第53話 レオパーティー討伐!
夕暮れ時。
雲を貫いて槍のように聳えるグリーン山が赤く染まる頃。
討伐対象のレオがいるという山の麓の洞窟に、俺たちは来た。
案内してくれた土小人ピックルは、洞窟内に笑顔で駆け込んだ。
「レオ! 勇者さまを連れてきたよ! これで助かるよ! レオったら!」
俺たちも続いて入る。
鍾乳洞らしく、入口は狭くてかがまないと通れなかった。
逆に中は幅の広い洞窟が続いていた。
水がしとしとと鍾乳石から滴り、空気はひんやりと肌に冷たい。
良い心持ちの水たちが多くて、水に関する神としても気持ちが良かった。
俺は勇者の証をひねって周囲灯を付ける。
俺を中心にして辺りが明るくなった。影ができないのが素晴らしい。
隣にセリカ。後ろにはミーニャとラピシア。
奥へと駆けるピックルの声がよく反響していた。
奥へ行くほど洞窟は広く、天井も高くなっていった。
道路で言えば4~6車線ぐらいある。洞窟の壁際には小川が流れている。見なくても清浄な気配が伝わってきた。
そして10分ほど進んだ頃、地底湖にぶつかった。
青く透明な水をたたえている。湿気を含んだ空気が肌寒い。
地底湖の岸で焚き火をしており、そこには3人の人間がいた。
コートを着た男と、耳の長い少年、そして暗い顔をした青髪のレオ。
黒いロングコートを着た男が立ち上がる。長身で痩せていた。細い眼鏡をかけていて、手には分厚い本を持っていた。
男は呆れたように首を降ると、指で眼鏡をくいっと押し上げた。
「やれやれ。また厄介ごとを持ち込んでくれましたね……揉め事率55%、といったところでしょうか」
――また、てことは、王都襲わせる指示をしたのはこいつじゃないのか。友達の魔物たちが勝手に、といったところか。
ピックルが驚く。
「どういうこと!? この人は勇者だよ! ボクらを助けてくれたんだよ!」
「目的遂行のための情報が得られるから助けた、という可能性もありますよ90%ぐらいの確率でね」
「そ、そんなぁ……!」
ピックルはつぶらな瞳に涙を浮かべて、俺と男を交互に見た。
男は、俺の胸元に光る勇者の証を見ながら言った。
「勇者だからこそ、王の命を受けて追いかけてきた。99%の確率で討伐のために。……違いますか?」
俺は、ふんっと鼻で笑いながら言う。
「だったら、どうする?」
「させませんよ」
男は 黒い長髪を掻き上げて、レオの前に立ちはだかった。
――面倒だな。力を見せ付けて黙らせるか。
俺は太刀を抜きながら言った。
「ピックル。下がってろ。案内ご苦労だったな」
「う……うわぁぁん!」
ピックルは泣きながら壁際へと逃げた。
俺は黒いロングコート男を《真理眼》で見た。
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【ステータス】
名 前:ダークレイヴン
性 別:男
年 齢:28
種 族:高人間
職 業:第六界魔導師(上級)
クラス:魔法使いLv40 黒魔術師Lv52
古代魔術師Lv38 次元魔術師Lv42
魔法陣師Lv60 大魔導師Lv88
属 性:【火】【水】【風】【土】
【装備】
方陣魔導書:魔法や呪文を魔方陣に変換し、記載してある。魔力を流して番号を言うだけで発動可能。
黒鴉の法衣:三本脚の鴉の羽で作った法衣。時空を操ることができる。魔攻・精神力×2 防+77
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ほう。黒魔術特化。
しかも、どうやってかはわからないが、この世界以外の魔法・魔術にも精通しているようだ。
まあ、俺が異界から来たぐらいだから、そういう方法があってもいいのか。
「勇者に戦いを挑むということが、どういうことかわかっているのか?」
「あいにく、常識にはとらわれない性格でしてね」
胸を反らし、くいっと眼鏡を指で上げる。
自信に満ちた態度。
「だいたい、勇者だからっていい奴とも限らないぜ、っと」
少年が拳を掴んで指をポキポキ鳴らしながら立ち上がる。緑の髪がふわっと広がり、長い耳がよく見えた。
「どうやって確かめる? その拳で?」
「オレの拳は一味違うぜ?」
言ったとたん、少年の拳が赤い炎に包まれた。
俺は少年を《真理眼》で見た。
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【ステータス】
名 前:ティルト
性 別:男
年 齢:142
種 族:エルフ
職 業:魔闘師(上級)
クラス:魔闘師Lv35
属 性:【烈火】
【武闘家スキル】
拳突き
蹴り
二段突き
回し蹴り
飛燕脚
【魔闘師スキル】
鉄甲拳:鉄より硬くした拳で対象をぶち抜く。ダメージ2倍。
火炎拳:炎を纏った拳で攻撃。火炎追加ダメージ。
炎舞脚:炎を纏った蹴りでの連続攻撃。
炎烈破:炎を飛ばして攻撃。
【パッシブスキル】
精霊の加護:精霊と会話できる。能力値上昇。【幻惑無効】
精神集中:戦闘に集中することで眠りや気絶を無効。状態異常抵抗。
烈破咆哮:筋力と素早さを上昇。相手を威圧する。
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こっちも上級職か。
魔法剣士の武闘家版といったところか。
かなり強いと思われた。
前に教えてもらった話では、エルフは10歳=人間の1歳なので、今14歳ぐらいらしい。
確かに生意気盛りだ。
レオが顔を上げた。疲れが見えた。
「待って、ダークにティルト。ケイカさんは悪い人じゃないですよ」
「悪い人じゃない、というのにもいろいろありますね。王様にとって良い勇者かもしれません。――50%の確率で」
ダークが鋭い目で俺を睨む。
俺も太刀を持ったまま対峙する。
「話し合いに来た、と言ってもか? レオを助けてやるつもりだ」
「あなたに助けられるとは思いませんが――それとも何かよい案でも?」
俺は首を振った。
「今のところ、なにもないな」
「でしょうね。あったら私たちで何とかしてますよ」
ティルトは、へっと悪態をつく。
「だいたい、勇者といいながら、女ばっかはべらせてるような奴がいい奴? 今すぐ魔王倒す気あんのかよ?」
――うん、女ばっかり。そのとおりだ。
今すぐ魔王退治は、信者増やすまでは倒す気ない。
正論過ぎて、ぐうの音も出ない。
ところがセリカが眉間にしわを寄せて言った。
「言っていいことと悪いことがありますわ! ――え?」
セリカの言葉を遮って、ずいっとミーニャが前に出た。
「ケイカお兄ちゃんの悪口は……許さない」
耳と尻尾がぴーんと立っている。張り詰めた雰囲気をまとっていた。
俺は言った。
「レオ。いい仲間を持ったな」
――レオは魔物と友達になれるぐらいの勇者。
だとしたら、すでに優秀なパーティーメンバーを集めていてもおかしくなかった。
「私には過ぎた人たちです……ですから、お互いに争いをやめませんか?」
「そうですね、と言いたいところですが……相手さんに火を付けてしまったようですね」
ダークの見る先にはミーニャがいた。
ミーニャが包丁を抜いてティルトを指す。
「さっきの言葉……取り消して」
「やる気かよ。オレは女子供を殴る拳は持ってねーんだ」
「だったら、そのまま死んで」
ダークが、呆れたように息を吐く。
「ティルト。本気で戦っていいですよ。君の勝てる確率は5%ですから」
「バカ言うなよ! こんなハーレム作って喜んでる勇者の仲間が、オレより強いはずないだろ!?」
――少しむっとしたが、女ばかりで喜んでないことはないので、まあ正論だな。
それにセリカよりは確実に強いので一応、事実ではある。
やはりレオの仲間だけあっていい奴らしく、率直な意見には嫌な感じは受けなかった。
しかし俺を心酔する者には違ったようだった。
ミーニャの耳と尻尾の毛が怒りでブワッと逆立った。
「不敬は、絶対に、許さない」
「……ティルト。君の勝てる確率は1%以下になりました」
「んな! 何かの間違い――」
「参る」
ドンッ! と地面を蹴ってミーニャが疾走した。
きらめく包丁の白刃。舞い上がる砂煙。
「は、はやっ!」
戦いの構えを取る前に、すでにミーニャが殺到した。
「ヤァッ!」
気合の乗った一撃を繰り出す。下段からの一閃。
「くそっ!」
ティルトが包丁の腹を叩いて逸らした。
しかし、二刀流の追撃。上段からの袈裟切り。
これは半身になってかわす。
左手の包丁は大きく空を切った。体勢は崩れて前のめりに、背中を向ける形。
「もらった!」
ティルトがミーニャの背中へ燃える拳を繰り出した。
しかし、ミーニャは前のめりの勢いを崩さず、そのまま地を蹴った。
――胴回し蹴り。
前転する力を加えたしなやかな脚が、ティルトの頭を鞭のように襲う。
「うわ!」
ティルトは手で頭をかばった。
ゴッと脚は弾かれて横に流れる。
けれども素早く着地したミーニャは、白衣を翻して右手の包丁で頭を狙う。
ティルトは逃げなかった。一歩踏み込んで包丁を持つ手を掴む――。
ゴァンッ!
ティルトは吹き飛ばされた。
あとには、包丁を振り下ろしつつ、すらりとした脚を上に伸ばした姿勢のまま動きを止めたミーニャがいた。
黒袴から深くのぞく白い太もも。黒髪がふわりと元に戻る。
包丁すらもフェイント。
ティルトは上からの攻撃に目を奪われて、顎を狙った下からの蹴りに対応できなった。
蹴り飛ばされたティルトは、大きな水音を立てて地底湖に落ちた。水柱が上がる。
追撃のため、前に出る彼女に言った。
「そこまでだ、ミーニャ」
「……わかった」
包丁をしまうと、俺の後ろに下がった。
ばちゃばちゃと水音を立ててティルトは岸に戻ってきた。
ずぶ濡れになり、緑の髪から水を滴らせながら言った。
「……悪かった。いい仲間集めてるってわかったよ」
「わかってくれたらそれでいい。……いいよな、ミーニャ」
「うん……許す」
黒髪を揺らしてコクッと頷く。尖った耳がピッと動いた。
しょんぼりと焚き火の傍に座り込んだティルトから目を外し、ダークを見た。
「どうする? 俺の力も試しとくか? レオを助けられる力があるかを」
「面白いですね……ですが、死んでしまいますよ?」
「心配するな。お前の魔術はだいたい見切った」
俺の言葉に、ダークは眼鏡を指で押し上げた。キラリと光る。
「ほう? まだなにもしてませんが」
「してるだろ。左手に持ってる本、それには魔方陣が書き込んであって、すでに基礎魔術が発動してる。呪文詠唱を飛ばして、一気に応用魔術を使用するためだろうな」
「……ご名答。悔しいですが、魔法が通用する確率は0%にかなり近いようですね」
「そうだな。やめといたほうがいい。話し合いといこう」
ところがダークは本を開いて構えた。
「それでも、私の手で、レオを救いたいんでね」
「確率、確率、言ってる割には理屈じゃないんだな」
「ええ、悪いですね。……かくゆう私も、レオの魂に心惹かれた男なんでね! ――詠唱方陣起動! 3・6・15・26! ――魔神劫火光!」
ダークの前に、4つの魔方陣が重なるように浮かび上がる。赤い光、黒い光、紫の光、黄色の光を発していた。
その光の前に灼熱の炎が生み出されていく――。
俺は、おもむろに踏み込んで、太刀を素早く走らせた。
「――《水刃付与》」
ザッ、ザンッ!
硬いものでも切ったような音が地底湖に響いて、魔方陣を構成する光が蛍のように散っては消えた。
生まれかけの灼熱炎はねじれるようにして消滅した。
ダークが愕然として口を開けた。眼鏡がずれる。
「ば、ばかなっ! 光で描かれた魔方陣を、剣で切ったと言うのですか!」
「想定外ですまんな」
俺は太刀を振ってから鞘に収めた。
ダークは心折れたらしく、がっくりと膝をついた。
「そんな……まさか……私の魔術構築は完璧……どこが……なぜだ……」
虚ろな目をしてぶつぶつと呟き始める。
どうやら彼のプライドまで切ってしまったらしい。
「まあ、気にするな――それより、レオと話し合っていいな?」
ティルトとダークは力なく頷く。
俺たちはレオパーティーと一緒に焚き火を囲んだ。ピックルもいる。
セリカが水筒から飲み物を用意した。
ラピシアは体育座りをして細い足の間にたまごを抱えていた。
レオは相変わらず、疲れたような微笑みを浮かべていた。
「すみません、ケイカさん。ごたごたしてしまって」
「いや、仲間を守りたいという必死な気持ちは伝わってたから問題ない」
「ありがとうございます。安心しました」
「レオ、少しやつれたな」
「はい……みんなを守るために勇者になろうとしたら咎人と言われて……なにより守ろうと思った人々に迷惑をかけてしまって、心が痛いです」
レオはゆるゆると首を振った。青い髪がさらさらと流れた。
俺はセリカから受け取ったコップでお茶を飲みつつ言った。
「さあ、本題といこう。考えたんだがなレオ――死にながら生きてみたらどうだ?」
「え?」
「魔王の手先と認定された以上、否定するのは難しい。とするなら一度死んだことにして自由を得るのはどうだ?」
俺の言葉に、全員がう~んと難しい顔をした。
ようやくレオ登場。
更新は明日です。