第38話 ミーニャいじり踊り!(ジョブチェンジ)
朝の入り江に清々しい日差しが降る。
青い海の立てる波がキラキラと光っていた。
祭り最終日まで残り3日。
今日もラピシアのために、泳ぎの練習に来た。
しかし様子が一変していた。
すでに人が大勢いた。一人身、カップル、家族連れ。
パラソルの下でくつろぐ人、軽快に泳ぐ人、ボール遊びをする人。
驚くことに砂浜から少し離れた林の傍に小さな掘っ立て小屋ができていた。
小屋の後ろは林の一部を幕で囲い、着替えスペースになっている。
店では簡単な食事と飲み物を提供、ビーチパラソルと浮き代わりの木の板――ビート板を貸し出していた。
俺は思わず呟いた。
「海の家ができてる……」
「面白い名前ですね」
くすっとセリカが笑う。
「俺の世界にはこんなのがあると教えたんだが。すぐに取り入れるとは」
ラピシアが興味を引かれて店へ行く。
俺も続いた。
店は10畳ほどで小さい。
店正面では屋台のようにフィード焼きや飲み物を手渡しで売っている。
店内では木の板やパラソルの貸し出しをする鉢巻を巻いた商人がいた。見知った顔。
「ドライド……早いな、いろいろと」
「これは勇者さま。おはようございます」
「店のトップがわざわざ働くのか」
「新しい仕事に取り掛かるときは、まず私が率先してやります。でないと部下がついてきませんから」
「ほほう。いい考えだな。商売の方は順調なのか」
「かなりいい調子ですよ。水着がすでに200着売れましたからね。これから昼にかけてもっと人が増えますよ」
「順調だな。みんな勇者ケイカビーチに来るわけだ。俺の名も広まる」
「ええ、この入り江がある限り、ケイカさまの名前は受け継がれていくことでしょう」
――わかりやすい名前があるのはセールスポイントにもなるしな。売込みがしやすい。
「高速輸送のほうはどうだ? うまくいってるか?」
「はい、それはもちろん! ナーガのみなさんが増えましたので1日2便出すようにしました。いやー、王都まで半日で行けますから、売上も評価も絶大ですよ」
「他の商会や、商人の嫌がらせは?」
「初日はありましたが、そこはそれ。商人ギルド長アムスバルさんの頭痛の種だった、この入江を元通りにしましたので。勇者さまとナーガの信頼を得た私に一任するという、鶴の一声をいただきまして。もう安泰ですよ」
「それはよかった――このあとも頼む」
「はい、お任せください」
俺は海の家を離れて砂浜を見た。
50人ほどが海水浴を楽しんでいる入り江。楽しげな声で賑わう。
俺はうまくいったと満足していたが、ミーニャが怯えた声で言う。
「ケイカお兄ちゃん……帰る」
「ん? どうした?」
「人、多いから」
ミーニャは獣人のため人が苦手だった。水着で泳いだら耳や尻尾が隠せない。
――かわいいのにな。
無理に泳がせるのはよくないだろう。楽しくなければ意味がない。
一人で帰すのは危ないのでついていくことにした。
「じゃあ、宿屋まで送ろう。――セリカ、泳ぎの練習頼んだ。それからラピシア、悪い奴がいたらすぐに俺を呼べ。そしてセリカを守るんだ」
「はいっ、ケイカさま」「わかった ケイカ!」
元気な二人の返事に安心して、俺はミーニャとともに帰った。
宿屋に送り届けたあとは、町長の周辺を探ってみるか。
海風薫る港町を俺はミーニャを連れて歩いていく。
すると大通りでマダムと出会った。トラ縞の丸い耳と尻尾を堂々と晒していた。
「あらぁ、お二人さん。しばらくぶりね~」
「おはよう、マダム。なにかあったのか?」
「ミーニャちゃんの服が出来上がったから持ってきたわ」
「早いな。特殊な素材が必要だったはずだが」
「セリカちゃんから【素材・蜘蛛の糸】をもらったから最高の仕上がりになったわ」
「おお。それはよかった」
「ついでに勇者さまの服も持ってきたわ」
「助かる。このシャツとズボンは窮屈だ」
「似合ってるのに、残念ね~」
すると俺の後ろに隠れていたミーニャが無表情な顔でマダムを見上げた。
「どうして……隠さないの?」
「耳と尻尾? そりゃあ、私の誇りだもの。隠したらもったいないじゃない」
「でも、危ない……」
「何を言っているの。獣人が怖がられるのは人よりも強いからよ。どうどうと自信持って歩けば人はなにもしてこないわ。ミーニャちゃんは自信ある?」
「ない……私なんて……弱い」
感情のこもらない声で言ったものの、耳を隠す帽子がへにゃっと潰れた。
俺はミーニャの肩に手を置く。
「心配するな。俺が強くしてやる。だから自信持て」
「……本当?」
「ああ、本当だ」
マダムが笑いながら言う。
「そのまま女にしてもらいなさい」
「なっ」
「……女?」
「はい、これ――またお店に来なさいね」
マダムは服の入った袋を俺に押し付けると、大きな腰を振り、豪快に笑いながら帰って行った。
気まずい空気が流れる。
するとミーニャが手を握ってきた。小さな手のひらに力が入る。
「……して」
「わかった。宿屋へ戻ろう」
俺は溜息を吐くと、ミーニャを連れて歩いていった。
豪華な宿屋の4階。
入ってすぐは広い部屋。白い壁にふかふかの絨毯。バルコニーに面した大きな窓がある。
「水着姿になってベッドで横になっててくれ」
「わかった」
ミーニャに服を渡すと、二つある奥の寝室にそれぞれ入った。
俺は手早く和服に着替える。長年着続けた服だけに心が落ち着く。
それから部屋を出て、隣の寝室の扉をノックした。
「ミーニャ、用意はいいか? 入るぞ」
扉を開けて中へ入る。
ベッドが二つある部屋。サイドテーブルにランプが灯り、明るい光で室内を照らしている。
ベッドにはミーニャが水着で横たわっていた。膨らみかけの胸を追う黒い水着。
無表情に天井を眺めているが、黒い尻尾が期待するように右へ左へ揺れている。
俺はベッドにあがって彼女の横に座ると、手を頭と胸に乗せた。温かい柔肌。
「ん……」
「大丈夫だ。たぶんそんなに痛くない」
空白の職業欄に書き足すだけなので、セリカのときほどの施術は必要なかった。
胸から締まった腹へと指先を滑らせる。すべすべした健康的な肌を感じた。
「んん……」
無表情なのは変わらないが、尻尾の揺れが激しくなる。
もう、どんな職業にするかは決まっていた。
似たような服を着たいと言った。だったらこれしかなかった。
俺は鎖骨や脇腹をなぞりながら、ミーニャの黒い瞳を覗き込む。
「本当にいいな? まあ、嫌だったら元に戻すが」
「大丈夫……ケイカお兄ちゃんと一緒がいい」
潤んだ瞳で見上げてくる。尖った耳がピッピッと動いた。
さらに黒ビキニを着た華奢な体を触って、ステータスの書き換えをした。
痛みが走るのか、歯を噛み締めて「くぅ」と喉を鳴らし、眉間に可愛いしわを寄せる。
シーツを逆手で掴む。
背を仰け反らせ、細い足を弓なりに反らす。尻尾がぶわっと逆立つ。
白いシーツにしわが寄った。
「よし、できた!」
俺は手を離した。
その瞬間、ミーニャの体が光った。
「な、なに……?」
真理眼で【ステータス】を見た。
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【ステータス】
名 前:ミーニャ
性 別:女
年 齢:13
種 族:猫人族
職 業:神楽剣舞巫女
クラス:舞闘師Lv1(上級) 盗賊Lv1 料理士Lv13
属 性:【静嵐】
所 属:勇者ケイカパーティー
【パラメーター】
筋 力:64(5) 最大成長値553
敏 捷:80(6) 最大成長値707
魔 力:32(2) 最大成長値145
知 識:24(1) 最大成長値089
幸 運:40(3) 最大成長値172
【舞闘スキル】
舞い:優雅な動きで舞って踊る。
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俺は頷いた。
「というわけで、ミーニャ。お前は今から巫女になった」
「みこ?」
「神に仕える女性のことだ。剣の舞いを奉納する」
「わかった……ケイカお兄ちゃんに一生仕える」
ミーニャは真剣な顔でこくっとうなずいた。
俺はマダムに作ってもらった服を持つ。
「さあ、着るのが大変だぞ。だいぶ細部は簡略化してもらったが。これが巫女服だ!」
「がんばる」
着付けを指導しながら巫女服を着せた。
しばらくして着せ終える。
「似合ってるな」
上は白衣に、下は黒袴。袴の裾は膝上ですらりとした足が伸びている。白い肌が引き立つ。
もちろん頭の上の猫耳と、黒い尻尾は隠されていない。
腰の帯には、鞘に収めた2本の包丁を差していた。
ミーニャは黒袴を引っ張りながら言う。
「これなら……赤色がよかった?」
「別にいろいろな色があるしな。ミーニャの好きな色でいい。神楽を舞うときは緋袴以外を着る場合もある」
「そう……なんだか、強くなった気がする」
「ああ、強いぞ。本当は専用の刀もあるんだが」
「これがいい」
目にも止まらぬ速さで、腰に差した包丁を両手で抜き放った。
神秘的な巫女服と、ギラリと光る無骨な包丁がアンバランスな妖しさをかもしだす。
黒髪が揺れ、黒い尻尾がピンッと立つ。
黒い瞳に凛々しい光を宿らせて見上げてくる。
「ケイカお兄ちゃん……どう?」
「いいぞ、とてもいい」
「強そう?」
「強いというより、やばそうな雰囲気が出てる。素晴らしい」
「そう……」
つまらなそうに答えたが、耳が喜ぶようにピッと跳ねた。
「じゃあ、町へ出てみるか。調べたいこともあるし」
「わかった」
ミーニャは包丁を鞘に収めて、手を握ってくる。
心なしか彼女の背がぴんっと伸びている気がした。
晴れた青空の広がる下。
赤い屋根と白壁の建物が並ぶ港町をミーニャと手を繋いで歩いた。
周りの視線が俺たちに集まる。
異国の服を着た2人が並んでればそりゃ目立つ。
ミーニャは無表情な顔をしていたが、黒い瞳は意志の強さで光っている。
落ち着いた切れのある動作で華奢な足を動かせば、膝上で黒袴が揺れ、白衣の袖が翻る。
握る手のひらは緊張で汗ばんでいるものの、猫耳も尻尾も堂々と振舞っていた。
怖れは感じない。
「どうだ? 怖くないだろ?」
「うん……風が気持ちいい」
「マダムの言ったとおり、胸を張って堂々と歩けば大丈夫だ。多くの人は争いを好まないんだから」
するとミーニャは繋いだ手をぎゅっと握ってきた。
「ケイカお兄ちゃん……ありがとう」
「気にするな。俺のためでもあるんだから。――もう少し、人の多いところに出て、慣れてみようか」
「うん」
俺はかすかに聞こえてくる音楽のほうへと足を向けた。
ゆるゆると歩いてたどり着いた先は、海の見える広場だった。
広いスペースの端にステージが作られ、人だかりが出来ている。
掲げられた横断幕には『ダンスコンテスト』と書かれていた。
「ダンスか。いろんな催し物があるんだな――お?」
俺は審査員席に目が留まり、足も止まった。
探していた手がかりが座っている。
するとミーニャが唐突に言った。
「出たい」
「え? 俺は踊りは得意じゃないぞ」
「一人で、出る……ホウノウする」
神楽を奉納してくれるのか。
ジョブチェンジしたばかりで出来るのかと思ったが、その心意気は嬉しくもある。
艶やかな黒髪を撫でながら言った。
「やってみろ。楽しみにしている」
「がんばるっ」
幼さの残る顔に決意を漲らせ、ふんっと荒く鼻息をした。
そして力強い足取りで人々を掻き分けて受付に行き、登録をした。
本当に強くなったな、と嬉しく思った。
しばらくして司会の声が響いた。
「さあ、港町ドルアース恒例のダンスコンテストが開催です! さっそく登録番号1番からどうぞ~!」
ダンスコンテストが始まった。
1番から順番に、ステージの後ろから出てきては、楽団の曲に合わせて5分ほど踊る。
男女ペアでは体を抱き合い、ワルツのように優雅に踊っていた。
10人の団体は横一列に並んで、一糸乱れぬ踊りを披露した。
3人組の若い男たちは、ステージを走り回りながら、後方宙返りや前方二回宙返りなどを、重ねるように次々と繰り出す。新体操のようなアクロバティックな動きは観客を魅了した。
それらをステージ脇に座る審査員が判定した。
黒服を着たうるさそうな白髪老人、ラメ入りドレスを着た性格のきつそうな中年女性。
そしてでっぷりと太った男がいた。白豚のように太っていて、審査員席に座っている間、ずっとお菓子を食べている。
彼の前のネームプレートには町長代理ジャンと書かれていた。息子らしい。
――こんな息子がいたとは。
見るからに隙だらけだった。罠にはめやすそうだと思った。
観客はざわめき、踊りが終わるたびに拍手やブーイングを送る。
賑やかな声はいつまでも続く。
そしてミーニャの番となった。
静かな弦楽器の音とともに、ミーニャがゆっくりと出てくる。白衣と黒袴が揺れ、両手に持つ包丁の刃が光った。
彼女は無表情ながら、細くしなやかな手足を感情豊かに動かす。
足は床を滑るように。手を大きく回し、気持ちをささげるように掲げる。
黒く細い尻尾は優雅に揺れ、猫耳はピンッと尖っていた。
時には素早く、時にはゆっくり。ステージ上に動と静を生み出していく。
太陽の光を浴びて、白い肌が美しく輝いていた。
神楽とは少し違うけれども、神秘的な動きは続いた。
辺りは異様な雰囲気に包まれ、あれほどざわめいていた観客が無言で見守っていた。
そして包丁を振りながら回転し、激しい風のように舞い始める。
雷光のようにきらめく白刃。
最後は水が流れ落ちるように静かに膝をついて、神楽は終わった。
一瞬後、どよどよとざわめき出す。
始めてみる神秘的な踊りに、驚き戸惑っていた。
俺の心は暖かく満たされていた。信じる俺に対する気持ちのこもった踊り。
もし力が枯渇していたら、今のだけで体力が全快しそうだった。
あとでいっぱい褒めてやろうと思った。
その後もコンテストは続いて、様々な踊りを見た。
2時間ほどして終演となり、ステージの前方に審査員の3人が立つ。
その後ろに出演者たちが横一列にずらっと並んだ。
司会が言う。
「素晴らしい踊りの数々、ありがとうございました! それでは結果発表です!」
1位に選ばれたのはアクロバティックな体操を披露した三人組。
2位は弓で頭の上の林檎打ちぬいたり、ナイフ投げをしていた大道芸人。
3位はラインダンス。
それぞれが前方に出てきて、賞品やお褒めの言葉を受け取る。
ミーニャの踊りは理解されなかったらしい。仕方ないことでもあるが。
彼女はステージの隅に背筋を伸ばして凛々しく立っていたものの、耳はしゅんっと垂れてしまった。
司会が言う。
「さあ、いつもならここで終わりですが、今回は特別賞! 異国の踊りを披露してくれた13番です! ミーニャさん、前へ!」
名前が呼ばれた瞬間、ミーニャの耳がピコッと立った。
すました顔できょろきょろと辺りを見回してから、すうっと細い足を出して、洗練された動きで歩き出した。
でも黒い尻尾は喜びでぴーんと立って震えていた。
司会が笑顔で言う。
「不思議な踊りが素晴らしかったですよ! もう審査員一同が判断に困ってしまうほど。おめでとうございました!」
観客たちの間から拍手と口笛が起きた。
ミーニャは戸惑いつつも、ぺこっとお辞儀をする。黒髪が勢いよく流れた。
「ありが……とう」
ますます拍手は大きくなり、彼女は何度もお辞儀していた。
そして賞金が渡されて、お開きになる。
次のステージは夕方で、夕日を見ながらの演奏会だそうだ。
町並みといい、催し物といい、お洒落だと思った。
――と。
町長代理のジャンが白豚のような巨体を揺らしてミーニャへと近付いていった。




