第33話 港町ドルアース
大河の河口の傍に建てられた大きな港町、ドルアース。
南は海に面していて、大型船が何隻も接岸している。水深が深いらしい。
この町で喫水の深い海洋船から、喫水の浅い川船に荷物を載せ換えて内陸へと運ぶ。
そのため、とても賑わっていた。
朝の日差しが赤い瓦屋根と白い漆喰壁の町並みに穏やかに降る。
数階建ての建物がみっしりと両側に立ち並ぶ石畳の敷かれた大通りを、俺はバルコニーから見下ろしていた。千里眼を使いつつ。
海に沿って広がる横長の町で、町の北には小高い丘があり、そこは豪邸が立ち並んでいた。
ここは商人御用達の宿屋の4階。部屋の広さや内装の豪華さ、ベッドの寝心地のよさなど高級ホテル並だった。
美しい景色を眺めながら俺は考え込んでいた。
それは町のいたるところに張られた勇者ラザンの絵や横断幕のせいだった。
バルコニーの欄干に頬杖を突いて見下ろし続ける。
カモメのような海鳥が風に乗って飛んでいく。
香る潮風。
どうやって、このラザンの名前に割り込むか。
一歩間違えると、魔物を倒しても「勇者ラザンを皆で祝ったおかげ」と解釈されて徒労に終わることになる。
まさかここまで盛大な祭りだとは思わなかったので、かなり悩ませられた。
すると、背後に気配がした。慣れ親しんだ優しい空気。
「どうされました、ケイカさま?」
俺が振り返ると、すぐ後ろに薄いガウンを羽織っただけのセリカがいた。
背中まで垂れた金髪を朝日が美しく照らし、大きく開いた胸元は白い肌と深い谷間の陰影があった。
青い瞳が心配そうに揺れている。
朝から悩んでいる俺を気遣ってくれているようだった。
嬉しさに思わず手を伸ばして引き寄せる。
腕の中に白いガウン1枚だけの柔らかな肢体が収まる。
金髪に隠れた耳に口を寄せて囁く。
「たいしたことじゃない。でも気を使わせてしまったな。すまない」
「あぅ……」
セリカはほんのりと頬を染めて俯いた。
俺は、さらなる癒しを求めて華奢な体をガウンの上から撫で回した。触り心地がいつも以上によかった。
くびれた腰、小ぶりなお尻。すべすべした背中。
そして薄い布越しでも分かる大きな胸の柔らかさ。
裸体の持つ曲線美が手のひらに伝わってくる。
さすがに気付く。
「あれ、お前。下着は……」
セリカの顔が、かあっと顔を赤らめた。
「い、今、洗濯に出しておりまして……」
「そうか、もう替えがないのか」
「は、はい……ですからその。あまり触られますと……」
「体のラインがよく分かるな」
「うぅ……いじわるです――ひゃぁっ」
薄い腰に手を回して引き寄せた。お互いの体が隙間なく密着する。
花のような香り。優しい体温。
苛立っていた心が癒されていった。
セリカが俺の胸へと頭をぐりぐりと押し付けてきた。指先を動かすたびに、はぁ、はあ、と切ない息を吐いている。
――そうだな。セリカが傍にいてくれるんだ。
ちゃんと考えて最善策を練ろう。必ず名前を売り込んで信者を得るチャンスはあるはずだ。
そのためには、まずは情報を得ないとな。
俺は手を止めて言った。
「金が入ったし服を買おうか。手数料引いても大金貨250枚以上だったはずだ。受け取ってこないとな」
「あぅ……そうでした。報告遅れてすみません。そのお金ならすでにいただきました」
「そうだったか。昨日は疲れてすぐ寝てしまったからな。幾らもらえた?」
「聖金貨5枚と大金貨4枚、あとは小さいのが数枚でした」
「5枚ってことは1枚で大金貨50枚分か」
「その通りです。――で、では今日はこれからすぐ服を買いに行かれますか?」
セリカはそわそわしながら言った。整った顔が抑えきれない笑みで緩み、青い瞳が喜びと幸せで光っている。
よほど服を新調できるのが嬉しいらしい。
――誰かさんが金をなかなか稼がないせいで、ずっと切り詰めた生活をさせてしまったものな。俺だけど。
俺はセリカの頭を撫でながら言った。
「朝食食べたら買いに行こう。そのあとは情報を集めたいところだ」
「どんな情報でしょう?」
「増えている魔物、咎人の所在、祭りで何をするのか。あとは泳げる海。それらを詳しく知りたい。どこかいい場所はないか? 酒場や賭博場なら情報を拾えそうだが」
「この町は初めてでして……ドライドさんに聞いてみてはどうでしょう?」
「朝早くからイエトゥリアの引く船に乗って王都へ行ったはずだから、数日は帰ってこないだろう」
「そうでしたか……ではこの宿屋の酒場はどうでしょう? 商人の方が多かったように思います」
「宿屋に泊まってる以上、よそからきた商人ばかりだと思うが」
「あぅ……言われてみればそうでした。さすがケイカさまです」
「まあ、海の魔物については知ってるだろう。朝食ついでに話しかけてみるか」
「はい、頑張りましょう」
俺とセリカは寄り添いながらバルコニーから部屋へと入った。
テーブルやソファーがある部屋。棚には本や酒が入っている。
奥にドアが二つあって、両方ともベッドがある寝室だった。
しかし急にセリカの足が止まる。
「あ、洗濯してもらった服がまだ届いてないので……」
「そうか。なら朝食は一人で行ってくる――」
その時、ガチャッと奥の扉が開いた。
大きな黒い目を擦りながらミーニャが出てきた。つぎはぎだらけの服とスカート。頭の上には三角の耳を隠す帽子を被っている。尻尾はスカートの中に隠していた。
俺の傍まで来ると和服を掴んで、手と背筋をピンッと伸ばしてのびをした。それから、ふやぁぁあ、と可愛い口を大きく開けてあくびをする。白い歯が光る。
猫そっくりの仕草。
それから言った。
「ケイカお兄ちゃん、おはよう」
「おはよう。ご飯食べに行くか?」
「行く」
手を繋いできた。小さいが、どこか野性的なしなやかさを感じる。
俺はセリカを振り返った。
「じゃあ、行ってくる。ラピシアを見ていてやってくれ」
「はい、わかりました。いってらっしゃいませ」
セリカの鈴のように澄んだ声を聞きながら、ミーニャと手を繋いで外へと出た。
食堂は一階にあった。
百人は入れそうなちょっとしたホール。
しかも、すべてのテーブルに白い布がかけられ、イスや食器も豪華。
各テーブルには花が生けられていた。
高級レストランといった雰囲気。
バーカウンターもあり、後ろの棚には酒瓶が幾つも並んでいた。
客たちはまばらで、メイド服を着た女性が給仕をしている。
俺はカウンターの背の高いイスに座った。ミーニャが軽くジャンプして隣に座る。スカートがひらりとめくれて細い足が見えた。
カウンター内にいたベストを来た細身の男性が話しかけてくる。
「勇者さま、おはようございます。テーブル席の方がゆったりできますが、こちらでよろしいですか?」
「構わない。あとで話したいことがある」
「わかりました。すぐに朝食をお持ちします」
ウェイターは厨房へと向かった。
隣のミーニャが落ち着かなさそうに、きょろきょろと食堂内を見ていた。
「家の宿と……全然違う」
「そりゃそうだ。ミーニャのところもこれぐらい大きくなればいいな」
ミーニャは無表情で俺を見上げた。
「掃除、大変そう」
「そこなのか。人を雇えばいい」
「人、苦手」
ミーニャは自分の手を見つめた。帽子が、しゅんっと萎れる。耳が伏せられたのだろう。
――獣人だものな。生きづらいか。
ふと来ている服が目に入った。つぎはぎだらけのボロボロの服。
「今日、服を買いに行くから、ついでにミーニャのも買い換えよう」
「わたしお金……ない」
「昨日の魚の金があるから遠慮するな。相場より高く売れたのもミーニャの解体技術のおかげなんだから」
お礼の気持ちを込めてミーニャの頭を撫でた。艶やかな黒髪が揺れる。
彼女は気持ち良さそうに目を細めながら、俺へともたれかかってきた。華奢すぎる体の感触。子供のように温かい体温。
しかし、おやっ? と思った。
以前とは抱き心地が少し違う気がした。
前は膨らみかけの胸以外はやせ気味だったが、今は引き締まった筋肉のうねりを服の下に感じる。バネのようなしなやかさ。
――そう言えば、ミーニャのステータス、見てなかったな。
俺は《真理眼》でミーニャを見た。
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【ステータス】
名 前:ミーニャ
性 別:女
年 齢:13
種 族:猫人族
職 業:
クラス:盗賊Lv1 料理士Lv12
属 性:【静嵐】
所 属:勇者ケイカパーティー
【パラメーター】
筋 力:28(2) 最大成長値05
敏 捷:21(5) 最大成長値05
魔 力:18(2) 最大成長値05
知 識:22(1) 最大成長値05
幸 運:12(4) 最大成長値05
生命力:225
精神力:200
攻撃力:117(77+40)
防御力:80(70+10)
魔攻力:58
魔防力:62
【スキル】
二刀流:武器を両手に持って、変幻自在に攻撃する。複数回攻撃。
瞬脚力:瞬間的に脚力を上昇させ、速度と跳躍力を上げる。複数回攻撃。
【パッシブスキル】
肉体強化:能力を上昇。
野性解放:体の能力の限界を超えて力を引き出す。能力を上昇。
主人寵愛:主人の命令を聞く時と愛された時、能力を上昇。
【装 備】
武 器:肉切り包丁 攻+17
解体包丁 攻+23
防 具:皮の服 +10
装身具:家の鍵
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おや?
魚倒したからミーニャにも経験値が入ったはずなのに、盗賊がLv1のままだぞ?
職業が空白だからか?
というか、なぜ職業が設定されてないんだ?
本来ありえない。人は何かの職を持っているはずだ。
普通は商人や農民になってるはずだが――。
生まれてすぐに故郷を捨て王都に移り住んだせいかもしれない。
そのためか、能力値の最大が全部5だ。
そりゃ、出会った頃は痩せてるよな。
最近、引き締まった体になってきたのは限界を超える【パッシブスキル】のおかげらしい。
でもこのままじゃダメだろう。
――これは、職業を設定してやったほうがいいな。
それも、珍しい【二刀流】や【肉体強化】などのスキルが生きる職業を。
俺は帽子の中の猫耳に口をつけつつ囁く。
「ミーニャは将来、何になりたいんだ?」
「ん……ケイカお兄ちゃんの、お嫁さん」
「そうか……って、直球できたな」
ミーニャが俺へ顔を向けた。近すぎるため、幼さの残る顔が視界を埋める。黒い瞳が可愛らしかった。
そして、彼女は俺の体に腕を回してギュッと抱きつきながら言った。
「それ以外、考えられない……して」
「それは嬉しいが、冷静になれ。職業だ。料理人とか、商人とか」
ミーニャはふるふると頭を振った。黒髪が揺れた。
「職業、お嫁さん。ずっとお嫁さん。一生、ケイカお兄ちゃんに……従う。服も、ケイカお兄ちゃんとおそろいが、いい」
ミーニャは和服を引っ張りながら言った。
そんな奴隷みたいな発言を、と思わざるを得ない。
それとも獣人特有の習性みたいなものなのだろうか?
もしかして【主人寵愛】というスキルの影響?
わからないことだらけだが、でもミーニャの言葉に嘘は感じられない。
俺は溜息を吐きながら尋ねた。
「本気なのか?」
「本気」
ミーニャは黒い瞳を切なそうに潤ませると、顔を近づけてきた。目は閉じられ、幼い唇を差し出すように迫ってくる。
――そこまで俺に尽くすというのか……。
しかし、疑問もあった。なぜ、悪漢にいいようにされていたのを助けただけで、ここまでするのか。
「なぜ、ここまでする?」
「だって……私は誰にも守ってもらえない、獣人……」
ああ、そうか。
獣人は魔王の仲間だと思われて迫害されている。
だから魔王を倒して、獣人であっても嫌われない世界が欲しいというのか。
それをできるのが俺しかいないからか。
俺は心を決めて、彼女の肩を掴んで引き離した。
「わかった。本当に俺のために清い身でいられると言うのなら、ずっと傍に置いてやる」
「本当?」
「服や職業もそろえてやる。だから少し待ってろ」
「……うん」
ミーニャは素直に頷いた。喜びで尻尾が動いているらしく、風もないのにスカートがひらひらとめくれてパンツを見せていた。
そこへウェイターが朝食を2膳運んできた。
「お待たせしました」
目の前に置かれたお盆の上の朝食。パンと魚のソテー。
あと肉や野菜を煮込んだスープ。魚をすり身にした団子が入っていた。
これらの魚はグリードリバーらしい。淡白な白身だが、しっとりした歯ごたえが特徴。噛むと口いっぱいに癖のない旨味が広がった。
ほかには穀物の干し果実の入ったフレークがあった。砂糖がかけられており、傍には牛乳の入ったポットがあった。ちょっとしたデザートだった。
俺はスープを飲んだ。ことこと煮たのか、味が凝縮されて濃厚だった。
「うまいな」
一口食べたミーニャが無表情のまま、むぅっと唸る。
「うちより、おいしい」
「ありがとうございます」
ウェイターは深々とお辞儀をした。しかし自信に満ちたお辞儀だった。
俺は疑問に思ったので尋ねた。
「この宿屋は建物自体も素晴らしいが、どうやって建てたんだ?」
王都では王城以外では漆喰を使った美麗な建築は見かけなかったからだ。
するとウェイターはにこやかに答えた。
「隣国ファブリカ国から職人を呼んで建ててもらったのです。工業が発展している国なので」
「ほう、そうだったのか」
いつか俺の神殿を建てるときはその職人に頼もうと思った。
そして、しばらく朝食を食べて満足すると、俺はウェイターに話しかけた。
ケイカが落ち込みすぎかなと思ったので、少し軽くしました。




