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勇者のふりも楽じゃない――理由? 俺が神だから――  作者: 藤七郎(疲労困憊)
第一章 勇者試験編

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第4話 村人の歓迎

4話と5話、修正しました。

 夕暮れ時。西の空が赤く色付いている。

 俺たちは森の中で何度か野宿をして、ようやく広大な森を抜けた。


 歩く間にいろいろと教えてもらった。

 この世界と各国の地理、歴史、神々。そして魔王の脅威や勇者制度について。

 今は王都のある南へと向かっている。


 ただ彼女が考えている以上に、魔王の手が伸びているなと俺は感じていた。

 百年以上、真の勇者は現れていないらしい。

 強い勇者は何人もいたが、全員魔王の返り討ちにあったそうだ。


 ――さすがにおかしい気がする。

 倒せない理由があるのかもしれない。

 詳しく調べてみる必要がありそうだった。



 二人並んで雑草の揺れる平原の小道を歩いていく。

 セリカは疲れなど見せずに、俺の横を楽しそうな微笑みを浮かべて歩いている。

 なだらかな白い頬が夕焼けに照らされて赤く染まっていた。


「元気だな、お前」

「はいっ。勇者さまとこうして並んで歩けるだけで、わたくしは幸せですっ」

 セリカは頬に手を当てて、身をよじった。華奢な肢体が強調される。 

 俺は呆れて首を振るだけだった。



 日の落ちかかった頃、小さな村へとたどり着いた。

 五十軒ほどがぽつぽつと点在する村。


 セリカが思いつめた表情で言った。

「今日はこの村に泊めてもらいましょう」

「ああ、任せるよ……しかし、大丈夫なのか?」

 言外に咎人とばれるのではないかと含めた。



 セリカは首から提げたペンダントをギュッと握り締めて言った。

「小さい村だから、きっと大丈夫なはずです。――それに、ケイカさまにこれ以上、野宿なんてさせられません」


「別にいいけどな……それに宿屋もなさそうだ」

「こういう村の場合は、村長の家にお願いして泊めさせてもらうのが一般的です」

「なるほど」


「納屋になってしまうかもしれませんが……」

「雨露をしのげるだけでもだいぶ変わるだろう」


「はい、わかりました」

 セリカは緊張した足取りで、村の真ん中にある一番大きな家へと向かった。

 俺はのんびりとその後を付いていった。



 村長の家は二階建ての意外と大きな屋敷だった。役所的な雑務も兼ねているのかもしれない。

 そんな屋敷の食堂で村長と会った。

 白髪に白髭を蓄えた、とても優しそうな老人だった。


 彼は目を細めて歓待する。

「いやぁ、よく来てくださいました、旅のお方。さあさあ、今から夕飯ですじゃ。どうぞ遠慮なく召し上がってください」

「急な訪問ですのに、お邪魔してすみません」

 セリカが優雅に頭を下げた。金髪がふわっと垂れる。


 俺も彼女を見習って挨拶した。

「泊めていただきありがとうございます。食事まで世話していただいて何と言ったらよいか」

「いえいえ。見たところ、冒険者の様子。魔物を退治してくれるだけでありがたいですじゃ」

 目尻に深いしわを寄せて村長は笑う。


 しかし、神の目は誤魔化せない。

 心から笑っていないのがうかがえた。

「ささ、どうぞ。粗末な物ですが冷めないうちにどうぞですじゃ」

 村長は食事を勧めてくる。



 テーブルには木の器に入れられた、粗末なパンと肉片の浮いたスープ。おいしそうな湯気が立っている。

 温かい食事は久しぶりのため、セリカが目を細めて喜んでいた。


 俺は壁に掛かる女性の肖像画を見ながら尋ねた。

「あれは誰ですか?」 

「ああ、あれはですな、昔この村を呪いの疫病から救った聖女さまの肖像画で――」


「――《解毒》」

 村長の目が離れた隙に、口の中で呪文を唱えた。

 一瞬スープが光る。自分のだけ。


 セリカの性格では騙されたふりなんてできないだろうから教えないことにした。

 まあ、解毒といっても神だから毒が入っていても大丈夫なはずだが、こちらの世界ではルールがどうなっているか分からないので念を入れた。



 それから食事を開始した。

 パサパサのパンをスープにつけながら食べる。

 シンプルな塩味だが、肉の旨味と脂が出ていて悪くない。具の少ないポトフに似ている。


 横を見れば、セリカが美しい指先を優雅に動かしてパンをちぎっては食べ、スプーンですくって食べている。細いのどが上下する。

 まったく疑いもしていない振る舞いだった。


 俺の視線に気付いてセリカが首を傾げた。

「どうされました?」

「いや、なんでもない」

 俺はまたパンとスープを食べ始めた。


       ◇  ◇  ◇


 夜。

 屋敷の奥にある窓のない部屋に案内された。

 ベッドが一つと、藁の束にシーツを被せたものがある。

 扉だけが油を差されていて新品のように新しかった。


「俺が藁で寝るよ」

「そんな。ケイカさまがベッドをお使いください」

「いや、ぐっすり寝るわけにはいかないんでね。ちょうどいい」


「え?」

「それより荷物はまとめておいてすぐに出られる用意をしておくんだ」

「わかりました」

 セリカは不審そうな顔で俺を見たが、逆らわずに従った。



 そのあとは家の人に頼んで水を使わせてもらった。

 セリカは部屋で体を拭いたが、俺は頭から浴びたいからと頼んだ。


 中庭の井戸で水を汲み、手足を洗って体を拭いた。

 頭から被る。無造作な黒髪から水が滴る。冷たくて目が冴える。

 夜空はたくさんの星々が散らばり、美しかった。

 しかし明るい月が見えない。残念な気もするが、ちょうど良いとも言えた。


 けれど俺はただ水を浴びただけではなかった。

 部屋への行き帰りの間、屋敷の間取りを覚えながら戻った。

 そして寝た。



 深夜。

 明かりの消えた真っ暗な部屋。

 藁束の上で横になっていた俺は、気配を感じて目を開けた。

 セリカの深い寝息が規則正しく聞こえてくる。


 俺は意識を集中した。

 廊下や庭に忍び足の音。ただかすかな震動までは消せていない。

 喋っているようだがさすがに聞こえなかった。

「――《多聞耳》」

 周囲の雑音が耳に流れ込んでくる。


 男たちの声。

「寝たか?」

「寝た寝た」

「本当に咎人か?」

「水晶球が赤く光った。間違いないのじゃ」

 これはしわがれた老人の声。


 中年の男が尋ねる。

「起きはしないか?」

「魔物用の眠り薬だ。明日の朝までぐっすり眠っておるさの」

 これもまた老人の笑いを含んだ声。


 年配の男の声。

「よし。誰か街まで言って警備兵詰め所に――」

「まあ待て。兵士を呼んだら手柄が奪われる」

「しかし強そうな冒険者だったぞ」

「寝ているんだろう?」

「そうだが……」

「俺たちで捕まえて引き渡してしまおうぜ」



 廊下にいる男の数は5名程度。村長がいる。

 屋敷の表に10人ほど。こちらは帯剣や鎧の金属音がする。武装しているようだ。

 ――やはり、襲ってきたか。予想通りだな。


 ただ会話の流れが想定とは違っていた。

 流れ者を殺して金品を奪う強盗村かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。



 疑問に思っていたら男の一人が含み笑いをして言う。

「あんなべっぴんの『咎人とがびと』だ。大金貨10枚にはなる。ひょっとしたら聖金貨だって……」

「んだな」


 妙に荒い息をして尋ね出す男。

「な、なあ……詰め所へ持って行く前に、その、おらたちだけで……」


 村長が小声で叱咤する。

「ばかもんっ、咎人と関係を持ったら、それだけで一家皆殺しだぞ。村も呪われる。あの疫病の恐ろしさを忘れたかっ! 絶対に手を出してはいかん」

「ちっ、わかったよ」



 俺は内心舌打ちした。

 ――狙われたのはセリカか。


 セリカは大丈夫だと言ったが、すでに村は咎人を判断するアイテムを所持していたらしい。

 ちなみに咎人判定は頻繁に行われるものではなく、生まれたときや、よそ者がやってきたとき、神職に就くときなどだそうだ。

 今回はよそ者だったからばれたのだろう。



 それにしても、どうせ殺すだけなのに手を出したらいけないとは。

 おそらく、子供ができるのを恐れていると思われる。

 光の子はより大きな光を持って生まれてくる可能性があるからな。


 というか光の力を持つ咎人の女は全員、清い身なのか。

 勇者になったら優先的に助けよう。


 とりあえず、逃げるか。それとも倒すか。

 殺すのはまずい。通報されたらこの国の身元がない俺など疑われたら終わりだ。

 勇者試験を受けられなくなる。

 手加減するしかないか。苦手なんだよな。


 ――と。

 誰かが扉に手を掛けた。すうっと音もなく開いていく。

 若者4人が先に、村長が後から入ってくる。

 二人がベッドへ、二人が俺へと。ロープを手に持って忍び寄ってくる。


 間合いに入った瞬間、俺は飛び起きた! 

 ごっ、どすっ、と鈍い音が二つ。

「うっ」「ぁ」


 俺の右手が二人の腹を殴っていた。

 横隔膜を殴ると息が吸えなくなる。



 崩れ落ちる二人を飛び越え、俺はベッドへ飛ぶ。

 セリカを縛ろうとしていた二人を殴りつけて昏倒させる。


 村長が驚き、叫び声を上げようとする。

「なっ、なん――ぐぅ」


 俺の手のほうが早かった。

 セリカを縛るはずだったロープを拾って投げつける。

 村長の首へ巻きついた。

「うっ、がっ」

 鞭のように絡みつき、村長は必死で縄を外そうと指を動かす。



 俺は風のように動いて、村長の腹をトンッと突いた。

「ぐ……」

 その場に膝から崩れ落ちる。すぐに首の縄を解いてやった。


 服を探って鍵を奪う。

 あとは奴らの持ってきたロープで全員の口と手を縛った。



 それから俺は荷物を持つと、金髪を広げてお姫さまのようにすやすやと眠るセリカを抱え上げ――

「ちょっと動きづらいな」

 お姫様抱っこだと、ドアや壁に頭をぶつけそうだった。

 抱えるのは止めにして背中に背負う。丸く柔らかい感触を背中に感じた。やはり大きい。

 

「うにゃ、むにゃ……ばあや、なんですの……」

 どんだけお姫様なんだこいつ。

 彼女の可愛い寝息を耳元に感じながら、俺は部屋を出た。

 そっと扉を閉める。

 


 表には武装した10人がいるので裏へと向かう。そちらには普段使われていない扉があるのは調査済み。

 間取りを覚えていたから明かりがなくても迷わず進む。

 ひたりひたり、と素足で歩いていった。


 背中のセリカの丸みを感じつつ、よくやってるな俺、と感心する。

 ――日本にいた頃の俺だったら、我慢できずに村ごと土石流で押し流しただろう。

 神への不敬だと言って。

 でもそれじゃダメなんだ。同じことを繰り返したらまた神になれなくなる。



 今は勇者になることが先決。

 人殺しの汚名なんて背負ったら、勇者の資格を失う。

 神となってチヤホヤされる生活が台無しだ。

 ここは穏便に。怒るな、俺。


 まあ、勇者になった後は心置きなくお礼をさせてもらうがな!


 ……いや、待てよ?

 それなら、ひっそり逃げるより、村の男全員で俺を追いかけさせた方が、勇者になった後ででかい顔をできるんじゃないか?

 『よくも勇者を殺そうとしてくれたな』と脅せるはず。


 じゃあ、逃げるところを見せて俺の顔を見せつけるか。

 ただ魔法で目立つのは危険だな。魔物と思われたら問題だ。

 被害は最小限にしつつ、なにか目立つ方法はないか……。



 俺は足音を殺して歩いていく。

 家の中の気配。人の立てる押し殺した呼吸。

 女子供は息を潜めてそれぞれの部屋にいる。


 進路上に邪魔者はいないが、ここで騒ぐのはダメだな。

 女子供を巻き添えにしたら今後の勇者としての名声に傷が付く。



 裏口まで来た。扉の前にはガラクタが置かれ、埃が積もっている。

 俺は村長から奪った鍵で扉の鍵を開けた。

 押して開けようとして、扉全体が茶色く変色していることに気付いた。


 ――これだ!

 俺は思いっきりドアを開けた!


 ギイィィイ――ッ!


 夜の闇に、想像以上の大きな音が響いた。


 ――よし!

 使われていないのだから、錆ていたに違いない!


 屋敷の空気が一変する。ざわざわと声が響いてくる。

「音がしなかったか?」

「裏のほうだ」

「誰か見て来い」

 足音が五つほど裏へと回った。



「よし、こい!」

 俺はニヤリと笑いながら外へ出た。

 足音が聞こえてくる方向へわざと走る。


 屋敷の裏の細い小道を軽やかな足取りで駆け抜ける。

 まだ本気では走らない。本気出したら誰一人追いつけないからな。


 背中のセリカがゆさゆさと揺れた。首筋に金髪がかかってくすぐったい。

 ある程度、村人たちに追い掛け回されたあとで、神の全力で逃げ切ってやろう。

 ただ魔物とは思われない程度にしないとな。

 その辺のさじ加減が難しい。人間のふりも楽じゃない。



 すると、前方から叫び声が聞こえた。

「いたぞ!」

「おおい、こっちだ!」

 村人が数名、前方から迫ってきた。

 声に応じて他の村人たちも集まって来る。家から顔をのぞかせる奴もいる。


 ゆっくり走りつつ、奴らのランプの光でわざと俺の顔を照らさせる。

 村の中の路地を走り、時には柵を飛び越えて、村人たち全員に姿を見せていく。

 ――俺のこと、よく覚えておくんだぞ。

 

 50人ぐらいに姿を見せた後、俺は踵を返した。

 すやすや眠るセリカを背負って、人のいない方へと走り出す。

 村を出てからは、なだらかな平原を走った。

 王都のある南へ向かって。


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