第35話 作戦開始とぶっとばす!
次の日。祭り最終日まで残り5日。
朝早く、宿屋の部屋に試作品の水着が届けられた。
見てみたが、地球に比べても遜色ないできだった。ラピシアは意味も分からず喜び、ミーニャは無言で力強く頷き、セリカは真っ赤な顔をして「が、頑張りますっ」と呟いた。
――とりあえず、予定の一つは片付いた。
次は泳ぐ場所だな。
宿屋1階のレストランのような食堂。
4人がけのテーブル席でセリカたちと朝食を食べていると、商人ドライドが話しかけてきた。
「おはようございます、勇者さま」
「お? ドライドおはよう。もう帰ってきたのか」
「ええ、イエトゥリアさんの力は素晴らしいですね。昨日は王都で新しい販売経路を開拓しましたが、結果は上々でした。軌道に乗りそうです」
「そうか。それはよかった。水着の製作もうまくいったよ。いい職人を紹介してくれて助かる」
「いえいえ、それもこれも勇者さまのおかげです」
「それで、1つ頼みたいことがあるんだが」
「なんでしょう? できることならなんでもしますよ」
「町のすぐ東に使われてない入り江があるだろう? あの土地の管理者というか権利者と取引したいんだが」
「魔物に占領されてしまった入り江ですね。そこなら商人ギルド長の大商人アムスバルさんが所有しているはずです」
「入り江を借りて商売をすることは可能か?」
ドライドは顎に手を当てて考える。
「町の傍に魔物の巣を作ってしまった管理責任が問われてアムスバルさんは相当困っていると聞いております。失脚も時間の問題とか。勇者さまが解決してくれるなら願ってもないことでしょう」
「じゃあ、その交渉は頼めるか? 永続的に俺が管理する方向性で」
――普通なら即失脚してるレベルの失態。それでまだギルド長でいられるのだから、かなり老獪な人物だと考えられる。
この交渉は同じ専門家に任せたほうがいいだろう。
ドライドは胸を張って微笑む。
「お任せください、勇者さま。……でも、あんな魔物だらけの場所で、どうされるのです? 退治終えてもまたすぐに占領されてしまいますよ?」
「魔物掃討作戦が何度も失敗しているのは知っている。だからこそ、素晴らしいんだ。じゃあ、頼んだぞ」
「あ、はい。明日までには入り江の管理権や使用権を取っておきましょう」
「あと水に濡れても滲まない塗料かペンキ。そして、いろいろな水着を量産できるようにしておいてくれ。型は揃ったはずだから」
「量産……いかほどでしょう?」
「最初は各100着もあればいいだろうか」
「そ、そこまでの資金は急には用意できかねますが……」
「それなら大丈夫だ――セリカ、聖金貨を全部ドライドに渡してやってくれ」
隣に座るセリカが手を優雅に止めて頷いた。
「わかりました、ケイカさま――ドライドさん、こちらが聖金貨です」
袋から聖金貨を5枚取り出して渡した。
俺は言う。
「それで頭金にはなるだろうか?」
「そうですね。少し足りませんが、私も出資しましょう」
俺はセリカを見た。
「また貧乏させるな」
「構いません。選んだ道ですから」
セリカは、並びのよい歯を見せて笑った。
「というわけだ、よろしくたのむ」
「わかりました。では失礼します」
ドライドは礼をしてから足早に出て行った。アムスバルのところへ言ったのだろう。
さすがに日本のようにA~Fまで全サイズとはいかないが、セリカたちだけで、まな板、ちっぱい、普通、巨乳とちょうど揃っていたのでサンプルにしたのだった。
俺もテーブル席から立ち上がった。
一緒に食べていたセリカたちに言う。
「ではちょっと行ってくる。どこにいるかはわかるから、買い物したり、祭りを楽しんだりしておいてくれ」
セリカは悲しげな顔で、俺のシャツをつかんできた。しかしすぐに手を離す。
「わかりました。気をつけていってらっしゃいませ」
「ケイカお兄ちゃん……気をつけて」
「いってら!」
「心配するな。順調だ。行ってくる」
俺は入口へ向かって歩き出す。
するとセリカの呟きが聞こえた。
「ケイカさまと一緒じゃなければ、お祭りも楽しくありませんのに……」
なぜか一瞬、駆け戻ってぎゅっと抱き締めたい衝動に駆られたが、足を止めずに外へ出た。
大河沿いの土手。
数百メートルになる河口は穏やかな流れが朝日を浴びて輝いていた。
川船がずらっと並ぶ桟橋には荷役夫が動き回り、荷物を載せかえている。
俺は桟橋の端まで行くと、川を覗き込んで呼びかけた。
「イエトゥリア、いるか?」
こぽこぽと小さな泡が立ち、彫像のように美しい顔と体が現れた。雪のように白い肌と水に濡れた銀髪。
「なんだ?」
「これを着てくれ」
俺は布と皮の複合素材でできたビキニと膝上丈のスカートを取り出した。
【魔鱗のビキニ】魔魚の鱗と魔法銀を駆使したビキニ。水の抵抗をなくし泳術に補正効果。火耐性。防御+50 魔防+50
【魔鱗の腰布】説明同上。誘惑効果小。防御+80 魔防+20
魔魚の皮を使用したため、銀の光沢を放っていた。
俺の倒したグリードリバーが使われてるのかもしれない。
イエトゥリアは受け取ってしげしげと眺める。
「ほう。これが防具か。ふむ。魔法銀が使われておるな。なかなかのものだ」
「色もお前に似合いそうだぞ」
「そ、そうか……では」
ちゃぷっと水に潜ると、水中で着ていた。
すぐに水上に上がってくる。
しかし細い眉を嫌そうにしかめていた。
「これは胸が苦しくなるぞ?」
「そんなはずは……そう言えば肉を周りから寄せてくるんだっけか」
「どうすればいいかわからぬ。ケイカがやってくれ」
イエトゥリアは水中から上半身を出すと、こちらに背中を向けて桟橋に座った。
俺は後ろから小柄な肢体を抱くようにして、ビキニの中へと手を入れた。冷たい肌と柔らかい胸が指先に心地よい。
腰や脇から集めるようにしてカップの中へ収める。手のひらに納まるおわん型の胸が指先の動きにあわせて震えた。
その間中、くすぐったいのか、イエトゥリアは身をよじらせた。白い蛇の下半身が水中でうねる。銀のスカートが乱れて光った。
「動くなよ、入れられないだろ」
「そ、そうは言ってもだな……く、くすぐったい」
んぅ、とイエトゥリアは甘い声を上げた。
そして柔らかい胸を収め終わった。
「どうだ?」
「うむ。苦しくなくなった。こうすればよかったのか」
細身の裸体に銀色のビキニと短いスカートだけを着たイエトゥリア。白い肌が引き立つ。何か妖艶さが増した気がした。
「似合ってるぞ。とても可愛いな」
「ふふっ。ケイカに褒められると嬉しいな。大切にしよう」
赤い瞳を嬉しそうに細めてイエトゥリアは微笑んだ。意外と、少女のように可愛らしいところもあるようだ。
「もし壊れてもドライドに言えば同じ物を作ってもらえる。金はかかるが」
「そうか。ならば金をもっと稼がねばな」
「もう一つ、仕事を頼みたいんだが」
「なんだ?」
「これはお前の仲間が来てからだが、入り江の魔物討伐に協力して欲しい」
「ケイカの頼みならなんでもしよう。これまでにあったことのないほどの強い男であるからな――あ」
「どうした?」
急にイエトゥリアが海を見た。
すると、海の波を断ち切るように、まっすぐ向かってくる蛇がいた。
上半身は女の蛇。
にわかに桟橋が騒がしくなる。
「なんだあれ」「化け物か」「お、おい逃げろ」
「騒ぐな! 大丈夫だ!」
俺が声を上げると、勇者がいるとあって落ち着いた。
イエトゥリアは心細そうに言う。
「あれは我らの族長ダリア。我が眷属の中でもっとも美しい女だ」
「ふぅん」
俺にはそうは見えなかった。
肌は錆びた青銅色をしており、下半身どころか、上半身や頬まで鱗に覆われていた。体格もよく、ゴリラのように筋肉が盛り上がっている。
上半身だけでも1.5メートル全長は7~8メートルありそうだった。
全長5メートルはあるイエトゥリアが、か弱い少女に思えてくる。
――美的感覚の違い、というやつか。
観察するうちに傍へ来た。
ダリアはぬうっと水上へ伸び上がる。
俺を見下ろしながら言った。
「そなたがイエトゥリアをめとった主人か。ふん、ひ弱な人間だな。まあ、白いナマコのようなイエトゥリアにはお似合いか」
イエトゥリアは首を振った。銀髪が水滴を散らして輝いた。
「そ、そんなことは言うな! このかたは我を助け、眷族のために居場所を――」
ダリアは深く頷いた。
「そのことは感謝する。我らでは考え付かぬ方法だ。よろしく頼むぞ」
そう言ってダリアは、丸太のように太い腕を、ぬうっと前に出してきた。緑青色の鱗にびっしりと覆われている。
俺はその手を握り、握手した。
するとダリアが、鼻で笑った。次の瞬間、手に思いっきり力を込めてきた。
岩なら砕けるほどの握力。
俺が人間だったら骨が磨り潰されて、治癒魔法を使っても当分の間、使い物にならなくなっただろう。
俺は眉間にしわを寄せて見上げながら、平然とした声で言った。
「お前ら、つくづく人を試すのが好きらしいな?」
「な、なに――ッ!?」
ダリアの鱗に覆われた顔が驚きで引きつる。
「だったら思い知れ! この青大将が!」
俺は握手した右手でダリアを引き寄せ、左手で巨体を掴んだ。
「うわぁ! な、なんだこの力は!? 」
驚き戸惑うダリアを、水から引きずり出す!
両手を掲げ、頭上高く持ち上げる。
イエトゥリアは絹を裂くような悲鳴を上げた。俺の足元にすがりつく。
「た、頼む、悪かった! 我が謝るから、どうかダリアの命だけは!」
「殺しはしない、ただ思い知れ! イエトゥリアの方が百倍かわいいと!」
俺はそのまま巨体を思いっきりぶん投げた。
放物線を描いてダリアの巨体が飛んでいく。緑青色の長い尾を引いた。
「うわあぁぁぁ……――ッ!」
叫び声が遠ざかる。
そして数百メートル先の岸壁に激突して川へ落ちた。一拍遅れて、ドゴォンッと重い衝撃音が響いてくる。
イエトゥリアが赤い瞳を見開いて震える。
「なんという力――! 魔法も使わずにダリアを投げるとは……っ!」
「さすがに気絶したかもしれん。このままだと死ぬから様子を見て来い」
「は、はい、ケイカさま!」
イエトゥリアはすぐさま白い肢体をくねらせて、しぶきを上げて川へ潜った。
――今、『さま』付けで呼ばれた気がしたが。
周りの荷役夫たちがざわついていた。
「なんだあの力」「勇者ケイカさまらしい」「さすが勇者さまだ」
そんな驚きの声が、風に乗って聞こえてくる。
しばらくして、イエトゥリアがダリアに肩を貸すようにして並んで泳いできた。
ダリアは泣いていた。いかつい目から次から次へと涙をこぼしていた。
「も、申し訳ありませんでした、ケイカさま! お力の程を知りました! ここまで強い人間にお会いしたのは初めてです。我の不徳といたすところ! どうか、平にご容赦を!」
――やっぱりこいつ、俺が神だと気付いてないな。
神格を持っていても差があるというわけか。
俺は鷹揚に手を振った。
「ああ、もういい。許すから仕事頑張ってくれ。ただし、イエトゥリアの容姿を金輪際バカにするなよ。族長がその態度だと他の奴らも同調して悪口言ったりいじめたりしただろうしな」
「う……分かりました、ケイカさま。仰せのとおりに――そうだな、族長失格だった。イエトゥリア、今まですまなかった」
「いや、いいのだ。こんなふにゃふにゃな体に生まれた我も悪い。できればダリアのような美しい鱗がほしかった」
「でもそれだとケイカさまに気に入られなかったのではないか?」
「そ、それは困るな……」
赤い瞳を潤ませて俺を見上げるイエトゥリア。ズボンの裾を細い手でつかんでくる。
――あ~、赤い瞳に白い肌。色素欠落ってやつだったのか。
俺はイエトゥリアの長い銀髪を撫でた。しっとりと濡れている。
「心配するな。どのみち助けていた。それじゃ、ダリアは高速輸送の手伝いをしてくれ。イエトゥリアは魔物退治だ」
「頑張らせていただきます、ケイカさま」「どこまでも従います、ケイカさま」
「が、頑張れ」
二人が熱い視線で見つめてくるので少したじろきながら岸壁を後にした。
その後は祭りに騒ぐ街の中を、千里眼で見て回った。
町長の屋敷や商人ギルドの建物、港。
そして、港湾の堤防から腕を伸ばした先にある灯台。
ここで咎人を貼り付けにして魔物に奉げるらしい。
下見を終えて俺は帰った。