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第70話 これからのこと(第三章エピローグ3)

 エルフたちの野営地に帰った。

 大きな宴は終わったものの、エルフたちはまだ緩やかな歓談を楽しんでいた。



 セリカが金髪を揺らしてやってくる。

「お帰りなさいませ、ケイカさま、リリーさま」

 リリールは聖女リリーという仮名にしておいた。


「遅くなりました」

「戻ったぞ。鍛冶と人脈に詳しいものに相談があるんだが、とりあえず村長はいるか?」

「はい、あちらにいます――ラピシアちゃん、寝てしまったのですね。わたくしが抱えます」

「ん、そうか。頼む」

 セリカに渡した。するとラピシアは気持ち良さそうに大きな胸にもたれかかった。



 聞きつけた村長ヤークトが傍へ来た。美中年とでも呼ぶべき、見た目は40台の渋い男。

「お呼びでしょうか、ケイカさま」

「これはみんなにも聞きたいのだが、優秀な鍛冶師は知らないだろうか? 一人欲しい」

「鍛冶ということは、鉄や魔法銀を扱える人でしょうか。私どもエルフは木工は得意なのですが……」


「そう言えばエルフの名匠ディードリアってのはいないのか? セリカが腰に差してるフローズンレイピアを作ったそうだが。この剣は本当に強かった」

「ディードリアの品! 彼女はエルフながら豪儀な人で、鉄と銀の扱いは天才的でした」

「今どこにいる? エルフは長寿のはずだが」

「残念ながら、死にました」

「そうか。四天王に……」



 ヤークトは悲しいような微笑みを浮かべて答える。

「いえ、鍛冶場で酒を飲んで泥酔し、転んだ拍子に酒を被り火が燃え移って……弟子が火を消した時には丸焦げだったそうです」


「……ああ、場面が想像付くな。ただ、いい職人だったんだろうなということはわかる」

「彼女も鍛冶場で死ねたことだけは本望だったでしょう。あとは、良い職人はちょっと思いつきません」



「リリーも知らないし……セリカは噂でもいいから知らないか?」

「鍛冶師……そうですね、打てば必ず魔力を付与できる、神童の魔封鍛冶師の噂は昔聞いたことがあります」

「ほお。どこにいる?」

「移籍していないなら、この国の王都インダストリアにいるはずです。それにインダストリアは工業の中心地。いい職人は沢山いるかと」


「なるほど。行く必要があるな……あと、村長。一つ気になった」

「なんでしょう?」

「ディードリアの弟子がいるそうだが、そいつは生きているのか?」

「……わかりません。妖精でしたが、妖精界は滅ぼされてしまいましたから……」


 ――妖精。どこかでつながりがあったな。

 ああ、試練の塔で妹を助けたマージリアか。

 あれから4週間ぐらいしかたってないのか。遠い過去のことに思える。



「リリーか村長。前に妖精といろいろあって、妖精の加護をもらったんだがどうやって使えばいい? 妖精の知り合いが呼べるらしい」


 リリールが首を傾げながら言う。

「この世界に来て短いのにもう妖精の加護を……確か『妖精の加護を持つ我が○○の名において 世界を彩る妖精○○よ 我が呼びかけに答えよ』でしたか」

「その通りですリリーさま。それで話ができます。最後を『我が呼びかけに応じ、参ぜよ』にすれば、ここへ呼べます」

 ヤークトが補足した。さすがエルフ。



 俺は足を肩幅に開き、手を前に出した。

「ちょっとやってみるか――妖精の加護を持つ我が蛍河比古命の名において、世界を彩る妖精マージリアよ、我が呼びかけに応じ、参ぜよ」

 すると、1メートルぐらい正面の地面に七芒星を持つ魔法陣が描かれた。


 そして一際強く光ると、マージリアが立っていた。

 全裸で。

 水浴びの途中だったらしく、ほのかに光る体の美しいラインや透明な羽、背中まで伸びた赤い髪が濡れて光っていた。


 ていうか少女だった。


 はらはらと辺りにマージリアの持ち物だった服や鞄、そして弓が散らばる。

 彼女は赤い瞳を丸くして、俺を見た。

 しーんと静寂が訪れる。



 急に、はぅっと顔を真っ赤に染めると、マージリアは前を手で隠した。

「くっ――こんな大勢の前で……ケイカ、さま。呼ぶときは先に、連絡を、してほしい、のだ」

 涙目になってうずくまるマージリア。 

 なだらかな背中にある羽根がハタハタと揺れた。


「さすが妖精。美しいな。全裸が」

「か、観察するでない……!」


 ヤークトが近付きながら颯爽と自分の上着を脱いで、彼女に被せた。

「これを着ていなさい。妖精の友よ」

「お、お前は、エルフ?」

「今この周囲にいるのは妖精の親戚であるエルフと女性ばかり。男性は勇者さまだけですから、安心しなさい」

「その勇者が一番いやらしい目をしているではないか……」

「当たり前だ。突然目の前に裸の美少女が現れたら見てしまうに決まってるだろ」

「くぅっ! な、なにを言うっ」

 マージリアの顔が耳まで赤くなった。


 横からセリカにつねられた。

「いじめるのはそこまでにしてあげてください。可哀想です」

「そうだな。後ろを向いていよう。服を早く着るんだ」

「わ、わかった」


 リリールが神々しい微笑みを浮かべて進み出る。

「私が手伝いましょう」

「す、すまん」



 しばらくしてマージリアは着替え終えた。

 セリカはその間にラピシアをテントに寝かせてきた。


 服を着たマージリアが、まだ頬を染めながら言う。

「突然呼び出してどうしたのだ? ――せっかく性別を隠していたのに」

「たぶん女じゃないかなとは思っていたから、気にするな」

「え!? 私の幻術は例え神様でも見抜けないはずだが」


 確かに真理眼でも見抜けなかった。

 でも、試練の塔前は信者3人だったのに、終わったあとは5人に増えていた。しかもその他属性処女。一人はラピシアなのは確定。勇者になったわけでもない俺を心酔できるとするなら、妹を救ってやったマージリアの可能性が高かった。

 確証はなかったが。



「まあ勇者になれるぐらいだからな。――それより、マージリアに聞きたい。ディードリアの弟子をしていた妖精を知らないか?」

「ヘムルじいさんなら知り合いだ」

「お! どこにいる? すぐに呼べるか?」


 ふるふると頭を振った。しっとり濡れた赤髪が揺れる。

「あの人は偏屈だ。呼びかけにも応じないな。相手が神や魔王であっても会いに行かないと相手しない」

「マージリアから勇者が必要としてると頼んでもらっても駄目か?」

「それができるならしてる」

「典型的な職人だな。どこにいる?」

「妖精界のすぐそば。辺境大陸だ」



「辺境大陸って遠いんじゃないのか?」

「隣の大陸だからな。外洋船に乗って、風が良く吹いて西からなら1ヶ月、東からなら2週間か。強い魔物が出るので危ないが」

 ――風は俺が吹かせればいいが、東からなら大西洋ぐらいか。


「うーん、結構遠いな。リリーかレオに――いや、やっぱり勇者の俺が行くしかないのか。……まずはインダストリアで探すほうが良さそうだな」

 セリカが頷く。

「そうですね。近いですし、いい職人が多いですから」

「じゃあ、マージリア。帰ってくれていいぞ」



 マージリアは目を丸くして怒った。

「なっ!? もう終わり!? ――だったら話しかけるだけでも良かったではないか!」

「そう言うな。呪文で正しく呼べるかも試したかった。いざというときに呼べなかったら困るだろう? 急に呼び出してすまなかったな。美しいお前に会えて助かったよ」


 微笑みかけると、彼女は頬を染めて俯いた。

「ケイカさま、その言い方はずるいぞ……」

 そう言いながら、ゆるゆると荷物と弓を拾い上げて背負った。


「気をつけてな」

「今度は、事前に連絡するのだぞっ!」

「わかったよ」


 ぷくっと頬を膨らませると、マージリアはぱたぱたと羽ばたいて夜空高く飛んでいった。



 俺はセリカとリリールを見た。

「そろそろ寝るか。明日はインダストリアに向かうぞ」

「はいっ」「ええ、お供しますわ」


 そして、ヤークトと別れ、テントに向かう。

 ――リリール。

『なんでしょう?』

 ――信者は5万人と言ったが、3万人じゃだめなのか?

『うーん。ヴァーヌスを倒すためには5万人でもぎりぎりかと。神ですから』


 ――ヴァーヌスの信者数を考えたら3万も5万も変わりない気がするが。

『5万人いれば力を授けられるようになります』

 ――ふぅん。なるほどね。大国主命みたいなことしてくれるのか。主流派に加えてもらえるということか。

『その例えはよくわかりませんが、ケイカさんの考えでよいかと』


 ――あとヴァーヌスのやってきたことはわかった。動機はなんだ?

『世界のすべてを手に入れたい、では?』

 ――力を求めるグレウハデスみたいなのならわかるんだがな……まあ、何か分かったら教えてくれ。

『はい。いつでも』



 リリールと別れ、自分たちのテントまで来た。

 するとフィオリアが話し掛けて来た。

「ケイカさま、少しお話が……」

「なんだ? ――セリカは先に寝ててくれ」

「わかりました、ケイカさま」



 セリカと別れてフィオリアの後に従う。

 俺たちが与えられたのとは違い、とても質素なテントに案内された。

 二畳ぐらいの中ではすでにリィが寝ていた。旅の疲れが出たのかぐっすりと眠っている。

 

 開いたスペースに俺とフィオリアが座る。それだけでテントの中はいっぱいだった。

 フィオリアが頭を下げる。

「この度は本当にありがとうございました」

「いや、気にするな。助けることができて何よりだ」

「それで……お礼が」


「ん? 世界樹に案内してくれたし、エルフたちが俺を信仰してもらえるようになったから充分だぞ?」

「それはリィを助けてくれたお礼と、エルフを助けてくれたお礼です。私を助けてくれたお礼がまだ……」

 そう言って粗末な麻の服を脱ぎ始める。

 暗闇に光る白い肌。大きな丸みが弾けるように服から解放される。


 が、俺は脱ぎかけた服を着せ直して言う。

「……無理はするな」

「無理ではありません。勇者さまの活躍が、目に焼きついてしまって……目を閉じるだけでドキドキします……ほら」

 俺の手を取り、大きな胸に押し当てた。服越しにもわかる柔らかさ。


「そうみたいだな」

 しかし相手のペースに乗せれれるのも癪なので、フィオリアの肩に手を回して抱き寄せた。

 あぅっ、とフィオリアは喘いで、あぐらをかく俺の上へ上体を倒してくる。

 緑の髪がふわりと被さる。


 俺に抱かれながら、フィオリアは言った。

「仲間たちに、これほど温かく迎えられたのは久しぶりです」

「なぜだ? 迫害されていたのか?」


「表面的には変わらない接し方でした。でも私の夫が世界樹の結界を解いて魔物の手引きをした人だったから、笑顔の裏には常に冷たさがありました」

「結界を? 人のふりをした魔族だったのか?」

「その可能性もあります。操られていただけかもしれません。もう死んでしまったので真相は不明ですが」


 ――エルフたちにとっては彼女の夫は大犯罪者だろう。

 エルフは理知的で平等的らしい。しかし付き合い方は変わらずとも、見えない冷たさに苦しんだことだろう。一番質素なテントを与えるという微妙な差別もたくさんされてきたはず。

 リィの儀式失敗もひょっとしたら……。

 


「それは辛かったな……最後の決戦に参加させなかったのも、逃がしたのではなく余計なことはするなと考えられていたのだろうな」

「はい……それが世界樹を救ったケイカさまを連れてきたことで、皆が昔のように心から話しかけてくれて……リィも助けていただけましたし」

 ぐすっ、とフィオリアは涙声になった。


 思わず俺は彼女の頭を撫でた。緑の髪が上下する。

「よかったな――あっ!」

 ――やばい! リィをエルフと記載してしまった。

 ハーフエルフだったのか。

 いや、相手が魔族だった場合は違う種族になるのか!?

 こっちの世界の法則は知らないし、元の表記がわからないから、直しようがない。

 

 リリールなら直せるか?

 いや、その前に神である世界樹がいじったんだよな。

 俺には認識できないもっと深い本質のところで問題が起きているかもしれない。

 今の俺では判断できない。



 揺れる緑髪を撫でつつ言う。

「そのリィなんだが……ひょっとしたらまだ問題が残っているかもしれない」

 フィオリアは唇を濡らして顔を上げた。

「まだ、何かあるのでしょうか?」

「心配はいらないと思うが、神の関わった儀式の失敗だ。影響がないか、しばらく観察したほうがいい」


「リィを、見守っていただけますか?」

「ああ、当然だ。聖女もしばらく一緒にいる。なんとかなるだろう」

「お願いします、ケイカさまっ」

 フィオリアは抱きついてきた。巨大な胸が潰れるほどに押し付けられた。


 その勢いのまま押し倒される形になり、フィオリアは俺の上に乗ってきた。

 沈み込むように温かい彼女の肢体を抱き締めると、お互いの体温が溶け合った。


 しかしセリカの輝くような笑顔がちらついて、なぜか胸が苦しくなる。

 リィが身じろぎをしたので、お互いに無言で離れた。



 その後、俺は水を浴びてテントに戻った。

 フィオリアのテントよりかなり広いけれども、それでも荷物があって4人いると狭かった。

 すでに寝ているセリカやミーニャを押し分けて横になる。


 ぼんやりと入口から見える星空を眺めながら考える。


 ――リィのことは明日リリールに頼もう。


 次は鍛冶師だな。インダストリアで見つかるといいが。

 だめなら一度村に帰ろう。


 妖精界は東からのほうが近いが、船はどうするか。

 商人のドライドに頼んで外洋船を手配してもらうか。できるだろうか。

 ていうか貸した金、まだ返してもらってないな。そろそろ引き上げても資金は回るようになってるだろう。



 魔王がヴァーヌス神だったのは驚きだ。

 繭から出てくるまで1年。

 それまでに信者5万人。


 ……5年あれば余裕なんだが。この世界、人口少ないだろうし。

 人気にしろ信者にしろ、最初が大変なんだよなぁ。

 一度知名度に火が付けば一気に燃え広がるんだが。

 難しい。



 とりとめもなく考えていると、セリカが子犬のように俺へと体を寄せてきた。

「どうした、セリカ?」

「……砂漠の夜は、寒いですから」

「そうだな――1人では、寒いな」 

 俺は優しく抱き締めた。花のような香りが鼻をくすぐる。

 あぁ、と腕の中で彼女は甘い吐息を漏らし、細い身を震わせた。

 もっと温かくなるように強く抱き締めて、ぴったりと肌を重ね合った。



三章終わりです。

エピローグ(68~70)は将来的に修正が入るかもしれません。

かなり苦労しました。


四章のプロットが出来上がりません。あれもこれも入れたくて今まで以上にぐだぐだになりそうな予感。

投稿開始は3日~1週間後ぐらいになりそうです。

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