第50話 西の村へ
小鳥の鳴く朝。
俺は宿屋の一階で朝食を食べた後、部屋に戻ってきた。
本当はすぐにでもレオを追いかけるべきだが、ちょっとだけやっておくことがあった。
セリカはどこかへ出かけたらしく、部屋にはラピシアしかいない。
床に座った彼女は、たまごを細い手足で抱えて「るー、るるー」と笑顔で歌っている。
楽しそうで何より。
すると修道服を着たファルが部屋へ来た。
「おはようございます。ケイカさま。ラピシアちゃん、いますか?」
「いるぞ――おーい、ラピシア」
ラピシアが髪を揺らしてこちらを見た。
「なあに?」
「一緒に魔法のお勉強をしましょう」
「ん……」
ラピシアがたまごを抱えたまま、金色の瞳で俺を見る。
俺は強く頷いた。
「行ってこい。魔法が使えると楽しいぞ」
「わかった!」
ラピシアはファルに連れられて出て行った。
静かになる室内。
俺は机に座り、町長からもらった包みを取り出した。
【魔王製モノクル(旧式)】の破片。
これの構成を調べて生成方法を割り出す。
まずは粉砕。指先で摘んでゴリゴリと押しつぶす。
粉になったガラス片に魔力をかけて解析していく。
その結果、作成方法がわかった。
ガラスを特殊な宝石と神獣の角の粉と一緒に混ぜ合わせて焼き固め、レンズ状にした後は、魔王自ら魔力を込めて磨き上げる。
そうすることによって、光属性判定と遠距離視野を手に入れるらしい。
ということは、だ。
あの直径2~3メートルはあったエビルスクイッドの巨大なモノクルを、魔王はせっせと磨き上げたわけだ。
ご苦労なことで。
あまりの重労働に、新式のモノクルが出回り始めた後も、エビルスクイッドのモノクルは後回しにされたのだろう。
旧式モノクルではレオやファルのような2属性目が光の場合の判定はできなかった。
セリカも同様に判定されなかったが、これはおおよその目安が付いていた。
しかし、モノクルに遠距離視野を仕込んだということは、逆に言えば魔王は千里眼的な能力は持っていないといえる。
つまり突発的な事件が起こっても、すぐには確認できず、自らおもむくか、部下に確認させるしかない。
「なるほどね」
だから俺の存在確認が遅れたのもうなずける。
あとは所在地を知る魔法もかけられていた。
これはうかつにゴミ箱へは捨てられないな。
調べられたのはそれぐらいだった。
小さな発見だが、こういう積み重ねが大事だなと俺は思った。
「さて、そろそろ行くか」
俺は、モノクルの破片を包み直して懐に入れ、背負い袋を持った。
そして俺は部屋を出た。
酒場の一階に下りると争う声が聞こえた。
争うというより、一方的に責める声か。
厨房を覗くと、腕を組んで仁王立ちするミーニャがいた。
その前には正座する親父。肩をすくめて縮こまっている。
ミーニャは無表情な顔で、抑揚のない声で言う。
「仕入れしないとご飯出せない。わかる?」
「はい、そのとおりです」
殊勝な態度で頷く親父。
「うちは裏通りで小さい。いいご飯出せないと潰れる。わかる?」
「はい、おっしゃるとおりです」
「朝市に並んだ品物は安くていいものから売れていく。だから早く行かなくちゃいけない。わかる?」
「そのとおりです」
似たような返答ばかりのためか、ミーニャの尖った耳がピクッと怒りで震える。
「今日起きたの何時?」
「う……その、昨日は、ケイカと飲んでな……」
「一緒に飲んでたケイカお兄ちゃんは朝早くから起きてる。お父さん、起きたの何時?」
「うぐぐ……」
「罰として当分お酒禁止」
ガバッと思わず膝立ちになる親父。
「そ、それだけはっ!」
「今日の仕入れしたの誰?」
「ぐぐぐ……っ!」
また正座になって歯を食い縛る親父。
ミーニャは素早く包丁を抜いて突きつけた。
「仕入れしたのは誰?」
「あ、はい。わかりました、禁酒します」
「よろしい」
包丁を納めるミーニャ。普段どおりの無表情ながらも、怒りのオーラを纏っていた。
「やべぇ、母さん並に怖ええ……」
親父は額の冷や汗を拭った。
俺は頭を掻きながら言った。
「もういいか? そろそろ旅立とうと思うんだが」
ミーニャの三角の耳がピコッと立つ。
「わかった。すぐ用意する」
ミーニャは荷物をまとめに向かった。
俺はまだ正座している親父に言う。
「大変だな」
「まあ、寝坊して仕入れできなかった俺が悪い。……ミーニャがいてくれて助かったよ」
「とはいえ気晴らしに酒も大切だ。100%禁酒ではなく、リオネルに管理してもらうように言っとくよ」
「助かるぜ」
親父はにやりと笑った。
そして俺たちは用意を済ませて出発した。
リオネルにちゃんと酒のことを言付けて。
親父は宿の玄関から見送る。
「元気でな! 無理するんじゃないぞ」
「わかってる……ああ、そうだ」
「うん? なんだ?」
俺は懐からモノクロの破片の入った包みを出した。
「これをドライド商会のナーガに頼んで海まで運んで捨てるように頼んでくれないか。俺の名前を出せば聞いてくれるはずだ」
「わかった。あとで持ってっとくよ」
「頼んだ。それじゃ、行ってくる」
「またな!」
親父の元気な声に、俺は軽く右手を上げて別れた。
それから西を目指して旅立った。
目的は2つ。
レオを助けること。ドラゴンに困る人々を助けること。
――その過程で、勇者ケイカの名前も広めてやる!
◇ ◇ ◇
王都を出発してから3日。
畑や草原が広がり、なだらかな道に沿って歩いていく。
村は何度か通り過ぎたが、普通の村で目ぼしい話は聞けなかった。
ただ魔物の大群が西に向かったという話は聞いた。
変わったことといえば、朝は剣撃の音で目覚める様になったことだ。
すがすがしい早朝の風の中、キィン、カァンッと金属音が鳴り響く。
野宿した木の下から見れば、セリカとミーニャが空き地で戦っていた。
セリカは基礎にのっとった誠実な戦い方。
一方ミーニャは性質を生かした特攻と、初撃を基点とした舞うような連続攻撃がメイン。
さんさんと降る陽光の中、二人の美少女が戦う姿は見ているだけで心が晴れ晴れとした。
セリカの金髪が跳ね、大きな胸が揺れる。
ミーニャの細い手足がしなやかに舞う。
赤いスカートが広がり、黒い袴がめくれるように動く。
二人とも白い肌に汗を滲ませていた。
上級職の二人だからこそのつりあう美しさ。
俺はしばらく見惚れていた。
最後はミーニャの包丁がセリカの細い喉元に突きつけられる。
「参りましたわ……一度も勝てません。まだまだですわね」
「そんなことない。――お姉ちゃん、強い」
「ありがとう」
そう言ってセリカは青い瞳を細めて微笑んだ。
ミーニャは包丁を腰の鞘に戻す。
俺は立ち上がって拍手した。
「毎日、素晴らしいな」
「おはようございます、ケイカさま」
「ケイカお兄ちゃん、おはよう」
二人は軽く息を弾ませて言った。
あれだけ動いたのに肩で呼吸していないのが凄い。
その後は朝食を取って、また旅を続けた。
◇ ◇ ◇
夕暮れ。
小さな村にたどり着いた。
村長の家に泊めてもらうことになったが、気になることがあった。
村の外れにスラムのようなボロ小屋が立ち並んでいたのだった。
食堂で夕食をご馳走になったが、その席で村長は苦しげに言った。
「この国の勇者さま、西に向かわれるのでしたら、ドラゴンさまをなんとかできないでしょうか?」
「その話か。退治すれば何をくれるんだ?」
「う……すみません。私の村は貧しくて……というか、ドラゴンさまは倒さなくても、話し合いで解決していただくだけでも」
「倒さなくていい? だが西の山一帯の村が襲われているんだろう?」
「はい、そうです。この村にも避難民が……」
「あの小屋か」
「ですがドラゴンさまは神のような力でもって、凶暴な魔獣を狩ってくれたりもします。きっと勇者さまならドラゴンさまと話し合って、怒りを静めていただけるかと」
「ふむ」
俺は顎に手を当てて考え込んだ。
強いらしいが、俺の相手ではないはずだ。
それよりも、どうやって助けるかではなく、どうやって名前を売り込むか考えた。
村長は真摯に頭を下げた。
「お願いします。このままでは私たちの暮らしが成り立ちません」
「わかった。その代わりドラゴンを退治できたら、この付近一帯の村すべてに俺の銅像を立てるんだ」
「え!? すべての村に!?」
「別に今すぐとは言わない。近隣の村とも相談して決めたらいい」
「わ、わかりました。それでしたら条件も良いので、なんとか村で頑張ってみます。時間はかかりそうですが……積み立て頑張ります」
村長は頭を下げた。
俺は頷いて食事を再開した。
――が、ふとおかしさに気付いた。
「……条件が良い? 誰かほかにドラゴン退治の条件を出してる奴がいるのか?」
「は、はい。隣の国の勇者さまが事態解決に招かれたのですが、ドラゴンさまをどうにかする代わりに大変高額な金品を要求されまして……あと女性もあてがえ、と」
「ほう。そんな勇者がいるのか」
「はい。この街道を西へまっすぐ行ったところにあるケルキラという町に滞在しております」
「……面白い。会ってみるか」
俺が不敵な笑みを浮かべていたせいだろう、セリカが心配した声で言う。
「ケイカさま? 大丈夫なのでしょうか?」
「心配するな。どんな勇者か楽しみだな」
くくっと笑った俺を、セリカは細い眉をしかめて見ていた。
祝・50話!
次の更新は夜です。




