表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/284

第39話 白豚追跡



 真昼の日差しに照らされた、海の見える広場にて。

 ダンスコンテストが終わったあとのステージで、ミーニャが町長代理のジャンに話しかけられた。

 豚のようなジャンは話しかけるときも、クッキーみたいな焼き菓子をボリボリ食っていた。躾はどうなってるんだと思わざるを得ない。


 俺は観客席から《千里眼》で仔細に観察し、《多聞耳》で話を聞く。

 ジャンは粘っこい口調で言う。

「き、君の踊り、素晴らしかったよ、素晴らしかったよ! ボクは君が一番だと思ったんだ、ホントだよほんとに、ぐふふっ」

 喋るときに口からクッキーの欠片を飛ばす。

「そう……それで?」

 ミーニャは顔色を変えなかったが、さすがに一歩後ずさりした。


「と、特別賞だから、特別なものをあげたいんだっ。あげたいんだ」

「なんで……2回言うの?」

「ぐふっ、ぐふふっ、高ぶってるんだよぉ、たまらないんだよぉ! だから特別な賞品あげる、あげるよ! でも、ここにはないんだ。家にきてよ、ね?」

「家?」

「心配ないよ、心配ないよ、ボクは町長の息子だからね、ね! お金も美味しいものもいっぱいあるよ、はぁはぁ……っ」

 涎をたらして荒い息を吐くジャン。

 ――なにこいつ、キモすぎる。



 ミーニャが俺をチラッと見た。尻尾が警戒するように斜め下を向いている。

 けれども俺はうなずいた。

 おとりにするのは気が引けたが、弱みを握るチャンスには違いない。

 ――必ず守ってやるから大丈夫だ。


 心は伝わったらしく、ミーニャは小さくうなずき返した。

「わかった、いく」

「そ、そうよかった、裏に馬車があるから。おいで、おいで!」

 ジャンが先に立って歩き出す。

 ミーニャは少し離れた後ろを、静々と小さな足取りでついていった。



 人気の少ない裏通り。

 ジャンは窓が黒いカーテンで覆われた馬車へと巨体を押し込んだ。豚のような鈍重さ。

 水に濡れた手袋みたいなぶよぶよの手を差し出す。

「さ、さあ! 乗りなよ、乗りなよ!」


 ミーニャは包丁の柄に手を掛け、1cmほど抜いた。白い刃が光る。

「……触らないで」

「ご、ごめんね! 恥ずかしがり屋さんなんだね、かわいいね、かわいいね!」

「…………」

 ミーニャは馬車へ乗り込んだ。

 ジャンから一番遠い席に、借りてきた猫のように警戒して座る。


 すると御者が鞭を入れたわけでもないのに、ブーホースが自然と前へ進み馬車を引いた。

 ――ん? おかしくないか?



 俺は広場を先に出て町長の屋敷へ向かっていたが、立ち止まって御者を見る。

【魔動人形】主人の命令で殺戮する、魔法で作られた機械。

【魔動傀儡】主人の命令にだけ従う、操られた生き物。

 ブーホースもおかしかった。

 ようは誰にも知られずに移動したいらしい。


 しかも馬車は町長の屋敷へ向かわなかった。

 念のためジャンを見たが、普通の人間だった。

 万が一襲われても、今のミーニャなら余裕で撃退できる。

 それに俺がつけているんだから、これほどの安全はないだろうしな。



 ……――いや、油断は禁物か。それで何度も失敗したんだ。

 出来ることはすべてやっておかないと。

 俺は道行く人たちに気付かれないよう、口の中でもごもごと呪文を唱える。

「――《水刃付与》――《風刃付与》」

 二本の包丁それぞれに、風と水の力を宿した。


 突然の力に、ミーニャの体が一瞬ビクッと震えた。鞘の上から包丁を触る。

 そして細い指先でいとおしそうに愛撫する。

 黒い尻尾が嬉しそうに揺れた。

 俺の力に気付いていてくれたらしい。さすが俺の巫女。


 もちろん油断は禁物。

 俺は気付かれないように、ゆっくりと馬車を追いかけた。



 真昼の日差しは真上から降り注ぐ。

 港町の石畳は白く照りかえり、青黒い影を色濃く落としていた。

 裏通りの道を、ミーニャと町長息子ジャンの乗った馬車がガラガラと車輪の音を立てて走っている。

 俺は《千里眼》と《多聞耳》を使いつつ、あとをつけた。


 中では白豚が必死に喋っていた。

「ねえ、ねえ! 君、獣人だろ? やっぱりあの踊りも獣人のものなのかい? かい?」

「……違う」

「じゃあ、どこで覚えたんだい、だい?」

「ケイカお兄ちゃんのことを考えたら……自然に舞えた」

「す、すごいんだね、だね! 家でも見せてよ、見せてよ!」


 ミーニャの尖った耳が、過剰に反応してピッピッと動く。

「だから……なんで、2回言うの?」

 白豚は血走った目をしながら、ナメクジのような舌で分厚い唇をなめた。

「こ、興奮してるんだ! 君の踊りが素晴らしかったから、から!」

「そう……」

 ミーニャは警戒したまま、小さな手は包丁の柄を固く握り締めていた。



 馬車は町の外壁を越えて、東へ向かった。

 馬車がすれ違えるほどの広い街道。ガタガタと車体が上下する。

 町の門を出てすぐそこには、入り江へと下りる道がある。

『勇者ケイカビーチ』と書かれた看板シャツが風でなびいていた。


 気付かれないように、ゆっくりと馬車をつける。

 速度が出ていないので、それほど急ぐ必要もなかった。汗もかかない。


 ――と。

 突然、頭に衝撃が走った。

『ケイカ! 変なの!』

 加減を知らない全力の心話にめまいを覚えつつ、思わず入江を見る。



 白い砂浜の入り江は、様子がおかしかった。

 青い海は妙に静かで、波がない。

 人々のほとんどが砂浜に上がり、海の中をイエトゥリアともう一人のナーガが泳ぎながら激しく銛を振るって海面を叩いていた。

 逃げ遅れたらしい町人が何人か水中に引き吊りこまれている。


 しかし魔物の姿は見えない。

 ――《真理眼》。


--------------------

【ステータス】

名 前:皇帝クラゲ

属 性:【水】


 攻撃力:  50

 防御力:   0

 生命力:8000

自動回復:7950


【スキル】

  捕食:触手で捕えた生き物を体に入れて溶かす。

麻痺雷撃:触手で触ったものを感電させる。通じないものは解放する。


【パッシブスキル】

  透明:姿が見えない。

無限触手:無数の触手を繰り出して物体を捕える。多段範囲攻撃。

ウォーターバリア:水に流されない。水攻撃無効。

生命探知志向:生き物の多いところへ向かう。

--------------------


 なるほど。イエトゥリアが苦戦するわけだ。

 見えない上に水無効。

 回復量もありえない。


 しかも、でかい。

 入り江が半分ほど埋まるぐらいの大きさ。

 ナーガたちは必死で銛を振るって切り捨てているが、比率的に100ぐらいしか与えていない。

 一撃で倒すしかない。


 ただこのクラゲ、思考力ないな。

 本能的に動いてるだけだ。



 俺はチラッと街道に目をやる。馬車はゆっくりと進んでいる。

 ――今は入江と海水浴客のほうがピンチだ。

 あの速度なら、さっさと倒して戻ればいいだろう。


 そう決断すると、俺は《疾風脚》を唱えて、風の速さで入江へ駆け下りた。



 俺は砂浜に下りると叫んだ。

「みんな、もっと下がれ! 林にまで!」

 セリカが金髪を乱して駆け寄ってくる。

「ケイカさまっ、町の人が何人か――!」

「わかっている! ――ラピシア、砂浜に立て!」

「うん!」

 ラピシアが白スク水姿で砂浜に立った。


 それを見届け、俺は駆け出す。

 入江を覆う巨大クラゲの上を踏んで走る。

 太刀を抜いて、飛んでくる触手を払った。



 なぜ攻撃しないのか。

 人が邪魔だったからだ。

 普通に攻撃すると、威力が大きすぎて人を巻き込む。


「イエトゥリア、救助が先だ! 捕らわれた人の触手を切れ!」

「け、ケイカさま、了解だ! ――ハァ!」

 銛が振るわれて人が水面に出る。



 そして俺は入口まで来た。

 入江を振り返り、手を突き出した。

「――《突風掌》!」

 ゴォォッ! と俺の手から激しい風が放たれる。


 風は流れて、浮かんだ人を直撃。そのまま砂浜へと吹っ飛ばす。

 その先にはラピシアが両手を挙げていた。

 野球の外野フライのように、キャッチする。



 俺は叫ぶ。

「えらいぞ、ラピシア――《突風掌》!」

 ドォンッ! と突風が吹き、また人を砂浜へと吹き飛ばす。

「あ、やば」

 少し方向がずれたが、ラピシアがイチロー並の加速と正確さで飛んできた人をキャッチした。


 ほっと安心の息を吐くと、イエトゥリアが水面まで連れ出した人々を、次々と砂浜へ飛ばした。

 ラピシアは右へ左へ砂浜を駆けて受け取っていく。

 その速度と的確さは外野手なのにキャッチャーフライを取れるぐらい。

 しかも球ではなく人。

 大地母神の怪力じゃなきゃできない技だった。


 俺は思う。

 昨日、入江の魔物を掃除した数時間、倒した魔物を解体するために砂浜へ飛ばしてはキャッチさせていた。

 それが練習になったんだろう。

 ――まさか役に立つなんてな。



 その後も次々と飛ばした。

 最後の1人をイエトゥリアが連れ出した。

 陸にいるラピシアが大きな声で叫ぶ。

「あっと ひっとり! あっと ひっとり!」

 ――意味わかって言ってるのだろうか。


 俺は手から《突風掌》を出した。

 人は飛ばされ、ラピシアキャッチ。

 

 続いて休む間もなくイエトゥリアへ叫ぶ。

「海から出ろ!」

「わかった!」

 イエトゥリアと仲間のナーガは銛を振るって触手を断ちながら、岸へ上がった。



 俺は太刀を構えて――いや、人目があるから強い魔法は危険だな。

 勇者程度の弱い魔法で倒そう。


「我に従う清き風よ きらめく刃となりて 激しく渦巻き天を刺せ! ――《風刃竜巻》」

 ゴゴゴゴっと地鳴りのような音が響いたかと思うと、入り江の中の空気が時計回りに回転を始めた。


 それがクラゲの中心辺りで集まり始め、一本の太い柱のような竜巻となった。

 掃除機のように水を吸い上げて、クラゲも吸い上げる。

 透明な体がバラバラになって、日の光にキラキラ輝く。


 そして全部吸い上げたのを《真理眼》で確認すると、外洋へと持っていき竜巻を消した。


 海へ降り注ぐ透明な破片。

 魚たちが集まってきて水面を波立たせて食べていった。



 俺は太刀を収めた。

 ……あ。

 陸に帰れなくなった。

 泳ぐか。


 帯に手を掛けたところでイエトゥリアがやってきた。

「ケイカさま、申し訳ない。守れといわれた仕事をできなかった」

「そうだが、仕方ない部分もあるな。それより陸へ連れてってくれ」

「背中に乗るのだ」

 イエトゥリアは白い背中を水面に出した。

 その背に飛び乗り足で立つ。

 海面を滑るように泳いで陸へ向かった。



 砂浜に着くとセリカとラピシアが駆け寄ってきた。

 セリカは赤いビキニを手で押さえつつ、安堵していた。

「さすがはケイカさまです。一撃で仕留められるとは。しかも救助の仕方も的確かつ大胆でした。驚きしかありません」

「たやすいことだ。――ラピシア、よく頑張ってくれたな。ありがとう」

「わーい! ほめられた!」

 頭を撫でてやるとラピシアは嬉しそうにニコニコしていた。


 町の人々も周囲に集まってくる。

 しかし、俺にはまだやらなくてはいけないことがある。

「セリカ、ラピシア。それにイエトゥリア。あとで対策取るから、今はけが人の手当てと入り江の安全を第一に考えてくれ」

「はい、ケイカさま!」

「がんばる!」


 イエトゥリアは眉尻を下げて悲しげな顔をして言った。

「手間をかけさせてすまなかった。次からはもっと注意する」

「失敗は誰にでもある。次からしなければ大丈夫だ」

 イエトゥリアは神妙な面持ちで頷いた。

「さすがケイカさまだ。頑張らせていただく」


「じゃあ、行ってくる!」

 彼女たちに見送られ、俺は走り出した。

「さすがでしたわ、勇者さま」「もうダメかと思ったぜ、ありがとうな!」

 町の人の褒め称える言葉が背中に届いた。

 声を受けるたび、体中に力強さを感じた。

 俺を心から信じるようになってくれたようだ。

 手だけ挙げて応援に答えた。



 そして俺は砂浜を離れながら《千里眼》で街道を見た。

 しかし、馬車が見当たらなかった。

 ん?

 と思って、周囲を見回した。

 道のずっと先まで見た。

 でも、それらしき馬車は見当たらない。

 隠れるような建物のもない。


 ――しまったぁ!

 戦ってる間に見失ってしまった!

 尾行しているから大丈夫だと思っていたのにっ!

 このまま彼女を失ったら、どうしたらいいんだぁ!!



 ――なーんつってな。


 俺は懐から大きな銀色のメダル【勇者の証】を取り出した。

 お?

 光っている。誰かがレベルアップしたようだ。

 それは後回し。


 いじってパーティーメンバーの所在を表示させる。

 目の前に半透明のスクリーンが現れた。

 俺の場所が青い点滅、メンバーが赤い点で表示された。


 赤点には番号が振られている。

 1と2がすぐ近く。セリカとラピシア。

 3が少し離れていた。これがミーニャ。

 メンバーに入れた順番だとわかった。



 ――ミーニャは東南東にいるようだ。

 ということは街道をそれて海岸線に出た模様。

 町長の息子が海の魔物と関係していたと確定していいな。

 これで勇者として、でやりたい放題だ。


 俺はスクリーンを視野の右上へ縮小表示させた。

 そして街道へ戻ると俺は《疾風脚》を唱え、風の速さでミーニャの元へと走った。



二章がなかなか終わらないので、夜も投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GAノベルより1月15日に3巻発売します!
何度も改稿してなろう版より格段に面白くなってます!
勇者のふりも楽じゃない
勇者のふりも楽じゃない書籍化報告はこちら!(こちらはまだ一巻)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ