第44話 思い知れエトワール!
2015/08/08修正報告。第40話「この豚野郎!」は戦闘傍観に対して意味付け加筆&ミーニャの面倒発言変更。それ以外ほぼ同じ。
第42話「悪逆王女エトワール」はセリカは咎人を指摘されたから泣いたのではなく、ケイカの勇者資格を剥奪されるという大迷惑をかけてしまったから泣いたというのが伝えられてなかったので加筆。話は全く同じです。
2016/12/10エトワール改心方法、微修正。
祭り最終日。
朝から空は曇っていた。
ずっと晴れが続くと思っていたのに。
能力で嵐を呼べる奴が近付いてきているのだろうと判断した。
港からは船がいなくなっていた。
代わりに貴賓席が港へ張り出すようにして、横長で背の高い物見台として組まれていた。観客の最前列。多くの人々が港の周りに集まっていた。
そして港を守るように突き出たL字型の堤防の先に、白い塔のような灯台が立っていた。
その根元に鎖で繋がれた修道女ファルと金髪痩身の少年リオネル。あとジャン。
前者2人とも、覚悟を決めたように怯えは見えなかった。
ジャンだけが太った体をぶるぶると震わせて泣き叫んでいた。
鎖は特別製で一度はめると普通では抜け出せないようになっていた。
俺は港に面した建物の陰に隠れていた。もちろん千里眼や多聞耳を使いつつ。
セレモニーはスケジュール通りに進行する。
楽団の華やかな音楽が終わり、町長のフランクが喋った。
続いて王女エトワール。
「素敵な催し物に招待いただいて光栄ですわ。皆が楽しめるのも、ひとえにアタクシの人望のおかげ。心ゆくまで楽しみなさい」
「…………」
パラ、パラとおざなりな拍手だけが響く。
エトワールは気に入らないようすで、集まる群衆をすみれ色の瞳で睨むと、ギリッと歯軋りした。
俺は思う。どこまで傲慢に育てばこんな発言ができるのか。
――罪無きセリカを泣かせて殺そうとした罪、神を侮辱した罪、国民すべてを見下し尊大に振舞ってきた罪。
許せるはずが無かった。
そしてまた楽団が演奏を開始する。
先ほどまでとは違い、重く荘厳な楽曲。
空はますます暗くなり、風を受けて白波が高くなる。
俺に従いそうにない、嫌な風だった。
そして港から見える沖が突然、山のように盛り上がった。
見守る群衆に動揺が走る。
「あれはなんだ!?」「やだ、こわい!」「あ、あれは――!」
盛り上がった水が崩れ落ち、姿を現したのは、体長20メートルはあるかという、巨大なイカ。足はもっと長く、体長の2~3倍はあると思われた。
色は闇のように黒く、血のように赤いラインが光っている。
ひぃっ、と悲鳴が群集から上がる。
「イカだ! エビルスクイッドだ!」
「まさか、四天王が自ら!?」
「きゃあああ!」
悲鳴でざわめく中、エビルスクイッドは悠々と近寄ってくる。
――そして。
灯台を素通りした。
「うわぁぁぁ! ――え?」
泣いていたジャンが二度見して驚く。
ファルが怯える。
「ひぃ、やっぱり怖いです……」
「うわぁ、大きいね」
リオネルだけが坦々と、手鎖に鍵を差し込みつつ眺めていた。
「あれ?」「なんで?」「おかしいぞ?」
見ていた群集からも驚き戸惑う声が上がる。
エビルスクイッドは湾内へ入ってくると全身を持ち上げ、下部にある濁った目を晒した。片方の目には巨大なモノクル(片眼鏡)を掛けていた。
耳障りな大声がすべての人の耳を打つ。
「ふははっ! 愚かな人間どもめ! 貴様らの企みなどすでにわかっておるわ!」
人々の恐怖が頂点に達した。
「こっちに来た!」
「逃げろ!」
「殺される!」
人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
エビルスクイッドのモノクルが赤く光る。
「本当に殺すべきは――見つけたぞ! そやつだな、くくくっ!」
その目は物見台の上、エトワールを捉えていた。
広い物見台の最前列にいたエトワールも強張った顔で立ち上がる。
「い、いったいどういうことなの!? は、早く逃げなきゃ!」
けれども物見台は高い。下りるのも大変。我先にと貴人たちが階段に詰め掛ける。
しかもエトワールは動きにくい足首までのドレスを着ている。
真っ先には逃げられない状況。
――計画通り。
そしてエビルスクイッドの触手が海面から放たれた。
まっすぐ物見台を狙う。
エトワールが恐怖で目を見開く。
「きゃぁぁあああ!!」
ドォッ――バリバリバリッ!
雷のような激しい音をたてて、物見台の前半分が粉砕された。
「ひやぁっ! 誰かっ、誰か!」
エトワールは斜めに傾いた物見台の上で側近に助ける手を伸ばした。
しかし、側近は欄干にしがみつくことに精一杯で、執事も護衛も手助けしない。
――目が合ったにもかかわらず。
「そんなっ!」
信じられないといった表情のまま、ガラガラと崩れる木材とともに落下した。
パシャッとエトワールは水に落ちた。
その上に、折れた柱が降り注ぐ。
俺は建物の影から手を突き出した。
「――《突風掌》」
落ちてくる柱を吹き飛ばす。助かるエトワール。
――こんなにあっさり楽にしてたまるかっ!
エトワールは港の岸に泳ぎ着くも、垂直の岸壁が高くて上れない。ゴキブリのようにはりつくしかなかった。
必死で叫ぶ。
「誰か、誰かアタクシを助けなさい! 何してるの、早く!」
しかし人々は魔物を恐れて逃げ惑い、誰も助けようとはしなかった。
エビルスクイッドが高笑いをしながら近付いて来る。
「ほれ、もっと泣き叫べ! 人の叫びはどうしてこうも心地がよいのか――ふんっ」
丸太のように太い触手が飛ぶように伸びる。
バンッ!
エトワールのすぐ近くの岸壁を叩いた。細かい破片が飛び散る。
「いやぁっ!」
恐怖に顔を引きつらせ、必死に岸壁に爪を立てて登ろうとする。砕かれた分だけ上りやすい。岸壁の上に指が届く。
しかししょせんは王女様。
ずぶ濡れで重くなった体を、恐怖に震える体で持ち上げられるわけがなかった。
焦れば焦るほど上れない。
まるで水に落ちたドブネズミだった。
エトワールは端整な顔を歪めて叫ぶ。
「なんでアタクシなのよぉ! 誰か早く助けて――!」
しかしエビルスクイッドの接近により、港に人影は無くなった。
彼女の声は虚空に消える。
「くくくっ、さあ、お前の顔、もっとよく見せてみろ!」
シュルルッと触手が飛んだ。
エトワールを正確に狙う。
振り返ったエトワールが絹を裂くような悲鳴を上げた。
「いやぁぁぁ! お願い、誰か――!」
――ギァンッ!
硬いものと柔らかいものがぶつかる音が響いた。
きらめく太刀。吹っ飛ばされる触手。
エトワールのしがみつく岸壁の頭上に、俺が立っていた。
彼女の顔に一瞬、安堵の表情が広がる。
「あ、あなたは、勇者! ――早くアタクシを助けなさい!」
岸壁にしがみつく彼女は、白いドレスも赤い髪も濡れて華奢な体に張り付いている。
俺は笑みを浮かべて見下ろした。
「なんでだ? 俺は勇者じゃないんだろ? 人助けする理由なんてないね」
「な――! 誰のおかげで勇者でいられると思ってるの! いいから助けなさい!」
「――お前、まだ自分の立場がわかってないようだな」
俺は太い触手を弾きながら言った。
その時、信頼できる澄んだ声が遠くで響いた。
「見て、勇者さまが王女を守っていますわ!」
避難民に紛れたセリカの声。
港から避難して安全な位置から眺める人々には状況がよくわからない。
「おお……」「あんな王女を守ってるのか」「魔物に食われちまえばよかったのに……あいつ、聖人君子かっ」
みんなセリカの言葉を信じた。
一方、岸壁では。
触手の攻撃は激しさを増した。
それた触手が岸壁を叩く。
拳ほどの破片が飛んで、彼女の頭に直撃する。
「いたっい! あっ――ごぼごぼごぼ」
エトワールは頭を打った勢いで、海の中へ叩き込まれた。
痛みのためか、涙を浮かべて這い上がってくる。
「な、なんなのよぉ……謝るわよぉ……だから、助けなさいよ」
「聞こえないな?」
ギンッ、ガァンッと触手を弾き続ける。
しかしそのうちの一本がまたそれて、岸壁の上を叩いた。崩れた木材を吹き飛ばす。
せっかく岸壁の上に届いた苦労知らずの手に、無常にも木材の破片が当たる。
「きゃあっ! ――ごぼっ」
バシャンッとまた海へ落ちた。
だいぶ立場を理解したのか、うぇぇんっ、と顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
それでも俺は助けてやらない。
彼女の見上げる瞳は憎悪で満ち溢れていたからだった。
触手を弾き続けていると、エビルスクイッドが話し掛けて来た。
「我の触手をあしらうとは……貴様、ひょっとして勇者か?」
「だったらどうする? 今はお前の相手してる暇はないんだがな――協力してくれるなら嬉しいが」
「ふん、咎人に勇者。丁度いいではないか、くははっ――溜まった仕事が一気に片付く。死ぬがよいっ!」
高笑いとともに5本の触手が飛来した。
俺は青く輝かせた太刀で、すべて弾き飛ばす。
しかし切れなかった。
「それは水の力か? バカめ! 我には水も刃も効かん! 無駄な努力でいつまで持つかな? ふははっ、もっと楽しませるがよい!」
さらに攻撃してくる。
人の胴よりも太い触手を弾いて逸らして凌ぎ続ける。
しかしそのうちの1本が、足元にいるエトワールの傍を叩いた。
また悲鳴を上げて海へと落ちる。
「ひゃあああ! ごぼごぼっ――くは、……助けて、助けて!」
岸壁をガリガリと引っ掻いて這い上がろうとするドブネズミ。
王女の威厳は剥がれ落ち、顔をくしゃくしゃにして目から涙をこぼしていた。
俺は触手を弾く合間に、チラッと灯台のほうを見た。
リオネルが手鎖を外し、ファルとジャンの束縛も解いていた。
傍に潜んでいた、イエトゥリアとダリアの背に乗って脱出する。
――いいぞ。よく怖がらずにできたな、リオネル。
触手を払いながら足元へ視線を戻すと、這い上がろうとするエトワールへ威圧を込めて睨んだ。
「助けて、だと? どの口で救いを乞う? どうして誰も助けに来ない? お前は人から愛される大切な王女じゃなかったのか?」
「そ、そんなの魔物が怖いからに決まってるじゃないっ」
「違うな。お前の日ごろのおこないのせいだ。常に他人をバカにし、見下し、高慢に振舞ってきた! だから俺が触手を防いでいるのに誰も助けに来ない。むしろ死ねばいいと思われてる! お前なんて命をかけてまで守る価値がないからだ!」
エトワールの顔がショックで苦痛に歪む。
「うぅっ! そんなぁ……」
「いいか、王女だから愛されるんじゃない、みんなを愛するから愛してもらえるんだ! お前は今まで誰かに愛を向けたことはあったか? 地位にふんぞり返って民を虐げてきただけじゃないのか? そんなお前は、クズ以外の何者でもない!」
民衆に愛されていないと知ったエトワールはますます泣き顔になる。
「あとで反省するから……とにかく助けなさいよぉ」
「はあ? 信用できないな。セリカに与えた屈辱を思えば!」
俺は触手を弾き続ける。
といか飛来する触手がさらに増えた。7本か。
ゴッ!
触手が岸壁を砕く。破片がエトワールの頭を直撃する。
「ぐびゃあ!」
頭を打って、また海の中へ。
長い赤髪を揺らして上がってくる。ぐすっぐすっと泣きながら。
「セリカにもそうだ。辛く当たった原因は嫉妬だろう? それもスタイルや賢さは本当の原因じゃない。セリカが自分よりも人気があったから、嫉妬したんだろう?」
エトワールは青褪めた唇を震わせて言った。
「そ、そうよ……初めて会ったときから、嫌いだったのよぉ! みんなに愛されるあいつが憎らしいのよぉっ」
「ふんっ、身の程知らずめ! 俺の大切なセリカを泣かせて殺そうとしたこと、悔やむがいい!」
触手を弾きながら怒鳴る俺。攻撃に使用される触手は8本にまで増えていた。
そして太刀を斜めにして触手を受け流す。そのまま彼女の傍の岸壁を叩いた。
「びゃあっ!」
エトワールは衝撃で飛ばされて海中に落ちる。
のろのろと岸壁の縁に手をかけるが、もう力が弱くなっていた。
水を沢山飲んだのか、ごほっ、ごほっ、と苦しげな咳を吐く。
「わかったわ。謝る。謝るから、助けなさい……」
「口の利き方がなってない。――ください、だろうが!」
俺が怒鳴ると、ひいっと身をちじこまらせ、その弾みでまた手を滑らして落ちた。
息も絶え絶えに上がってくる。岸壁の縁に細い指先が掛かる。
頬に張り付く赤い髪もそのままに、俺を涙目で見上げて弱々しい声で言う。
「お願い、します。勇者さま、どうかアタクシをお助けください……」
「口ではなんとでも言えるな」
エトワールの顔がショックで歪む。高貴な輝きは微塵もなかった。
「そんなぁ……お願いしますからぁ……もう許してぇ……」
「だったら誓え」
「……誓う? なにを誓えば……よろしいのですか?」
俺は口の端を歪めて笑った。見下ろす視線に力を込める。
「お前がこの世で最も嫌う人間に今までのおこないを謝罪し、信じて愛すると!」
「え?」
――すると。
ふいに、エビルスクイッドの触手攻撃が止んだ。いや、1本だけになった。
興味津々の目で見つめてくる。モノクルが光る。
俺は単調な攻撃の触手を軽く弾きながら、後方を振り返って言った。
「セリカ、出番だ」
「……はい、ケイカさま」
建物の影からセリカが現れた。
白い上着に銀の胸当て。金髪が神々しく揺れる。
赤いスカートをひるがえしながら、優雅な足取りで俺の隣へ来た。
青い瞳を悲しげに、薄汚れてびしょ濡れになったエトワールを見下ろす。
「エトワールさま……」
「こいつに、敬称をつける必要はない――むしろエトワールの方がセリカさまと呼べ!」
「うぅ……わかった。いえ、わかりました……セリカ、さまっ」
「そうか、じゃあ、言ってみろ」
セリカが岸壁に張り付くエトワールを見下ろした。
エトワールは、蒼白な顔でセリカを見る。何か言おうとするが、血の気のない唇を震わせるばかり。
過呼吸のような息を繰り返した。
「せ、セリカ……さま。ご、ごめ――うぅ! 無理よぉ……なんで謝らなくちゃいけないの……生まれてきたのが、悪いんじゃない……」
エトワールはすみれ色の瞳に涙を浮かべてセリカを見上げた。
自身を全否定する「生まれてきたのが悪い」という言葉に、セリカは傷付いたように美しい顔を歪めた。
俺は神の威圧を込めて視線で射る!
「なんだと! この期に及んでまだ他人のせいにする気か! どこまでお前の心は腐ってるんだ! ……やっぱりお前は一度、死んだほうがいいみたいだなっ!」
俺が怒鳴ると同時に、見計らったように触手が飛来した。
岸壁を叩いて激しく揺らす。
「ぎゃぅ……!」
エトワールの顔面にブロックの破片が当たり、鼻血を出しながらまた落ちた。
ごぼごぼと水音を立てて潜ってから、浮上する。
気絶しかけたのか、浮かんでからしばらく動かなかった。
急に顔を上げると、あぁ、あぁ、とだらしなく開けた口から嗚咽と呼吸を繰り返す。
もう泳ぐ力もない。ぱっちゃぱちゃと水面を叩くだけ。
こちらに引き寄せるため魔法を唱えようとしたら、下から触手が来てエトワールの体を持ち上げた。岸壁まで押す。
けれども彼女は、魔物に助けられたという事実にすら気付くこともできずに、虚ろな目で岸壁にしがみついた。赤髪が頬に張り付く。
死にかけの虫そっくりだった。
岸壁に張り付いてゾンビのようにのろのろ動くエトワールに言う。
「なにをしている? 助けて欲しくないのか? まあ、誰からも敬われない王女など、生きてて仕方ないかもな。だったら、あのイカに喰ってもらうまでだ」
「いやぁ……それは言わないで……やります、なんでもしますからぁ……」
ずぶ濡れになった華奢な体を震わせて、セリカの足元へ来る。
エトワールは、ぎゅうっと目を瞑り眉間に深いしわを寄せながら、心を振り絞った。
「ご……! ごめん……なさい! ――こ、これでいいんでしょう!?」
すぐに俺のほうを見た。
俺は触手を殴り飛ばしながら吐き捨てるように言う。
「なにをしてる? セリカにこれまでのことを謝罪して、愛すると誓えと言ったはずだが?」
エトワールは目に涙を浮かべながら、もう一度セリカを見上げる。
血の気の引いた形の良い唇は、もう紫色になっていた。
「セリカ、さま……あなたを、実は……うぅ――お願いよぅ……もう助けてぇ……」
彼女は顔を伏せた。
呆れて睨みつける。
「そんなに言いたくない『何か』があるんだな? それとも――ん、なに? イカのえさになりたい?」
その時、シュウッ! と空を切って触手が飛来した。
少し離れた場所を叩いただけだが、エトワールは恐怖でビクッと体を痙攣させた。
エトワールは首を振る。張り付く赤髪が海草のように揺れる。
水と涙と恐怖と懇願で、顔はぐしゃぐしゃになっていた。
すみれ色の瞳には怒りや侮蔑どころか、もうプライドの欠片すら見えない。
彼女は深く息を吸い込むと、観念したように目を閉じた。
涙がはらはらとこぼれる。
「せ、セリカさま……ごめん、なさい。あなたが咎人と告げ口したのはワタクシ。誰も助けの来ない北の森に生贄として差し出す命令したのもアタクシ! ――だって、だって! 配下も貴族もお父さまも! みんなあなたと比べて『セリカさまのほうが王女らしい』『セリカさまを見習え』『セリカさまとは大違いねぇ』って! あなたさえいなければって――うわぁぁぁん! ごめんなさぁぁいっ! なんでもするから許してぇ!」
懺悔と後悔の嗚咽が薄暗い港に響く。
「それが、本心か?」
「そうです! 本当に、ごめんなさい! ――ああ、どうしてこんなことに! ――初めて会った時、素敵だなって。お友達になりたいなって思ったのにぃ! ――うわぁぁぁん!」
最後の方は後悔の悲鳴で言葉にならなかった。
エトワールは華奢な肢体を振り絞るように、涙を散らせて号泣した。
子供のように泣きじゃくりながら涙目で俺を見上げる。訴えかける視線。
――可愛さ余って憎さ百倍、か。
俺は頷いて言った。
「その取り繕わない姿のほうが、よっぽど似合ってるぞ! 素直な願い、聞き届けた! いいだろう、助けてやる!」
俺は、手を伸ばしてエトワールを岸壁の上に引き上げた。
ザバァッと水が滴り落ちる。
するとエトワールは震える手で俺の和服の裾を握ると、犬のようにすがりついてきた。
「勇者さま、全部アタクシが悪かったです……っ! これからはセリカさまを、部下を、すべての人を、心から愛します。だから、どうか、お助けくださいっ! ――あぁ。もう、お願いよぉ……アタクシを見捨てないでぇぇっ!」
そのあとはもう言葉にならず、ああああ! と全身を振り絞って痙攣しながら号泣した。
隣を見ると、セリカが相変わらず悲しそうな目をしていた。
「お前的にはやりすぎに思えただろうな」
「……はい、少し」
「でも、これぐらいやらなきゃ、こいつはいつまでたっても昔のままだからな。それに」
「それに?」
「俺の可愛いセリカをいじめた奴は、誰であろうと許さない!」
「……ケイカさま」
セリカは困ったようすで、でも頬を赤らめた。
その時、事態を見守っていたエビルスクイッドが話しかけてきた。
「心の奥底に隠した秘密を暴き、的確に心を折る残酷さ……ぞくぞくするほど楽しませてもらったが……1つ聞いていいか?」
「ああ、いいとも。それに途中から協力ありがとな」
「お前……本当に勇者か?」
「もちろん、間違いなく勇者だな」
俺は懐から【勇者の証】を出して掲げた。
ぐぬぬ、とエビルスクイッドが唸った。
「お前、魔王軍に加わるつもりはないか? お前ほどの冷徹で残忍な男は魔王軍でもそうはいない。我の攻撃を防いだ実力もある。ちょうど四天王のイスが1つ空いているから、参加してくれるなら最高の待遇を約束しよう。金も権力も奴隷も思いのままだ――どうだ?」
俺は苦笑して、頭を掻いた。
「まさか勇者目指してたら、四天王直々に勧誘されるとはな」
「け、ケイカさま……」
セリカが心配そうに和服の袖をつかんできた。
「安心しろ、答えは決まってる。――悪いなエビルスクイッド。お断りだ!」
「そうか……残念だ」
ぬらり、と太い触手を海上に持ち上げた。
「セリカ、エトワールを連れて避難しろ」
「わかりました、ケイカさま」
セリカはエトワールを助け起こすと、肩を貸して歩きだした。
エトワールは10年ぶりに再開した友達とハグをするように、ぎこちなく抱きついて歩き去る。
俺はエビルスクイッドに向き直る。
太刀を構えて言った。
「さあ、始めようか!」
「望むところだ!」
エビルスクイッドのモノクルが赤く光る。全力で、10本の触手を飛ばしてきた。
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