第3話 新世界の神になる!
真上から温かな日差しの降る昼。
森の広場の片隅で、金髪の女騎士――セリカはようやく落ち着いた。
それでも青い瞳は涙で潤み、細い指先はしっかりと俺の和服を掴んでいる。
逃がす気はないらしい。
彼女は上目遣いで甘えるような声で泣く。
「ぐすっ。……ゆうしゃさまぁ」
俺は困ってしまって吐息を漏らした。
落ち着いたみたいだし、そろそろ言ってしまおうか。
「あー、すまないが。俺はその、勇者とやらになる気はない」
「え……っ! なぜですか! こんなにもお強いですのにっ!」
「いや、あいつが弱すぎただけだろう。……なのでお前の願いはもう叶えた。帰らせてもらう」
「何を言うんですかっ! あの化け物はこの辺り一帯を支配する魔王四天王の一人ですよ! 並みのものでは触れることすら叶いません!」
「まじでか。信じられないな」
俺は《真理眼》で広場の中ほどに倒れる岩巨人の死体を見た。
ステータスが浮かび上がる。
--------------------
【ステータス】
名 前:グレウハデス
性 別:男
年 齢:283
種 族:岩魔人族
職 業:魔王軍東方部隊総司令官
クラス:豪戦士Lv99 司令官Lv3
属 性:【黒闇】
【パラメーター】
筋 力:900 最大成長値999
敏 捷:850 最大成長値999
魔 力:288 最大成長値800
知 識:014 最大成長値200
幸 運:040 最大成長値100
生命力:8750
精神力:1510
攻撃力:5300
防御力:3450
魔攻力:0576
魔防力:0028
【スキル】
振り下ろし:単体に大ダメージ
地割れ:単体ダメージ+範囲足止め
爆風撃:範囲攻撃
爆砕鉄鎚:範囲+火ダメージ
死重圧轟鎚:範囲即死攻撃
全能守護:物理攻撃&魔法攻撃を無効
叩き落とし:武器を落とさせる
武器破壊:確率でどんな武器でも壊す
--------------------
死んでいるので装備が外れている。
しかしまあ、こいつはあれだな、攻撃と防御に特化したタイプだな。
魔防が28しかないので、本来は魔法で倒すらしいが。
――弱い。
こんなので幹部になれるとか。
まあ人間よりは、はるかに強いけど。
ただスキルの説明を読むに、【マイティガード】は攻撃できない代わりに物理と魔法の直接攻撃を絶対に防ぎ、【武器破壊】は確率で相手のどんな武器でも破壊するらしい。
この二つを使われてたら、ちょっとだけやばかった。ちょっとだけ、な。
まあ、そういう細かい戦術を使わせないために挑発をしていたというのもある。
どの道、俺が勝ってただろう。
それに弱いことに変わりはない。
なぜなら――俺は自分の手のひらを見た。
俺のステータスが浮かび上がる。
--------------------
【ステータス】
名 前:蛍河比古命
性 別:男
年 齢:?
種 族:八百万神
職 業:神
クラス:剣豪 神法師
属 性:【浄風】【清流】【微光】
【パラメーター】
筋 力:5万1000(+1000)
敏 捷:7万1700(+1700)
魔 力:9万1900(+1900)
知 識:2万1200(+1200)
信者数:1
生命力:61万3500
精神力:56万5500
攻撃力:10万2000
防御力:14万3400
魔攻力:18万3800
魔防力:4万2400
【装 備】
武 器:神威の太刀 攻2倍 魔攻2倍
防 具:神衣の紺麻服 防2倍 魔防2倍
神木の下駄 行動時敏捷2倍 鼻緒が切れない 勝手に脱げない
装身具:水守のひょうたん たくさん水が入る 腐らない
--------------------
文字通り桁が違う。
だからこそ圧勝できた。
これでも神では最低水準なんだけどな。
見てのとおり神にレベルはない。あるのは信者数のみ。
信者一人一人の能力値が神の能力値に加算される。
――お。
やはりセリカは処女だった。【光属性】の清らかな乙女が信奉した場合、その女の能力値が100倍になって加算される。光以外の処女は+100。その他の男女は+10。
だから悪い神は、よく生娘を生贄に寄こせ、と要求するのだ。
ちなみにアマテラスの奴は能力値1億を超える。
イエスやブッダにいたっては10億超える。
奴らの前では俺なんて蝿に等しい。
俺はセリカを見て言った。
「やっぱり弱いぞ。お前たちだけでも勝てない相手じゃない。他の魔王軍の奴らもそうだろう。……まあ頑張れ。俺は帰る」
「そ、そんな……じゃあ、あなた様は勇者にならずに、いったい何になられるおつもりですか!?」
「何って――そうだな……俺は神になりたいな」
俺は冗談のつもりでそう言った。
――もう、なれるわけがないのだから。
ところがセリカは可愛く首を傾げてたあとで、すぐに「ああ」と笑顔になった。
「神? 勇武神のことですねっ!」
「ゆうぶしん?」
「違うのでしょうか? 勇者として多大な功績を上げた者は、死後、神として祀られるではないですか」
「えっ!」
俺は驚きの声を上げた。上げるしかなかった。
勇者として頑張れば神になれるだと――!?
「た、例えばどんな奴――勇武神がいるんだ?」
「えっとですね……海の魔王と呼ばれたメテオホエールを筆頭に、数々の海の魔物を倒して海を人の手に取り戻した勇者ラザン。今でも海の守り神としてあがめられてます。ほかには勇者ジャレッドは魔王軍との戦いにおいて戦略を駆使して何度も打ち勝ち、戦神としてあがめられてます。ほかには……」
セリカはあと五人ほど勇者の名前を挙げた。
聞くたびに俺の頬が緩んでいった。
だってそうだろう。
俺にも、できそうなものばかりだったから。
あんな弱い魔物倒しまくっただけで神になれるんだから、たやすいものだ。
日本で頑張るより百倍簡単だ。難易度イージー。
しかも勇者として頑張るだけならこの世界の神が作ったルールに抵触しないはずだ。
まあ、一応ご機嫌取りにお伺いをたてとかないといけないが。
それはまた勇者になれる目処が付いてからでもいいだろう。
俺は、ぐっと奥歯を噛み締めて決意する。
――せっかくこんなイージーモードな世界へ来たんだ!
俺は、この世界で人々に愛される神になってやる!!
セリカは目を輝かせて様々な勇者の活躍を述べていた。
静かな広場に鈴のような美しい声が響き渡る。
その彼女の薄い肩に手を置く。びくっと緊張で身を硬くしたのが手に伝わってきた。
俺は詐欺師のような微笑みを浮かべて言う。
「セリカ。さっきのは冗談だ。――勇者になってみてもいい」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! さすが勇者さまですわっ」
セリカはぎゅっと抱きついてきた。腕や足は華奢で柔らかいものの、銀の胸当てが結構痛かった。
苦笑しながら彼女の頭を撫でる。
「お前って意外と大胆だな」
「そ、そんなことないです……勇者さまだからです」
セリカはそっと体を離すと、頬を染めてうつむいた。
俺は真顔になって言う。
「ただし一つ条件がある」
「な、なんでしょう?」
「俺のために、いつまでも清い身でいるんだ」
「えっ!?」
俺はセリカの細い顎を指先で持ち上げて言った。
「できるな?」
セリカは耳まで顔を赤くして青い瞳を潤ませている。
「……はい。勇者さま。わたくしは、あなたさまに、この身をささげます」
「いい心がけだ」
俺が手を離すと、セリカは切ない声で「はぅっ」と呟いた。
俺は腕を組んで悩みながら言った。
「それにしても勇者さまはやめてもらいたいな。うーん、そうだなセリカ。ケイカと呼んでほしい」
「わかりました、ケイカさま……って、わたくし、自己紹介しましたでしょうか?」
「あ! ……ああ、名前は言ってた」
「そうでしたか。ではあらためて紹介させていただきますね。わたくしはセリカ……です。騎士です。西方の生まれです……以上です」
歯に物の挟まったような言い方。
広場の上を奇怪な鳥が、ギエーギエーとバカにしたような鳴き声を上げて飛んでいった。
俺は半目になってセリカをにらむ。
「ああ、そうなのか。勇者さま、勇者さまとおだてながら、結局は隠し事をするんだな」
「うぅ……ごめんなさい、ケイカさま。その、家庭の事情が……」
「まあ、なんとなくわかるよ。高貴な身分なんだろう?」
「ど、どうしてそれを!」
「まあ、装備とかでなんとなく、ね。高い能力の装備をわざと弱く見せかけていたから」
「さすがです、ケイカさま」
そう答えるセリカの声は敬意の念で満ちていた。
しかし俺は、う~んと唸ってしまう。
本当の理由はステータスを直接見たからだった。
騎士としてはLv5だったが、正体不明の職業とクラスがあり、それがLv17だった。年齢も17。つまり年齢で自動的に上がっていく職業とクラスだと思われる。
それはもう王女や王妃など、生まれ持った血筋に関わる職業でないとおかしかった。
――しかも5文字。おそらく『プリンセス』だろう。
逡巡するセリカに微笑みかける。
「まあ、いろいろな事情があるし、話も長くなりそうだ。それよりもまずは勇者にならなくてはな」
「はい、ケイカさま……近いうちに必ず、お話しします」
「わかったよ。それで、俺は遠いところから来たばかりでこの国の仕組みがわかっていないんだが、どうすればいい?」
「勇者になるにはまず、勇者試験を受けてダフネス国王から認定してもらい、勇者のメダルを手に入れなければなりません」
「なるほど。勝手に名乗っては意味がないのか。まあ、そりゃそうか。神にまでなれるんだし。――その試験はどこで受けられる?」
「ダフネス王国の王都クロエで受けられます」
「よし。まずは王都へ行こう」
「はい。ご案内します」
セリカが先に立って歩き出す。腰までの金髪が豊かに揺れる。
しかし、彼女の凛と伸ばした背中へ向かって俺は呼びかけた。
「ちょっとまて。この森を歩いていくのか?」
「はい? そうですが――あ! 四天王の首を持って行かれますか?」
彼女は頬に手を当てて、何気なく小首をかしげた。そういう仕草が意外と可愛い。
それは置いといて。
俺は少し考えた。
四天王の首を持っていけば、表面上は厚遇されるに違いない。
しかし『咎人』などというシステムを国家制度に組み込んでいる相手だ。
この魔王は想像以上に狡猾で残忍に違いない。
うかつに目立つことをすると魔王に目をつけられることになる。
裏から手を回されて勇者試験で落とされる……なんて可能性も否定できない。
また魔王自ら俺を処分に来る――なんてこともありうる。
もちろんそうなったら簡単に倒せるだろう。
――しかし。
はたして魔王を倒しただけで皆にあがめられる神になれるだろうか?
さっきのセリカの話を聞いていて思ったが、苦労に苦労を重ね、困った人々をコツコツと助けているからこそ、最終的に人々の支持を得られたのだ。
人間は忘れやすい。
3年たてば恩など忘れる。
そうさせないためには、何度も何度も恩を売らなくてはならない。
俺が日本で失敗した最大の理由がそれだった。
名前をコツコツ売ることをしなかった。
千里の道も一歩から。
やはり、同じ間違いは避けるべきだ!
俺は首を振って言った。
「首を持っていくのはやめておこう。まだ勇者ではないものが成果を挙げたら、いらぬ疑いをかけられる」
「そ、そうですか……ケイカさまがそう言われるのでしたら」
「それに呼び止めたのは、違う理由だ」
「なんでしょう?」
「この森は広大だぞ。食料が手に入らない可能性もあるから、ここにある物を持っていこう。どうせ奴は死んだのだから」
するとセリカが、ぱあっと顔を輝かせた。
「そうですね! すっかり忘れていました! ついごはんは当たり前にある物と思ってしまって……。いえ、なんでもありません。では、持って行きましょう」
苦労を知らぬ王女様のような言葉だったが、俺は気付かないふりをした。
そして俺たちは食料を選んだ。
上級の食材や、日持ちのしそうな食材など。《真理眼》で見れば簡単にわかった。
それから、ひょうたんの水筒にも水をたっぷりと補給する。
本当は魔法で一気に飛んでいくこともできたが、今は強いだけの人間としておきたい。
あと、彼女からこの世界のことをもっと教えてもらいたい。
それにはのんびりと歩きながらの会話が好都合だ。
俺たちは供物の袋を鞄代わりにして、数日分の食料を持った。
「準備はいいな?」
「はいっ、ケイカさまっ」
セリカは完全に信頼しきった晴れやかな笑顔で、俺に答えた。
そのまっすぐな心に気後れしつつも、俺とセリカは深い森の中を楽しげに会話しながら歩いていった。
今月はできるだけ、毎日更新がんばってみます。
来月は知りません。