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第5話 決意の改変!


 見たことのない星空が広がる夜。

 俺は平原の小道を南に向かって駆けていた。

 王都を目指しつつ、村人の追跡を逃れるため。


 セリカを背負ったまま軽やかな足取りで走っていく。

 当然、全力は出していない。

 本気で走ったら魔物と思われてしまう可能性がある。

 そうなったら勇者にはなれないかもしれない。


 この世界で立場を確保していない今の俺は、極力慎重に行動しなければならなかった。

 ――まあ、すべては勇者になってからだ。

 いろいろ融通が利く勇者になれば、なんだってできるようになる。

 この村に凶悪なお礼参りだって自由にできる。



 その時のことを考えると、俺は顔がにやけてしかたなかった。

 ――と。

 後方から村人たちの声が聞こえてきた。

「なんて奴だ!」「人を背負いながら、あの速さ!」「ただもんじゃねぇ!」


 振り返ってみると、一人、二人と走るのをやめて脱落していた。

 肩で荒い息をしながら立ち止まって空を見上げる男や、疲労で地面に横たわる男。

 フルマラソンでもしたかのような息の上がりっぷりだった。


 ――いやいや、これでも百分の一も力を出してないんだが?

 まあ、このまま追手が減ってくれるのが一番いい。魔物とは思われなかったようだし。

 もうしばらく頑張るか。



 平原を駆ける。村から随分と離れた。

 もう追手はいなくなったかと思って千里眼で確認した。

 すると、まだ何人かの村人が俺の方へまっすぐに向かってきていた。


 月がないため俺の逃げた方向はわからないだろうと思っていたが、先頭の男は動物に乗っている。馬かと思ったが、正確に言えば脚の長い豚だった。

 そいつが豚鼻をひくひくさせて匂いを嗅ぎながら追ってくる。


 どんどん距離が縮まってくる。

 ――面倒な生き物だな。足も速いし、人が出せる程度の速度では逃げ切れない。

 

 けれども豚馬は二頭に増えたが、徒歩の村人は次々と脱落していった。

 お、この状況は使える。


 俺は心を決める。

 ――よし、豚馬に乗った奴だけになったら倒そう。

 で、豚馬を借りて楽々と王都まで行き、そのあとは魔法でも掛けて村へ返せばいい。

 走るのにも飽きてきたから丁度いい。



 そう決まると足がますます軽くなった。

 平原を南へと駆けて王都を目指す。


 豚馬に乗った村人が追いかけてくる。

 時々「止まれ!」とか「逃げるな!」などと言ってるが無視。



 それから三十分ぐらい経過した頃。

 完全に豚馬に乗った村人だけになった。俺の数百メートルぐらい後ろに来ている。

 他の村人はすっかりいなくなっていた。


 ――そろそろいいか。


 俺は立ち止まると、荷物を降ろした。

 しゃがみこんでセリカを地面に横たえる。

 それから下駄をはいて立ち上がる。


 そして駆けてくる豚馬へとゆっくりと足を進めた。

 和服の裾がはためき、下駄がカラカラと鳴る。


 数十メートル先にまで迫ってきたので、豚馬の背に乗る村人の姿がしっかり目に入った。

 装備はロープとナイフだけで剣も鎧もなさそうだった。

 ――運がいい。

 これなら太刀を使うまでもない。

 俺は拳を握って指をぽきぽきと鳴らした。



 村人が近付きながら叫ぶ。

「咎人め、覚悟しろ!」

「もう逃がさんぞ! ――うわぁ!」


 突然、村人の一人が宙を舞った。頭から落ちて動かなくなる。

 続いて二頭の豚馬がどおっと地面に倒れた。

 村人が投げ出されて地面を転がった。


 俺は驚いて思わず叫ぶ。 

「なんだ!?」

 目を凝らした。闇に蠢く、真っ黒い何か……ミミズか?


 腰を抜かした村人が、尻餅で後ずさりながら叫ぶ。

「ぐ、グールワームだぁ!」

 ミミズがぐうっと頭をもたげた。胴回りがタンクローリーほどもある。体長は30メートルぐらいか。頭の先に付いた丸い口には、ナイフのように鋭い歯がびっしりと並んでいた。


 俺は目を細めて睨む。――《真理眼》 

--------------------

【ステータス】

名 前:グールワーム

属 性:【地】【闇】


 攻撃力:0300

 防御力:0400

 生命力:3000

自動再生:1000


【スキル】

 飲み込み:敵一体を丸呑みする。

   粉砕:身を隠す岩や鎧ごと粉砕。

圧し掛かり:体で押しつぶす。範囲攻撃。

--------------------


 強いだけじゃなく、硬い上に回復するらしい。

 かなり厄介だ。

 ――まあ、俺にとってはこんにゃくも同然だけどな。



 こいつを倒せば村人にも恩を売れるか?

 少し予定とは違ったが、臨機応変にいこう。


 俺は駆け出しながら、腰に下げた太刀を引き抜く。


 グールワームが尻餅を付いた村人を狙って頭から突っ込んでいく。【飲み込み】か!

「うわぁぁ!」

 村人は頭を抱えて目を閉じた。


「でやぁぁ!」

 俺は太刀を斜めに振り抜いた。

 気合一閃――ッ!


 ズァンッ!


 グールワームの頭を切り飛ばす。

 衝撃でグールワームの頭は向こうへ、胴体も後ろへ吹き飛んだ。



 村人が驚きで目を開く。

「な、なにやってんだあんた、それじゃ、倒せない!」

「なに!?」


 振り返るとグールワームの胴体が立ち上がろうとしているところだった。もこもこと泡が沸きあがるように黒い肉が傷口を覆い、盛り上がっていく。

 あっという間に頭が再生した。


 さらに向こうへ斬り飛ばした頭は同じように、胴体を再生していく。

 凄まじい再現力。回復じゃなかったのかっ。

 しかも魔力を感じない。通常の生物としての再生力らしい。ありえん。



「再生ってレベルじゃないだろ、これ……他の奴らはどうやって倒してるんだ?」

「ひっ、火だよ! 魔法の火で燃やすしかないんだ!」

「なるほど――が、残念ながら俺は火の魔法は使えないんだよな」

 俺は太刀を正眼に構えた。


 それを見て村人が声を上げる。

「なにやってんだ、あんた! 剣では殺せない――」

「ちょっと黙ってろ……我が名に従う儚き燐光 長き波になりてすべてをすり抜け組み替えよ!

――《光子変換》」

 ぼぅっと太刀の刀身が淡い紫色の光に包まれる。



 グールワームが俺を見て鋭い歯の並んだあぎとを俺に向けた。

「キシャァァア!!」  

「一丁前に鳴けるのか、こいつ」

「シャアアア!」

 鋭い呼気とともにグールワームが頭から突っ込んでくる。


「ふんっ!」

 俺は太刀を振るった。淡い光の軌跡を残して、グールワームを頭から胴体まで真っ二つにする。辺りに紫色の燐光が散った。


 後ろで見ている村人が憤る。

「剣じゃダメだ……もっと高火力で焼き尽くさないと。ほら」


 言っている傍からグールワームが震えだす。もこもこと肉盛り上がり、傷口を塞いで――まだ盛り上がっていく。

 村人が目を丸くする。

「な、なんだ!?」

 

 ボコボコボコボコと不気味な音を立てて肉が盛り上がっていく。山のように膨らみ、そしてまともだった肉体のほうにもボコッボコッと肉の固まりが盛り上がっていく。

「きしぇぇぇええ……」

 グールワームが身をよじらせる。

 ボコンッとひときわ大きな肉が頭に盛り上がり、そして動きを止めた。

 草原に出現した黒い肉塊の山が蒸発でもするかのように、しゅうしゅうと煙を発して消えていく。



 村人が震えながら言った。

「あ、あんた。なにしたんだ……?」 

「なあに。腫瘍だよ。再生能力が高すぎるから、ちょっと遺伝子を傷つけてやったんだ」

「しゅ、しゅよう?」

「まあ、肉体を際限なく再生させて、脳や神経まで肉に変換したって言えばまだわかるかな?」

 正確には紫外線を浴びせてみただけ。普通の動物には効かないけど、この再生力ならと思ったら大正解だった。


「……よ、よくわかんねぇが、あんたすげえな! ――あ!」

 村人が向こうに目を向けた。再生を終えた頭のほうのグールワームが動き出した。

 ズズズッと胴体が地面を這う。


「あれもさっさと倒すか」

 俺は、すたすたと近付いて、一匹目と同じように腫瘍化させて殺した。



 それから俺は意識のある村人の前に戻った。もう一人は気絶したままだ。

「さて。俺はお前たちの命を助けてやった。わかるな?」

「あ、ああ」

「俺の強さも、当然わかってるな?」

「も、もちろんだとも」

 村人はへらへらした笑いを浮かべてもみ手をする。


 ――うわぁ。こいつ全然信用ならねぇ。


 このまま帰すと不利になることをべらべら喋りそうだった。

 かと言って帰さないと俺が殺したことになる。

 人殺しになると勇者になれなくなる。



 夜風が吹いて、平原の雑草をさらさらと揺らしていく。

 はぁ、と俺は溜息を吐くと地面に転がる小枝を拾った。

 次に頑丈そうな草の茎を引き抜く。

 その茎にそっと呪文を唱える。

「わが名に従うそよ風よ 切り裂く刃をここに封じよ――《疾風封刃》」

 それから茎を小枝に縛った。


 村人の前に突き出す。

「この枝に巻いた草を取ってみろ」

「へぇ…………うわっ!」

 茎を外したとたん疾風が生まれ、スパンッと小枝を切り落とした。


 俺はもう一本、茎を引き抜いた。

 ニコニコした笑みを浮かべて、村人の手を取る。

 驚き戸惑っていた村人の顔が引きつる。

「お、おい、まさかっ!」

 逃げようと動き出す一瞬の隙を突いて、茎を男の手首に巻き付けた。


 村人の顔が泣きそうに歪む。

「うわああああ! なんてことを!」



 俺は男のがっしりした肩に手を置いて説得した。

「千切ったり外したり、あとは俺に不利になることを言ったら、そのときはスパンッだ。それで、だ」

「な、なにをさせたいんだよぉ……!」


「何もしなくていい。このまま帰ってくれていい。ただ村長にはこう伝えるんだ『追いかけていた咎人と男はグールワームに飲み込まれた。ワームはそのあと逃げた豚馬を追いかけていったので俺は命拾いした』と言え。俺と咎人は死んだ、と」


「わ、わかったが、豚馬ってなんだ?」

「ああ、お前たちの乗ってたあの動物だ」

「ブーホースのことか」

「それだ。それでブーホースは二頭いるから一頭は借りるぞ。一緒に連れて帰ったら嘘がばれるからな。あとで届けるから損はない」

「わかった」

 神妙に頷く男。

 ――よし、これで俺たちの安全に加えて、らくらく移動手段ゲットだぜ。



 もう一度、俺は仮面のような笑みを浮かべて確認する。

「さあ、なんて言うんだった? 繰り返してみろ。でないと手首が――」

「言う、言うよ! 男と咎人がグールワームに食われた。そのあとブーホースを狙ったので俺たちは助かった。これでいいんだな? ……この草はいつ取ってくれる?」


 俺は顎を撫でながら言った。

「俺は試験を受けて勇者になる。そのあと村にお礼しにいく。一ヵ月後ぐらいか」

「あ、あんた勇者になるのか……まあ、なれそうだな」

 煙となって消えていくグールワームの死体をチラ見して村人は言った。



 一応駄目元で嘘も言っておく。

「実はあの咎人。間違いで咎人になったんだ」

「え?」

「だからそれを訂正してもらうためにも王都へ向かっていたんだ」

「そんなことがあるのか」

「人間のすることだ。誰だって間違いはある」

「な、なるほど……」

 村人は、うーんと考え込んだ。

 俺に協力したらどれぐらい得か考えているらしい。


 それから俺を見上げて言った。

「わかった。あんたに協力するよ。俺はベイリー。信じてくれていいぜ」

「そうか。ベイリー。助かる。勇者になったら会いに行く。それまでは草を千切るなよ」

「ああ、わかってるさ」


 その後、ベイリーは一頭のブーホースに気絶した一人を乗せて帰って行った。

 まあ、手首に巻いたほうは呪文唱えてないから、外しても大丈夫なんだけどな。

 味方がセリカしかいない異世界じゃ、保険の一つぐらいかけておかないと。



「さて、と」

 俺は平原に寝かせっぱなしだったセリカのところへ戻る。

 激しい戦闘などどこ吹く風で、微笑みを浮かべてすやすや寝ていた。


 はあー、と長い溜息が出る。

 ――こいつを連れてるとまた同じ目に遭うな。

 でも「助けてください。もっと生きたい」とセリカが願い、それを叶えると誓った以上、神として守らなければならなかった。大変なことになる。

 というか、この歳になるまで咎人とばれなかったのは不思議でもあるが。



 それはおいといて、どうするか。

 咎人のステータスを削るか? でもなぁ。

 さすがに遺伝子改造のような【状態異常】と違って、すでに記載された内容を【改変】するのは、この世界の神へ反抗することになってしまう。

 ばれなきゃいいけど、できれば避けたい。


 そもそもセリカの顔と名前が国側にばれているのかもしれない。

 聞いたところによると勇者にさえなれば、咎人をどうするかの裁量を得られるらしい。


 じゃあ、それまでは変装させるか?


 俺はセリカを眺めた。

 赤いスカートに白い上着。人形のように細い手足。大きな胸が深く上下している。

 長い睫毛になだらかな頬。波打つ金髪と白い肌が夜の闇に光って見えた。

 ……綺麗だな。隠すのはもったいない。

 それに、気ままに振舞うセリカが一番輝いて見える。自由でいて欲しい。

 


 ――やるしか、ないか。

 この世界の神よ、すべての罪は俺が引き受ける。

 だから、彼女だけは罰しないでくれ。


 平原に横たわるセリカの傍に片膝をついた。秀でた額に手をのせる。もう片方は、服の隙間から手を入れてじかに肉体を触った。

 大きな胸のありえない柔らかさと、すべすべした体温が手のひらに伝わってくる。


「――《真理眼》」 


 セリカのステータスを呼び出す。

 そして大きな胸をわし掴みにしながら、いじった。

--------------------

【ステータス】

名 前:セリカ・エリーデ[レム・エーデルシュタイン]

性 別:女

年 齢:17歳

種 族:人間

職 業:町人 [(=====)]

クラス:騎士Lv5 [=====Lv17]

属 性:【水】[光]

--------------------


 修正、終わり。

 セリカは華奢な肢体をまさぐられても、相変わらず平和な顔で眠っていた。


 ちなみに[ ]の中は俺にしか見えないようにした。

 勇者になってから戻す時、間違えたら大変だから。

 しかしまあ、ここまで改変したらこの世界の神にばれた時、言い逃れできない。

 間違いなく殺される。


 ――いいさ、もう決めたことだ。


 セリカは必ず守ってやる。

 勇者になりさえすれば、すべてはうまくいくはずだから――!



 俺はブーホースを連れてきて荷物を載せると、セリカを抱えて鞍の上にまたがった。

 腕の中の彼女は柔らかくて、とても軽く感じた。

 その時、風が吹き抜けて平原の雑草を揺らしつつ、彼女の金髪をなびかせていった。


 俺は王都目指して、ゆっくりと進んでいった。

 



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