第41話 咎人と生贄
午後の日差しに照らされる港町ドルアース。
高台にある町長の屋敷に俺たちはいた。
町長の息子ジャンに案内させて屋敷内を歩く。
そして地下の倉庫のような場所に来た。
雑然と棚や道具が置かれている場所。
その奥に魔方陣の描かれた扉があった。
「あの奥に咎人ファルがいます」
「そうか――ミーニャはそいつを見張っててくれ」
「わかった」
大きな袋を背負ったミーニャは包丁を抜いて構えた。
俺は扉を開けた。
中は15畳ほどの部屋で、真ん中を柵が区切っていた。
座敷牢といった感じ。
柵の中には、修道服を着た少女がいた。歳は15歳ぐらい。
床にぺたんと座り込んで、ちくちくと一心不乱に裁縫をしている。
刺繍の入った袋を作っていた。
柵まで行って話しかける。
「ファルか。何してる?」
「ひゃい!? ……あ、こんにちは。どなたですか?」
「俺はケイカ。勇者だ」
「ゆ、勇者さま!? は、初めまして! ファルですっ」
「そう緊張するな。ただ話をしに来ただけだ」
「あたしに?」
ファルは首を傾げた。曇りのない、まっすぐな瞳を向けてくる。
俺はその瞳を見返して言う。
「助かりたいか?」
「いえ、もういいんです」
「どうしてだ?」
はふぅ、と諦めたような溜息を吐く。
「おかしいですよね。一生懸命、神様に勤めていたら、あたしが咎人だったなんて」
「おかしくはない。むしろ正しかった」
「そうでしょうか……」
縫いかけの袋をいじりながら、うつむいてしまう。
「願いがあったら何でも言っていいんだぞ」
「お別れは済ませてきましたから。……あ、でも」
「でも、なんだ?」
「兄さんには会えなかったので、よろしく伝えておいてください。立派にお勤めは果たしました、と。あたしの分まで兄さんは頑張ってくださいって」
「兄さんの名前は?」
「レオです。とても優しくて、素敵な兄さんでした」
「ほう。青い髪の青年か」
ファルは茶色い瞳を丸くした。
「まあ! 知ってるんですか?」
なんて言おう。
兄も咎人になりかかってると言ったら、ショックだろうな。
俺は頭を描きつつ言葉を濁した。
「まあ、王都で一度会っただけなんだがな。元気してたよ」
「そうですか……ではお願いしますね。もうあたしは思い残すことはありません」
「いさぎよいな」
ファルは作りかけの袋と針を持つ。
「あとは袋作り、頑張らなくっちゃ」
「それはなにをしているんだ?」
俺が尋ねると彼女は袋を持ち上げた。
「これですか? あたしのいた修道院は貧乏だったので。修道士には毎月、手仕事のノルマがあったんです」
「……もう時間が残り少ないのにか? 最後の一時ぐらい楽したらどうだ」
「でも、貧しい人たちへの施しをしないと。きっと待ってますから」
そう言ってファルは微笑んだ。本心からの言葉だった。
俺は絶句した。
自分がもうすぐ死ぬというのに他人のことを考える、その心の美しさに。
思わず、深い溜息を吐いていた。
「そこまで献身的に暮らしたお前を、助けない神なんて神じゃない」
「まあ! それはあんまりです。海神リリールさまは……」
「お前の神に変わって、俺が助けてやる。だから俺を信じろ」
ファルは驚いていたが、ふうっと頬を緩めた。
「ありがとうございます。お気持ちだけで嬉しいです」
「まあ、そうだな。いきなり宗旨変えしろなんて無理か。でもお前の神は今いないぞ」
「そんな……そうですね。本当に神様なんているのでしょうか?」
「それは、いる。だからお前が信じた神がいないのなら、お前を助ける俺を信じろ」
「え?」
「俺は神になる。勇武神にな」
「勇者さま……」
困ったような、嬉しそうな、熱っぽい瞳で俺を見てくる。
俺は柵の隙間から手を入れた。
「ちょっとお前の手を見せてみろ」
「あ……はい」
彼女が膝立ちになって手を伸ばしてきた。
その手を掴んで《真理眼》で見る。
そして【ステータス】を書き換えた。
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【ステータス】
名 前:ファル
性 別:女
年 齢:15
種 族:人間
職 業:修道士
クラス:治癒士Lv12 手仕事師Lv30
属 性:【水】【=】
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咎人を消して、光も消した。
というか手仕事しすぎだろう。
料理や手仕事は魔物を倒さなくても、こつこつ仕事をすれば上がった。
それにしてもファルの手は、ざらざらしていた。仕事をする人の手だった。
それだけに大きな温かみがあった。
「あ、あの。どうしたんです?」
手を持ったまま無言で固まってる俺に、ファルは困惑していた。
俺は笑みを浮かべて手を離した。
「いや、なんでもない。頑張ってきた、いい手だなと思っただけだ」
「はぅ……ありがとぅございます」
ファルは手を隠すように握ると、頬を染めてうつむいた。
「ちなみにどうして咎人だと分かったんだ? 神職に勤めるなら事前に確認があったはずだが」
「子供の頃は反応がなかったのですが、新しい咎人判定器では咎人と判断されてしまいまして……」
「なるほど」
――魔王は常に精度を上げているということか。
ということはレオもだめだろうな。だが悪くない。レオを助ける代わりに俺を信仰しろと、あとでファルに取引を持ちかけてみるか。
はぁ、とファルは溜息を吐く。
「日ごろの行いが悪かったのでしょうか……」
「それは違う。悪いのは魔王だ」
「へ?」
「まあ、また会おう」
「あ、はい。勇者さま」
ファルの暖かな声を背に、座敷牢を出た。
外の倉庫ではジャンとミーニャが待っていた。
ジャンは困り顔で言う。
「勇者さん、助けるって言ってたけどさぁ。逃がすのは困るよ、困るよ」
「大丈夫だ。派手なショーは潰さない。もっと派手にしてやるだけだ」
「怖いなぁ……」
「さて、次はお前の父親に会うぞ。案内しろ」
ジャンがたるんだ頬肉を震わせる。
「そ、それだけは! 父さんに知られたら、殺される! 殺される!」
ミーニャが手に持った包丁をちらつかせる。
「じゃあ――ロウソクに、なる?」
「ひぎぃ!」
ジャンは豚のような悲鳴を上げた。
ミーニャの存在がトラウマになったらしい。
ジャンに案内されて屋敷の2階に来た。
分厚い木の扉の前に立つ。
「と、父さん。勇者さんだよ」
「どうぞ」
室内から高く明るい声がした。
入った中は、とても広かった。
豪華なテーブルにソファー。壁には高そうな絵がかけられていた。
大きな窓に面して机が置いてあり、傍に中年の男が立っていた。
中肉中背の取り立てて特徴のない男。
にこやかな笑みで出迎える。
「やあやあ、ようこそ来てくださいました。私がドルアース町長フランクです」
「勇者ケイカだ」
大股で歩み寄り、握手を交わす。
間近で見たフランクの笑顔は、本心を隠していると思われた。
――さすがこれだけ大きな街を支配する町長といったところか。
ソファーに案内されたので座った。隣にミーニャ。
正面にフランクとジャンが座った。
フランクが笑顔を絶やさず言った。
「それで、今日来られたのはどういった要件でしょう?」
「まずは当たり障りのない話からだな」
そういって、ちらっとジャンを見た。
ジャンは太った体をソファーへ沈ませるように縮こまった。
そんな息子を横目で見てからフランクは言う。
「何を話せば?」
「祭り最終日、咎人をどのように処刑するかだ」
「勇者さまの頼みでも、あの咎人は――」
「わかっている。メインイベントを潰すようなことはしない」
――町の人の願いも込められているはずだ。
不満を募らせたらせっかくの信者を無くしてしまう。
「そうですか。それを聞いて安心しました」
「港から突き出た堤防の先にある灯台で処刑するんだろう?」
「はい。咎人を海に奉げることによって、最近頻発する魔物の被害を押さえようと思いまして」
「効果はあるのか?」
「当然です! 魔物の被害が激減するんですよ」
「なるほどね」
――そういう指示を魔王が出しているんだろうな。
だから人間は協力する。
「咎人処刑の日時はいつだ?」
「あさっての朝からです」
――ということは、明日中にラピシアをものにしないといけないのか。
厳しいな。
俺は東を《千里眼》で見た。
入り江の浅瀬で、ラピシアはビート板を持って、バタ足をしていた。
速度は遅く、横に付き添うセリカの歩く速度とほぼ同じ。
――だいぶ時間がかかりそうだ。
別の方法を考えるか。
ついでに入り江の外洋との入口を見たら、クラゲ対策のためかイエトゥリアが体を張って、通せんぼするように波間に立っていた。
赤い瞳に鋭い光を宿し、険しい顔で警戒していた。
――その方法しかないか。苦労かけてしまったな。
俺はフランクに向き直る。
「最終日のセレモニーはどんな感じで進行するんだ?」
「それはですね――」
町長挨拶やら、楽団演奏やら、神父による説教やら。
聞いたスケジュールをすべて覚えた。
「で、次はジャンの処罰だな」
「ひぃっ」
ジャンは顔を青褪めさせて、太った体をぶるぶる奮わせた。
フランクが険しい目で横を見る。
「ジャン、何かしたのか?」
「これだな――ミーニャ出せ」
「はい」
ミーニャは横に置いていた袋から杖と奴隷紋の入った魔物の手を取り出し、机に置いた。
フランクが息を飲む。
「こ、これは……?」
「奴隷紋を調べてもらったら分かるが、ジャンが魔物と取引をして、情報を流す見返りに魔物を奴隷にしていた。お前の別荘でな」
「ま、まさか! ジャンが魔物と!?」
「信じたくない理由は分かるが、この証拠は動かせないぞ。商船が航路を変えても魔物に襲われたのはこいつが流していたからだ。取引は別荘でしていたそうだ」
フランクは横のジャンを睨む。
「別荘をくれと言ってきたのはそのためだったのか! ――このバカが!」
思いっきり殴った。
「ひぎゃあ! ――ごめん、ごめんよ! でも魔物は楽しいことをなんでもしてくれたから――ぎゃあ!」
「それが狙いだとわからないか! このバカが! バカが!」
容赦なく殴りつける。ジャンは豚みたいな悲鳴を上げ続けた。
――ふぅん。こんな息子でも大切なのか。
本気の拳だが、自分が殴ることで俺の介入を防ぎ、助けようとしているな。
頃合いを見て止めた。
「まあ、それぐらいにしておけ」
「勇者さま、本当に申し訳ございません。殺してくれても構いません」
「父さん!? そんなのってないよ! ボクだよ!?」
「うるさい、バカ息子め! 何をしたかわかっていないのか、お前は!」
「ごめんよぉ! それでもボクは魔物が好きだったんだよぉ~、うわぁぁん!」
醜い顔をさらに汚く歪めて泣き出した。
俺は無視して言う。
「殺さなかったのは利用価値があったからだ。慈悲の心など一つもない。ジャンのせいですべての船が危険に晒されたのだからな」
とは言え、情報がなくても同じ数だけ沈めたはずだが。
「うちの息子が申し訳ありません。しかし利用価値とは?」
「ジャンには今までどおり、情報を流させる。――ただし、嘘の情報をな」
「な、なるほど」
フランクが目を見張って言った。
ジャンがまた顎肉を揺らして叫ぶ。
「そんなことしたら魔物に殺されてしまうっ!」
「ああ、そうだな。しかもなぶり殺しだ。魔物は裏切り者になかなか死なないように細工してから拷問する。発覚するその日まで、怯えて暮らすがいい」
「ひぎぃ!」
ついに豚は白目を向いて気絶した。
役目が終わったとばかりに、ミーニャが無表情のまま杖と魔物の手をしまった。
フランクは椅子から立ち上がると床に膝を付いた。
土下座をして頭をこすり付ける。
「申し訳ありませんでした、勇者さま。私の育て方が間違っていたのです。なんでもします。どんな罰でも受けます。町長の職も辞めます。だから、どうかお許しください」
「顔を上げろ」
俺はフランクの目を見た。
――嘘は言ってない。本心だ。……でも何か隠してる。
自分がここで死んでも本望だと考えている。
俺は《千里眼》と《多聞耳》で屋敷を見た。
メイドや執事がいた。妻らしき淑女も別室にいる。
そして子供部屋には痩身の少年がいた。
短い金髪に綺麗なシャツ。聡明な瞳。
窓辺の机に座って本を読んでいたが、時折、頬杖をついて憂鬱そうに溜息を吐いた。
「はぁ……つまらないなぁ」
溜息を吐いて立ち上がり、本棚へ行って本を開くがすぐに閉じた。
ボールを投げるがすぐにやめる。
最後は枝を編んだバスケットからお菓子を摘んでボリボリ食べ始めた。
――このままだとこの子もジャン二世になるな。
ふぅん、と俺は頷いてから町長に視線を戻す。
「フランクは子供が好きか?」
「……はい。子供たちがいたからこそ、ここまで頑張れました。子供は私の宝でした」
子供のために仕事を頑張りすぎて、結果、子供へのケアが疎かになっているのか。
「ジャン以外に子供はいるか?」
「はい。リオネルという12歳の息子がいます」
「じゃあ、ジャンとリオネルを咎人と一緒に生贄にしろ」
ガバッとフランクが顔を上げる。和服の裾にすがりつく。
「そ、それだけは! リオネルは何もしてないじゃないですかっ!」
「咎人だって何もしてないぞ? それになんでもするって言ったよな。――まあいい。だったら交渉はやめだ。ジャンの悪行を言いふらす。被害が甚大だから町の人が暴徒と化して襲ってくるかもな。使用人含めて一家皆殺しだ」
「ううう、ぁああっ!」
フランクの顔が、腹でも刺されたかのように強く歪んだ。
何かを言おうとするが、唇を振るわせるだけで何も言わない。ただ、目から涙をこぼした。
最後はがっくりと床に手を突いた。
「わかりました……勇者さま。ジャンとリオネルを生贄にします」
「そうか。よく言った。これで代わりにお金を払うからとでも言ってたら見限っていたところだ」
「はい……?」
「実は……いや、言わないでおく。祭り最終日まで悩み苦しめ。それがお前の罪滅ぼしだ」
「わかりました……勇者さま。深く反省いたします」
一挙に十歳ぐらい老けた顔をしていた。
そのあと一人でリオネルの部屋に行った。
少女のように華奢な少年。
幼いながらも整った顔立ちは暗く沈んでいた。
俺を出迎えて明るく澄んだ声で言う。
「こんにちは、勇者さま。何か用ですか?」
「ああ、よろしく。リオネル、お前は咎人と一緒に生贄になる」
「そうですか……わかりました」
「素直だな。死ぬのが嫌じゃないのか?」
そう尋ねると、リオネルは美麗な眉をひそめて、う~んと唸った。
「イヤだけど、生きててもつまらないし。それもありかなって」
「ほう。だったら生まれ変わったら何になりたい?」
折れそうなほど細い腕を組んで、う~んとますます捻る。
「行商人、かな……? いろんなところを旅して、知らない景色を見て、人と出会えたら楽しそう」
「今でもできるだろ」
リオネルは疲れたような笑みを浮かべて首を振った。癖のない金髪がさらさらと光る。
「僕、剣も魔法も使えないから。身を守れないよ、きっと」
「賢そうなのにな」
「勉強だけは得意だよ。でももう、この町で学べることはほとんど終わったし……なんていうか、つまらないんだ」
大人びた溜息を吐くリオネル。
「かごの中の鳥ってわけか」
するとリオネルは、ぱっと顔を上げた。
茶色の瞳を子供のようにきらきら輝かせて言う。
「そうだ、生まれ変わったら鳥になりたいなっ。どこまで飛んでいって、世界を見てみたいよ!」
「そうか」
俺はリオネルの頭をぽんぽんと叩いた。子供らしい温かい体温を感じる。
「じゃあ、勇者さま、またね」
「ああ、またな」
別れる頃には、リオネルの顔は疲れた表情に戻っていた。
それから俺はミーニャを連れて宿屋へ帰った。
もう少しのはずなのに、なぜか終わらないです。
今日も夜に更新です。21時ぐらいかも。