しろ。ケンカはしない」

 ぽんぽんと金髪を撫でるように叩いて安心させた。

 


 それから男たちへと向かいながら目を細める。

 ――《真理眼》。


 目の前に奴らのステータスが浮かび上がった。



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